153.幼女、オードブルを用意する



 魔族の方々が夜には国を出ると言うので、早めの夕飯に誘ってみた。もう少しキースくんとトーコと遊んで欲しい気持ちと、ムゥさんとナビの昔語りを続けてもらいたい気持ちもある。

 それに、皆と一緒にご飯が食べれたらきっと楽しい。絶対楽しい。

 というわけでうちの子達に提案してみたんだけど、キースくんとトーコは大賛成の歓声を上げた。うん、末っ子達が抵抗ないのはとても助かる。ぐずったら即お帰りもあるからね。

 ヒューさんとテクトは異論がなく、さてリトジアはと視線を向けると。彼女はふと、肩を落とした。


「彼らは無害だと、わかります。体も震えません。嫌悪も、感じません……私も、こころみてみたいと思います」

「うん! ありがとう、リトジア」

「いいえ……こちらこそ。誘ってくれて、ありがとうございます」


 ふわ、と目元を緩めて、リトジアが微笑む。ふぉ、美人光線……! そういやうちにも可愛いと美を兼ね備えた精霊がいたわ。圧倒的癒し!


「お、ルイの飯か! いや嬉しいなぁ」

「じゅるり……おっと涎が」

「このじじい達に自慢されて羨ましかったのよねぇ。嬉しいわ、ご相伴に預かれて光栄よ!」


 っていうかこの人数分は大変でしょ、お手伝いするわ! とウィンク付きでいただきました。気遣いMAX……!

 よぉし! 皆のOKは貰ったし、さっそく作っていこう! 今回は魔族大食いの人達がいるからね、惣菜もどこどこ買うぞー!


「ナビ……っと、」


 いつものように本を手に取ろうとして、そういえばナビが抱えているんだと引っ込める。えっと、この状態で買い物って出来るのかな……もしかして買い物モードになると少女のナビは消えちゃうんだろうか……だとしたら困るな。

 そう戸惑っていると、ナビは光の輪郭を震わせた。肩を揺らして笑っているような、そんな仕草だった。

 ナビは立ち上がると背を正し、スカートの裾を持ち上げた。ふわりふわりと本がその隣に浮く。優雅な仕草だ。


「いつも通り、命じください。カタログブックは最高の魔導具であると自負します。どの形状であろうとも、機能の低下はいたしません。私に直接仰ってくだされば、本の操作は私が行います」

「言い方がめちゃくちゃかっこいい。満点」

「お褒め頂き光栄です」


 いやマジでかっこよすぎるんですが? てかナビってこんな愉快なタイプだったの? クール女史だと思ってたのに遊び心も持ち合わせてるとか最高の二乗なんですが? 主に私の心臓がキュンキュンしますね。

 はよ作業始めろとばかりにテクトから鋭い視線をいただいたので、慌てて買い物を始める。そうだなぁ、オードブルみたいに好きに摘まめるようなのだと、きっと楽しくていいだろうなぁ。

 まずはからあげでしょー。前に買った専門店のやつ、キースくん大喜びだったんだよね。胃の心配してあまりたくさん食べさせられなかったから、今日は山盛り用意しよう。タレ違いを購入と。

 あとオードブルならローストビーフも外せない。舌触りのいい柔らかいお肉、いいよねぇ。みじん切り玉ねぎ醤油ソースがいいかな。火が通ってれば甘いし。それからふわっとジューシーな甘辛の肉団子。さっくさくのエビフライに、ソースとタルタル用意しよう。ぷりっぷりのエビシューマイもプラス。脂っこくないものもあるといいよね。それからソーセージ。パリッと皮が弾けて、肉汁たっぷり出てくるタイプ。特別な日の鉄板焼きに並ぶような、お高いの。

 魚肉類はこれでいいかな。他にもリクエストあったら追加で買おう。

 次は野菜。肉類は買うんだし、こっちは私が作ろうかな。

 ツナとマカロニのサラダはどうだろう。油分をしっかり切ったツナに、茹でてオリーブオイルを絡ませたマカロニ、塩もみしたキュウリ、茹でた玉ねぎをあえて、マヨネーズと砂糖、塩コショウ、醤油をひと回し。これで一品。

 生ハムと薄切り大根を重ねたのもいいよね。塩味で段々と柔らかくなっていく大根がほどよくシャキシャキで、生ハムの旨味が大根に包まれてじゅわじゅわくる。簡単なのに最高のおつまみなんだなぁ。まあ私はご飯が進むんだけども。

 このままじゃ緑が足りないなぁ。そうだ、パルメザンチーズたっぷりのシーザーサラダか、豆腐とわかめどっさりの和風サラダかプラスしよう。てかどっちも足そう。たぶん消えるわ。レタスとキュウリ大量に買おう。

 あとは、そうだ、オードブルと言えば出汁巻き卵! 何故か入ってる美味しいやつ! これ作らなきゃだめだ。お出汁じゅわじゅわさせなくちゃ!

 主食はご飯か、パンを選べるように。ご飯は在庫が足りないから、大鍋で炊いて。パンはディップできるようにフランスパンと、気軽に摘まめる小さなサンドイッチもいいね。これは買おう。卵サンド、ハムサンド、カツサンド、BLTサンド、ジャムとクリームチーズ。候補はいっぱいある。

 スープは何がいいかなぁ。バランス的に考えて……貝類がない。クラムチャウダーだ! あさりは水煮缶詰を買って、楽しよう。殻付きは中身を取り出す作業が大変だからね。今日は時短!

 玉ねぎ、にんじん、じゃがいも、エリンギをサイコロ状に切って、バターでじっくり炒めたら火を止め、小麦粉をよーく混ぜ合わせたらあさりの水煮缶をどーんと汁ごと入れて塩コショウ、コンソメを振って煮る。ふつふつしてきたらお酒を入れよう。白ワインあったかな。なかったら買わなくちゃ。

 ここコンソメじゃなくて白だしでも美味しいんだよね。その場合は白みそを入れると親和性高いと個人的に思う。でも今日はコンソメの気分!

 野菜に火が通ったら、牛乳と粉チーズを入れて、沸騰しないように気を付けながら温めればクラムチャウダーのできあがり。

 それから飲み物も各種準備しよう。魔族の皆さんお酒飲む? あ、お茶がいい? オッケー、任せて。果物水も取り揃えてるから何でも言ってちょうだいね。

 リトジアとフェイさんのご飯は何がいいかな。今日は豪勢なんだから、ぱあっと華やかなのがいいよねぇ。果物のゼリーを丸くくり抜いて、ガラスのお皿に乗せてカラフルに。氷も混ぜたらキラキラするかな? フェイさんは果物を食べやすいサイズに切って、盛り合わせ。それからお花も飾ろう。

 トーコのご飯はどうしようかな。きっと同じように豪勢なのが食べたくなるだろうから、かぼちゃと、にんじんと、明るい色のペーストを増やして、昨日のヤマメは大変お気に召してたからそれと、先日好感触だった茹でササミを混ぜてみよう。リトジア達みたいに花も飾ってみる? 喜んでくれればいいなぁ。

 ああそうだ。広げられた本から顔を上げて、目の前にいるナビへ話しかける。


「ねえナビは何か食べたいものはある?」

「マスター。私に食事機能は付いていません」

「あ……そっか。ごめん」


 つい、聞いちゃった。ナビに失礼な事言っちゃったな……


「私を考慮の対象としてくださり、ありがとうございます。食事機能はありませんが、聖獣のように魔力変換する事は可能です」

「……ん?」


 俯いた視線の先に、さっきナビが包み込んでいた湯呑みが差し出される。そこに緑茶は……ない!

 え、消えてる!? 誰かが代わりに飲んだわけじゃない、よね? ナビを見ると、眉毛あたりが下がっている、ように見えた。


「緑茶を魔力へ変換し、吸収しました。食事機能がないため、口がないのです。なので味の感想は出せませんが……同じ食卓を囲む事は可能です」

「えっと、それは、ナビにとって苦痛、じゃない?」

「ただのコアだった時から、カナメと食卓を共にしてきましたので違和感はありません。むしろ丁寧に調理されたものは魔力の質が良いように感じますので、私にとってはメリットでしかないです」

「オッケーわかった! ナビの分もいっぱい用意するね!」


 私のもてなしが喜んでいただけるものならば!! 全力で、やっちゃうよー!!

 キースくんがフェイさんに構ってもらって大喜びなうちに、作業を開始する。さーてやるぞー!

 温かいお惣菜の保存をテクトに任せ、お手伝いを申し出てくれたムゥさんにクラムチャウダーの野菜を頼む。私はスライサーでキュウリを輪切りにする職人に就職だ。3種類のサラダ分あるからね、十何本もやるぞーい。

 キュウリをしゅっ、しゅっ、抱えるボウルに落ちていく。無心でやって、ヘタまで切れたら次のキュウリ。しゅっしゅっ、次のキュウリ……とやってたらふと思った。

 この生ごみ、いつもカタログブックに回収して貰ってたけど。食事を楽しめるナビにとっては、あんまり楽しくない作業なのかな。

 キュウリをしゅっしゅっしながらナビに聞いてみた。


「ねえナビ。私、今まで色々と生活ごみを回収してもらっていたわけだけど……ナビ的には嫌な作業だったりしない?」

 ちょっと聞きづらい話題ではあるんだけど……こうして会話できるとなれば、カタログブックに意思が備わっているとわかったならば、確認しときたい事だよね。

 だって普通に考えても、自分が必要なくなったものを押し付けてるわけだし……今まで任せておいてあれなんだけども。

 こわごわ伺うと、光の少女は口元を緩めた。笑った?


「不要物に関して、不燃であろうと可燃であろうと、私には問題ありません。すべてを魔力に還元できますので。今まで回収したものはすべて、美容の糧になっています」

「ひょえええ、すごぉおお」


 え、ご飯以外も魔力に変換できちゃうって事? チートじゃん。聖獣並みのチートじゃん。確か聖獣ってただの空気や毒でさえ魔力に変換できちゃうって言ってたもんね。

 私達が消化できないものを片付けて、何なら益にしてくれる。ナビ……めちゃくちゃエコな子……! 心、ときめいちゃう……!!

 私の興奮に反応したのか、トーコが触手を伸ばす。その手に指先を触れさせながら、ナビは口端を上げた。


「ええ、すごいでしょう。是非、マスター。末永く、私を活用ください」

「もちろん! これからもよろしくお願いします!」


 
















<テクト様に報告したい事がある。ルイ達の不安をいたずらに煽りかねない情報だ>

<ふむ、戦争関係か。聞こう>

<戦争中の国内に限られるのだが……最深部攻略済みのダンジョンがいくつか崩壊していた。念のため調べたが、核の破壊跡はない>

<つまり、盗まれたと>

<うん。戦争に使われたのかと思ったんだけど、魔力の塊を使わなきゃ動かない大型魔導武器が大量投入されたわけでもないんだよね。戦場は相も変わらず膠着状態って感じ>

<何か思惑があって回収したのだと思ってはいるのだが、別の用途が考え付かなくてな。まさかカナメのように魔導具を作るわけでもあるまいし……そもそも核を加工するなど突拍子もない事を勇者以外がやらかすとも思えんし>

<で、解決はしてないんだけどダンジョンに関わる事だからって、一応報告に来たんだよ。このダンジョンは最下層まで攻略されてないから、狙われる可能性は低いと思うけどね……万が一、そういう思考の奴が来たらグロースに報告、ってのお願いしたくて>

<なるほどね、ルイの安全性に関わる問題だ。協力しよう。でも、緊急性は低いんだね?>

<ああ。核を盗まれてないダンジョンも残っていてな、そのすべてが深い層だったんだ。攻略が難しいものだな。だからここには来ないだろう、と我々は踏んでいる>

<ふーん。それはそれとして、使用用途に見当がつかなくて居心地が悪いと>

<そうなんだよなぁ。背筋に虫が這うような気分が延々と……ああー。あんな魔力の塊達が悪用されたとなると、大災害にも匹敵するやもしれんぞ。勇者もまだ動かんし、今回の厄災はどうなっとるんだか>

<背筋に虫とか、俺、絶対気付かないなぁ>

<……お前は気楽でいいなぁ、アル>

<あはは、それコウレンが言う?>

<僕からしたら五十歩百歩……君ら、同列だからね>

「コウレンさん、アルファさん、足りないものはないですか?」


 トーコが一通り食べ終わって眠たくなったのか肩に全身を預けるようになったので、不足がないか聞いて回っているとコウレンさんもアルファさんも大満足だと笑ってくれた。んふふ、喜んで貰えたならお誘いしたかいがありますなー!

 後ろからムゥさんのすらりとした腕が伸びてきて、ほっぺを突かれる。


「幸せそうな顔しちゃってー、このこのー。可愛い子ねぇ」

「ふふ。大人数でわいわいしながら食べるって、好きなんですよねぇ。親戚がよく集まる家だったので、慣れてるっていうか。美味しいって顔が並ぶと嬉しくて……」

「ああ……それは、少しわかります」


 そう反応したのはリトジアだった。キースくんと一緒にいたと思ったけど、いつの間にか傍に来てたみたい。私の影に隠れるように、それでも会話には参加してくれるようだ。


「猟師達が焚き火を囲んで食事を共にしていた風景は、とても、ええ……幾年も見続けた中でも、好ましい記憶です」

「そっかぁ」


 本当に、とても愛しいものを見るような顔で言うものだから。胸が温かくなるような、締め付けられるような……リトジアから昔の話をしてもらえて嬉しいの気持ちも混ざってきてマジで心の中がぐわんぐわんしてます。やんばい。

 私が複雑な気持ちに胸を抑えてると、リトジアがふと思い出したようにコウレンさんに声をかけた。


「好ましい記憶と共に、思い出しました。コウレン。ひとつ、聞かせてください」

「ああ、なんだ?」

「あの時言っていた探しものは、見つかりましたか?」

「……いいや」


 あ、コウレンさんには引き続き話せるのね、やったぜ。

 そう呑気に思ってた数秒前の私よ。現在の私はね、目の前のコウレンさんから放たれる聖母の如き儚い佇まいに膝を折りそうです。いや折ったわ。すとんと座ったわ。

 絵画で切り取ったような、壮絶な美がここにある。コウレンさんの表情の一つ一つが、きらきらと輝くようで。伏せられた睫毛の先から悲しみが零れてきているような……とにかく魔族やべーって事です。一般人の目には負荷がすごい。


「ずっと、俺は見つけられずにいる。ああ、先日は冒険者に大見得を切ってしまったが、心残りはあったな……探し当てるまでは、死んでも死に切れん」

「魔族は執念深いからなぁ」

「生に執着しないくせにねぇ」


 そう言って笑い合う魔族の3人に、私は黙るしかなかった。

 雰囲気に呑まれたというか、共感も出来ない短命種族には、口出しする事が出来なかったんだ。


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