144.ともしびと穴
「まずは冒険者が多用する、明かり代わりの光属性をと考えていたのですが……調理に使う予定ならば、火属性から始めますか?」
「え、明かり!? そっちもめっちゃ助かります!! 覚えたい!!」
街頭がない箱庭だと日が落ちれば真っ暗になるばかりだから、いつも魔導具ランプに頼るしかなかったんだよね。自分で自由に明かりを出せれば、ちょっとした夜の散歩とかも気軽に楽しめるのでは? しかも魔法の明かりだよ? ふわふわ浮かせられそうじゃない? 幻想的で最高では?
「冒険者は皆が覚える魔法なんです?」
「ええ。夜の移動だけでなく、洞窟など暗所を探索する時も重宝するので。必須の魔法になりますね」
「暗いと見づらいですもんね」
「後は動物やモンスター避けなどに……野宿する事もありますから」
そっか。ここはダンジョンの安全地帯だから、休憩中に警戒するとしたら悪い事を考えてる冒険者のみだけど。外で冒険してる人達は、ちょっと休憩するにも野生動物やモンスターにも気を配らなきゃいけないんだ。
そこで使い勝手いいのが、水や砂かけて簡単に消える焚き火じゃなくて、自分の意思で明暗を決められる魔法の光なわけか。なるほどねぇ。
「光も火も両方、明かりとして重宝されますが……火属性で灯りをとると周囲に燃え移る可能性があり、気を遣いますので」
「ああー。光属性の方が需要高い感じですか」
「そうなりますね。ルイは属性適性がすべてあるので、光属性の明かりをお勧めしますよ。属性そのものの現象を起こす事は、簡易的なので詠唱はいりません」
「はい!」
というわけで練り上げた魔力に、実体を持たせる時がやってきたのであーる! くぅうう! 興奮するぅうううう!!
いいや落ち着け私! 魔力の暴発は心の焦りから、魔法を使う前は深呼吸!
そんな私を見ていたシアニスさんは、私の教えをよく守っていますね、と微笑んだ。そりゃあもちろん!
「ではルイ。この練り上げた魔力をどのような形にしたいのか、想像してみましょう。魔力は散らさないように、維持したまま」
「維持したまま、……どんな、形に……」
両手でほわほわ温かい光をキープしながら、考える。
うーむ、明かりかぁ。この魔力の塊は幼女の手に収まるサイズだから、そんなに大きくない。昔から馴染みのある小型の明かりと言えば、懐中電灯が思いつくけど……おっと、練り上げた魔力が零れそうになった。ふう、整えて整えてー。
なんかこれ、味噌汁をなみなみ注いだお椀を運んでる時の気分だなぁ。両手がプルプル震えちゃうやつ。お椀に集中したいのに、足元も行先も確認しなきゃいけないような、集中力が乱れちゃう感じ。
洗浄魔法の時はこんな風にならなかった気がするけど……いや、あれそもそも基本のきの字も知らないでやってたから、あっちのがおかしいから。私の掃除知識と経験で何とかセーフだっただけだから。あれと比べちゃいかん。
もう一度、深呼吸。
視線を手元に落とす。ほわほわと淡く白い光を放つ魔力。これを、懐中電灯にするんだ……カチッとスイッチを入れれば、真っ暗な中に真っすぐに走る白線。目が眩む白光。お祖父ちゃんがたまにふざけて顎下に添えてた……
すると一瞬だけ、私の両手から眼前まで、真っすぐな白い道が照らすように走った。
「うぇ!?」
思わず変な声出ちゃった! ああっ、光が消えて、元の魔力の塊に戻ってる!!
「も、もう一回!!」
えーっと、懐中電灯、懐中電灯……停電した時に助かって、一家に一つは準備しておくもの。夜道を歩く時、足元を照らすもの。お祖父ちゃんが「お化けだぞ~」ってふざけるもの……
ぬあああん、駄目だぁ!! 何か懐中電灯はお祖父ちゃんの悪ふざけがチラつく!! 集中できない!! せっかく練った魔力が霧散しそう!!
何か違う明かりはないかな。日本の時の記憶だと、懐中電灯ばっかり出てくるから、この世界での明かりを思い出そう。
ダンジョンの揺らめく松明、は属性が違うから次の機会に。あとは箱庭の、そうだ、ランプがあるじゃん!!
家での常用灯は大きめのやつばかりだけど、手持ちのランプもないわけじゃない!! あれ、ランタンっていうんだっけ? まあいいや、やってみよ!!
もう一度、呼吸して。たぷたぷ味噌汁をキープしながら、想像力を働かせるイメージで。
持ち手からぶら下がる、アンティーク調な土台。金具にはめられたガラスの瓶とその中身が、ろうそくの灯のように優しく揺らめいて……古き良き喫茶店の薄暗い中で控えめに主張するそれが、一番印象に残ってる……うん、いいぞぉ。気が散る感じはなし!!
この想像を両手で包む魔力へ流し込み、パンのようにこねて、形作る。ランプ、ランタン、お洒落なやーつ!
練り上げた魔力が、手の中でぐるんと一回転したような気がした。
つい握り込んでしまった両手を開く。むちむちの幼女ハンドの上に、揺らめく明かりが鎮座していた……鎮座してるねぇ消えないねぇ!?
私の背中からトーコが触手を伸ばす。湿り気を帯びたそれが光に触れて、スカッと通り抜けた。その半透明な体が、ゆらゆらと揺れる明かりに合わせるかのように、きらめいて。
「し、シアニスさん!!」
「良くできましたね! 成功ですよ!!」
シアニスさんを見上げると、うんうんと頷いてくれてる。わ、私、洗浄以外の魔法、使えたー!!
「この明かりを素早く安定して出せるようになると、合格です。今は魔力と魔法の間を行き来してる状態ですね」
「あっ、ほんとだ」
気付いたらランプっぽい明かりは消えて、さっきより小さな魔力の塊が手の中にあった。うああん、もう終わっちゃったんだぁ。
そりゃそうだよね、集中力も想像力も切れたし。
「安定して灯せるようになったら、自由に動かす練習も始められますよ」
「ゆ、指先で操るように動かせたり、します!?」
「ふふ、ええ、もちろん! あなたの思うまま、動かせるようになりますよ」
「わあ……!!」
すごいワクワクする……! そんな魔法使いっぽいこと、出来るようになるかなぁ!!
どうなるかはわからない。でも、いまは……!! じわじわこみ上げてきた歓喜の思いが、溢れてしまって仕方ない!!
「~~っ、すごいです! なんか、その、言葉にしづらいんですけど……とにかく、めっちゃ嬉しい!!」
異世界転生あるあるの、派手な攻撃魔法じゃない。私らしい、生活に必要な地味なもの、初歩的な魔法だけど。語彙力溶けちゃうくらい、嬉しい!!
私、ちゃんと魔法出来たー!! ファンタジー出来たー!!
ざくっ、ざっ、ざっ、ざくっ。
「うーん。このくらいの大きさでいいのかな」
<さあ……今のところ、家より二回り小さいくらいだよ>
「ええー。そう言われると、狭く感じちゃうなぁ。魚には大きく育ってほしいし、もっと大きくする?」
「ですが、一つの池を大きくしてしまうと、他のものも連鎖的に大きくなります」
「箱庭が穴だらけになりそうだなぁ」
やあ。ちょこっとした魔法が使えるようになって連日テンション高めの幼女でっす! シアニスさんに、魔力の練り上げだけでなく光属性の明かりも毎日練習してくださいねって課題出されたよやったー!! ちなみに火属性はまだ様子見しましょうね火傷するといけないので、って制止されちゃったよ残念!!
今日は穴掘り……もとい、池の範囲決めをしてるところ! ヒューさんといつか話してた、池でお魚育てよう計画を実行中なのである!
聖樹さんから池作っていいよの許可を貰ったし、ヒューさんも元気になったしで、箱庭メンバー総出でスコップとシャベル持って、ああでもないこうでもないって池の形や縁を決めてるんだよね。
池はどう作るんだって? それはもちろん、箱庭の地主である聖樹さんの不思議チートぱぅわーで何とかする予定だ。っていうかそう提案された。畑はいじれませんが、芝生の部分をいじる事なら出来ますよ。お手伝いさせてくださいねって。
最近の聖樹さんって本当、アクティブだよね。いや、正しく意思をくみ取れる人が増えたからそう感じるだけなのかな? それとも箱庭の管理をする事で瘴気に侵された傷が癒えたからなのか……まあ聖樹さんが元気なのはいい事だよ、うん。
まあ聖樹さんの申し出がなかったら、テクトが
皆と話し合った結果、池の予定地は箱庭に入ってすぐ右、家の隣に決めた。家の近くにあった方が、何かと便利かなって思ったんだよね。魚を獲ったらすぐキッチン、はちょっと憧れない? 私は憧れる。とてもやりたい。
「水源はどこにしましょう」
リトジアが、シャベルを掴んだツタを伸ばす。私が線を引いた所を軽く掘ってくれてるのだ。ありがたや。
今回、池を作るにあたって新しく水源を設ける事にした。これはリトジアとヒューさんが提案してくれたんだけど、曰く。
「水流があった方が、水が滞らず濁らないかと思います。故郷にあった湖は、山から湧き水が流れて込んできたので常に澄んでいました」
「流れのないため池は、臭いがひどかったよ。年に一度は水を抜いて、臭い泥をかき出してた」
「箱庭に池を作るならば、湧き水から水を引くか、聖樹様に水源を作っていただいただかないといけませんね」
「そういえば……ため池は粘土を固めて層を作って溜めてたから、もしかしたら水源がないと水が抜けてしまうんじゃないかな。水流もいるとなると、大きい水源が必要かもしれないね」
という事らしい。
確かに、昔見た緑色のため池は何とも言えない臭いがしたなぁ。皆、水が腐ったーとか言ってたけど。そっか、あれ水流がないとああなるのか。
<へえ、そうなんだ。臭くなったら水浴びは出来ないし、魚も美味しくなさそう>
「ため池の魚は……長く放置してると泥臭さがひどかったな。皆に不評だったよ」
<よし、なんとかして水流を起こそう>
「激しく同意」
泥臭いのは困る! 淡水魚はたださえ臭みが強いと言われてるから、どう調理しようか悩んでるとこだし。これは水源必須案件!
で、聖樹さんに水源増やせないか聞いたら、問題ありませんよ、と頼もしい返事が来たのである。
「うーん……花畑の近くだと湧き水と位置かぶっちゃうし、離れた方向にする? 聖樹さんはどこでも水脈繋げられるって言ってたけど、水源が密集すると泥化しそうでちょっと気になるよね」
「そういえば……湖の周りも、一部は泥でした」
湧き水あたりはキースくんのお気に入りかけっこコースに含まれてる。花畑好きだからなぁ、キースくん。ついでとばかりに岩場の周りをぐるぐるするのはもう、見慣れた光景だ。
だから、もし湧き水の周りが泥になってしまったら。キースくんがいつものように駆けて、足を取られ、岩場へ向かって転んでしまう可能性がある。
あの周りは走らないように、って注意すれば済む話かもしれないけど。運動が大好きな元気っ子に、こっちの都合で制限をかけるのもね。
<じゃあ箱庭の奥側にしようか>
「うん。池の下からこんこんと湧くタイプもどうかなって思ったけど、土が舞い上がったら困るしねぇ」
「まあ、それは不思議な湧き方ですね」
「そんな池あるの?」
「私の故郷にあったよー。実際に見た事はないけど」
テレビでね。旅行して実際にこの目で見なくても遠くの場所の景色が眺められるって、すごい世の中だったなぁ。今だからこそ、しみじみと思えるよ。
でも水源がない池は干上がるってヒューさんが言ってたし、もしかしたら私が知らないだけで身近な池にも、水底から湧き出てたのがあったのかもしれないなぁ。うう、それならもうちょっと調べておけばよかった。今更だけど後悔。
それから皆で悩んだり、ミチと遊んでたキースくんが突進してきたり、色々とあったけど。池の形が決まった。よぉし、これで後は聖樹さんに頼むだけ!
と意気込んでいたら、箱庭の端を振り返っていたヒューさんが、こてんと首を傾げた。おんや?
「どうしたのヒューさん」
「ああうん……その、数日前から気のせいかと思ってたんだけど……」
「うん」
「箱庭の端を沿うように走り込みをしてるから、何となく感じたというか……」
「はい」
「今日、池の範囲を決めて、家との距離を測ったから、わかったような、気がして……」
「あい!」
「……
「……ほわい?」
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