番外編.箱庭に住む人のそれぞれ その6


 飲食物に関するお話を少し。

 時間軸は家の増築をした後になります。



・コーヒー牛乳


 ヒューさんから村での食生活を聞き出してる時に、意外な話を聞いた。


「日常的にコーヒー飲んでたの?」

「村には定期的に行商人が来てたんだ。聖樹の湧き水を買い付けにね。その代金で、色々と必要なものを買い揃えたりしたんだ」

「ほほう」


 服や、作業用の道具、食材や調味料などの生活必需品から、子ども達にねだられたお菓子や、嗜好品。そういうのを、村の皆で相談しながら購入していたんだって。

 湧き水で得たものは皆で分ける。それが村のルール。

 だから皆で分けれないもの、贅沢品など……つまり個人的な買い物がしたい時は、自分で売り物を用意するそうだ。たとえば山菜とか、きのことか、川魚とか、畑の余った食材とか。身近にあるものだね。

 ヒューさんは木こりだったけど、山や森の整備をしつつ、生産した薪は村で消費するもの。個人的に稼ぐ事が難しい職種だった。ちょっとした時間に木彫りの玩具や人形とかを作っていたそうだけど、そんなにいい稼ぎにはならなかったらしい。

 木こりじゃあまりいい生活ができないと思われてたのかな。とヒューさんは前に言ってたけれど、この話の事だったのかな。

 でも村のために薪を用意してるから、湧き水で購入したものの分け前は多めだったらしいし、やっぱ聖樹さんの影響がありそう。

 意味深な視線を向けると、聖樹さんは知らないよーって感じで枝を振るんだけどね。まあそこはいいや、閑話休題。

 んで、その生活必需品の中にコーヒーや紅茶、ほうじ茶が含まれていた、というのが今の話だ。

 湧き水をそのまま飲むのを村人達は好んだけれど、寒い日は白湯よりも違うものが飲みたくなる。そういう時に重宝されたんだって。


「皆がコーヒーを好んでたの?」

「ううん、好みだと思う。どれも出がらしが肥料になるから、この3つが特に好まれてたよ」


 へー! 飲んだ後もガッツリ再利用するのかぁ。いいなぁそれ、うちでもやりたい!

 コーヒーや紅茶といえば消臭剤だよね。アンモニア臭を吸い取るっていうから、トイレに置いてみたかったんだよ。前はうっかり片付け忘れてカビたら嫌だなと試せなかったけど、今ならほとんど箱庭に住んでるし。忘れる事はなさそう。

 あとは、そうだ。たい肥作ってみるとか? いや、それより地面にまいて直接吸収させた方がいいのかも。麺を茹でたお湯も吸収してた大地だし、何でも受け入れてくれそうだよね。後で聖樹さんに相談しよ。

 さて。ヒューさんがコーヒーを嗜んでいたなら、喜んでもらえる可能性が出てきた。ならやりたい事を推し進めるのみ!

 彼がランニングに行ったのを見計らって、キッチンに入る。取り出しましたるはボトルコーヒー微糖。1ℓ弱の大きなペットボトルだ。

 そしてもう一つ。百均で売ってる蓋付き製氷皿を洗浄して、作業スペースに置く。


「まあ、まあ、ルイ。それは何ですか?」

「おかえりリトジアー。これはね、コーヒーっていうんだよ。コーヒー豆を焙煎して、粉砕して、お湯や水で抽出したもの。これは冷やして飲むやつね」

「豆から抽出するのですか。茶葉とは違うのですね」

「うん。気になる?」

「少し」

「これは砂糖が入ってるタイプだから、無糖のを買うね」

「楽しみです!」

「とっても苦いよー」


 リトジアはフルーツ水も炭酸もOKだし、もしかしたらコーヒーも飲めるのかな。だとしたら新しい苦味の開拓になるわけだ。わくわくするね。

 ペットボトルを傾けて、製氷皿に注いでいく。量は8分目から9分目。溢れないように。たっぷり入れると割りづらくなっちゃうからね。


「コーヒーを凍らせるのですか?」

「うん。ちょっと変わった事をしようと思って」


 後まあ、幼女の舌でもコーヒーを味わいたくて。前に試したんだけど、カフェラテは苦くて無理だったんだよなぁ。悲しい。

 冷凍庫に製氷皿を入れる。今日はおやつに間に合わないだろうから、明日の休憩時間に出そうかな。


「──というわけで、コーヒー牛乳を作ります!」

<ほう>

「コーヒー牛乳?」


 昨日の氷ですね! と目を輝かせるリトジアと、こぉひー? と不思議そうな顔をするキースくん。ありがとう、良い反応だ!

 ただキースくんはまだ2歳だから、コーヒーは止めて牛乳だけにしようね。カフェイン過剰摂取はよくない……いや私も5歳だから飲み過ぎは厳禁だけど。

 冷凍庫からコーヒーを注いだ製氷皿を取り出して、両端を掴んで蓋ごとねじるように力を込める、込める、込める!

 カタッと外れる音がしたので、製氷皿をひっくり返したままテーブルに置いて、裏側から軽く叩いたり、捻ったり。蓋に氷が全部出たら、次は小さなトングの出番だ。

 製氷皿から解放されたコーヒー氷が、蓋の内側にずらりと並ぶ。その中から一つ取って、子ども用の小さなガラスコップに落とす。からんと鳴って、つるりと滑る。

 コーヒー氷は水で出来た氷より溶けるのが早いから、素手で触ると手がコーヒーだらけになるんだよね。トングのが掴みやすい。

 そこに牛乳をたっぷり注ぐ。これでずっとひんやりなコーヒー牛乳の出来上がり!


「はい、完成。じわじわ変わってくから、見てて」


 夏の時期はこれが簡単で美味しいんだよねぇ。最初に考えた人は天才だと思う。氷が溶けてくごとにコーヒーの味が濃くなっていくし、牛乳の白が薄茶色から茶、濃い色に変わっていくのも目で見て楽しい。氷の数で好みの味に調節できるのもお手軽で良し! コーヒーボトルを微糖にしたのは、冷たい方が甘さを感じづらいと言われてるから。だからかもしれないけど、個人的に、無糖より微糖の方が美味しい!!

 私は幼女なので念のため一つだけにしといたけど。ヒューさんはコーヒーを飲んでたって言うし、テクトと同じ氷三つでいってみようか。

 大き目のガラスコップにコーヒー氷を入れて、氷より少し多いくらいの高さまで牛乳を注ぐ。


「これがコーヒー牛乳?」

「その中の一つだよ。これは味の変化を楽しむタイプのコーヒー牛乳でね……ほら、コップ見て」


 たぷりとゆれる牛乳の水面に、じわっと濃い茶色が染み出てくる。うんうん、溶けてきた!!

 スプーンでかき混ぜるとすぐに溶け合って、香ばしい匂いがふわりと香る。ああー、たまらーん!


「きーも、やる!」

「はいどうぞ」


 必死に手を伸ばすキースくんにスプーンを渡す。些か強めにぐるぐる回されてるから、ちょっと端から零れてるけど……まあそれくらいは誤差だよ、うん。

 キースくん用の牛乳100%飲料を準備してると、先に一口飲んでたテクトからテレパスが飛んできた。


<へぇ! 美味しい! 溶け始めは牛乳の甘味が強くて、コーヒーの苦味が薄いね。でも匂いは強い。飲みやすいな>

「でしょー! でも美味しいからってゴクゴク飲んじゃうと牛乳がすぐなくなるよ」

<そういう事は早めに言ってよ。もう氷しか残ってないんだけど>

「さすがだよテクト」


 水滴がついたコップが置かれて、重なった氷が大きく音を立てた。見事な完飲ですおめでとうございます。

 牛乳いっぱい買っといてよかった。テクトが素早く消費するって事は、お気に召したって事だものね。


「これはゆっくり時間をかけて、一口一口、楽しみながら飲むものなんだよ」

「僕も飲んでみて、いい?」

「どうぞどうぞ。寧ろ早めに飲まなきゃ、どんどん氷が溶けちゃうよ。甘すぎるなぁって思ったら、無糖のも準備してあるから教えてね」

「う、うん」


 ヒューさんがわくわくどきどきした顔で、コップを掴む。その横で、テクトが牛乳をコップギリギリまで注いでいた。わぁお大胆。零さないように気を付けてね……私のコーヒー牛乳はもしかしたら半分以上零れてるけども。

 そーっとコップの縁に口を付けて、傾けた。こくり、と飲み込む。

 無糖のコーヒー氷を取り出しながら様子を窺うと、ヒューさんの表情がぱぁっと明るくなっていく。おお!


「お、いしい! これ、美味しいね!」

「ならよかった!」

「すごく飲みやすい……え、ここからコーヒーが濃くなるんだっけ。面白い飲み物だね」

「ふふふ、でしょー! はいリトジアも、コーヒー氷試してみて」

「ありがとうございます!」


 無糖のコーヒー氷を入れたプリンカップを渡すと、リトジアは声を弾ませてスプーンを持ち上げた。何度もつついて、ほんのちょっと削れた氷を口に含む。

 最初は首を傾げてたリトジアは、しばらくしてから頷いた。


「苦味と酸味があって、なんとも不思議な味です。独特な風味は好ましいですね!」

「お、気に入った? ならコーヒーの氷も今度から常備しようかな」

「ふふ、お願いしますね!」


 任せときなされ。リトジアの満開の笑顔を見るためならば、私喜んで作りまくるよ。

 と意気込んでたら、今度はテクトが不服そうな声を上げる。


<ねぇ。コーヒーが十分に溶ける前に牛乳飲み切っちゃうんだけど。味を試したいのに、ままならないよ>

「相当お気に召してるじゃんテクト」


 ここまで一気に飲み切っちゃったの、ラーメンのスープ以来では?

 テクトはすぐ飲んじゃう用と、少し待つ用のコップを準備した方がいいんじゃない? まだ材料あるし、色々試してみていいよ。余った氷はフリーザーバッグに入れて、冷凍庫に戻してね。


<じゃあいくつか、氷の個数も変えてみようかな。コップ出すね>

「是非楽しんでちょうだい。さーて、私のコーヒー牛乳は……」


 まだ残っているかな、と思って見れば。キースくんがすんごい口をへの字に曲げていた。あ、まさか!

 慌ててコップに振り向くと、格段に量が減っていた。明らか、びちゃびちゃに零れたものと量が合わないし、ガラスの縁に飲んだ後がちょびっとついてる。

 キースくん、のーんーだーなー!


「これ、やー!」

「そうだね、苦かったねぇ」

「にが、いー!」

「まったくもう」


 好奇心旺盛なのもいいけど、何でも口に入れるものじゃないよキースくんや。

 いやいやと両手を振るキースくんの口に蜂蜜を突っ込んだら、一瞬でご機嫌に戻ってスプーンを舐め始めた。さすが甘いものですわ。ついでに牛乳もお飲みなさいね、カフェイン濃度薄めるからね。

 それで幼女の口に、コーヒー薄めのコーヒー牛乳は合ったのかって? 残念無念! 飲み切れなくって、ほぼテクトの胃の中に消えたよ!! 悔しい!!









・茹で卵


<僕はやる……やるぞ……>

「は、はい……」


 テクトが真剣なまなざしで、テーブルの前に立つ。その手にはヒビの入った卵が一つ。

 今日は卵サラダでもと思って作った茹で卵を、僕が剥く! と立候補してくれたテクトは、最初の威勢が鳴りを潜めてしまい。今や小声で自己暗示をかけていた。

 そう、テクトと卵の戦いは、力加減と紳士力を身に着けたにも関わらず続いていたのである。

 神妙な面持ちで見守るリトジアと、唾を呑み込むヒューさん。私の隣で白身と黄身を分ける作業に飽き足らず両手でぐちゃぐちゃ潰す事に没頭するキースくん。手慣れた動きで他の卵を剥いていく私。

 そしてテクトは震える両手で卵を持ち、ヒビに手をかけて──ぐしゃっ。


<ああっ……!!>

「やっちゃったねぇ」


 どこの力加減を間違えたのか、殻を巻き込むように卵を分断してしまったのである。

 ううう……と落ち込みながら卵を渡してくるテクトの頭を撫でる。落ち込まなくてもいいと思うけどなぁ。


「ヒビを入れれるところまで進歩したね。すごいよテクト」

<そりゃある程度の力を込めてぶつけても壊れない茹で卵だからね。僕だってそれくらい出来るさ。生卵じゃこうはいかない>

「いやー、でも最初はテーブルにぶつける前に握り潰してたじゃん。それくらい、じゃないと思うけどね」

「え、そうだったの? それじゃあ、随分と努力を重ねて来たんだね。すごいよ」

「はい! テクト様は事あるごとに卵の試練に挑んでまいりました! めげない姿勢、卵との接し方の復習、見習わなければならない所がたくさんあります!」

<……なんか恥ずかしくなってきた>

「テクトの頑張りを見てくれてる人が増えて、私は嬉しいよ」


 うちの相棒、めちゃくちゃ努力家なんだよ! って自慢し放題。

 キースくんが手についた卵を舐め始めたので、そっとボウルを避難させる。舐めた手で触っちゃ駄目よー。お手伝いありがとね。

 卵に付いた殻を丁寧に取り除き、ボウルに入れた。ほら、ほとんど潰れちゃってるし、違和感ないよー。

 ヒューさんとリトジアにキースくんを回収してもらい、私はサラダの続きだ。

 茹でておいたブロッコリーの水気をキッチンペーパーで取りながら、ボウルに入れて。それからかつおぶし小分けのを一袋、砂糖、しょうゆ、それから白いすりごま、マヨをたっぷり。

 よーく混ぜて、味見を一つ。うん、整った!

 この卵サラダはブロッコリーを美味しく食べれるサラダとして、親戚が集まった時に重宝したものだ。ブロッコリーやだーって子も、これだと食べてくれる事が多くてね。

 ごろごろブロッコリーに卵とマヨが絡んで、さらにかつお節で香ばしく、旨味をプラス。砂糖と卵でまろやかな口当たりになり。しょうゆで馴染みのある味に変わるのか、実はマヨあんまり得意じゃないって子も食べやすい。そんなサラダだ。

 キースくんがブロッコリー食べるの初めてっぽいから、まずはこれで様子見、と思ったんだよね。

 実はこれブロッコリーだけじゃなくて他の野菜にも合う。特におすすめはキャベツ。手で千切って耐熱皿に入れてラップして、2分ほどレンチンした後に水気を取り除いて入れる。後は作り方同じ。

 今の我が家だとレンジがないから、蒸し野菜になるのかな……しゃきしゃき、と存在を主張する野菜に、適当に崩した白身と黄身。食感の違いが楽しめるのも、このサラダの良い所。

 ただまあ、とボウルを見下ろす。キースくんに念入りに潰された卵と、殻を取り除くためにボロボロになった卵……今日はブロッコリーの主張が激しくなりそう。それもまた、卵とマヨがよく絡んで美味しいけどね。


<……次はちゃんと、白身の原形留めるようにするよ>

「ふふ。楽しみだね」


 テクトが一気に成長するから、置いてけぼり感あったけど。まだまだ、成長しきれない所があるんだなって。

 テクトには失礼な考えだとは思ってる。でも、少しホッとしてるんだ。

 隣に相棒がいてくれると、安心できるから。

 そう考えると、いつも彼は肩を落として微笑むのだ。


<仕方ないなぁ>


 愛しそうに、微笑んでくれるのだ。


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