123.制約魔法


「この魔法は随分と久しぶりにやるからなぁ。手順は覚えてはいるが、魔力操作が……まあ少々待っておれよ」


 ぐりぐりと肩を回したコウレンさんが、立ち上がって右腕を伸ばした。手の平を下に向けて、何事かを呟く。口内でぼそぼそ言ってる、のかな?

 残念ながら私の聴力は平均的なので聞き取れなかったけど、オリバーさんが耳をぴるっと震わせて何故かドン引きの顔をした。え、どしたの。


「なんか、手探りでの魔力の練り上げもそういえば久しぶりとか、え、配分間違えたとか言ってる……これ、大丈夫、なんだよね?」

「アルファさん、どうなんです?」

「んー……まあちょっとくらいの失敗、コウレンなら問題ないよ。俺とは違って器用だし」

「その発言のどこにも問題なさげな根拠が見当たらねーんだが?」

「でも練り上げてる魔力はとてつもなく大きいです。複雑な魔法を行使しようとしている……前段階ですね。狙いが定まってないように感じますが」

「まるで酔っぱらいの覚束ない足みたいに魔力が右往左往……してるわね」

「こいつ本気で大丈夫か?」


 皆でいぶかしげな顔をしてると、コウレンさんが唐突に歓声を上げた。こうだったこうだった、と楽しげな顔の横に、突然淡い光が現れる。


「わ」


 驚く間もなく、コウレンさんの周りにたくさんの光が浮いた。ぽこぽこぽこって、いっぱい生まれた感じ。しかも赤、青、橙、黄、緑、紫、白に黒。色とりどりだ。なんかイルミネーションみたい。コウレンさん実はLEDを搭載してたの? ってくらいキラキラしい。

 ふわり。その光の1つが私の方に寄ってきたので、つい手を伸ばした。その瞬間。

 漂ってた光が集まって、束になった。毛糸みたいに、柔らかそうな紐状のものがコウレンさんの周りをグルグル回りだす。様々な色に発光しながら。

 うわ、綺麗。これって魔力だよね? シアニスさんから習ってる魔力の塊に似てるもん。暖かかったり冷たかったりするやつ。まあ、規模は全然違うんだけども。

 魔力の練り上げが上手く出来るようになったら、私もこういう、魔力の帯みたいなの作れるようになるのかな。洗浄魔法とは違う、これからすごい魔法使うぞーって感じの。ちょっとワクワクしてきた!


「……汝、制約を交わす者。汝、制約を守る者」


 コウレンさんの落ち着いた声音が、魔法を紡ぐ。回っていた紐が端から織られていって、気付けば四角くて薄い……紙みたいな形に変わった。それが音もなく私とルウェンさんの眼前に浮かぶ。

 淡い明かりの下で、切れ長の赤い目がすっと細められた。


「では両者、制約内容を確認だ。内容に不服がなければ、書面の最後にサインを。ペンはもちろん、俺の魔力で編んだものを使ってくれ」


 紙の横に添えられた羽ペンを見る。全体が光りつつ、羽ペンの形を取ってる。その羽の先に紐が繋がってて、その先へ視線を伸ばすと、コウレンさんの手元に行き着いた。

 両手を上に向けて、それぞれ光彩を持ってる。その手の光に、2本ずつ紐が繋がってた。私のと、ルウェンさんの、紙とペンから伸びる紐が、ふわりと浮かぶ。

 何だか天秤みたいな格好だなぁ、と思った。コウレンさんが柱で、両手がお皿、手に持ってる光が重り、みたいな。不思議な魔法だ。

 おっと、感心してる場合じゃないや、確認と署名しなきゃ。私は羽ペンを手に取った。わわ、なんかほんのり温かい。毛糸玉を握ってるみたいな感触。これもコウレンさんの魔力なんだ……ますます不思議だなぁ。

 同じく羽ペンを持つルウェンさんが興味深そうに上下左右から観察してたけど、ふと紙に視線を移した。


「署名は名前だけでいいのか」

「ああ。それぞれの魔力で縛る魔法だからな。真の名をその身に持ち得ているのならば、示す名は形にすぎん。必要なのは同意の意思だからな」

<ルイも名前だけでいいぞ。前の名はカタログブックに教えるのみにした方がいい>


 テレパスで届いた言葉に、内心頷く。

 ここにいる人達が私の本名をどこかにバラす、なんて心配は一切してない。これは私個人の心構えの問題で、思わず出るうっかりを予防するためだ。


「ええと。一つ、以下の項目に触れる場合があれば、黙秘態勢に移行する」


 紙には箇条書きに文が並んでた。紙自体がふいに歪んだりするのに、文字はしっかり浮き出て見える。魔法効果ってすごいなぁ。

 続けて、ルウェンさんが次の文を読む。うん、いつかの時みたいに、一緒に確認させてください。


「一つ、ルイとテクトの“秘密”をみだりに話す場合」

「一つ、同じ“秘密”を有する者以外に、“秘密”を話そうとした場合」

「一つ、ルイが許した者以外に、“秘密”を話そうとした場合」

「同意の署名をもって、制約を成す」

「……うん、構わない」


 戸惑う事無く、ルウェンさんは紙にペンを滑らせた。潔いなぁ本当に。私も、ミミズがのたくった名前を書いた。テーブルに置かないと書きづらいなって言い訳しても取り返せないほどの汚さである。くっそぉう。

 紙が手元から離れて、コウレンさんの両手に吸収されてった。目を瞬かせてるうちにペンも消える。


「制約は成された」


 そう言いながら、コウレンさんが両手の光を合わせるように、手のひら同士をゆっくり、丁寧に擦り合わせる。まるで祈るような姿、手の動きに合わせて足元からぶわわっと溢れる光彩が、私とルウェンさんに降り注ぐ……つまりは、とっても綺麗な魔法でした。

 魔力の光が治まった後、合わせていた手をパッと離して、コウレンさんは微笑んだ。


「これで終わりだ。どうだ、体に不調はないか?」

「問題ない。平時通りだ」

「全然まったく……それよりも、なんか、感動の方が大きくて……魔法綺麗だし……え、コウレンさんってやっぱりすごい人なんですね」

「はっはっは! 今更思い知ってしまったかルイ!」


 そりゃもう。いや、回復魔法を無詠唱でやってたし、昔話が巨大スケールだしで、元々すごいとは思ってたんだけど! 改めて、そう感じたというか。これも魔法効果かな……

 小首を傾げながら自分の手の平を見ていると、ルウェンさんがぐいっと身を乗り出した。


「では続けて、魔族の秘密を守るために制約させてくれ」

「ルウェン、君という奴は本当に一つも怯まんなぁ。その気持ちはとても嬉しいものだが」


 言葉通り嬉しそうに破顔して、コウレンさんは再度右腕を伸ばす。

 そして私はもう一度、素敵な魔法を目にしたのだった。


















 これで憂う事は何もない。

 って言いだしそうなくらい上機嫌な顔だし、実際言っちゃったルウェンさんが「制約魔法のお礼をしたい、何をすれば代価になるだろうか」と口にするのは、まあ私は予測出来てましたよ。なんたって経験者だからねぇ!

 対してコウレンさんはあっけらかんとしたもので。


「ルイの面倒を見てくれただろう? それで十分だ。本来なら俺達がやるべき事を、すべて任せているわけだしな」

「むしろ魔族の事情を外に漏らさないように自ら制約かけてくれるんだから、ありがたい以外の何物でもないよね」


 そして続く、追い打ちのアルファさん。だよねー、制約魔法を喜んで受ける人おらんだろうねぇ。

 ルウェンさん以外の方々は、私とテクトの秘密も、魔族の本来の実情も墓まで持ってく、と一言一句揃えて誓うだけで、制約魔法はかけなかった。「急に全員が押し黙っちまったら、隠すもんも隠せねぇだろが」というのが総意らしい。皆さんが一斉に口を真一文字にする姿を想像して、深く頷いた。何か隠してますよって教えてるようなものですね、わかります。

 さて、遠慮をしてるわけじゃないけど代価を断った魔族の2人。そうは問屋が卸さないのがルウェンさん達冒険者である。


「ルイとテクトの助力をするのは、俺達の恩返しだ。コウレン達への恩とは別物だろう」

「おおう、頑固だな」

「こうなったら一歩も譲らないわよ、ルウェンは」

「ええ。うるさいくらい付きまといます」

「早めに折れるのをお勧めするよ」

「奢られた方が楽だぜー」

「気の毒にな」

「え、恩返しに対して気の毒って付け加える事ある?」

「残念な事にあるんですよ、アルファさん」


 何度も頷く私を見て、アルファさんはきょときょとと周りを見た。皆さん、同じように頷いてる。経験者は以下省略。てか、他人事みたいな反応してますけど、ルウェンさん以外も大概だったからね? そこんとこ忘れないでね?

 そして全く譲る気のないルウェンさんの顔をじーっと凝視して、アルファさんは口元を緩めた。


「面白いねぇ、ルウェンは。わかった、奢られよう」

「そうか! よかった!」

「ええー、アルお前なぁ」

「いいじゃない。冒険者の暗黙の了解、双方納得する代価を払う。世間の礼儀には従うべきでしょ」

「ん、むう……」

「適度にお土産買ってもらえば、国の皆が喜ぶと思うけどなー」


 難しい表情で渋ってたコウレンさんはアルファさんに諭されて、しばらく唸っていたけど、ようやく肩を落とした。

 魔王様、陥落の瞬間である。いや、アルファさんの言葉つっよいな。


「そうと決まれば、ルイ、雑貨屋の出番だよ」

「あ! そっか、お任せください!!」


 アルファさんに促されて、アイテム袋からカタログブックを引っ張り出す。いやー、嬉しいなぁ。ルウェンさん達から隠れて、こそこそと買い物しなくていいんだ。堂々と、目の前で、買い物出来る! 彼らが求める物を、数日待たせる事なく、すぐに出せる! こんなに心が躍る事はないね! 


「それは……鑑定が出来る魔導具だな」

「何で今出して……まさか」

「いやいやそんな……さすがに、ねえ?」

「ちぃと待て。待ってくれよ……」

「これ以上秘密あんの? マジで?」

「……すー……ふう……」


 何故か深呼吸したシアニスさんが、意を決したかのように開眼した。


「ルイ。その魔導具の事を、詳しく、教えてくれますか?」

「はい! 正式名称はカタログブック。世界各国の販売品、果ては異世界産の商品も網羅する、多機能魔導具です! 皆さんご存知鑑定機能、商品の買い取り機能、お金預かり機能、持ち主以外は扱えない機能、ゴミ回収機能などなど、私達の生活を全面的に助けてくれる素晴らしい魔導具で……私にしか聞こえないんですけど、ナビが使い方を丁寧に教えてくれたり……あ、皆さんにわかりやすく言うと“子ども専用のお店”です!」

「「…………」」


 私の明るい声に対して、沈黙が痛い。え、あれ? 私テンション高いまま喋っちゃったけど、もしかして場違いだった? もっと真剣に話した方がよかった?


<いやこれはもう、情報過多で処理落ちだよ。気絶しないだけ精神力がすごい>

「へぁ!?」

「……申し訳ないけど……ルイ」

「ひゃい!!」


 セラスさんからとてつもなく低い声が。思わず肩がビクッとした!

 片手で顔を抑えながら、セラスさんはもう片手を上げた。ふらふらと、震えながら。


「……あなたのその魔導具は、頭痛を抑える薬も、売ってるかしら……?」


 あっ……! や、やっぱり必要でしたね頭痛薬……!!

 すぐ用意しまーす!!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る