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 三日目も快晴で、気温は温かく空気は程よく乾いていた。本当に天気にも気候にも恵まれた三日間だった、とアデリルも思う。

 食事と楽隊の演奏を楽しむ昼食会の後に、お披露目式の締めくくりとなる署名式が行われた。家臣や招待客の見守る中、アデリル王女は国王と王妃の前に進み出る。

 そして一日目の宣誓が受け入れられたという国王の言葉を受けるのだ。そして王妃を初めとする主要な家臣と来客から、順に祝福を受ける。そして、終生アトレイ王室の一員となり、アトラントの民のために自らを捧げることを誓う署名をする。それが終わると、この先一ヶ月に執り行われる王女の公務が読み上げられるのだ。

 式典の最後には、アデリルが話さなくてはならない。自分の国民に対する忠誠心とこれからのこと、そして参加者への礼。その中で、これからしばらく滞在を許される外国からの客の名前が、彼女の口から発表される。その言葉は式典場のほうぼうに立つ伝達係によって、離れた場所にいる者にもすぐに伝わるようになっていた。

 三日間ずっとそうだったように、アデリルの傍には他の親衛隊士と共にアルセンが立っている。演壇の下に居並ぶ家臣たちの列にはチャコールが。イオディンは姿こそを見えないが、この式典場の一番後方にいるはずだ。

 演壇の中央に進み出たアデリルは、締めくくりの言葉を話し始める。式典の前に叩き込まれた台詞を、おおむねそのまま口にするだけだ。

「…そして、私の招待を受けてくださった方の中から、今しばらく我が王室の客になっていただきたい方のお名前を、これから申し上げます」

 アデリルは言って、言葉を切った。家臣のひとりが彼女に近づき、予め作っておいた招待客の名簿を見せる。その一番下には、アデリルが選んだ人物の名前が書かれるはずだった。けれどこの三日間ではあまりにも短く、決めかねたアデリルは結局、そこに名前を記さないまま署名式を迎え、登壇していた。

 ゆっくりと名簿に書かれた名前を順に読み上げ、一ヶ月以上前から決まっていた五名の客が発表される。彼女を取り囲む家臣たちの目が、少し不安そうに揺れた。

 アデリルは微笑むと、心なしか胸を張り、

「そして、最後のおひとりは」と、続けた。

 誰も事前に、王女が選んだ指名客がいると聞かされていなかった。だが、多くの客が見守る中で、王女を止める者は誰もいない。彼女は堂々と言った。

「ラントカルド王国からお越しいただいた、クレセント王子をご招待したいと思います。皆様にはこれからの一ヶ月を我が宮殿でお過ごしいただき、ぜひアトレイの、アトラントの良さを知っていただきたいと思います。そのために惜しみない心尽くしをすると、王女としてこの場で約束します」

 彼女はそう言って言葉を終わらせた。横目で一瞬だけでも表情を伺うことができたのは、背後に控えていたアルセンだけだ。でもきっと、チャコールもイオディンも今の彼と同じ表情を浮かべているだろう。当のクレセントはどうだろうか。

 今は他の客たちに混じって、どこにいるか見分けられない彼のことを思い浮かべながら、アデリルは迎える滞在客のために深々と、その場でお辞儀をしてみせた。


 その後、アトレイの城下町には号外が舞った。王女のお披露目式の成功を伝えると共に、三日目の賭けは大きくはずれたこと、そしてこれから一ヶ月の招待に、名前も聞いたことのない国の王子が指名されたことを、大きく伝えていた。

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