134.祈りと里芋グラタンと



 パンパンッ、ぺちっ。

 揃った柏手かしわでから一拍置いて、可愛らしい音が続く。前者は私やリトジア、ヒューさんの柏手。後者はキースくんが私達を見て真似っこした音だ。懐かしいなぁ、リトジアも最初の頃はああいう音だった。今じゃ綺麗に高い音が出せるもん。すごいよねぇ。

 つむっていた目を開けて、頭を下げる。ちらりとキースくんを見れば、拙いながらもお辞儀をしていた。


「上手に出来たねぇ、キースくん」

「ん!」


 そう褒めると、ぺかっと輝く笑顔を向けられる。ああ、朝から心が浄化されちゃうぅうう……!!

 さて次は、と仏壇へ手を合わせた。皆も同じようにしてるんだろう。静かな時間が、ゆっくりと過ぎていく。

 毎朝の日課である神棚と仏壇へのお祈りは、増築前から実はヒューさんとキースくんも混ざっていた。

 どっちの文化もこの世界には馴染みがないものだから、最初は2人とも首を傾げてたよね。ただ私達がしてるから倣ってって感じで。

 つい最近になって聞いたんだけど、祭壇に祈る事はあっても、それは村の集会所とか、街なら教会でやる事で、ヒューさん曰く家に作る人は聞いた事ないそうだ。だから少なくとも、一般的には広まってない文化のはず……何でもありそうなルウェンさんの故郷はわからないけど。

 ただヒューさん達も年に数回、お墓へお参りする事はあるそうで。仏壇は、お墓参りの代わりに祈りを捧げる場所ですと端的に伝えると、とても深々と頷いてくれた。何も知らなかったけど、誘ってくれてありがとう。って言って増築後は手を合わせる時間が大分増えた気がする。

 いや、気を遣い過ぎて私が詳しく説明しなかったのも問題だったなぁ。でもさ、ネガティブまっしぐらなヒューさん相手に、住んでた村ってお墓参り文化ありますか、なんて面と向かって聞ける? 無理だわ聞きづらいわ。うん。葬式したいって言ってもらえて、本当によかったよ。

 神棚の説明も一緒にした。一応、御神体代わりのテクト手製のお札が入ってはいるけれど、そこに神様が宿っているとか、摩訶不思議な事はない。私が日々つのる、神様や歴代勇者さん達へ感謝の気持ちを伝えるための場所だと言えば、「じゃあ今度からきちんとお礼を言わなくちゃね」「きーも!」と声が上がったんだよね。私の溢れんばかりの気持ちに付き合ってくれてありがとねぇ。

 そうして朝日が差し込むリビング──ユニット畳の上で長い祈りを捧げる時間が、出来たのである。

 それぞれ合わせていた手をほどいて終われば、後は自由時間。各自、その日のやりたい事をするのである。

 え、普通お祈りとかって食前にするものじゃないかって? ごくたまーに、食前でお祈りする時もあるよ。でもキースくんの腹の虫は待てない時が多いし、私も出来立ての朝食が食べたいしね!

 今日は休息日だから、私ものんびり過ごせる日だ。そうだなぁ、卵抱っこしながら畑を見回ったりするかな。

 ヒューさんとリトジアは真っ先にテラスへの扉を開けてった。2人とも聖樹さん大好きだからねぇ。きっと挨拶しにいったんだろう。増築してから数日間、ずっと同じ背中を見てきた私にはよぉくわかります。私も畑の前に挨拶しに行こう。

 ユニット畳では、寝転んだテクトがいそいそと食パンクッションを自分に積み上げていた。今日も埋もれるんだなぁ。

 そのテクトに向かってキースくんがぺたぺたと這い寄り……あ、飛び込んだ。「きゃーい!」なんて歓声と<危ないよキース、僕じゃなきゃ潰れてる>って落ち着いて諫める声が聞えた。キースくんが怪我しないように避けないでくれたんだねぇ。いいよいいよー、紳士力上がってるよー!

 神棚の前で両手足振り回して遊び始めるなんて、日本だったら罰当たりだとか言われそうだけど、別に畏まらなくてもいいんじゃないかなって思う。

 祈るという行為に親しみを持ってもらいたいのであって、ああだこうだと押し付けたいわけじゃないから。神棚と仏壇をリビングに設置したのは、そういう意味もあったんだよねぇ。

 というわけで私は卵持って逃げまーす! 抱っこ紐を掴んでテラスへ走る! 頑張れテクト、キースくんは任せた!! 


<ああルイ! ちょっと!>

<ごめん! 私は今日は卵と過ごすと決めたので!!>

<まったくもう、仕方ないなぁ! キース、今日は走らないのかい? プレイルームに行く?>

「てとちゃ、も、いくー!」

<……今の気分は外か。玄関から出ようね>

「はーい!」


 うんうん、元気な声がテラスにも聞こえてくるなぁ。とてもよろしい!

 今みたいにテクトのテレパスが的確にキースくんの気持ちを読み取ってくれるから、とても助かってるんだよね。チートがまさか育児に役立つとは思わなかったよ……私には外の気分なのか室内の気分なのか、全然わからなかったぞぅ。

 ここ数日の、たくさん喋るようになったキースくんとの意思疎通の難しさを思い返して、軽く首を振る。育児って、本当に大変だぁ。


「おいしょっと」


 抱っこ紐の位置を調整して、卵を抱え直す。

 青色の卵は日に日に軽くなってって、ついに卵を持ったまま走れるようになってしまった。本当にかるぅい。

 いやマジで怖いんだけども。大きさ変わらないのに、何でこんな軽くなっちゃうの? 実は羽生えてたりする? どんなに手を這わせても表面はツルツルのままなんだよなぁ……じんわり温かいって事実だけが、不安をやわらげてくれる。

 そのまま殻を何度も撫でて、話しかけた。胎教みたいなもんです。


「君はいつになったら出てきてくれるかなー。ずっと待ってるんだぞー」

 

 とくんと。小さな鼓動が返事をした。


















 コトコトと鍋の中、とろみのある液体をまとって里芋が躍る。

 夕飯のメインである里芋のグラタンを作るために、下茹でしている最中だ。里芋から出たぬめりで鍋底が焦げないように、ヘラで全体を混ぜる。

 このグラタンは、ホワイトソースの代わりに、煮潰した里芋を牛乳で伸ばして使う。お休みの日だからね、ちょっと手の込んだもの作りたいなって思って。

 具材は里芋と鮭だけ。ソース代わりにするから里芋はたっぷり用意する。これケチっちゃうと物寂しいグラタンになっちゃうからね。鮭もお好みで量を増やしてもいい。塩鮭だとしょっぱくなるから、出来れば甘塩鮭か生鮭で。

 皮をむいた里芋を半分に、それを幅5㎜くらいの厚さに切って鍋へ。ひたひた浸るくらいの水を入れて火をかける。蓋は沸騰したら吹きこぼれないように外して、後は定期的に混ぜるのだ。今はこの段階だね。

 里芋にスッと串が通るようになったので、次の工程に入る。ザルにあけて、煮汁を捨てる。湯気がめっちゃ熱くて危ないから、気を付けて。そして鍋に里芋を戻して、また浸るくらいの牛乳を注ぐ。後は下茹でと同じように煮ていくだけ。水より焦げやすいから、混ぜる頻度は多めに。

 この間に鮭を処理する。いつもは電子レンジで作ってたんだけど、ここにはないからなぁ。フライパンで蒸し焼きしようかな。

 フライパンに清酒を入れて、鮭を並べる。中火寄りの弱火にして、蓋してじっくり蒸していく。ここで焦げちゃうとほぐしづらくなるので、注意して。

 鮭に火が通ったらお皿にあけて、骨や皮を取り除いたら細かくほぐす。ここで塩を振るんだけど、甘塩鮭だったら控えめにするといい。ついでに胡椒も少々。

 これで鮭は準備OK。

 牛乳のかさが半分くらい減るまで煮えてたら、火を止めて里芋を潰す。ここまで煮たらヘラで軽く押すだけで潰れちゃうだろうから、潰しながらぐるぐる混ぜる。

 ここで里芋の食感を残すかどうかは、個人の好みだ。すんごい滑らかな食感がいい人は真剣に潰せばいいし、ちょっと里芋のほくほく感があってもいいのでは? という人は雑に混ぜるくらいでいい。私の今日の気分は滑らかさんなので、執拗なまでにヘラを駆使しようと思います。里芋が重たいので結構力仕事だ、ぐるぐーる。

 味を調えるために塩胡椒を2、3振りすれば、里芋のホワイトソースが出来上がり。後はグラタン皿に里芋、鮭、里芋、の順に広げて重ねていく。そしてチーズの代わりにマヨネーズを格子状にかけて、後はオーブンで焦げ目がつくまで焼けたら、完成だ。

 この里芋グラタンは、里芋を初めて食べるって人にお勧めしたい。里芋の食感とか匂いが苦手だって言ってた大学の友達には好評だったし。

 だから里芋初めて見たって言うヒューさんとキースくんに、里芋好きになって欲しいなと思って作ったのだ。あと山と森育ちの2人に、海の魚は受け入れられるのか、というお試しでもある。

 焦げたマヨネーズの塩味と滑らかな里芋の舌触り、ほんのり香る牛乳、もったりの奥から現れる鮭の旨味。ゆっくり噛んでもなくならない、優しい味。ずっと口の中に入れておきたくなるんだよなぁ。私はとても好きなので、できれば2人にも好きになって欲しいねぇ。

 オーブンを覗き込む。真っ赤な空間に浮かび上がって見える、2つの大きなグラタン皿。1つは私が作った里芋グラタン。もう1つは、鶏もものマカロニグラタンだ。ヒューさんとキースくんが里芋食べれない場合に備えて、テクトに作ってもらってたんだよね。んんー、チーズがぱちぱち焼けてくのが見えると、お腹空くなぁ。夕飯が楽しみだねぇ。

 他にも具だくさんのポトフを煮込んでる最中なので、火の番をテクトに任して風呂上りで髪の毛が濡れてるキースくんの頭をタオルで拭いていると。


「あ、あー!」


 唐突に、キースくんが大きな声を上げたのである。

 え!? もしかして私のタオルドライが引っ掛かって痛かったかな!? と慌ててタオルをどかすと、キースくんはユニット畳の奥に顔を向けていた。痛かったわけではないらしい。

 ほっと胸を撫で下ろしてると、キースくんに腕を引かれた。


「ねえちゃ、あれ、ないちゃ」

「ん?」

「ないちゃ」


 獣耳がピルっと震えてる。ないちゃ、ないちゃ、と呟くキースくんは、毛布に包まれて安置されてる卵に釘付けだ。え、魔獣の卵がどうかした?


<……鳴いてるって言ってるね。卵の中から>

「ひょっ?」


 たまごのなかから、なきごえがする??


「……もしかして、も、もうすぐ……生まれると、いうこと、でしょうか……?」


 リトジアのおずおずとした声が、ゆっくり頭の中に広がって、ひろがって……え、魔獣、生まれるの? 今……?

 ほうけていると、ぐいぃいっと、キースくんに引かれる力が強くなった。いだだだっ!!


「ねえちゃ、ないちゃ!!」

「はっ、あっ、う、生まれる!?」

「どうしたの!?」


 脱衣所で着替えてたらしいヒューさんが、私の大声が聞えたのか慌てて廊下を駆けてきた。ああっ、髪の毛濡れてるから乾かさないと風邪引くよ! じゃなくて!!

 ま、ま、待って!! 状況を整理させて!!


「キースくんが、卵から鳴き声がするって言って……」

「え、鳴き声? じゃあこれから殻を割るんだね。取り上げる準備をしよう」

「魔獣って卵の中で鳴くもんなんです!?」


 てっきりある程度殻を割ってから鳴くもんだと!! だってひよこはほら、半分くらい割ってから鳴き声がちょこちょこし始めてたような……実は私が聞えてなかっただけで、鳴き声してたんかな!?


「いや、僕もひよこがいつ頃から鳴いてるかはわからないよ」


 ヒューさんは経験者だ。村で食用に鶏を飼ってたし、見張り用の魔獣と暮らしていた。卵から抜け出た赤ちゃんを、何度か取り上げた事もあるらしい。

 この卵は初めて見る色の卵だから勝手はわからないよ、と前置きされたけど。たぶん、テクトの次に落ち着いてる。


「でも、魔獣は殻を破り始める前に、人でも聞き取れる、大きな鳴き声を上げるから」

「おおきく、ないてから、わる」

<不思議だね>


 魔獣の力強さを感じるよ……!

 恐る恐る近付いて、卵に耳を当てた。


──ひょるるる……


「な、鳴いてる!!」

「わ、私もやります!!」


 リトジアもぴとっと耳を当てて、「ひょるるって、鳴いてます! 生きてる!!」と目をキラキラさせた。くっ、可愛いすぎる! でもお陰様で頭が冷えてきたぞ!!

 ヒューさんへ振り返ると、テクトと一緒に洗浄済みのタライやタオルを取り出していた。


「どんな子が生まれてくるかは、わからないけど。こういう入れ物に入れておいた方が、事故が少ないんだ」


 それにお湯が必要な子ならお湯を、枯れ草が必要なら枯れ草を、と必要に応じて入れられる所も、タライのメリットらしい。

 さすが経験者。ありがたい助言、さすがです。


「私達で出来ることってあります?」

「特にはない、かな。殻は、自力で割らせないといけないんだ。下手に手を貸してしまったら、体の弱い子が生まれてしまうから」

「なるほど……」


 確かに、ひよこが卵を割って生まれる時に、手伝うのは見たことが無いね……


「生まれた後は、きっと僕らも食事どころじゃなくなるだろうから。今のうちに食べて、体力を温存しておくのも、大事なことだよ」

「りょーかいです! いやぁ、ヒューさんがいてくれて、助かったよ!」


 リトジアも私もテクトも、赤ちゃんが生まれる場面に出くわすのは初めてだからね。チートなテクトも、少しそわそわするね、と緊張してるみたいだし。

 そう言うとヒューさんは目を瞬かせて、何故か目線をさ迷わせた後、ふっと肩から力を抜いた。

 私と目を合わせて、微笑む。何の陰りもない、柔らかな笑みだった。


「こちらこそ……その、貴重な体験をありがとう……僕の知識が少しでも役立ったのなら、よかったよ」


  


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