122.『万が一』が重い



「グロースから連絡を受けてな。万が一を考えて来たんだが……どうやら俺達の出番はいらなかったようだ」


 そう快活に笑って、歩み寄ってくるコウレンさん。堂々としたその姿に続くのは、これまたゆるーく微笑むアルファさんと無表情のグロースさんだ。

 いや何で来たんです? 万が一? むしろこの状況こそ万が一の現在進行形なのでは? 


「さて。俺達も憩いのスペースに座りたいのだが、いいかな?」

「あ、はい。それはもちろん」

「君らも構わないか?」

「……持ち主がいいと言ってるのよ。私達がどうこう言うつもりはないわ」


 絨毯の前に立ったコウレンさんに聞かれて、私はすぐに頷いたけど、ルウェンさんを除く方々は大分渋い顔をしていらっしゃる。皆さんに何があったんだよぉ……ええい、もうわらかん! なるようになぁれ!

 コウレンさん達のお茶をカップに注ぎ、配る。ついでに今日のお茶請けを取り出した。ルウェンさん達には、異世界の味としてすでに振る舞っていたんだけどね。

 皆さんに詰めてもらって空いたスペースに、コウレンさん達が座る。私が切ってるものにすぐ目が向いた。


「おお、カステラか! いいな、懐かしい!」

「これ、ザラメが底についてるタイプ?」

「ついてるタイプですね」

「やった」


 アルファさんが嬉しそうに口元を綻ばせるものだから、つい、大きめに切ってしまった。そんなに喜ばれたらいっぱいあげたくなるじゃん! たくさんお食べ! 分厚いの2切れあげるからね!

 グロースさんはあれでしょ。魔族の2人とここにいるって事は、休日か休憩を返上でついてきてるんでしょ! お疲れ様、カステラ3切れあげようね!!

 平皿に寝かせて竹フォークを添え、カステラを目の前に置く。目に見えてキラキラと表情を輝かせるんじゃありません! 可愛い顔をしないでください私が軽率に萌えるでしょ!!


「んー! うまい! ふわふわなのにしっとりで、卵の風味も素晴らしいな!」

「ザラメを噛んだ時のじゅわっと舌に広がる甘さって、なんでこんなに美味しいんだろ……ああ消えた。もう一口」

<カステラは止まらなくなるな……後で50本買おう>

<グロースはどの菓子を出しても止まらないでしょ>

<美味いものはずっと食べていたい>

<その気持ちは僕もわかる>

<テクト様もグロースに感化されたのか? あ、ルイに影響されたのか。なるほどな>

<俺は100くらい欲しいな。コウレン奢ってくれてもいいよ>

<給料日過ぎてるだろ。自分で買ってくれ>


 そして流れるような脳内会話テレパスと、ちゃっかり混ざるテクト。まあ、この会話を皆さんに聞かれたらさらにドン引きされそうだもんね。私は黙っておこう。

 っていうかまたまとめ買いなさるおつもりで? そういえばこの前、今度来たらケーキの続きを買うって言ってたっけ……うん、後でカタログブックがフル稼働だねわかります。

 カステラをしっかり味わった後、少し冷めたお茶をすすって。ふいにアルファさんが首を傾げた。


「俺達、何しに来たんだっけ?」

「……あんった達ねぇ……!」


 セラスさんが深いため息を吐きつつ額に手を当て、私は思いきりズッコケた。

 おやつ食べに来たのかな? うち喫茶店だったっけ? 雑貨店なはずなんだけどなぁ……魔族の人達って、本当、マイペースが過ぎるんだよなぁ。

 ただ、アルファさんの間の抜けた発言に、ルウェンさん達も警戒心もちょっと霧散しちゃったっぽい。少なくとも一触即発感はなくなった。

 おかげさまで、私も落ち着けたしね。とても意味のあるペース巻き込みでしたよ。ちょっと宇宙背負っちゃったけど。


「……ルイの反応からして、あなた方は元々面識があったのですね。親し気な対応をするくらいには。ですが、先日のあなた方は『108階には行けなかった』と嘘を吐いた」

「うん。隠し事ばかりの不誠実な返答で、すまなかったとは思ってる……一応、世を忍ぶべき立場でな」


 かちゃり。フォークと皿が重なる音がする。ふと視線を上げれば、コウレンさんがテーブルから少し離れて、姿勢を正していた。

 何事かと目を瞬かせていると、テレパスがするりと届く。


<ルイの事情をおもんぱかってくれる彼らに、正しく自己紹介をするべきだと俺は思うんだが。どうだ、アル>

<いいんじゃない? 秘密にしてもらう内容が増えるけど、彼らは俺達の事が気になってるみたいだし、表立ってルイの保護者をしてくれるんだから誠意を示すべきだと思う>

<それもそうか。グロース、いいな?>

<お好きにどうぞ、魔王様>

 

 コウレンさんに続いて正座した膝の上に手を載せて、背筋を伸ばすアルファさん。

 そして、我関せずという顔でグロースさんは最後のカステラを頬張る。もぐもぐと顎を動かしながら、紙にこびり付いてる生地とザラメをフォークで削いだ。カステラ食べたらそれ絶対やりますよね、わかる。カナメさんから教えてもらったのかな? 手際がとてもよろしい。

 おほん、とコウレンさんが咳払いをする。


「では改めて──俺は魔族を統べる王、コウレン。聖獣様より異世界人であるルイの保護観察を頼まれ、その任をグロースに与えた者だ」

「俺はドラゴンのアルファルド。人が及びつかない遥か上空を制し、世界を飛び回る者……今は人の姿に変化してるけどね。ご要望とあらば本来の姿も、まあこの部屋なら収まるかな。見せられなくはないよ」

「魔族を代表し、お礼申し上げる。よくぞ、彼女の素性を隠し、そして自ら真相へ辿り着いた後も変わらず親しくしてくれた。幾度感謝しても足りん」

「……は?」

「え……おう、……魔王!?」

「「はあああああああああああああ!?」」


 想像以上の正体だったんだろう。皆さんから目玉が飛び出さんばかりの怒声が飛び込んできた。うん、わかる。叫んじゃう気持ちわかる。

 それからは怒涛の質問タイム。魔族の本来の生態とか、ドラゴンって何だそれワイバーンとは違うのかとか、王侯貴族がこんなダンジョンに出歩いていいのかとか、聖獣と繋がりがあるのかとか、グロースさんとの関係とか、まあ、色々。

 正直言って、テンポの速い会話の応酬についていけない。いやー、首振りする猫の気分ですよ。内容理解が追い付かないです……

 しょうがない、ほうじ茶のお代わりでも準備しようか。カステラを食べ終えてお茶待ちしてるグロースさんもいるしね。視線で催促してくるのよこの人。でもね、あなたも話の当事者なんだよ。ほら、聞きたい事まだまだあるのよこっち向きなさいよぉ! ってセラスさんがグイグイ肩を引っ張ってますよ。


<嫌だ俺はほうじ茶を飲む>

<グロースさんってお茶ジャンキーですよねぇ>

<好きなものを飲み食いしてる時が癒しだってのに邪魔されて不本意>


 あ、こりゃ駄目だわ、グロースさん梃子でも動く気ないわ。コップから手を離さないもん。











 







「頭痛い……魔族の情報量多い……」

「そんなにも長命な種族が妖精族以外にいたなんて……」

「つーか何だよ……魔力が切れない限り死なねぇとか不死身だろうが……」

「そりゃ底知れない実力があるわけだよ……生きてる年月がそもそも違うんだから……」

「世界各国に紛れ込んでんじゃねぇよ……無駄に疑心暗鬼になんじゃねぇか……」


 数十分後、ルウェンさん以外が頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまった。まあそうなるよねー。とんでもない魔族の実態をどんどこ教えられちゃあ、処理しきれませんよね。


「皆さん、嘘じゃないかって疑わないんですね」

「この状況で嘘吐く馬鹿だったらまだマシなんでしょうけどね。違うんでしょ?」

「はい。私の相棒が間違いないと言うので、コウレンさん達が言ったのは事実ですね」

「ああー! とんでもない奴らを相手にしてたのね私達!」


 ゴンっと盛大な音を立てながらテーブルに額をぶつけるセラスさん。おおう、その現実逃避は痛いですよ。

 ただ1人、自分なりの価値観で話を素早く呑み込んだルウェンさんは、ひと味違った。


「そういえば地元にも、昔からよく魔族が観光に来ていたんだが……あれは異世界人らしき人の安否確認をしていたんだろうか」


 そこでさらに情報出します? なに、ルウェンさんの地元はびっくり箱なの?


「マジっすかルウェンさん」

「ああ。村が出来た頃から、友好的な旅行客として地元では有名だった。俺も子どもの頃は何度か話した事があるぞ」

「お、ルウェンは勇者の街の出身だったか! あそこは魔族の中でも人気の旅行地でな、俺もよくお忍びで行く。米に大豆、小麦に砂糖、味噌に醤油、みりんに酒。農作物や調味料が豊富だし、飯は美味いし、何より住民が宴好きだ! 毎度歓迎されて喜ばない奴はおらんよ」

「お察しの通り、異世界人の暮らしぶりの確認も兼ねてね」


 どっちが主な目的なのかは、聞かないでおこう。私は利口な幼女なので。

 さて。しばらく休憩時間を取った後、何とか魔族の事情を噛み砕いた皆さんは、宇宙背負ったみたいな顔になってしまった。私も通った道だわ、不謹慎だけど懐かしく感じるね!


「何てもん聞いちまったんだろうなー、俺達」

「一生知らなくてもいい事知っちゃった気分……」

「忘れたくても忘れられねぇだろこんなもん」

「どうしても忘れたいと言うなら、俺が何とかしてやるが?」

「は?」


 追加のカステラをもぐもぐし始めたコウレンさんが、ゴミ捨てしとくぞみたいなノリで言った。さらにとんでもないカミングアウトが来たね、もう私驚かないでおきますね。今なら悟り開けそう。


「そもそも、今日俺が来たのはそのためであってだな……ああ説明してなかったか。ルイと君らの話が決裂する万が一を想定して来たんだ。俺の魔法でちょちょっと記憶を取り除いてやろうと」

「ちょちょっと」


 そんな軽く言う問題じゃないと思うんだけどなぁ。おじいちゃんだからか? おじいちゃんだから平気で言えるの?


「んな事出来るわけ……いや何千年も生きてる奴なら可能なのか?」

「念のため聞くけど、それって物理的に頭をどうにかする方法じゃないわよね?」

「もちろん。他に弊害がないか経過観察を挟みつつの、記憶切除だ。ルイとテクト様や俺達と話した部分だけ、綺麗に取り除く事が出来るぞ」

「魚の下処理とは訳が違うのよ平然と言わないで頂戴……」

『他の魔族がこのじじい達と一緒だと思われるのは心外だから、付け加えさせてもらうけど。

ここまで規格外にボケてるのはこの2人だけだから』

「そう言えるあたり、おめーも大概だわ」


 そうだなぁ。グロースさんも、2015歳を『まだ』って言えるお年頃だもんなぁ。大概って言われてもしょうがないね、うん。

 ふ、と呼吸が聞えて。振り向くと、ルウェンさんがコウレンさんを真っすぐ見ていた。


「俺は2人の事を忘れるつもりはない。一生の恩人で、愛らしい友人達だ……なるべくなら、忘れたくない」


 めっちゃかっこいい顔でかっこいい事言うのやめてもらえませんかねぇルウェンさん! 疲労困憊のメンタルに容赦なく突き刺さってくるんで! トキメキ過ぎて大ダメージなんですが!!

 と思っていると、ルウェンさんが目を伏せた。


「だが……俺はどうしても無意識に大切な言葉を零してしまう事があるから。魔族の大切な秘密も、守れる自信がない」

「そうか。君はいい奴だな。自ら話してくれてありがとう」


 だが安心しろ。とコウレンさんは続ける。


「希望があるなら制約魔法をかける事も可能だ。特定の条件下以外で喋ろうとすれば、強制的に口が閉じるやつなんだが」


 ん? 何か聞いた事あるワードだなぁ。どこでだっけ……確か、そう、マルセナさんが来た時に。


「はぁ? それ、ギルドと契約した職員だけがかけられる奴だろ」


 ああー! 私のステータスが珍しいけど、ダリルさんが誰かに喋ったりしないんですかって聞いた時の! ステータスチェッカーの時のやつだ!!


「個人で使えるもんだったか? 専用の魔導具じゃなきゃできねぇって話だろ?」

「あー。ステータスチェッカーと契約式具が出来上がった頃と同時期、に、出来たはず……ってまさか……!!」


 皆さんの視線がコウレンさんに集まって、あ、ほっぺにカステラの欠片がくっついてるなぁもう、何で呑気にしてんの!

 コウレンさんは私の視線に気付いたのか、頬の欠片を取って口元に運びながら頷いた。


「元々は俺が創った魔法を、誰もが使いやすいようにとある者が魔導具に加工してくれてな。だから俺は自由に使えるぞ」

「その魔法をかけてもらえば、俺はルイとテクトの情報を、金輪際、漏らす事がなくなるのか」

「ああ。行使者は俺だが、制約するのは当事者達だ。双方どちらかが亡くなるまで、魔法は続く」


 いや制約魔法ってそんな拘束力あるの初耳なんですけども。ルウェンさん顔を明るくしないでくださいよ言動を制限する魔法をかけるって言われてるんですよ……いやめっちゃ輝かしい笑顔だな! そうだねルウェンさん、私達の秘密喋りそうになったって落ち込んでたもんね、勝手に制限してくれるのすごい助かるんだろうね!!

 そして同時に、もう好きにしてくれとばかりに5人が再びテーブルに突っ伏した。

 あ、お疲れ様でーす。胃腸薬か頭痛薬、いります?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る