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 アデリルの周りには彼女と同年代の女官がいない。

 アトレイ王室では女児や男児に、同じ年頃で同性の世話係をつける。アデリルにも六歳から十歳まで、そういう相手がいた。その多くは乳母の子ども、つまり乳姉妹が勤めるが、幼い頃は母に世話されたアデリルには、乳母がいなかった。

 世話係となった少女は当時、アデリルよりひとつ年上の七歳で、家柄と性格を見込まれて母親と一緒にアデリルのもとへやってきた。

 そしてアデリルは当時から、チャコールと会うことが多かった。必然的に世話係の少女も同じ場所にいることが多くなる。四年の間に、彼女はチャコールに恋してしまったのだ。

 十一歳の少女の気持ちが果たして恋と呼べるものなのか、アデリルには自信がない。

 けれど彼女のチャコールに対する好意は明らかだった。気持ちを直接口にしたりはしないけれど、顔を合わせれば話し掛け、かいがいしく世話を焼こうとした。

 それでチャコールの方でも彼女に同じ気持ちを抱ければ、大きな問題にはならなかっただろう。でも、違った。チャコールは次第に彼女の態度を不快に感じた。

「きみはアデリルの世話係なんだから、ぼくの面倒を見る必要はないよ」

 チャコールが本人にはっきりそう言ったのを、アデリルは目の前で一度ならず聞いている。けれど少女の態度は変わらなかった。十一歳の少女に淡い恋心を押し殺せ、というのも酷な話だと、今のアデリルは思う。

 それに、チャコールの方も冷たく拒絶しなかった。彼はキリエール家の長男だ。女性はもとより誰に対しても礼儀正しく振る舞うよう、小さい頃から徹底してしつけられている。

 少女と顔を合わせる時、つまりアデリルと会う時、チャコールの面持ちが暗くなることに、アデリルもなんとなく気づいていた。そして間もなく、チャコールは少女に会うのを避けるようになった。それは同時に、アデリルにも会わなくなるということだ。

 アデリルは少女のことも好きだったが、チャコールと過ごすのはもっと好きだった。それに世話係とは四六時中一緒だが、チャコールと会える時は限られている。

 それでつい、他の大人たちの前で洩らしてしまったのだ。

「あの娘がいると、チャコールに会えなくてつまんない」

 今でもアデリルは、十歳の自分の無自覚な一言を後悔している。

 チャコールは由緒正しいキリエール家の嫡男。そして繰り返しになるが、ゆくゆくは彼がアデリルの夫になることを期待する大人たちがいたのだ。ことは速やかに運ばれた。

 数日のうちに少女は解雇され、母親と共に故郷へ帰った。何も知らされていなかったアデリルは、突然の別れに呆然としたことを覚えている。抗議する間もなかった。ただ、

「彼女はアデリル様の世話係から外れました。もう来ません」と、告げられだけだ。

 その後アデリルは少女に宛てて謝罪の手紙を何通か送ったが、返事が来たことはない。彼女が返事をくれなかったのか、誰かが送る前に止めていたのかは、未だにわからない。

 そしてすぐに別の少女が世話係としてやってきた。今度の少女は二歳年上の十二歳で、前の少女と同じように家柄や性格は申し分なかった。

 そして彼女がやってきた頃、アデリルはチャコールを通してイオディンと知り合った。

 十歳になった時から、チャコールはキリエール家の方針で、週末ごとに神学校に通うようになった。神学校と言っても、授業のような堅苦しいものはない。身分も年齢も関係なく子どもたちが集って、神学区で奉仕活動をしたり、自分たちで企画した催し物をしたりするのだ。神学校では年上の子どもが年下の子どもの面倒を見る兄役、姉役になる。

 そこでチャコールの兄役になったのが、三歳年上のイオディン・クレイギルだった。

 イオディンは愛想こそないが、面倒見は良い。一方のチャコールも、気に入った相手の意見は素直に聞く性格だった。何度か週末を一緒に過ごすうちに、チャコールはだんだんイオディンに懐き、やがて自分の家に招くほどに親しくなった。

 クレイギル家は三代前に貴族の地位を金で買った成り上がりだ。そのぶん格式にこだわって、子どもたちが本当に地位に相応しい人物に育つよう、教育には力を入れていた。

 そして先に述べたようにアトレイ王室では、アデリルに同年代の子どもと過ごす機会を多く作っていた。それが神学校のチャコールの兄役なら、なんら不足はない。一年後にはイオディンは他の子どもたちと共に、アデリルに紹介された。

 チャコールの兄役なら、自分にとっても兄のようなものだ。当時のアデリルはそんな風に単純に、自分に都合良く考えていた。イオディンは自分から慣れ慣れしくすることはなかったがアデリルにも親切で、不愉快なことは何もなく、会う機会が増えていった。

 そのイオディンに恋してしまったのが、二番目の王女の世話係の少女だった。

 イオディンとしても王女と言葉を交わすより、世話係の少女と話す方が身分的にも気持ちの上でも気楽だったのだろう。宮廷での集まりの時に壁際で彼らが話すのを、アデリルは何度か見ている。それからさらに半年の間に、少女はアデリルにもわかるほど、イオディンへの想いを募らせていったのだ。

 会合の度に彼女が念入りにめかし込むようになった。会合の間、彼女はイオディンの姿を目で追い、なるべく傍に寄って過ごした。王女の世話係の振る舞いとしては相応しくない。けれど集まりには他の子どもたちもいるし、少女がイオディンを好きならそれで良いと、アデリルは大して気にもせず、深く考えてもいなかった。

 それがおおごとになったのは、手紙が発覚したからだ。

 少女は毎日のように、自分の気持ちとその日の行動を綴った手紙を、イオディンに宛てて送っていた。ただ、チャコールの時と同じように、それはイオディンを喜ばせるのではなく悩ませた。

 最初の手紙から間もなくイオディンは、手紙を受け取るのが苦痛になっていた。けれどそれを誰にも知られたくなかった彼は、毎日のように玄関先で配達人が訪れるのを待っていた。浮かない顔でいつも自分を待ち構えている子息の姿を目にしたクレイギル家の配達人は、彼に恋人ができたものと思いこみ、律儀にせっせと文を運んでくれた。

 クレイギル家は男家系で、イオディンも男兄弟の中で育った。それゆえ女性との関係には疎く、ましてや特定の少女から毎日手紙を貰うなんて初めてのことだった。もっとも、十五歳で女あしらいの上手い少年の方が、よっぽど少ないだろうけど。

 ひとりでは対処しきれず困り果てたイオディンは、最初の手紙を受け取ってからきっちり三ヶ月目のある日、手紙のことを家族に打ち明けた。

 膨大な量の手紙はすぐに王室の知るところとなった。これはイオディンの落ち度ではなく、王室側の落ち度だ。世話係の少女が勤めを果たしていないことも明るみになった。

 王女に相応しくないと判断された少女は、勤め始めから二年半で世話係を外され、宮廷内の別の場所で働くことになった。だが王女の世話係でありながら、他の少年の気を引くのに夢中だったという噂は既に宮廷中に聞こえていて、程なく彼女は宮廷から去った。

 またしてもアデリルには予想外の出来事だった。

 イオディンと会う時、イオディンの話をする時、少女の顔は明るく輝き、とても楽しそうだった。だからアデリルはそれで良いのだと思っていた。

 でも彼女はその時やっと、自分が間違っていたことに気がついた。王女の傍に仕える者は王室から与えられた役目があり、立場を弁えなくてはならないのだと。

 少女が宮廷から去ったことに、イオディンも心を痛めていた。彼が手紙のことを表沙汰にしたのは、慣れない自分が本当に対処に困って途方に暮れたからで、決して少女を辞めさせようと思ったわけでも、アデリルから世話係を奪おうと思ったわけではないのだ、と彼は不器用な言葉で、それでも真摯に謝罪した。

 アデリルはあなたのせいではない、謝罪する必要はないと答えたが、イオディンは自分にそれを許さなかった。無愛想で口数も少なく、話す機会もそれほど多くはなかったイオディンの温かい気持ちに触れた気がして、その時やっと、彼女はチャコール抜きにして彼のことが好きになった。ただ、話はまだ終わらない。

 王女の世話係は栄えある役職だ。代わりはいくらでもいる。まだ前の少女が宮廷にいる間に、新しい世話係の少女がアデリルのもとへやって来た。

 十三歳になったアデリルに対して、彼女はすでに十七歳。前ふたりの反省があったのか、今度は鷹揚で明るく、お喋りで溌剌とした少女が世話係として選ばれた。

 そしてその少し前、十五歳になったイオディンは、両親の希望どおり王立の士官学校へ進学し、同級生としてアルセンと知り合っていた。

 アルセンは今では爵位を手放した没落貴族の出身で、家族を養うために士官学校へ入学していた。その彼が目指していたのは王女の親衛隊だ。

 大昔の戦時中ならいざ知らず、平時の今、少なくともアトレイ王室では、親衛隊は飾りだった。内外から来賓を招く式典の、一番目立つところに揃いの制服で並ぶのだ。

 そのために知力体力はもちろんのこと、入隊には見た目の良さが欠かせない。出自に関して身辺調査はあるものの、この二十年ほどの間は、よほどの問題がなければ、家柄より本人の資質が優先される傾向が続いていた。

 自らそれを目指すと言うだけあって、アルセンの容姿はかなり優れている。イオディンもチャコールも品良く見た目も悪くないが、華やかさを備えているという点でアルセンは抜きん出ていた。

 ただ、彼には欠点があって、女癖が悪かった。女性と見れば見境いなく口説くのだ。

 彼とイオディンは性格がずいぶん違うが、そこが良かったのかも知れない。ふたりが親しくなったことは、やがてチャコールの耳にも届いた。

 アデリルは後から聞いただけの話だが、その時、アルセンは親衛隊の予備生の試験を受けたところだった。それを知ったチャコールが、悪戯心を起こしたのだ。

 私的な集まりでアデリルの身分を隠して、アルセンと引き合わせよう、と。

 親衛隊の予備生は狭き門だ。万が一アルセンが試験に通れば、アルセンはアデリルに忠誠を誓い、騎士として主君から祝福を受けることになる。

 入隊式でアデリルと顔を合わせ、その時初めて彼女の正体を知ったら、さぞかし面白いに違いない、とチャコールは考えた。

 もっとも計画を知ったイオディンも止めなかった。ふたりとも軽い気持ちだった。予備生試験は難関で、まさかたった一度の試験でアルセンが受かるとは、誰も思っていなかった。アルセン本人も、自信はあっても一度で必ず合格するとは思っていなかったはずだ。

 それで、悪戯は決行された。

 十三歳になったアデリルには、宮廷の外に出掛けることも許されていた。アトレイ王室は前時代的な因習に縛られた王室ではない。責務はあるが、王族にもかなりの自由が許されている。ただ、身分を隠した方が良い時はマデイラという偽名を名乗った。曾祖母の名前を借りただけだが、今のアトラントではごく一般的な女性の名前でもある。

 イオディンの知り会いの集まる会合で、チャコールの思惑どおりアデリルはアルセンに引き合わされた。そして噂どおり、確かにアルセンは見た目に優れていた。

 十五歳ながら体つきは大人びていたし、身長に対して手足の長さのバランスも良かった。顔は小さく、警戒心を抱かせない柔和な目鼻立ちに、明るい金髪がよく似合っている。

 宮廷でたくさんの人に引き合わせられるアデリルから見ても、噂に違わぬ人物だった。

もちろんそれは女好きな性格のことも含んでいて、すでに少女たちに囲まれていたアルセンは、隙を見てイオディンとチャコールの傍にいたアデリルに近づくと、

「葡萄色の髪なんて、アデリル殿下と同じだね。もっとも、きみの方が美しいけど」

 と、最初からその調子で話しかけてきた。アデリルの髪色は珍しいが、他にまったくいないわけではない。王女の自分にそんなことを言う相手に、今まで出会ったことのなかったアデリルは、まず呆気にとられた。

「イオディンの知り合いかな? どこでこんな素敵な女性と」

「チャコールの親戚なんだ。マデイラ、彼はアルセン」

 珍しく緩みそうな頬を押さえながら、イオディンがそう紹介した。チャコールはアデリルに身を寄せて、こっちは隠そうともせず、にやにやしている。アルセンは彼らの様子を気にすることもなく再びアデリルに向き合うと、数多くの少女たちを魅了してきたのであろう優しい笑顔を向けて、

「初対面でこんなことを言うなんて、と思われるかもしれないけど、運命を感じるな。将来、王女の士官になろうと思っている僕が、殿下によく似た髪色のマデイラと、こんな風に知り合いになれるなんて」

「そんなにいつも些細なことに運命感じてたら、運命の方が気味悪がってアルセンのことを見放すんじゃない」

「チャコールには感じないから心配いらない」

 アデリルはなんと答えていいかわからずに黙っていたが、チャコールと彼には素っ気ないアルセンのやり取りを眺めて、とうとう笑ってしまった。

「おかしなことを言ったかな。でも、笑顔が見られて幸運だな」

 一緒にいる間、アルセンはずっとその調子だった。けれど、アデリルは不愉快だとも思わなかったし、確かに女の子を喜ばせるのが上手な人なのだ、と感じた。

 そして、アデリルの世話係の少女も同じ場所にいた。アルセンが話し掛けていたのを、アデリルも見ている。ただ、アデリルが真に受けなかった彼の言葉を、世話係の少女が鵜呑みにしてしまったことに気づいたのは、しばらく後のことだ。

 その前に悪ふざけの雲行きが怪しくなってきた。アルセンが予備生試験に合格したのだ。

 チャコールとイオディンは、アデリルと予備生の顔合わせは入隊式の時だと思いこんでいた。だが、王女の親衛隊は彼女の意向が大きく反映する。試験に合格しても、王女に気に入られなければ、その場で解雇だ。ご機嫌伺いのため、予備生になってすぐに引き合わせが行われたのだ。

 チャコールとイオディンが、いつアルセンに本当のことを打ち明けるか話し合っている間に、アデリルはもう宮廷の一室で、自分の前に跪くアルセンに会っていた。三年前のあの時の彼の表情を、アデリルは今でも昨日のことのように鮮やかに思い出せる。

 初対面の時とは違い、アデリルはきちんと正装していたが、アルセンは一目見るなり彼女に気づいて青ざめた。

 王女に向かって彼が自己紹介をする番が来た。強張って青ざめた表情のままアデリルを見上げ、彼は口だけを動かす。

「アルセン・アルジーンと申します。殿下」

 その声が柄にもなく震えているのに、アデリルも気がついた。彼はすぐに俯き、床につくのではないかと思うほど頭を垂れると、彼女にだけ聞こえるような声で言った。

「無礼をお許しください。殿下」

「アルセン、顔を上げて」

 彼は言葉に従った。琥珀色の目の奥が不安に揺れている。立場の違いと言われればそれまでだが、自分も進んで加わった悪ふざけだ。アデリルは彼を責める気にはならなかった。

 彼女は周囲に並んだ親衛隊の面々を順に見渡すと、大きく頷き、

「新しい隊士ふたりを歓迎します。私とアトラントのために、これから尽力するように」

 そう告げた。アルセンが呆然とした顔つきのまま立ち上がる。

 知らぬこととは言え、王女を口説いたことを赦されたと彼が知るのは、後日改めてイオディンとチャコールのいる場所で、アデリルから直接聞かされてからだ。

 それ以来アルセンとアデリルは、ちょくちょく顔を合わせることになった。もちろん親衛隊士と王女としてで、親しく口をきくことはない距離だ。だがそれは、王女の世話係の少女とアルセンとの再会も意味した。

 少女は自分の方から積極的にアルセンに近づき、暇を見つけては彼に会いに行くようになった。チャコールやイオディンと違うのは、アルセンの方でもそれを受け入れていたことだ。もっとも彼にしてみれば、彼女はいつでも複数いる相手のひとりにすぎなかった。自分に熱い視線を注ぐ女性は多ければ多いほどいいのだ。

 だがもちろん彼女の方では違った。彼のただ一人の女性になりたかった。けれど、少女には世話係の勤めがある。いつでも自由にアルセンの傍にいられるわけではない。手紙を書き送っても、返事は短いものが稀にしか来ない。

 少女は自分がアデリルの傍にいる間、アルセンを取り囲んでいるであろう女たちの影を思い浮かべて嫉妬した。嫉妬はやがて苛立ちに変わり、その感情を向けられたのが、他ならぬアデリルだった。

 アルセンと会う時はいつでも、彼が優しく、耳障りのいい言葉を聞かせてくれるせいもあったのだろう、いつしか少女は自分が王女の世話係で、王女に自分の生活を縛られているから、特別な女性としてアルセンから愛されないのだと、思いこんでいった。

 思い詰めた彼女は、立場を利用して怪しげなまじない師を宮廷の自室に引き入れた。

 初めは子ども騙しのまじない道具を買うくらいだった。けれど彼女を金払いの良い客だと狙い定めたまじない師は、少女の生活の場所を見て占うことで、恋が叶うかどうか、叶えるためにはどうすれば良いかの助言を与えてやれる、と言葉巧みに誘ったのだ。

 もちろんそれはすぐに発覚した。そして大問題になった。

 よりによって、たったひとりの大切な次期女王の暮らす場所に、世話係の少女がどこの誰とも知れぬ者を連れ込もうとしたのだ。これが金に目の眩んだまじない師だったから何事もなかったが、もしアデリルに悪い企みを抱く者だったらどうだろう。

 アデリルは彼女の行いを知った時、また世話係が変わるのか、どこか冷めた気持ちになっただけだ。感傷を抱くには少女と過ごした時間は短すぎた。

 ただ、またしても決着はアデリルの予想外だった。

 少女には処罰が下ったのだ。

 本来であれば王女を守るべき立場の世話係が、恋に溺れ自らの立場を忘れ、あろうことか王女を危険に晒したのだ。宮廷を去って済む話ではない。

 給料は取り上げられ、八ヶ月の禁固刑ののち、永久に首都から追放される。

 けれどアデリルは、彼女がアルセンへの想いを募らせていることを知っていた。だから負い目があったのだ。彼女が恋に苦しんでいるのは、自分が軽はずみにチャコールとイオディンの誘いに乗り、アルセンと引き合わせたからだと責任を感じていた。だから彼女に対して強い態度に出なかった。

 次期女王として、それは失敗だったのに。

 アデリルは処罰の必要はないと言ったが、とりなしはまったく無意味だった。彼女がどう思おうと、世話係が王女を危険に晒してお咎めなしにはならなかった。

 アデリルはその時、恋に浮かれる少女たちを、ただ眺めているだけだったことを悔やんだ。自分は王女で、次期女王でありながら、世話係のひとりすら救ってやることができない。己の無力さをひしひしと感じた。八つ当たりだとわかっていたが、アルセンのことも大嫌いになった。彼の軽口さえなければ、こんなことにはならなかったのだ。

 そしてそれ以来、アデリルは慎重になった。

 世話係に同年代の女官はもう要らない。親友のチャコールも、親衛隊も失うわけにはいかない。アデリルの気持ちは動かなくとも、彼らには女性を惹きつける魅力がある。

 だからこそ新しい世話係がくればまた、彼らに恋して苦しむかもしれない。その恋が実ればいいが、そうでなければその少女を、或いはチャコールやイオディンやアルセンを、苦しめることになるかもしれない。

 世話係の女官はアトレイ王室の伝統なので、初めのうちはアデリルの意見はまったく聞きいれられなかった。けれどアデリルは、生まれて初めてと言ってもいいくらい頑固に辛抱強く、同年代の世話係はもう要らないと訴え続けた。

 国王夫妻にとっても王室にとっても、アデリルは大切な大切な跡継ぎ娘だ。

 ついに彼女の意見は聞き入れられた。そしてチャコールの愛想の良さにも、イオディンの折り目正しさにも、アルセンの甘い容貌と浮ついた言葉にも惑わされない、フリアナが選ばれたのだった。

 アルセンに対する腹立ちも、それほど長くは続かなかった。彼は確かに女性のご機嫌取りが上手く、そしてアデリルがどう思おうとチャコールとイオディンの友人で、彼女の親衛隊士だった。

 それと同時に、王室ではチャコールの存在感が余計に増した。年齢の近い世話係がいなくなったせいで、アデリルの話し相手として、今まで以上にいつでも歓迎されるようになったのだ。


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