127.肉とこんにゃく



 結局、ルウェンさん達は1時間もしないうちに帰ってきた。

 メンタルぼこぼこな時に探索は危険だと思うので、私はホッと胸を撫で下ろす。たぶん皆さんも、行き場のない気持ちをどうにか発散させたくて出ただけだろうから、こんなに早く帰ってきたんだろう。普段なら昼前帰還だもんね。

 そして何故か始めたのは、お昼ご飯作りだった。いつもより早くない? 時計見れないから正確な時間わからないけど、たぶん10時くらいよ?

 困惑したまま調理器具を出し始めたのを見てると、大きな肉塊がアイテム袋から取り出される。オーク肉だ、綺麗なピンク色。今日はどのオークなんだろ。脂身多いから杖持ってるやつかな。


「疲れた時はさー……肉だよな」


 ぼそり。エイベルさんの声が聞こえた。何気ないような、仄暗いような、なんかゾッとする声音だった。


「え、う、うん。そう、ですね?」

「だよな! 俺も、うん。今日の昼は肉にしてーと思ってたんだ。こういう時こそ盛大にいきてーよな」

「ステーキにしよう……大きい肉、かぶりつきたい」

「珍しく気が合うじゃねぇかオリバー……どでけぇの頼むわエイベル」

「あいよー」


 いや仄暗い感じ気のせいじゃないな!? オリバーさんは真っ青な顔色のままだし、いつもはドンっと構えてるディノさんでさえ声に張りがないし、なんなら皆どんよりしてるね!?


「いいわねぇ。塊肉でステーキ。なら付け合せもたくさん作らなくちゃね……ふふっ。今日は芋を潰したい気分」

「そうですね。ポテトサラダを大量に作りましょう……どれだけ作っても構いません。気の済むまで、潰しましょう」


 めっちゃくちゃ『潰す』って行為をしたいんだね女性陣!! モンスターを討伐するだけじゃ発散しきれなかったんだね! うん、ちょっとわかる! ストレス溜まった時はポテトサラダが色々と効果的だよね!! 色んな感情込めて潰せるし、美味しいし!!

 

「俺は何故だか味噌汁が飲みたくなってきた……ルイ、何か教えてくれないか」

「はぁい! 喜んで!!」


 ルウェンさんは郷愁かなぁ! ホームシックだね、お味噌汁恋しくなるね!! 寂しくなると何故か飲みたくなるよねお味噌汁!! お任せください、たっぷり野菜の豚汁作ってあげようね!! お肉の塊がメインなら汁物で野菜取った方がいいよね!!


<懐かしいね。僕が初めて手伝った料理だ>

<そういえば久しぶりに作るねぇ。あの時は豚が怖くて鶏肉にしたけど、今日は正真正銘、豚肉を使った豚汁を作るよ! 顆粒出汁に頼らないタイプの!>


 時間の都合で野菜の水煮を使ったから、物足りないだろうと思って顆粒出汁に頼ったけれど。今回は具だくさんだ。出汁はどこからでも出てくるもんね。


<そう。楽しみだ>


 気分が上がったらしいテクトの尻尾が少々早めにゆらめく。ふふふ、かわいいねぇ。

 

「あなた達も食べていくでしょう? もちろん」


 腕まくりして洗浄魔法をかけていると、セラスさんが普段とはかけ離れたのっそりとした仕草で振り返って、いまだお菓子パーティを繰り広げてる魔族の人達を見た。おおう、視線が、だいぶその、剣呑だなぁ……


「忙しいならいいのよ。ええ、あなた達は特別なお仕事がありますもの。無理にとは言わないわ……でも色々教えてくださったのだから、そのお礼がしたいと思っているの。お昼、一緒にどうかしら……?」


 いや圧が……! 笑顔なのにどことなく圧があるよぉセラスさん!! いつもより覇気がないせいなのかなぁ!!


「おお、いいのか? グロースは弁当を持ってるんだが、俺達はなくてな。ルイから買おうかと思っていた所だ。奢ってもらえるならありがたい」

「楽しみに待ってるね」

「有無を言わさないくらいのお昼を用意してやるわよ楽しみにしてなさい……!」


 そしてこの対応の緩さよ……! セラスさんの圧に一切動じてない!! 含みのない素直な笑顔で答えるんだよなー! 魔族の方々の肝の据わりっぷりが、傍から見たら結構ハラハラするんですよ……!! ほらもうセラスさんすごい好戦的なお顔じゃん……!!

 思わず隣のルウェンさんを引っ張って、こしょこしょと内緒話をする。


「めちゃくちゃ丁寧なセラスさんって妙な迫力がありますね……」

「そうだな。いつもより元気がないからだろう。疲れているんだ。ほとんど走ってモンスターを倒してたからな」

「疲れ……あ、はい。そうですね。心身ともに疲れてるでしょうね……」


 ええそうでしょうともよ。今日はずっと重たい話してたもんね! これはもう、丹精込めて豚汁を作るしかない……! うちの食材もフル出場だ!!


「テクト、エイベルさんから豚肉貰ってきて! 脂身多いとこ!」

<はいはい、バラ肉ね。薄く切っておくよ>

「ありがと!」


 肉はテクトに任せて、さぁて。こっちもやるか!

 まずは大根。丸々1本の皮をピーラーで剥いた後、ルウェンさんに渡していちょう切りを頼む。その間に私は大量の糸こんにゃくを水切りして、食べやすい長さに切った。

 先に出してもらっていた業務用みたいなコンロと、その上に鎮座してる寸胴鍋に糸こんにゃくと浸るくらいの水を入れて、火をつける。今日はちゃんと下茹でしよう。量が量だし。

 しばらくすれば沸騰するので、火を消す。ちょうどルウェンさんが大根を切り終わったので、こんにゃくのざる上げを任せた。寸胴鍋でかすぎて、幼女には持ち上げる事すら無理です。身長が足りない。鍋覗くのに足場を準備しなきゃいけないくらい大きいもん。 


「どうしてこんにゃくを茹でるんだ?」

「臭みとアクとりです。ほら、こんにゃくって独特の匂いがあるから」

「なるほど……たしかに、母さんもそんな事をしてた気がする」

「ルウェンさんの故郷にあったんですか?」

「ああ。ここらでは見かけないから、懐かしいな」


 なるほど、これも勇者の街ならではってやつだね。


「ルウェンさんとこは、どんな色のこんにゃくでした?」

「白と黒の2種類だったな。勇者がどっちも好きだと言って広めたらしい……といっても、黒色が食べれるのは芋の収穫時期だけなんだが」


 ええっ、ちゃんと2色あるんだすごい……!

 黒って事は、昔ながらの生芋で作るこんにゃくだよね。生芋をそのまま加工してた頃は皮が混じって黒っぽかったんだっけ。最近のは海藻の粉でわざと色付けしてるらしいけど。なるほど、収穫時期しか食べられない黒は珍しいんだ。

 白色もあるって事は、いつでも使えるように芋の製粉技術も伝わってるんだなぁ。食欲の権化と言われる私も詳しく知らないのに……侮れないな勇者の街。味噌といい、こんにゃくといい、遊びに行きたい要素が増えちゃうねぇ!

 なんて話しながら、私は大根を寸胴鍋にどーんと突っ込んだ。次は大根の下茹で。その間に、ルウェンさんには他の野菜を切ってもらうかなぁ。次は何だろうってうずうずして待ってらっしゃるし。

 切ってもらうために人参、玉ねぎ、じゃがいも、ごぼう、長ネギ、しめじ、えのき、しいたけ、にんにく、豆腐をどんどん取り出しながら、話を続ける。あ、もやしも入れようかな。かさ増ししちゃうか。どうせでっかい寸胴だし、入るでしょう。あ、玉ねぎと長ネギも一緒に入れちゃうんだし、豆腐と油揚げも一緒にしちゃってもいいよね。


「私の所もその2種類です。ただ、形はいっぱいありましたよ。個人的には丸い玉こんにゃくが、頬張る時の幸せ感が倍増する気がして好きです」

「それはいいな! 是非食べてみたい!」

「ちょっとそこ、また見た事ない食材の話をしてるよ、エイベル! シアニス!」

「何だそれ、初めて見るんだが!?」

「ルイの故郷の麺ですか!?」

「あー。麺の代わりにはなりますけど、厳密には違います。元は大きな芋ですね」


 バタバタ駆け寄ってきた料理熱心な2人に、ほかほかと湯気を立てる糸こんにゃくを見せる。


「芋ならば、このような形に加工しなくても食べれるのでは……?」

「それが無理なんです。芋のままだと、口がしびれるくらいえぐみが強すぎて」


 そのままじゃ煮ても焼いても食べられないこんにゃく芋を、どうにかこうにか加工して食べれるようにしてくれた先人の方々には頭が上がらないね!


「こんにゃくは加工途中でどろどろの液体になるので、様々な形に整えやすいんです。これは糸状だから糸こんにゃく」


 私は白滝ってよく呼んでる。これ地域性があるんだっけ?

 ついでだし、他のこんにゃくも出そうか。板、つき、玉……さしみタイプは買い忘れてたなぁ。まあいっか。

 それぞれ名前を説明しながら、手に取っていただく。


「この“つき”というのは?」

「板こんにゃくをところてん…えーっと、網を先端に付けた筒の中に押し込んでつき出して作るので、そういう名前に」

「へー?」


 不思議そうな顔してるなぁ。言うだけじゃ想像しづらいよね。

 まあ今度の食後のデザートにでも、ところてんを作ろう。専用の道具買って、天草エキスたっぷりの寒天質を押し出すだけだけど。私が子どもの頃は、ところてんが天突きの先からにゅるっと出てきた時、めちゃくちゃ興奮したなぁ。初見の彼らは喜んでくれるだろうか。

 ゼリーとは違う、あの独特な口当たりが癖になるんだよねぇ。ひんやりしたガラスの器、脆いようでちょっと硬め、つるっと滑る薄っすら黄色、透き通ってキラキラ光るところてん。

 うーん、想像しただけで夏を感じる。風鈴がちりんちりんと鳴る縁側で、太陽の日を浴びながら……いやクーラーに当たりながらでも、もちろん味に変わりはないけれど。縁側って風情あるじゃない。何となく縁側を想像してしまった。

 あ、元が海藻だしリトジアも食べれるかな。ルウェンさん達だけじゃなくて、箱庭の皆にも食べさせてみよっと。寒天より磯の匂いが強いから、好き嫌いは出そうな気もするなー。酢醤油、三杯酢、めんつゆ、黒蜜きなこ、それに生姜や辛子を添えたり、砂糖のみとか……かけれるものがバリエーション豊富っていうのも、ところてんの素晴らしい所だと思うの。皆の好きな味が見つかるといいねぇ。私はさっぱりまろやか三杯酢派です。

 

<ははーん、これがテレパスを使った強制無差別飯テロか。なるほどどうして、腹が減るものだ>

<今回は風情な光景付きだよ。おめでとう、テレパスの質が着実に上がってるね。あまり嬉しいとは思えないけど>

<ところてんかぁ。いいね、俺も食べたい。とりあえず全部の味>

<今は無理だから強制するなよ。煎餅食べろ>


 あっ。思わず魔族の方々を見ると、にこやかに手を振られた。グロースさんはいつも通りの無表情でゴマ煎餅バリボリ食べてるけど……

 す、すみませんねぇ! なるべく止めようとはおもってるんですけどね、なかなか上手くいかないもんで……!! っていうかグロースさんは煎餅食べろって言った割に独占してるけどいいのかな!? テクトに至ってはそれ、褒めてるようで褒めてないね!?

 って違う! 今はこんにゃくの話!! 私の視線が戻ってくると、シアニスさんもエイベルさんも待ってましたとばかりに前のめりになった。お待たせしてごめんね!


「こんにゃくは食感を楽しむ食材なんですけど、表面がつるつるしてるので、味が染み込みづらいんです。このつきこんにゃくの形だと味が早くなじむので、炒めものとかにも使いやすいですよ。白菜と油揚げと一緒に出汁と醤油で炒め煮するのが個人的にオススメ。砂糖やみりんを入れて甘めにしてもご飯と合います」


 つきこんにゃくは豚汁にも入れるけど、今日は私の気分が白滝だったからなぁ! こっちはまた次の機会に!


「板こんにゃくは、料理を作る側が好きな形にいじれるのが魅力ですね。ちぎったり、ねじったり、三角に切ったり、サイコロにしたり……」

「味付けによって変える、という事ですか?」

「そんな感じですね。玉こんにゃくは煮物が主ですね。存在感あるので、見栄えもいいですよ。ついでなので作りましょうか」


 玉こんにゃくの袋を破って、新しいザルにあける。この人数だし、大食いの方々ばっかだもんなぁ。3袋……いや5袋いっとこう。本当に丸い、って横から聞こえたけども作業を進める。

 私のコンロと大きめの浅型鍋を出して、玉こんにゃくの下茹でを始める。うん、こんにゃくが重なってない。せいぜいが2個くらいかな。これならちゃんと煮えるでしょう。待ってる間に3杯分のイカゲソするめを一足ずつ千切っていく。

 そんな私の様子を、肉を切り終わって一区切りついたエイベルさんと、じゃがいも茹で待ちなシアニスさんが覗き込んできた。


「するめなんて酒の肴だろ。どうすんだ?」

「一緒に煮るんですよ。いい出汁が出るんです」

「へー。そんな使い方すんの初めて見たわ」

「味や水分が染みて、するめ自体も美味しくなりますよ」

「勉強になります! 鍋が浅型なのにも理由があるのですか?」

「均等に煮るためですね。広く並べると、味がまんべんなく染みるんです」

「なるほど」


 真剣な眼差しでメモを取るシアニスさん。ルウェンさんの故郷で食べてるって小耳に挟んだからか、熱量が違うね。

 お湯がぐつぐつしてしばらくしたら、ザルにあける。空になった鍋にこんにゃくを戻して、少し炒める。軽く振ってきっちり水分を飛ばしてから酒を何度か回し入れ、希釈用麺つゆをドバッと入れた。なみなみ、とはいかないけど玉こんにゃくの3分の1の高さは突っ込んだ。


「えっ!?」

「ちょ、結構大胆に突っ込んだな!? それ濃い調味料じゃねーの?」

「こんにゃくはしっかり味付けしないと、味気なくなっちゃうので。ここで怯んじゃいけません」


 次はするめを適当にばら撒いて、落し蓋をし、沸騰した後は弱火にして放置。ただ今回は玉こんにゃくの量が多いので、時々かき混ぜようかな。

 後はこんにゃくがしっかり色付いて、煮汁が減った頃にみりんを少し入れて煮立ててから火を止めれば、ほとんど完成だ。

 この状態で食べても、するめの香りをまとった甘辛醤油味のこんにゃくを味わえて美味しいんだけれど、どうしても芯まで染みないんだよね。ぱくんと一つかじった時に、中が白いままだとちょっと口寂しい感じもする。濃い味薄味と層があって、それを口の中で嚙みながら混ぜるのも、まあ悪くはないんだけども。

 だから出来るなら、鍋に入れたまま冷めるまで待って、もう一度火を通した方が中まで色がついて、味が染みて……延々ご飯が進むようになるよね! するめもさらに旨味を出して吸って、ふっくら柔らかくなって食べやすいし! 

 まあ、お昼まで時間あるからぎりぎり間に合うかな。それに想像はもうやめよう。また飯テロだー! ってコウレンさんあたりがニコニコしだしそうだ。現に今、お肉を運んでくれたテクトに半眼で睨まれてるもん。


<あーあ、ルウェン達もこのいかんともし難い空腹感を味わえればいいのにな。テレパスを覚えてなくて残念だ>

<ごーめーんーてー。思考ダダ漏れは申し訳ないけど、私から食欲取り上げたら何も残らないよ>

<食欲の権化だものね。まあいいさ。ほら、ルウェンが君の指示を待ってるよ。どうしたらいいか、教えてあげなよ>


 テクトに促され顔を上げると、ちょうど大量の野菜を切り終わったらしいルウェンさんが、キラキラと輝く瞳をこちらに向けて待っていらっしゃった。うわっ、眩しっ。

 しかも私が玉こんにゃくに取り掛かってるうちに、大根の下茹でも終わったみたいで、すでにザルに上がっていた。準備万端ですわー。楽しみなんだなぁ、豚汁。

 よし、じゃあ豚汁の続きを始めよっか!


「まずはごま油と豚肉を用意!」

「わかった、味噌マスター!」


 ぶほぉっと、憩いのスペースあたりで噴き出した音が聞こえた。

 いや本当、その、味噌マスターって止めませんかルウェンさん!!

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