家族が増えてそれから
143.幼女達、変化する
「おはようございまーす!」
「おは、よー!」
「ひょる!」
ガチャリと箱庭の扉を開け、ダンジョンへ入る。テクトが事前に察知した通り、安全地帯にはルウェンさん達の姿があった。
今日は約束をした日だ。私も、皆も、昨日の夜からワクワクしてたんだよね。
元気よく挨拶しながら片手を上げると、隣にいたキースくんが同じように、かつ勢いよく腕を上げた。私にくっついてるトーコも真似してる。はい、うちの子達可愛い!!
敷布に座って寛いでた皆さんが、各々返事をしてくれた。
「おはよう。今日も元気がよくて、良い事だ!」
「おう……おめぇは呑気でいいな」
「おはようございます……何度見ても、慣れませんね。その扉」
「よく来てくれたわね……そうそう慣れないわこんなの。隠し部屋とかじゃなく、唐突に扉が出来るんだもの」
「数日ぶり……いや本当に、急に気配出てくるの心臓に悪いよ……新鮮な体験で面白いかもしれないと思い始めて来たけど」
「はよっす……オリバーそれ現実逃避って言わねー?」
あっはっは。ルウェンさんを除く方々はまだ、箱庭からの出入りに慣れてない様子。
トーコが生まれてから6日後、つまり延期された日に、箱庭の新しい家族達を事情を含め紹介しつつ扉の性能も説明したんだけど。まあ言葉少なに甘味を催促されたあたり、お察しの頭痛案件だった。国家機密並みの秘密をゴロゴロ持ち込む幼女でごめーんね!
それから
「日々の練習を欠かす事はないと思いますが……あなたの成果を、私に見せてくださいね」
気を取り直したシアニスさんに微笑まれる。はい先生! ちゃんと毎日、魔力ねりねりこねまくってきましたよ! さながらパンをこねるように!
「にいちゃっ!」
「わっ、と」
オリバーさんの懐に飛び込んでいったのはキースくんだ。箱庭メンバーに獣人がいないからか、キースくんはオリバーさんやディノさんにとても懐いている。今日はオリバーさんの気分だったんだなぁ。
「キースがその、ごめんね……」
「いいんだよ、気にすんなヒュー」
「それディノが言う? っていうか面白がってるよね? 今日は選ばれなかったからって、面白がってるよね!?」
「にいちゃ、あそぶ!」
「ああ、そう、そうだね! 遊ぼうね……な、何する?」
「かけっこ!」
「かけっこ!?」
「にいちゃ、おに、ね!」
「ちょ、待って、待って!! そっちは安全地帯出るから!!」
<大丈夫、出入り口は結界張ったから>
「ナイス壁張り!!」
なんて感じで、オリバーさんはキースくん相手にタジタジだった。感情を読み取れるからテクトみたいにスマートな対応とるのかなって思ってたけど、意外だったなぁ。
意外と言えば、ディノさんもか。力加減が苦手で子ども好きだけど懐かれないって皆にからかわれてたのが嘘みたいに、キースくんが勢いよく抱き着いても特に動じないし、むしろ「ほぉれ高い高い」ってキースくんを真上に投げてはキャッチしてたし、キースくんはめちゃくちゃ喜んでたし。獣人の子相手は慣れてるのかな?
てか高い高いって投げるもんじゃないよね? 持ち上げるものだよね? 獣人式高い高いやばくない?
「ではヒュー、前回の復習から始めようか」
「うん。お願いします、ルウェン!」
「エイベルから教えてもらった事は上手く出来たか?」
「えっと……残念ながら、あまり」
「そうか。だが何度も続けていけば、出来るようになる。特に柔軟は、怪我の予防に繋がるから、忘れずにやるのをお勧めするよ」
「はい!」
キースくんが遊び相手を決めた後は、ヒューさん向けの護身術授業が始まる。
色々と事情を知ったルウェンさん達が、聖獣の隠蔽魔法があるとはいえ危険なダンジョンで暮らしているのだから、身を守る術くらいは覚えた方がいいだろうと教えてくれるようになったんだよね。ルウェンさんとエイベルさんが主にやってくれる。今日はルウェンさん担当みたい。
ヒューさんも何か思う所があるのか、卑屈さを引っ込めて積極的に習ってるし、毎日課せられた鍛錬を欠かした事はない。ちょっと筋肉ついてきたように見えるから、成果は着実に出てるのだ。
本当ならあなたにも教えたいのよ、と私のほっぺを突いたのはセラスさんだった。ただ、あの戦闘力ゼロなステータスを見た後だと、ねぇ。魔法を覚えさせる方がマシという判断になったらしい。いやあ、びっくりするほどバトル適性ないからなぁ。
<じゃ、行ってくるね>
「はーい、気を付けてねー」
「今日こそテクトより早く帰ってきたいわ」
「だよなー」
<ふふ、まだまだ負けないよ>
「俺ぁ参加しねぇからな」
「ディノはのっそりとした熊さんだからスピード勝負は無理よね、お気の毒に」
「あぁ゛? 吹けば飛ぶような薄っぺらが何か言ってやがるな?」
「はぁ?」
<煽り合うのは勝手だけど、僕もう行くからね。今日は手前右にしよ>
「お先ー! 俺は奥の左な!」
「あ、ちょ、待ちなさい! 私は奥の右!」
「……んじゃ、行ってくらぁ」
「いってらっしゃい!」
アイテム袋を片手に駆けていったテクトと、それに続くエイベルさん、慌てて駆け出したセラスさんと、ため息ついて歩いてったディノさん達は、ダンジョン探索組だ。モンスターを倒すのじゃなく、宝箱の中身回収が主目的なのである。
108階の複雑な作りの方を何度も探索して来たルウェンさん達は、地図がなくても迷う事がないらしい(めっちゃくちゃ羨ましいのは内緒だ)。そこで妖精らしさを捨てたテクトが思いついたのだ。<暇な人さ、僕と競争しない?>と。
<僕、一度やってみたかったんだよね。冒険者と宝箱を取り合うの>
「アグレッシブ聖獣」
<ルイの影響出てるからね>
「何か言うとすぐそれ言うー。はいはい黙りますー」
「あまり穏やかな競争じゃなさそうね」
<冒険者らしい勝負をしてみたいんだよ。せっかくダンジョンにいるんだし>
「具体的にはどういう勝負なんだ?」
<僕は防御には定評があるけれど、戦う力はないからね。この競争では、モンスターは倒さない。見つかっても逃げる事が前提だ。そしてモンスターの隙を見て宝箱の中身を回収、安全地帯に戻ってくる>
「へー。面白そうじゃん」
<勝敗は帰ってきた順と、宝箱の中身の数で決めよう。宝箱1つだけ見て帰ってくるだけじゃ、面白くないからね>
「中身の質じゃなくて数でいいのね」
<宝玉しか出ない僕相手に質の話する?>
「あ、いいです」
「うん、数にしよう。そうしよう」
という流れで、一流冒険者とテクトの競争が始まった。
安全のためにミノタウロス方面は禁止、ルート選択した後は通路が行き詰まるまで後戻り禁止、テクトは隠蔽魔法使用禁止、などなど。細かいルールを決めて、アイテム袋をそれぞれ持ち、駆けだしたのである。
初回はテクトの勝利に終わった。息切れする事なく帰ってきたテクトがごろごろ宝玉を出すと、息を整えるために座り込んでた皆さんがアイテム袋を開く前に降参した。俗に言う圧勝だ。テクト容赦ないわぁ。
それから次はルウェンさん達から誘われたんだよね。またあの競争やらない? って。
「いやそれがさー、俺達基本的に戦って倒してモンスターの部位を吟味して回収して、っての繰り返すのが普通だから、ずっと全力疾走する機会って案外ねーんだわ。あんな体力もたねーとは思わなくってよ」
「意外と鍛錬にいいねって話したんだよね」
「持久力と一瞬の判断力を鍛えられるいい勝負だ。というか俺もやりたい」
「ルウェンおめぇは前回居残り組だったな」
「ああ。聖獣と競える日が来るなんて、人生何が起こるかわからないな。とても、やりたい!」
そこまで言われたらテクトも乗り気になり、毎度約束の日の恒例になったんだよねぇ。今の所、テクトに勝てた人は誰もいない。
<これが鍛錬になるというなら、気の済むまで付き合ってあげるよ。色々と、便宜を図ってもらったからね……だからって勝負に手心は加えないけど>
というのがテクトの話だ。
私とテクトの秘密だけじゃなくて、キースくんとヒューさんの事も面倒見てもらってるし……助かるよ相棒。
それはそれとして勝利した瞬間にどや顔するの、めっちゃ可愛いんだ。今日もその顔、待ってます。
「では、私達も授業を始めましょう」
「はい!」
私は返事をして、テーブルに教科書を広げた。
この一月で変わった事がたくさんある。
上記の通り、ルウェンさん達との交流が私とテクトだけじゃなく、キースくんとヒューさんも増えた事もあるけれど。それ以外にも色々と。
一つは、ヒューさんの体調が健康的に戻ったと聖樹さんからお許しが出たので、散歩がてら108階の探索へ出るようになった事。戦う気はもちろんないから隠蔽魔法がっちがちにかけてるけど。
ヒューさんには、こうやって稼げば安全なんだよっていう体験になるし、キースくんにはいい刺激になると思う。箱庭にこもってばかりだと情操教育によくない、はず! 今は一塊になって散歩してるけど、そのうち2チームに分けて探索してもいいよね。効率2倍!
ちなみにヒューさんの宝箱の成果は、中級ポーションが一番多い。これはお店の取扱商品なので、とっても助かってる。そう伝えたら、ホッとしてたっけ。ようやく私に借金返せるって、嬉しそうだったなぁ。
ただし宝玉は出した事がない。テクトが頭抱えて<何で!?>って叫んでた。キースくんの成果は武器の類いが多くて、殺意高いなってこっそり思った。弓も斧もナイフも日常生活で使うもんね! ね!?
一つは、ルウェンさん達が108階に頻繁に出てくるようになった事。
そもそも皆さんが約束の日以外に上の階へ戻っていたのは、こちらの秘密を間違っても見ないようにという心遣いからだった。でもその秘密がバレてしまった今、変に気を遣うのもな、って思い直し毎日の探索ルーティーンに108階も含むようになったそうだ。
つまり時間がかみ合えば、約束した日以外でも会えるようになったのである。皆さんに会えるのは純粋に嬉しいので、是非とも108階に頻繁に来てほしい。宝箱は取り合いになっちゃうけど、そこは冒険者。きちんと分かれ道で話し合いをさせてもらってる。
一つは、リトジアがグロースさん以外の人にも挑戦しようと勇気を奮わせてる事。
実はこの一月、ルウェンさん達と会う日は必ずリトジアが、隠蔽魔法をかけてもらってから、ついてきてる。今の所、彼女に暴走の予兆は見られてない。今日はどこにいるだろう、きっとキースくんの傍かな。頑張ります、と意気込んでいた姿を思い出して笑みが零れる。
いつか、ルウェンさん達が平気になったのなら。紹介したいなぁ、うちの可愛い精霊さんを。
「あら、何か楽しい事でも思い出しましたか?」
おっと、今は休憩中だった。えへへ、と笑い流して、シアニスさんからもらったドライフルーツのクッキーをサクサク食べる。
今日も美味しいなあ、バニラさんって人のクッキー。ドライフルーツが大きめに切って入ってるのもいいし、バターの匂いがほんのり香るのも好き。かための食感なのに噛めばさくほろと崩れてくのも、程よい焼き加減。最高ですわぁ。
一度はお店に行ってみたい……そのうち。
ふと隣を見ると、キースくんがもちゃもちゃがじがじと干し肉を噛んでいた。これもまた大きな変化の一つ。
自分の指を噛み始めた日から、キースくんおやつは半分くらい干し肉だ。お肉だからもっともっととねだられるかなと思ってたんだけど、今の所は一枚渡せばずっとそれを噛んでてくれる。一切れで満足すればちょうどいいとはディノさん談。
キースくんを抱っこしてるヒューさんは、ルウェンさんやオリバーさんから冒険譚を聞くのが楽しいらしく、休憩中も話に夢中だ。ふふふ、いいねぇ。ヒューさんの顔が生き生きしてるねぇ! 聖樹さんも枝振って喜ぶレベルの表情だよ!
「そろそろ、休憩は終わりにしましょう。次は魔力の練り上げです」
「はーい!」
待ってましたぁ! 実技の時間だよー!
「では、光属性の魔力を練り上げてください」
「はい!」
両手で器を作り、その中に集中する。光属性は白! 器の中でぐるぐる練る真っ白いものといえば……生クリーム! 泡だて器でかき混ぜて、角が立つように、魔力を練り上げる。
ふわっと温かい感覚がして、手の器に真白の発光体が浮かび上がる。よし、成功!
期待を込めてシアニスさんを見上げる。すると彼女は頷いた。
「出来上がる速度も、魔力の濃度も安定しています。これなら次の段階に進んでも大丈夫でしょう」
「やったぁ!」
「次はその魔力を、現象に変化させます」
「つ、つまり……」
思わずごくりと唾を呑み込む。胸がドキドキと鼓動して、張り裂けてしまいそう。
「簡単なものからになりますが……魔法を教えますよ」
「~~~!!」
ついに、ついに! 魔法を教えてもらえるんだぁ!! やったー!!
「あなたはすでに洗浄魔法を使いこなしていますから水属性は大丈夫ですが、他の属性はまだ未知数。一つずつ、覚えましょうね」
「はい! ああ、嬉しいなぁ。魔法覚えたらやりたい事があって!」
「まあ、何ですか?」
「プリンのキャラメリゼ!!」
ガスバーナーみたいな事を自分で出来ないかなって常々思ってたんだよね!! ほら、この世界、ガスの類いは全部NGだからさ! ここちょっと焦がしたいなとか思ったら、オーブン使うしかなくって!
でも魔法で火が出せたなら! 好きな火力で、好きに方向性持たせられたなら! 焦げるかもって心配しながらオーブン覗き込まなくてよくなるんだよ!
プリンのキャラメリゼが出来たら、他にもやりたいなぁ。刺身や寿司の炙りとか、ああそうだ、ラクレットチーズを溶かしてもいいなぁ。うふふ、バリエーション増えるぞぉ。
ぐふぐふと怪しく笑っていると、シアニスさんがふふふっと声を弾ませた。
「ルイらしくて、とても素敵です。是非、ご相伴にあずかりたいです」
「もちろん! 皆さんに食べてもらいますよ、私の努力の成果なんですから!」
是非味わってほしい!
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