125.厄災の話
「つまりあなた達は、世界が危機的状況になってこそ動くのね……利己的な目的ではなく」
「そうなるな」
意味深な会話が続く。セラスさんは一体何をご存知なの……?
真剣に見合う方々をよそに、うげぇって顔したディノさんが少しだけ起き上がって溜息を吐いた。
「おいおい、これ以上頭痛の種を増やす気かよセラス」
「そんなの今更、減ろうが増えようが痛い事に変わりはないでしょ。ここまできたらとことん聞き出すのよ。気になるもの全部ね……!」
あんたら道連れ! なんて、清々しいほどの笑顔でセラスさんは言い切った。
いやあの、吹っ切れたというより、なるようになれと投げ出したように見えるんですが……
そんなセラスさんを見て、ほとんどの人達が「あーそうですか」って再び顔を伏せる。平気そうな反応をしたのはもちろん、我らがルウェンさんだけだった。ですよねー。
「気になる事……そうだな、ずっと長く生きてきた人達だ。隠された歴史とかも知っていそうだな。たとえば、偉人の伝記に載ってない裏話とか」
「うっわそれめっちゃ気になるやつじゃないですか……!」
裏話気になるの、わかりますわー。私も歴史の授業は覚える事が多すぎてあまり楽しくはなかったんだけど、先生が時々零す偉人の小ネタはめちゃくちゃ面白くて、続きが聞きたかったなぁ。残念ながらすぐ授業に戻っちゃったんだけども。幕府の将軍をおみくじで決めた話は、印象強くて覚えてるよ!
コウレンさんが膝をパンっと叩いて、上機嫌に笑った。
「ははっ! 俺達を前にそう言えるあたり、やはり大物だな。いいだろう、答えられる限りは何でも応えようじゃないか。アル、お前も応えたからには途中で投げずに話せよ」
「うん、まあそれなりに」
スフレケーキの最後の一欠片を頬張って、アルファさんは頷く。それなりにって……大丈夫かなぁ。マイペースの権化みたいな人だもんなぁ。
皆がそれぞれ一息ついた後、ちょっとワクワクしてるルウェンさんを制してセラスさんが話し始めた。
ルウェンさん、偉人の小ネタは後日聞きましょうね。今は真剣な話するみたいなので。
「私が昔住んでいた地域にはね、とある伝承があるの」
遥か昔。突如現れた災厄が大地を彷徨い、
天空から翼ある神──ドラゴンが、空を覆い尽くすほど大きな羽を広げ、厄災を呑み込み、人々を救済した。
「ドラゴン……」
全員の視線がアルファさんに向かった。きょとんとした表情で首を傾げられたけど、あの……この安全地帯なら入るかなーって発言するくらい大きいドラゴンなんですよね? アルファさんって本当はめっちゃ大きなドラゴンなんですよね!? すんごい強いドラゴンなんですよね!?
私達があーやら、うーやら頭を抱えてる横で、コウレンさんが笑いを堪えられなかったらしく噴き出した。
「ぐふっ……ちょ、まて、か、かみ? お前、神って伝わってるのか? 大出世過ぎんか? 笑うしかないんだが?」
「そんな偉くなった覚えはないんだけどなぁ。大体、俺1人じゃなくて仲間も何人か連れてった時もあるのに。コウレンなんて最多参加賞あげられるよ」
「お前だけ目立っているのは幸いだ」
「コウレン達は見えてなかったのかな? 人の伝承って不思議だね」
「……そう言うって事は、この伝説のご本人、で間違いないのね」
「うん。魔族には何人かドラゴンいるけど、空を覆うほどって言われるくらいなのは俺だけだと思うよ。無駄にでかい自覚はある」
うわー、当事者ぁ。
いやもう驚かない。驚かないぞぉ。魔族の人達が規格外過ぎるのはいつもの事だよ……いや当のご本人がのほほんとするのは違くない!? もうちょっと、こう、さあ! 体大きい以外のセリフはなかったのかなぁ!!
「じゃあ伝承にあった、『突如現れた災厄』はあなた達の言う『懲らしめる』対象だった?」
「うん」
「私が調べた伝承の中で『厄災』は、驚異的な力を持った人であったり、自然の猛威だった事もある。そのすべてを、あなた達は解決してきたのね」
「もちろん。それが俺達の役割だからな」
「……そう」
ん? 人であったり、自然だったり……それって、その『厄災』って、もしかして……
<邪法で喚ばれた勇者だね。あるいは正規の勇者が抑えきれなかった自然災害>
で、ですよねー!!
邪法で喚ばれた人が暴れ回るのってどうやって止まるんだろうと思ってたけど、そっかぁ。ずっと昔から、アルファさん達がどうにかしてたんだ……
そして今回も、彼らがどうにか片付けるつもりなんだ。だって、私を巻き込んだフォルフローゲンへ侵入して調べてるって、グロースさん言ってたし。
……私が出来る事、ないかな。お菓子を貢ぐだけじゃない。何か、助けになるような事。
ぼーっと考えていると、ディノさんが体を起こして肘をついた。手に顎を載せて、だらけたスタイルだ。
「なあセラスよ。結局お前は何が言いてぇんだよ。アルファが伝説のドラゴンだとわかってすっきりした、って顔じゃあねぇよな」
何故か、誰もが黙ってしまった。
静かな雰囲気の中、セラスさんは大きく息を吐いて、伏せていた顔を上げる。
「……私は旅をしている間、いくつかの地域の伝承を調べたわ。ドラゴンが助けにくる話を重点的にね。細かい所は違うけれど、だいたいが『人ではどうにも出来ないほどの厄災が訪れた時、ドラゴンが現れて助けてくれる』という話だった」
「世界中で起こったやべーもんにわざわざ駆けつけて片付けてきたのかよあんたら」
「まあな。こいつの速度はやばいぞ。全力で飛べばどんなに遠い土地だろうが、数分で目的地に着く」
「背中に乗ってる人の事を配慮しなければね」
「意識を飛ばしたら爆風と圧力で地面に落下する前に死ぬタイプの乗り物だな」
「ぜってー乗りたくない」
「大丈夫。コウレン以外には配慮するから」
「だから俺の扱いが毎度ひどいんだが」
いや真剣な雰囲気ぃいー! 一瞬で霧散したんですがぁ!!
あえて空気読まないエイベルさんもアレだけど、それに乗っちゃうマイペース2人が問題だわ! まったくもう!
ちらりとセラスさんを見ると、話の流れを邪魔されて怒っている様子はなかった。ずっと眉をひそめてる。美人の表情が歪むと悲しい気分になってくるのは何でだろ。
セラスさんは躊躇う事無く話を続けた。
「妖精族の中でも、長命な方に伝承を聞いた事があるわ。伝説に残るドラゴンを実際目にした、生き証人。当時の事を、覚えているすべてを、聞いたの……その方が言ってたわ。厄災が現れる前、魔法が使いづらい時期があったと」
「セラス、それって」
「ええ。魔力の集まりが悪い……私達が普段感じてる違和感を、当時生きていた方が感じていた。嫌な共通点よね」
喉が渇いたのか、カモミールティーを一口、二口飲んだセラスさんは、視線を上げた。コウレンさんとアルファさんを見る。
「本題に入るわ……伝承に残るような『厄災』が、今、この世界に、存在している。それは間違いない?」
ハッと弾かれたように顔を上げる人、だらけた仕草のまま真剣な目を向ける人。みんなそれぞれ反応は違うけど、全員が気付いてしまったようだ。
生命を脅かす、天災レベルの脅威が存在してるって。
コウレンさんは隠さず誤魔化さず、素直に頷いた。
「よくぞ辿り着いた。素晴らしい慧眼の持ち主だな、君は」
「お褒めに預かり光栄よ……魔力の減少は戦争のせいで、本当に間違いないの?」
「うん。人の消費に大地の供給が追い付かなくなってる。自然災害の場合は、その災害に魔力が引き寄せされて総量が減るんだよね」
「……戦争は勇者も治める事がある。でも勇者が現れた時は、減少する事はなかったと聞いたわ」
「そうだな。人が違和感を察する前に、勇者が片を付けてくれていたからな」
「という事は、今現在、勇者は存在しないのね」
「しないな」
「だからあなた達が表立って出て来たってわけか……ああもう、当たって欲しくない事ばかり当たる……!!」
セラスさんが顔を押さえた。眉間をぐりぐりしながら、片手でカステラを摘まむ。ああ、疲労のあまりついに竹フォークを使う事さえ止めてしまった。ワイルドにむしゃむしゃ消費されていくカステラ……いい栄養になってね。主に頭痛を治す方向に全力懸けてあげてね。
「なんだ、つまり世界規模のやべーもんが、どっかにあんのか」
「ええそう。それもきっと恐らく、いくつかの伝承の通りなら、戦地のど真ん中、あるいはその近くで突然現れるわよ、そのやべーもんは。そしてその場の尽くを破壊するわ。すべて更地よ」
「……大災害どころの話じゃねぇな。いくつか国が消えんだろ」
「でしょうね。国どころの話じゃないわ。動植物もまとめて消えるわよ。1番大きな大陸のほとんどを更地にした記録もあるから、地形も変わるわ」
やけ食いの如くカステラを食べて、置いてあったラムネをバリボリ噛み砕き始めたセラスさん。相当、当たって欲しくなかったんだなぁ。ストレスでの大食いは体に悪いですよ……彼女の気が済むまでお菓子は追加する予定だけど。
私に深く関わらなかったら、今頃ごくごく普通に冒険者を続けていられただろうし、こんなにも多大なストレスを受ける事もなかったろうに。そう思うと、自棄食いを止めるのは申し訳ない気分になるんだよなぁ。ネガティブしてるとまた怒られそうなので、お菓子と飲み物を奢る事にした。本当にごめんねぇ。
アイテム袋から煎餅やらマフィンやらクッキーやら饅頭やら取り出して、さらにお茶も追加してく。
「まあそれを止めるために俺達がいるんだがな」
「幸い、今回は事が起こる前に情報が掴めたからね。様子を窺う時間が取れてよかったよ」
「だなあ。何故か大人しくしてるみたいだし、厄災前に終わらせられるといいんだが」
私が出したお菓子を遠慮なく開けて食べだした魔族の2人が、ぽやぽやと穏やかに言うもんだから……緊迫さが伝わらないんだよなぁ。
そんな彼らを見て、セラスさんがまた何か思いついたのか、顔色を青くさせて食べる手を止めた。え、どしたの?
「……今回の厄災は、人なの?」
「人だな」
「人だね」
ですね。邪法の最大の被害者です。話に混ざるとややこしくなりそうなので、こっそり頷いておく。幼女は空気を読めるのである。
「人が厄災の時は、被害が多いの。自然災害の時も酷いけれど、規模としては国一つ分くらいで……」
「おいおい、セラス……」
「無差別なの。生きてるものは全部殺してくのよ。人の形をしている厄災は。戦争してるとかしてないとか、そういった区別もないの。だから被害が大きいし、更地ばかりになるのよ……!」
うん……それだけ生贄として殺された人達の恨みが大きいんだろう。無差別っていうか、たぶん、恨みつらみだけで動くから、自分達を殺した人達を判別できなくなってるんだと思う。
私達は殺されたのに。誰かの欲を叶えるために、慈悲もなく、助けを呼ぶ声を上げる時間だけ与えられ、役目を終えたら殺されて……目の前の存在が生きてるだけで憎くなる。そういう気持ち、なんだろうか……
<ルイは巻き込まれた側でしょ。生贄にされた人の気持ちがわかるの?>
<……どう、だろ。物語としては、前世にも似たような話があったけど。自分を投影して考えた事はないから……>
<そっか。まあ、話に流されやすい上に落ち込むととことん落ちるルイの事だから。また勝手にネガティブしてるんだろうけど>
<テクトさん辛辣ぅ>
<考えすぎはよくないよ。だって君は生贄ではないんだから>
そりゃあまあ、ね。
ただ、巻き込まれた側だからこそ、同じく被害者な勇者をどうにか助けられないかなって気持ちはずっと持ってるわけで。コウレンさん達の手助けが出来ないかなって悩んでるわけでして!!
と思っていると、テクトがふふん、と笑った。
<自分で前向きに立ち直れるようになったんだ。いいじゃない>
<まあね! 聖獣には負けるけど、幼女の成長も早いもんよ!>
思わず胸を張ったけど。違う、今はそういう話してないんで。人災の被害がやばいって話してる途中なんで。
皆さんを見ると、真っ青になったセラスさんにつられてか、落ち着きない様子になってた。ざわざわって、小さく話し合ってる感じ。
けど、魔族の方々はそんな空気こそぶち壊す天才だった。コウレンさんが呑気に片手を上げる。
「あ、一応その人物の名誉のために言っておくが、滅ぼし尽くそうとするのは本意ではないんだぞ。邪法のせいで質の悪い怨念に憑りつかれてしまって、本人もどうしようもない、というやつでな。むしろ意識はない」
「また新しい言葉を出す!! 邪法って何よ!!」
「多数の生贄を使って無理やり勇者を召喚する方法の事だが」
「はあ!?」
「ちょっと待てください!? 人の形を持った厄災の場合、その邪法というものが元凶なんです!?」
「うん。人災は余す事無くそうだね」
「人災って、歴史上、少なくない数あったわよ!? 本気!?」
「冗談で数を増減させたりしないよ。本気で全部、邪法が関係してるね」
「つまりはあれだ。勇者を悪用しようとした奴らが毎度の諸悪の根源、という話だな」
「はあああああああ!?」
「人類が悪うございました! 何よそのクソ野郎ども、射殺してやろうか!!」
美人が凄むと怖っ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます