126.勇者召喚の話
「そも勇者が……異世界の人がどのような経緯でこの世界に生まれ落ちるか俺達は詳しく知らないから、正邪の認識をしようがないんだが。魔族の間では正しく伝わっているのか?」
騒然とする人達の中から、ルウェンさんが控えめに挙手をする。
コウレンさんは大きく頷いて、しかし苦笑した。
「世界の仕組みを正しく理解できているかどうか、それはまだ俺達にもわからん。誰からも正解を貰う事がないからな。長く生きてきたからこその実体験を元に話している」
「そうなのか。何でも知っているものかと」
「恐れ多くも神などと表されたりしたが、俺達はあくまで長生きが出来るだけの人類だ。知らん事も多いさ」
へえー、意外だなぁ。聖獣と交流があるって言ってたから、てっきりこの世のすべて的なものを聞いているんだと思ってた。
<茶飲み友達だから親しいとは思うけどね。かといって、聖獣側が世界の仕組みを話す事はないと思うよ。自らの手で調べて己の思う答えに辿り着いて欲しい、人の成長を妨げたくはない……聖獣の立場は誰が相手であろうと、そういうものだ。小さなヒントは与えても、正答を告げる事はないよ>
<へー、って……え? ちょっと待って? それじゃ私は? 初期から今まで色々と教えてもらってるけど? めっちゃ馬鹿正直に聞いて、さらっと答えてもらってるけど?>
何ならダァヴ姉さんには長々講義されましたが? 答えを与えない聖獣のスタイルに反するのでは?
<そりゃ君はこの世界どころか、自分の体にさえ不慣れな子だもの。こちら側の不手際だってあったし、ある程度の贔屓はするよ。でもダァヴだってすべて教えてたわけじゃないでしょ。たとえば箱庭の機能とか、ダンジョンの最深部には何があるのか、とか。ダンジョンの基礎知識は教えても、そこは後のお楽しみで終わらせてたじゃない>
<そういえばそうだったわ……>
必要最低限だけみっちり教えられて、後はおいおい自分達で体感して覚えなさい的な感じだった気がする。私が教えられた事をきちんと覚えてたら、嬉しそうにしてくれたっけ。これが成長を喜ぶ聖獣の
その節はありがとう、ダァヴ姉さん。お陰で素早く対応できたわ。
「勇者召喚の正邪については、歴代の勇者に直接聞いた事があるから
「知りたい。そんな恐ろしい方法で勇者が……俺の故郷を興してくれた勇者の、おそらく同郷の人が、何人も酷い目にあっていたのかと。それもたくさんの人々が犠牲になっていたなんて。俺は知らなかった。それが少し、そうだな、悔しく思う」
ぐっと拳を握り込めるルウェンさんの悔しい感情が、ただそれだけで伝わった。ちょっとこそばゆくなる。自分も被害者の一部だからかな。彼に知りたいと言われるのは、なんだか嬉しい。
「そうか。うん、では伝えよう。安心しろルウェン。これも魔族との“秘密”として俺は認識しておく。君が外部に漏らす事はないだろう」
「ありがとう。俺の我が儘で聞いたのに、後の事まで考えてくれて。何から何まで、俺はあなたに幾度頭を下げても足りない」
「構わんさ。俺が君達を気に入ったから、上機嫌に口を滑らせているだけだ。じじいの昔話と思って気を楽にして聞いてくれ。気軽に質問してくれていいぞ」
にこやかに微笑むコウレンさんは、まるで真面目な話をする雰囲気じゃなかった。ゆるりとお菓子を摘まむ。食べながら話す事じゃないんだけどなぁ。
「勇者召喚は、この世界の者なら誰でも出来る、最上位の魔法だ」
「誰でも……? それは魔法を上手に扱える者ではなくても可能という事か?」
「ああ。人でも、魔獣でも、何なら魔力を多く持たない動物でも可能だ。詠唱もいらない」
「そんな簡単に出来てしまうのか? 正式な手順が必要なのかと思っていた」
「複雑な事は何もないんだ。大勢の人が、皆が心から救いを求める。ただそれだけでいい」
そう穏やかに言い切ったコウレンさん。その隣ではアルファさんが、私が出したものを物色し始めていた。話すの全部任せる気だな。
え、グロースさんはどうしたって? 黙々と私から供給されるお菓子食べてるけど? 今まで話してた間、ずーっと。存在感薄いけどいいのかな。不服そうな感じが一切ないから、いいのか。追加の緑茶を用意しとこ。
頭を押さえて黙っていたセラスさんが、ふっと顔を上げた。
「ちょっと待って。それって、結構難しいわよね」
「そうか? 勇者が現れるのは戦争や、大災害の時だ。助けて欲しいと思う人は多いはずだが」
「ひと一人、異世界から喚び出すのよ。手順が簡単って事は、逆に言えば叶える事が難しい人数でなければ釣り合いが取れない。誰もが同時に、まったく同じ気持ちを持つ事は、緊迫した状況であっても案外難しいと思うわ。人数が多ければ多いほどね。それぞれの価値観や、思惑ってものがあるんだか……」
「セラス?」
ふいに言葉が途切れてしまった。見ると、セラスさんの顔がみるみる真っ青に変わってく。わなわなと震える唇から、小さな声が漏れた。
「……思惑、が、……まさか……邪法は……」
頭の回転早い人だもんなぁ。こんな疲労困憊状態でもうまく頭が回って、気付いちゃうんだなぁ。さっきコウレンさんが言った「多数の生贄」の末路に。
セラスさんの震える手を握る。幼女に比べたら大きな手だ。力なく垂れてしまうそれを下から掬い、もう片手で撫でさする。ゆっくりと、体温が移るように。
「ルイ……」
「嫌だと思ったら聞かなくていいんですよ。気分のいいものじゃないです」
「……あなたはもう知っているのね」
「それは、まあ。異世界人なので……ちなみに私は、人間不信になりかけました」
そんなやばい国には絶対関わりたくない! って、引きこもった原因の一つでもあるしね。
だから無理して聞く事なんかないんだよなぁ。命を
でも、セラスさんは私の手を握り返した。
「……なら私も聞くわ。きちんと、最後まで」
「セラスさんがそう言うのなら」
でもきっとショックだろうから、手は握ってましょうね。ちょうどお茶くみも終わった事だし。
私達を待っててくれたコウレンさんが、話を続けた。
「セラスの言う通り、とてもたくさんの人々が心を一つにする事は容易くはない。だからこそ、正規の勇者召喚は奇跡と言えよう……そして、勇者を
セラスさんの握る力が強くなった。ああー、察し度が高い人は本当に、その、可哀相で……!
ここで、さらに察しの良い人……オリバーさんが真っ青になった。おおう、つらいならこちらにどうぞ。片手余ってるんで。
ふらふらと手を振ると、素早く近寄ってきて、ぎゅうっと握られる。幼女セラピーかな。
「昔から、勇者を召喚できた国は他国へ抗う事に正当性があると言われてきた。戦争や災害に一方的に襲われている地域ばかりに現れ、それを助けてくれるからだ。純粋な救済を求める声が集まりやすいのだろう」
「……それが、正規の勇者召喚なんだな」
「ああ。そして邪法とは、疑似的に助けを求める声を作り出す方法を指す」
全員の息を呑む音が聞こえた。
いつだったかな。とコウレンさんは呟く。
「勇者召喚のやり方をどうしてか知った者が、戦争で自国を勝たせようと、当時牢に入れられていた捕虜、他国からさらってきた奴隷など……万を超える人々を、殺した。ひと思いにではない。助けを求める猶予をあえて与えた」
「……勇者召喚の状況を作り出すためだけに、か」
「そうだ」
「……正気とは思えねぇな」
「ああ。実行したもの達がまともな思考をしていたかは、わからない。俺達が異変を知り、駆け付けた時には、数多の悲鳴、絶望、怨嗟を背負った、人らしき者がすべてを平らげていたから。何も、残ってはいなかったな」
「あなた達が、災厄を倒したのか」
ルウェンさんの言葉に、コウレンさんは目を逸らす事無く頷いた。
「倒すしかなかった。説得の類いはしたんだが、通じなくてな。言葉の一つも交わせなかった。ああなっては、ただの機構だ。視界に入ったいきものを殺す。ただそれだけのものだ」
「その人も、異世界人だった……」
「そうだ。当時はどうしてこんな厄災が起こったのか、俺達もわかっていなかったが……何度か邂逅した時に、色々とあってな。知ったよ。苦しまぬよう一瞬で終わらせてやろうと、決めたのはその時だ」
コウレンさんの目元が伏せられる。アルファさんを見ると、サブレを口の中に入れながら……前髪ガードで目は見えないけれど、ちょっと俯いてるように感じる。
きっと、衝撃的な事があったんだろう。あれだけ寛容でマイペースな魔族の2人が、落ち込んでしまうくらいのショックが。私には詳しい事はわからないし、たぶん教えてもらえはしないだろうけれど、悲しい顔をされるとつらい。
「……万を超える人達が犠牲になるのか。誰かの欲を叶えるために、悪戯に」
「邪法とは、そういうものだ」
「勇者は」
ルウェンさんは大きく息を吐いた。そして吸って、視線を上げた。
「俺が知る勇者は、お祭りが好きで、己の知識を独占せず快く広め、人々と楽しく暮らしていた……邪法の者は、そんな楽しみさえ奪われてしまうのか」
「そうだ。生前の生活も、この世界での歩き方も、すべて奪われる。厄災と化してしまうからな」
「……今、大人しくしているのは、邪法で召喚された勇者の事なんだな」
「ああ」
「俺が出来る事は、」
「ないなぁ」
すべてを言い終わる前に、コウレンさんは首を振って否定した。口ごもるルウェンさんに、優しく諭すよう、言葉を重ねる。
「これは俺達の領分だ。君らが出張ってしまっては、新しい争いの火種を出しかねん。一応、国を相手取るわけだからな。だから仕出かした国の名も言わんよ」
「っていうか、ルウェンが動けばもれなく他の人達もついてくるんでしょ? 君らってそういうパーティらしいね」
「……まあ否定はしませんが」
「でも君ら、やる事あるじゃない」
ずっと黙ってたアルファさんが割り込んでくる。ちょぉい。思わず肩が跳ねたんですが。
「隣にいるグランミノタウロス倒すんでしょ。この国で一番強い冒険者達って聞いてるけど、君ら以外に誰があれ攻略できるの? 俺らは無理だよ。ああいう、書物に残りそうな大物や転機に関わると、隠れるのに苦労するからね」
「神扱いされとる奴が何か言ってるがまあ、その通りではあるな」
絶対に関わらせる気がない魔族の雰囲気を、ルウェンさんは感じ取ったらしい。
「……そうか、わかった。俺は俺達がやるべき事を、やる。勇者の事はあなた達に任せるしかないんだな」
「ああ。ま、近いうちにまた顔を出す予定だから、その時はまたこうしてお菓子を囲むのに付き合ってくれ。人との会話はとても楽しいからな!」
「癒されるよねぇ。若い子の声聞いてると」
<じじいども気持ち悪い>
<グロース、お菓子を食ってたならずっと黙っててくれ。突然辛辣になるな。伯父さん泣くぞ>
さて、色々と衝撃的だった話はこうしてひと段落した。
というか、あまりにも情報量が多すぎてついに冒険者側が音を上げた……ってのが正しいのかな。
伏せていた体を唐突に起こして、「頭使い過ぎて疲れた! だりーから体動かしてくるわ! 気晴らしにモンスター狩ってくる!!」なんて叫びながら真っ先に安全地帯を飛び出して行ったのがエイベルさん。
私から離れ、素早く立ち上がったオリバーさんは「今の状態で1人はさすがに危ないって! ちょっと待ってエイベル!」と駆けていき。
頭を押さえながらも起き上がって、「とりあえずお前らが不審人物じゃねぇって事がわかりゃあ御の字だ……いや話がやべぇ方向に舵きったから逃げるわけじゃねぇぞ。あのアホどもを追いかけてついでに、気晴らしでモンスターを一発二発、十発くれぇ殴ってくるだけだ」って言い訳のように零しながら走っていたディノさん。
そして「彼らが暴走しないように見張ってきますね……今日の事を、整理する時間をください。色々と」って苦笑するシアニスさんが続き。
多少ふらつきながら最後のラムネを片手に立ち上がったセラスさんは、「……まだ聞きたい事はあるんだけど、それはいつかまた。とりあえず私も、モンスターを射殺してくるわ。八つ当たりに」なんて言って、口の中へラムネを雪崩れ込ませて去ってった。
全員が真っ青なままだった事は、追究しないと決めた。今はまず、落ち着く時間が欲しいだろうし。モンスター討伐で精神安定が保てるなら、ありがたく犠牲になってもらおう。さようならモンスター、どうせ明日復活するけれども。
残ったのはルウェンさんだけ。そっと視線を向けると、おもむろに立ち上がった。顔色は、少し青白いけど、そんなに悪くない。
「俺は……出来る事なら、今回の勇者を救ってもらいたいと思う」
「出来ればな」
「大人しくしているうちに、言葉が通じればいいね。俺達も、いつもそう思ってるよ」
「うん。その言葉が聞けて、よかった」
ルウェンさんは背筋を伸ばして、流れるような仕草で頭を下げた。
「人の強欲の後始末をさせて、すまない。万が一、俺の力が必要になったら言ってくれ。何でも手伝う」
「君が頭を下げる必要はないだろうに。だが、いいだろう。覚えておく」
姿勢を戻したルウェンさんに、コウレンさんの堂々とした声が響く。
「魔王の名において誓おう。
「ありがとう。魔族の長。俺はあなた達が良き隣人で、とても嬉しいと思う」
そう微笑んで、ルウェンさんは安全地帯の外へと向かった。
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