135.魔獣の子



 結局、私達がそわそわしながら夕飯を食べてる途中に卵が割れ始めた。

 いやあ、大変だった。ご飯中もひょるるるって鳴き声聞こえてるみたいで、キースくんが落ち着かなくて! もちろん私らも落ち着かなくて何度もリビングを振りむいちゃったけども!! いやだってめっっちゃ気になるし!!

 ちょっとした鳴き声が聞こえると「ないちゃ!」って教えてくれるのはいいのよキースくん。ただお口の中にものが入ってる時に喋っちゃうと色々と零れちゃいけないものが出ちゃうからね!! でも教えてくれるのは助かります!!

 こんな感じでそわそわしつつもご飯は美味しく食べた。そらもう冷めないうちにバクバクと頂きましたとも! とっても満足な味でした!

 ヒューさんもキースくんも、初めて食べる里芋と鮭を美味しいって食べてくれたしね。やったぜ! 2人とも川魚は食べてたらしいから、魚にも肉にも抵抗感がないのがありがたいね!

 キースくんの場合は卵が気になって気になって、味に集中出来なかった可能性も捨てきれないわけでもないけど。グラタン頬張って嫌な顔はしてなかったしなぁ。期待しよう。

 とにもかくにも、キースくんからの定期的な報告があるもんだから、一度我慢できなくて食事中にも関わらず卵を見に行っちゃったんだけど。この子はどうも、鳥系ではなさそうだ。

 実際に見て初めて気付いたんだけど、鶏卵のような細くてこまかい線のヒビがないのである。完全に頭の中がひよこのそれになってた私には、とっても大きな衝撃だった。

 だって、溶けてるんだもん。

 あれはそうだなぁ……ラクレット。大きいラクレットの断面を熱線で溶かしたような、でろりとした断面が、卵を割ろうと真横に伸びていた。何なら薄っすら、隙間が空いてさえいる。残念ながら中は光が入らないのか、私の目には真っ暗に見えたけど。

 魔獣の卵って、すごいな……卵の割り方も個性たっぷり。

 隙間があるからか、卵に直接耳を当てなくてもひょるるって鳴き声が聞こえるようになったものの、私達は何も出来ないので食後のお茶を飲んでいた。

 皆それぞれ席についてはいるけど、視線はもちろん卵に釘付けだ。


「……何とも、もどかしいですね」


 コップを両手で持ちながらリトジアが言う。激しく同意。

 待つだけってのがねぇ。たぶん私、性に合わない。


<仕方ないさ。早く出て来いと急かすわけにもいかないしね。それよりルイ、リトジア、風呂に入らなくてもいいの?>

「いや……でもほら、卵が割れそうだし」

「ええはい。割れそうですし」

<……そう言ってもう3回目のおかわりだよ、そのお茶と水>

「「うっ」」


 テクトの言う通り。いつもなら私とリトジアは夕飯後、お茶を終えたらお風呂に入るんだけど(気分が乗ればテクトも)。まだお茶あるし、水ありますし、と言い訳してダイニングに残っていた。

 そしてついに、テクト保護者の一声がかかったのである。


「……わかる、わかるよ。入るなら今のうちだって」

「まだ、全部割れてはいませんからね……」

<……で?>


 テクトのジト目が鋭く刺さるぅー!!

 私とリトジアはぐっと胸を抑えた。


「でもさぁ! 見逃したくないじゃん!! ちょっとでも見逃したくないじゃん!!」

「そうです! もしかして私達が入浴しているうちにすべて割れてしまうかもしれません! そうしたら見逃してしまいます!!」

<まだ大丈夫だよ。半分もいってないじゃない。そんな一足飛びに割れたりしないよ>

「うぬぬぬぬぬ……!」


 幼女にあるまじき声で唸っていると、ヒューさんがおずおずと発言した。


「あの……この前みたいに洗浄魔法で済ましてしまえばいいんじゃ……」

「その手があった!」

<駄目だよヒュー。ここは甘やかしちゃいけない所だ。必要に迫られない限り、風呂に入ると決めたのはルイだもの>

「うぐっ……!!」


 そうだねそうだったね! 癒し効果目的でもあるけど、ヒューさん達に体を日常的に洗ってほしくて! こっそり決めた項目がいくつかありましたね!!

 私達が入らないとヒューさんは「自分なんか」って言うだろうから、“私達も入浴するからお湯を無駄にしちゃいけません”アピールしようって決めましたよ!! お陰様で最近は「先に入っててー」の一言だけで抵抗されなくなりましたわ!! 前までキースくんをお風呂入れるっていう建前を前面に押し出さないとネガティブ発動してたのにね!!

 気持ちがぐらぐら揺らいでるここで、テクトのとどめの一言が炸裂した。


<……中空に漂う魔力で補われてるとはいえ、お湯がもったいないなぁ>


 くぅううう! そう言われたら! 私、逆らえない!! もったいない気持ちよくわかります!!


「リトジア、超特急で行くよ!!」

「はい!!」

「コップは置いといて! 後で片付ける!!」

<はいはい>


 椅子から飛び降りて、私とリトジアは廊下を駆けた。

 ああん! 増築したお蔭でお風呂が遠い! まさかこんな時に後悔する事になるなんて、思いもしなかったよね!!


「頼むからお風呂入ってるうちに生まれたりしないでよー!!」











 こくり。自分の頭が動いた感覚がして、はっと目を覚ます。


「は、寝てた……」


 思わずぼやきながら、体を起こした。周りを見ると、ユニット畳の上に毛布が散乱してて、枕を抱えながら眠る皆の姿がある。

 ああそうか。と独り言ちた。

 私とリトジアがお風呂から上がっても、普段なら寝る時間になっても卵は割れず。ヒューさんに「深夜になる事もあるから……無理せず寝た方がいいよ」と説得されはしたし、テクトに<僕が見張って、割れそうになったら起こすよ>とも言われたけれど。

 私達はどうしても部屋に戻る事が出来なくて。リビングで寝る! と主張してしまったのである。そしたらキースくんも同調しちゃって、あれよあれよとユニット畳で雑魚寝が決まったのである。

 最近夜更かしする機会多くない? とテクト保護者に言われちゃったけど……気になるから仕方ない。どっちにせよ寝室にいたって寝れないだろうしなぁ。

 そういうわけで、それぞれの部屋から枕と毛布を持ち寄り、タライに入れた卵を囲い、ひょるるって子守歌で寝落ちて……今。

 明かりを落としたリビングは、外からの僅かな光で薄暗い。朝日が昇り始めてるんだ。早朝の澄んだ空気がする。朝だ。


<おはよう>

<おはよ>


 皆を起こさないように、テレパスで返す。タライの前にはテクトが座っていて、目線は外されない。私が寝落ちる前から態勢が変わってないから、一晩ずっと見ててくれたんだろう。ありがとうねぇ。

 まあ、魔獣が生まれる瞬間は初めて見るからね。楽しい観察だったよ。とテクトは照れ隠ししてた。ふふふ、可愛いなぁテクト。


<卵はもう少しだよ。大分溶けてる>

<うん>


 タライの中。タオルに埋もれた卵の上側が、ぐるりと一周溶けていた。卵の殻を使ったプリンを思い起こさせる位置の、綺麗な隙間。

 卵の進捗を見たヒューさんが、畳が濡れる可能性を考えて、卵をタライに納めたんだよね。寒くならないように、且つ窮屈にならない程度にタオルを隙間に敷き詰めたんだけど。

 今見たら、割れた隙間からダラダラと水分が漏れてる。ヒューさんの予感は正しかった。やっぱ経験者は違うわ。ありがたい。


<卵の子も、今は休憩中だ。最後に頭上の殻を溶かして、出てくるようだね。そろそろ皆を起こそうか>

<うん>


 手分けして皆を起こす。キースくんも楽しみにしてたんだけど、ぐずったのでもう少し寝かせておこう。直前になったらもう一回起床チャレンジしよ。

 リトジアはキッチンへ向かい、ヒューさんは卵の様子を見る。


「もうすぐだね……こんなに水が出る魔獣は、初めてだ。山羊の出産程ではないけど、卵にしては多い。冒険者の人は、水に住む魔獣だって言ってたんだよね?」

「うん。完全な水棲じゃなくて、陸地にも適応した魔獣だって」


 それにしたって、持ってた私が重たく感じるくらいの水分出てない? 抱えて走れるくらい軽かったのに、どこからきたんだろうこの水分。

 魔獣の謎増えたなぁ。


「わかった。念のため、水だけじゃなくてぬるま湯も準備しようか。タライって予備あるかな」

<あるよ。複数個出しておこう>

「畳が濡れるかもしれないし、何か敷けるといいんだけど……」

「ビニールシートあるよ。分厚いの」

「じゃあ敷こう」

「手伝います」

<いつもの南部鉄器じゃ足りないだろうから、大鍋でお湯沸かすね>

「頼んだ!」


 あれこれと準備していると、完全に日が昇った。綺麗な太陽が、窓から覗く。

 んんー、朝食は出来合いのものを頼もうか。今日はもう落ち着きのなさが頂点に達して、作っていられない気がひしひしとする。

 片手間に食べれるサンドイッチがいいかな。スープはフリーズドライのにしよう。色々選べるし、ちょうどお湯も沸かしてる。コーンスープが飲みたくなってきたなぁ。

 くす、とテクトの笑い声が聞えた。


<わかった。お湯の量増やしておくよ>

<助かるー>


 ちらりと卵を確認する。じゅわり、と殻の端が溶けた。元気な鳴き声も聞こえ始めたし、休憩時間は終了したんだね。上下に割れた卵の、小さな上側を溶かしてる。

 つまり、朝ご飯食べるなら今のうち!

 カタログブックからサンドイッチを複数個買って、お盆の上に載せる。きっと皆(主に私が)、畳の上から離れがたいだろうから。

 今度は素直に起きてくれたキースくんと卵を眺めながら、サンドイッチを頬張る。うーん、たっぷりのツナマヨとキュウリとレタス、最高ですね。

 手短に食べ終わった後、使ったマグカップに洗浄を施す。いやあ、キッチンに行かなくても洗えちゃうのは、こういう時本当に助かる。

 なんて思っていると。


<来た!>


 テクトの声が響いて、片付けを放り出す。来たって何!?

 卵の前に身を乗り出すと、頭上に残っていた小さな殻が、じゅわわわっと溶けていく。今までにない速度で、消えていく殻。そして、残った下側の殻から、ぬぅっと影が伸びた。

 細長い、影が。


「え」


 俗に言う、触手というやつだ。

 つるりと滑らかで、淡く薄青色。半透明。ひんやりしてそうな見た目のそれが、左右へ振れながら一つ二つと殻から出てきた。

 2本の触手は卵の周りを確認するように忙しなく動いて、空気を掻く。

 その様がリトジアの戸惑うツタと似ていて、私は何となく触手を掴んだ。掴まなきゃいけないような気がした。

 途端に触手の動きが止まり、確かめるように私の手をぺちぺちと触って。そして。


「わわっ!?」


 ぎゅるり、と力強く手首に巻き付いてきた。おおおん!? 見た目の割にほんのり温かいですね!?


<ルイ、倒れないように踏ん張って!>

「え!?」

<今、思念が来た! この魔獣は、外へ出るために!>

「お、おや!!」


 目視する前から決まるの!?


<そう! 最初に手を差し伸べた者が、親になる! 支えになるんだよ!>

「こっちが引っ張るのは駄目なの!?」

<許されるのは踏ん張るだけ!>

「マジかぁ!」


 相手赤ちゃんなのに結構力強いよ!? 幼女の足腰じゃ太刀打ちできないかもしれない!!

 そう思ってると、リトジアのツタがぐるぐると腹に回った。


「て、手伝います!」


 ありがとうリトジア! でもちょっと食べたばっかりの朝食が出そうな気がしないでもない! 我慢します!!

 ぎゅうっと触手の力が強くなった。出てくる? 出てくるの!?

 ヒューさんがタライやタオルを構えて、キースくんが満面の笑みを浮かべて、テクトは挙動の一つも見逃さないよう前のめりに凝視して、リトジアと私は踏ん張って。

 昔読んだ童話を思い出した時。その子はぽんっと出てきた。


「ひょるるぅ」


 目の前に、大きなゼリーが浮かんでる。いや、見間違えちゃったけど、ゼリーじゃない。

 背景が透けそうなほど半透明で、ドレスのように長くふわりと広がる傘状の体。大きさは私とどっこいどっこいかな? 下側から伸びる小さな触手群と、中央に透けて見える口。私の腕をしっかりと握る二つの長い触手。確認する限り目は見えないのに、何故か感じる視線。ぽたりと落ちる水滴。

 どこからどう見ても、クラゲだった。フワフワと空に浮かぶクラゲだ。

 

「う、生まれた……!」

「生まれたねぇ……!」

「すごい……見た事ない魔獣だ」

「ぷあぷあー!」


 リトジアの感極まった声がする。涙ぐんでるのかもしれない。

 ひょるる、と鳴きながら私に頬ずりをしてきたクラゲは、踊るように周りを回る。ふわ、ふわ、ふわ。う、可愛いな……!!

 あ、待って。そういや私、親認定されちゃったんだ。


「ごめん。リトジアが見つけた卵なのに、私が親に……」


 振り返ると、彼女は涙が滲む目尻を拭っていた。微笑みながら、首を振る。


「いいのです。あの時、迷わず手を取ったルイこそ相応しい。私はそう思います」

「……わかった。リトジアがいいのなら」


 この子は皆で育てる予定だから。親であるかないかは、それほど重要じゃないかもしれない。でも、子どもから親と慕われる機会は奪ってしまったんだ。

 私はそれを忘れないでおこう。


「テクト、この子が欲しいものってわかる?」

<そうだね……栄養はまだ蓄えてるみたいだから、冷たすぎない水だね。つまりぬるま湯だ>

「へいヒューさん!」

「人肌くらいでいいかな?」

<もう少し冷ましてもいいよ。水を足そう>


 すでにタライへ準備してたらしい。さすが経験者は違いますわ!

 テクトの言う通りに水温を整えて触手が巻き付いた腕を近付けると、気付いたらしいクラゲちゃんが片方の長い触手を伸ばす。

 ぬるま湯が嬉しかったのか、勢いよく飛び込んだ。


「ひょるる!」

「お、気持ち良さそう」


 まるでお風呂に浸かるテクトのように、ぷかぷかと浮かんで楽しんでる。ふふ、可愛いねぇ。

 指で傘部分をなぞると、柔らかな感触がする。すごい。見た目だけじゃなく触り心地もゼリーっぽい。

 触られるのは嫌じゃないみたいで、上機嫌に鳴いた。可愛いなぁああ……


「リトジアも触ろう」

「は、はい!」


 リトジアは小さな手をゆっくり伸ばして、少し躊躇った後、クラゲちゃんに触れた。指をぺたりとつけてから、困ったように私を見るので、全然嫌がってないみたいだよ。と言えば、安心したように手の平を当てる。

 クラゲちゃんは触られる事に抵抗がないのか、生まれたばかりだというのに何度も鳴いた。警戒音じゃない、見た目と同じ、柔らかな声だ。


「さ、触れました……!」

「よかったねぇ」

「これが……新しく生まれた、命……」


 クラゲちゃんに触れた手を、リトジアは大切そうに抱えた。その感触を忘れないように、ぎゅうっと。


<僕も触ろう>


 タライの縁に手をかけて、テクトがクラゲちゃんに手を伸ばす。


<ほう。ルイの想像通り、ゼリーみたい>

「でしょ」

「きーも! きーもぉ!!」


 自分も触りたいと騒ぐキースくんが暴走しないように、ヒューさんが手早く抱える。背後から手を抑えて、見本のようにまずヒューさんがクラゲちゃんを撫でた。クラゲちゃんはまたも嬉しそうに踊る。ぱしゃぱしゃと水が跳ねた。


「キース落ち着いて。大丈夫、触らせてもらおうね。僕みたいに、優しくできるかな」

「ん!」


 多少力強くはあったけど、キースくんも無事お触りタイムを終えて。

 タライの中が冷めきらないように適宜お湯を足していると、ふいにテクトが顔を上げた。


<そういえばルイ>

「んー?」

<今日はルウェン達が来る日じゃなかった?>

「…………あ」














 安全地帯に転移の光が広がり、収束する。

 小さな友人達と話し合って決めた日なので、ルウェン達は数日ぶりにこの場所へと来たのだが……


「今日は約束の日、のはずですが……2人ともいませんね」


 シアニスは安全地帯の端から端まで目を走らせたが、見慣れた小さな存在を確認できない。

 ルウェン達が転移する前から、どうやらもぬけの殻のようだ。今の安全地帯は、人の温度を感じない。長く冒険者が訪れなかった場所と、雰囲気が似ている。

 いつもならば憩いのスペースであるカーペットを敷いて、お茶の準備などして待っているはずのルイとテクトがどこにもいない。


「オリバー、気配は?」

「……ん、いや、俺が探れる範囲では見つからない。モンスターばかりだよ」

「探索に出てるわけじゃねーって事は、何かあったか……」


 数組に分かれて108階の行ける範囲を探しに行こうかと話していた時。

 まさに唐突だった。

 石が擦れるような音をさせながら、何の前触れもなく安全地帯ののだ。四角く切り取られたような壁が本来の居場所を離れ、一方の端側に軸が通ったかのように開き始めている。

 扉だ。見慣れた石壁が、

 思わず全員、身構えた。何の異変か、もしや小さな友人達がいない理由かと一瞬よぎる、が。


「あ……ルイの気配がする」

「は?」


 オリバーの小さな呟きに思わず気が緩み、転びそうになる。は? あのいかにも怪しげな壁……もうだいぶ開いてんだが? あそこから?

 まさしくその扉の影から、ひょっこりとルイが顔を出した

 マジかよー。マジだわ。マジだったか。


「遅くなってごめんなさい! すみません色々とバタバタしてて! 皆さんが来る事忘れてました! っていうか今もちょっと忙しいというか手が離せなくて!」

「きゃー! あー!」

「ああああああああ、落ち着いてキースくん! まだその子赤ちゃんだから!! 抱き着いたら潰れちゃうかもしれないからステイ!! ストップ!! 赤信号!!」


 慌てた様子でへ叫び、それからこっちと中とを忙しなく振り向いて、眉を寄せた。どう見ても困った様子だ。

 ほんの少し逡巡した後、ルウェン達へ勢いよく頭を下げた。


「ほんっとうにすみません! 今日の予定は延期にしてもいいですか!? 埋め合わせは後日必ずしますんで……!」

「ああ、とても忙しそうだな。俺達の事は気にせず、そちらの事情に専念してくれ。次の約束は覚えているか?」

「はい! 6日後!」

「ではその日に延期しよう」

「ありがとルウェンさん! それじゃあ皆さんまた!!」


 バタンッ。

 まるで扉を閉めたかのような音と共に、壁は平素の姿に戻った。恐る恐る近付きどの角度から見ようとも、触れても、そこはもうただの石壁だ。


「「…………」」

「……扉がしまった途端にルイの気配が消えた……綺麗に消えた……」

「……何だぁ、今のは」

「わからない。勇者の記録にもなかったものだ。ただ先日の話で、まだ話し難い秘密があると言ってただろう。きっとそれじゃないのか」

「ああー……住居の」

「あの先が、ルイ達が安全に暮らせる場所なんだろう」

「……うーん、まあ。ルイとテクトがよくまとってた匂いがしたから、住んでる所で間違いはない、と思うよ」

「出入りの仕方がかなり特殊ですけれど……慣れた様子でしたね。彼女にとってはあれが日常なのでしょう」

「危険なダンジョン内で、安心して暮らせているのならいい事だ」


 うんうんと1人納得したように頷いているルウェンに、他の面々はそれぞれ顔を見合わせて肩を落とした。


「今ばっかりは、色々とズレたルウェンがすげーと思うわ」

「あの状況で普通に話せるか? 俺ぁ無理だ」

「何を言う。俺もすごく驚いてたんだぞ」

「どの口がそれを言うのよ。あれだけ平然としておいて」 

「さすが、だよね」

「到底真似できませんね」



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