140.感動実食と油の話



「みんな、準備はできたか……?」

「う!」

「全員、カメレオンフィッシャー取ったな? 野菜の方じゃねぇぞ」

「ああ!」

「よし……食うぞ……」

「おう……」


 アレクさん達が真剣な顔でゴクリと唾を呑み込み、ほわっと湯気が立ち上る揚げ物を箸で掴む。絡んだあんが重力に従って流れ、とろりと落ちた。

 緊迫した一瞬……の横で、私とテクトは呑気にオムライスを頬張り、クリスさん達は先に舌鼓を打っていた。


「あら、サクサク」

「べっちょりしてなーい!」

「あんが染みたところも、食感が変わって美味しいですぅ」

「……ん、臭みもない」

「はふっ、ふっ、あふいっ」


 熱さであまり味わえてない方もいるけど、おおむね好感触なようでほっとした。


<おや。そんな緊張する事あった?>

<ううーん。自分ではそんなつもりなかったんだけど……>


 もぐもぐ。とろとろ卵とチキンライスを楽しみながら、ふむ、と思考する。ごろごろの鶏もも肉が弾力あっていいなあ……お、鶏皮部分がカリッとしてる。テクトのこだわりを感じるなぁ。おっと思考がずれた。

 この世界では地球の食がそこかしこに浸食してる(一部の地域では日本の深いとこまで掘り込んでるんだけどそこは割愛)。日本食も種族関係なく広く普及してるから、ファンタジーの世界なのに舌が日本人に近いんだよね。ふっくら甘いお米然り、お茶然り。

 だから私が覚えてるレシピをそのまま提供してきたわけなんだけど……最近ヒューさんやキースくんの好みを模索中だからか、無意識に身構えちゃってたんだな、たぶん。

 なるほどね。と言うテクトの横で、女性陣が食べる姿を羨ましそうに見てたアレクさん達が、意を決して揚げ物を口に放り込んだ! おお、勢いよくいった!!

 サク、サク、じゅわり。歯切れのいい衣に、ほろりと崩れる白身。クセのない白身は、あんかけを邪魔しない。どの味とも合わせてくれる。噛めば噛む程口内に広がっているであろうあんの風味、野菜の食感、出汁の旨味……きっと涎が溢れてるだろうな。私は溢れた。

 アレクさん達の目がこれでもかと見開かれた。


「「うっっっまー!!」」

「え、嘘だろ美味い!?」

「これ俺、おれ、おれが? おれが、つくった……?」

「間違いねぇわこの切り損ないは俺がやっちまったやつだわ現実だわ」

「この焦げも見覚えあるわ俺がやりました」

「身がちょっと崩れたの戦犯俺です……夢じゃねぇよ」

「う……う!」

「うま……ちゃんと揚げれた……火が通ってる……」

「サクサク……衣サクサクしてる……」

「あんかけ美味い……なにこれ……じゅわってする……」

「なん……なんだこの、染みてる衣……なんかわからんけど美味い……」

「うー!」

「いつにも増してやばそうなんだけど」

「……料理でここまで感動できるって、いっそ才能だと思う……」


 ははは。でも揚げ物が……難しい工程がこなせた時って感動もひとしおだしね。この反応もわからなくはないです。


「ほらほら、次はオムレツ食べてみなよー」

「お、おう。そうだな。まだオムレツあったわ」

「いや待て。まずは飯で口の中整えてからだ。このままオムレツ食ったら味が混ざる」

「やべぇ。あまりの衝撃で飯食うの忘れてた。白飯、先に白飯食おう」

「はぐっ…………うそだろ、口に残ったあんかけの味だけで飯が食える。めっちゃ進む」

「馬鹿野郎そんなわけが………………あったわ」

「かけたい……飯にかけたい……」

「そんで口にかき込みたい……」

「皆さんに朗報っていうか追加情報なんですけど」


 茶碗と白身魚揚げの間をうろうろしている箸を見て、思わず笑ってしまった。いやー、本当に日本文化浸透してるわ。


「その魚とあんかけの料理は、ご飯にかけて丼にしても美味しいんですよ」

「な、なんだってーー!?」

「甘酢あんの方は卵をご飯に被せてからかけると尚の事ヨシ」


 天津飯っぽくなると思う。具だくさんな天津飯、ありでは?

 皆さんの目線が一瞬でオムレツに向かった。


「ああー! 俺もうソースかけちゃった!!」

「よっしゃあ! 俺まだかけてない!!」

「くっ……! 気がはやった!」

「オムレツじゃなくてスクランブルエッグでもいいかな先生!?」

「もちろん! オムレツより食べやすいと思いますよ!」

「う!」

「あー! クライヴはえぇ! もう堪能してんじゃん! どうなん? 甘酢あんの卵丼!」


 巨体故に丼(大)サイズお茶碗のクライヴさんは、スペースに猶予があるからか手早くオムレツをご飯に載せて、開き、ご飯の上にふわりと広げてからあんかけをかけた。

 おお、説明しなくてもオムレツ開いてくれた。私のオムライス見たのかな? 卵も固まりすぎずトロトロしてたし、彼が一番上手にオムレツ出来たんじゃないかな。さすがのクライヴさんだ。

 箸で器用に甘酢あん、白身魚、卵、ご飯をまとめて持ち上げ、大きな一口でぱくり。もっもっと顎を動かすごとに、美味しいと言わんばかりに瞳がきらめいた。


「美味いのか!? 美味いんだな!?」

「う!!」

「うあああぁいいなあ!」

「次、次は絶対それする!!」

「オムレツだって俺達、初めて作ったんだからな! 美味くできたか、まずはしっかり味あわなきゃ駄目だぜ……! これは悔しいから言ってるんじゃない! 断じて!!」

「もう答えてるようなものじゃないの」

「うっせ!」


 ちなみにオムレツの柔らかな食感でも皆さんは感動で叫んだ。

 ふふ、騒がしい食卓だぁ。楽しい!!

















「ふー、食ったー!」

「揚げ物って作れるもんなんだなぁ」

「ほんとにな」


 いつものように絨毯の隅で丸まっているメリッサさんの横を通り、テーブルに近付く。


「食器類の洗浄終わりましたよ」

「ありがとー、ルイ先生!」

「働かせた後に言うのもあれなんだけどさぁ、そろそろ、ほら、俺達欲しいのあるなって」

「あのね、これは親切心で言ってあげるけど。アレクあなたの風貌で媚びた上目遣いは大分気持ち悪いわ」

「クリスひでぇ!!」

「今日のデザートは何だろなー!」

「ドロシーを見習え。何で素直に言わねぇんだよ」

「いやつい」

「ついでやる事か??」

「あはは。今日は色々と準備してきましたよ」


 ちょっと売り方考えようかなって思ってて。いつも私が勝手に選んだのを出すだけじゃ芸がないからね。

 というわけでテクト、よろしく!!


<任せて>


 テクトがアイテム袋から取り出したのは、長方形の金属製の枠だ。上部と横面部分にガラスをはめ込んでいて、中身がよく見える筒状のもの。中には棚があって、おぼんに載せた各種デザート達が鎮座している。ガラスがはまってない所は開き戸になっていて、そこからデザートの出し入れが可能だ。

 そう、つまりは移動式の小型ショーケースである。魔導具なので、保冷性能も完備! ガラスに手を当てると、ひんやりと冷たい。ちゃんと冷えてるー!

 見つけた時はこれだと思ったよね。それでつい、必要経費って言いながら衝動買いしちゃった。テクトは面白がったし、リトジアは新しい魔導具に興味津々って感じだったなぁ。キースくんはちべたー!って叫びながらくっついて、ヒューさんは目を丸くしてたっけ。

 保冷できるショーケースがあれば、お客さんはゆっくり見て選べるし、こうしてデザートを並べる以外に、サラダとか惣菜入れてもいいよね。肉屋さんのように精肉や、ハンバーグのタネとかも……やりたい事膨らみますわ。

 まずは皆さんの反応を見てから、と思って今日持ってきたんだ。値札はテクトが書いてくれたので大丈夫なはず。


「へえ、ショーケースか」

「ついに導入したかぁ」

「えへへ。お陰様で稼げているので」

「よく通う店がグレードアップするのは、客としても助かるわ。良い買い物したわね」

「はい!」

「……見やすくて、いいね……」


 パオラさんは微笑んで、私はババロアが食べたいな……頼める? と言ったので大きく頷いた。お任せくださいなー!

 引き戸を開けて、ババロアのカップを取る。うん、お盆の後ろ側にも商品の名前を書いた札を置いたのは正解だった。わかりやすい!


「あ! プリンだー!」

「フランはいつもそれじゃん」

「プリンって一口に言っても、色んな種類があるんだ! 特にルイ先生の店はすげー数あるみたいだしさ! 俺、先生のとこのプリン、全部制覇したいんだよね」


 ほほう。それはまた大きく出たなぁ。

 ちなみに私の食欲に影響を受けたカタログブックのプリン検索数、3桁を余裕で超えるんだよなぁ……完全制覇はいつになるやら。


「フランさん、どのプリンにします? 森クラゲの情報を貰ったので、フランさんとクライヴさんのデザートは無料提供しますよ」

「マジで!? やった!! じゃあ俺ね、焼きプリン! クライヴは何にする?」

「うー……う!」

「チーズケーキだって!」


 それぞれ取り出して渡すと、弾けたかのような笑顔が真正面から襲ってきた……! うん、なんか健康に良さそう!!

 それから皆さんもデザートを選び、ゆっくりまったりタイムになった。

 フルーツのタルトにフォークを刺しながら、ラッセルさんがふと思い出したように言う。


「そういや、揚げた後の油ってどうすんだ?」

「揚げ油は、そうですねぇ。人によるというか……」


 どう処理するか決めてなかったから、鍋ごとアイテム袋に保存してもらってたけど。アイテム袋に入れておけば酸化を防げて長持ちするのはもちろん、熱された鍋ごと保存できるのがこの世の利点。ありがとうファンタジー。

 というのをファンタジー抜きで説明する。


「めっちゃ便利じゃん。揚げ物したくなったら、アイテム袋から出してすぐ揚げられるじゃん」

「そうなんですよね。ただ皆さんが多少出費しても構わないのであれば、私はオイルポットを購入するのをおすすめします」

「オイルポット?」

「深めのポットですよ。中身が何層かのろ過構造になってて、油に残った揚げカスを取り除いて、そのまま保存できるんです。油を綺麗にできるから、使いたい時に再利用しやすいんです」


 揚げ油は食材の旨味を吸った油だもの。これで野菜炒めすると、何か美味しいんだよねぇ。早めに使い切らなきゃいけないのがネックだけども、得難い味が潜んでるんだよなぁ。

 揚げ油として使えるのは3、4回くらい。いくら現状維持が出来るアイテム袋があるとはいえ、何度も揚げれば劣化は免れない。出来る事なら日常使いして、美味しく食べた方がお得ですよ。と付け加えると、アレクさん達の気持ちはオイルポットに傾いてきたらしい。


「クリス達は揚げ油どうしてんの?」

「私達はオイルポットに片付けるわ。この量の油をポリールバグにやるのはもったいないもの」

「油を再利用できるんなら、たしかにもったいねぇわな。普段なら生ごみで済むんだし」

「だなぁ」

「アレ厄介ですもんねぇ」


 皆さんしみじみと溜息を吐いた。

 さて、今までゴミの話を出した事がなかったのは、すべて皆さんが残さず回収していたからだ。

 アイテム袋を持っている冒険者はなるべく、生ごみや排水を持ち歩くようにしている。一人ひとりのアイテム袋に、一つずつ。理由は簡単、ポリールバグが厄介だからだ。

 そう、仲良くなれないタイプの食欲の権化である。こいつが色んな階層に出没するのだ。100階の安全地帯に蜘蛛の巣張ってたからいないかと思いきや、この階層にもちゃっかりいるそうな。

 ポリールバグは執念深く食料を求める性質と、鋼さえ弾き壊す装甲を兼ね備えた移動要塞のようなモンスターなので、冒険者達は基本的に倒さず生ごみを与えて気を逸らしてるうちに逃げるのだという。肉も美味しくないらしいし、頑張って倒せたとしても武器は刃こぼれ確定。倒す旨味がまったくないんだなぁ。

 コカトリスとか倒す冒険者の方々が怯え過ぎだって? ポリールバグの歯は道端の石だけじゃなく、金属さえ噛み砕く。動きが遅いからと油断すると、ローリング移動で引き倒された隙に、端から食われていくとかなんとか……ね? 避けた方がいいでしょ?

 幸いにも、ギガントサイズとかいう規格外サイズは108階かららしい。ポリールバグは大きさによって胃の容量も変わるので、100階は根こそぎ感がないんだなぁ。だから蜘蛛が安全地帯まで逃げれたのかもね。


「ここまでルイ先生が説明したって事は……オイルポット売り出し中なのか!」

「はい! いつお買い求めされてもいいように準備しときました!」


 もちろんこの世界のオイルポットとフィルターを買っておいたよ! 幼女抜かりない!!


「販売機会を自ら得ていく気概、いいじゃない成長してるわよ」

「わーいクリスさんに褒められた!!」

「ここで素直に喜んじゃうあたりが先生だよな。ほっとした」

「さすがだぜ先生」



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