121.顛末。そして何か来た



「じゃあ今回の件は表向き匿名での通報で、ルイが報告したと気付いた人にはグロースかを介したと誤魔化すつもりなのね」

「はい。幸いにも、仕入れ先はダンジョンの外にあると思われてるので、それで通用するだろうとグロースさんも言ってました」

「私達も誰かに聞かれたらその通りに誤魔化しておくわ」


 そう言って、セラスさんはほうじ茶を飲んだ。ふぅ、と和風感が漂う艶やかな吐息を漏らす。やだ美人……好き。

 いつものようにテーブルを囲む皆さんに、いつも通りのお茶をきちんと振る舞う事が出来た。それぞれ思い思いの姿勢で寛いでいる姿。その事実をぐるりと見回して、私は思わずにんまりとする。ふふふ、そうだよ、この光景を見たかったんだよ。


 あの後騙してた事に関して謝り合戦に雪崩れ込んだんだけど、私とルウェンさん達の間で数度ごめんねすまないが往復した頃に、これお互い様だから平行線だよ、ずっと終わらないよ? ってテクトにさとされて全員が口をつぐみましたよね。

 いやわかってるよ。いつまで経っても申し訳なさはなくならないって。でもつい謝っちゃうよね。隠し事があまりに大き過ぎて。

 特にオリバーさんは「いつも気配察知を使ってるわけじゃないんだけど……気配に敏感だからか、ルイやルウェンみたいな人は何もしてなくても感情が伝わってくるんだ。これからも勝手に感情を読み取ってしまうから、本当に、これだけはごめんね」って最後まで後ろめたさ全開の表情だった。他の皆さんはお互い様ならいいか、みたいにスッキリした顔してたのにね。

 きっと彼なりに、自分のスキルについて色々と思う事があるんだろう。もしかして過去に何かあったかもしれない……何も知らない私に、気の利いたセリフが言えるわけもなく。

 ええい、全然傷ついてない私の感情を食らえ! って気持ちを前に押し出しつつ「気にしてませんよ! むしろありがとうございます!」なんて力強く頷くと、ようやくオリバーさんは表情を緩めてホッと息を漏らしてた。そうそう、硬い表情は似合いませんよ!

 ただルウェンさんと同じ扱いされるのはちょっと納得いかないというか……私はテクトのテレパスで感情ダダ漏れな状況に慣れてるだけだから! 天然では断じてないからね! そこんとこだけよろしく!


「で、こっちも本題なんだけど」


 なんてセラスさんが切り出したのが、冒頭の話だった。

 何も知らない人達に対して、話にうっかり齟齬そごが出ないように意識のすり合わせをさせてほしいっていうのが、ルウェンさん達の本来の目的だったらしい。

 そのすり合わせのために、ずっと黙ってた私達の秘密を申し訳ないけど暴くよ、っていうのが謝り合戦前の話。というか。


「俺も昨日始めて聞いたんだ。ルイが異世界人だって」

「ルウェンさんなんて?」


 どうやら秘密裏に調査してたのはルウェンさん以外だったらしい。そりゃあそうでしょうよ、この人、顔どころか口に出るもん。


「ルイと会った日にオリバーが嘘をついてる箇所を教えてくれたんだが」

「はい」

「その時に皆が結論付けたのが、幼いふりをしようとする子ども、という言葉でな」


 あ、もう初日でただの幼女じゃないってバレてる……!

 頑張って幼女に擬態したのは、オリバーさんに筒抜けだったわけだし仕方ないんだけど! 随分前どころか序盤じゃないですか!! しばらくノリノリで幼女やってた自分がむず痒くなってきたぁああ!

 いやでも聞く! 話はちゃんと聞くからね!!


「それに聞き覚えが合った俺は、つい、『異世界人みたいだな』って言ったんだ」


 ルウェンさん自身はただの日常会話として流してしまったのだけど、そうは思わなかったのが他の方々。

 最初の印象では訳あり貴族の庶子かと思っていた。それがオリバーさんの報告と、ルウェンさんの何気ない一言がきっかけで、ふと考え直したらしい。

 唐突なおとぎ話には面食らったし、何を言ってるんだと思った。でも、つい口に出すほどルウェンにとって当たり前の話ならば。自分達が知らないだけで、実は存在していたのでは? 大人から子どもまで体が縮む魔法やアイテムなんて聞いた事ないし、ありえなくはない?

 っていう疑問を解決したかったのと、もやもやとした気分をサッパリさせるためにも、私の身元を割り出そうと決めたそうな。

 それから数日は、皆さん分担の日々だった。

 再び探索するための物資の調達を任されたルウェンさんがうっかり口を滑らせないか見張る担当、街にある図書館へ資料を探しに行く担当、私の衣装を買いに行く担当に日替わりで分かれ……いや私の服担当いらなくない? 絶対いる? あ、そうですね、山になったもんね……熱量の割き方が違うと思うんだけどなぁ。


「ルウェンさんめっちゃ蚊帳の外にされてるじゃないですか」

「仕方ないさ。俺は何でも口に出してしまうから。現に俺のせいでギルドマスターに勘付かれてしまった」

「重要な所は漏らす事無く耐えたのだし、ルウェンにしては上出来よ」


 黙らす方法が物理的でも上出来扱いなんですか。普段のルウェンさんってどんだけ……まあ、皆さんが納得してるならそれでいいのかぁ。

 それで約束の日の前日。勇者の伝記、妖精の逸話や物語、体が縮む魔法やアイテムの有無、念のため借りた貴族名鑑などなど、数日かけて集めた情報や資料。それから私の発言を思い出しつつ話し合ったけど(ちなみにこの時エイベルさんは、ケットシー変装魔導具を作りながら参加してたんだって。頭と手がごっちゃにならない? 器用すぎでは?)、どうにも行き詰ってしまったらしい。

 というのも調べ出すきっかけでもある異世界人に関する資料が圧倒的に少なくて、存在の否定も肯定も出来なかったんだって。まあ仕方ないよね、おとぎ話扱いされてるんじゃ。

  そこで困った時のルウェンさん。新しい情報を引き出そうと、それとなーく宿屋のテーブルに本を置いた。シアニスさんが言ってた、戦況を覆して勝利へ導いた異世界人を記した書である。

 ルウェンさんは皆さんの目論見通り、まんまとめくって軽く読み、懐かしさに微笑んだらしい。


「異世界人の話か。地元ではよく寝物語に聞かされていたものだが、他ではこうして歴史書に残っているんだな。これでは子どもも読みづらいだろう」

「ルウェン、その話に詳しいの?」

「大人から聞いた程度にはな。いくつかはまだ、そらんじられるぞ。勇者の逸話が多く残っている地だからか、異世界人と縁が深いそうだ」

「は? 何で勇者とホラ話異世界人がくっついて出てくんだ?」

「何でって……勇者が異世界人だからだろう。知らなかったのか? 勇者とは、超人的な力で争いを治め、異世界の知識を持って文化を発展させ、宴会を楽しみ、皆を幸せにする存在だぞ」

「「ちょっと待て!」」


 そこからは延々ルウェンさんに質問攻め。私を調べてると悟られないよう、要所を伏せながら聞き込んだ結果。私が皆さんが暮らす世界とは別次元の、違う歴史や生活を営む世界から来た異世界人って結論に達したらしい。

 行き詰った話に終わりを与えられるほどルウェンさんの地元がやべぇって事ですねわかります……

 で、何がしかの事情があるのだろうし、私達が内緒にしているなら自ら打ち明けるまでは知らないふりをしておこうって決めたんだって。あと、私があまりに嘘慣れしてないので練習にもなれば、と心を鬼にしたそうな。お陰さまで、うまくケットシーとして立ち回れてますよ!!

 もしも調査されている事が許せないと私達が憤ったならば、それはそれ。借金をすべて返して誠心誠意謝り、私達の前から消える予定だったらしい。止めてください寂しさで死んでしまいます。

 今日、シアニスさんが授業の続きを楽しみにしてたって言ったのは、これからも私達と仲良くしたいですよっていう気持ちの表れだったんだ……え、泣いていい? 嬉しくて泣きそう。


「そして今回の事件で、これ以上黙っているのも難しいだろうという話になりまして」

「ようやく昨日、ルウェンに話したのよ。ルイが異世界人で確定だって」

「まさかそこで『じゃあテクトは聖獣なんだな』って爆弾発言返されるとは思ってなかったけどね……」

「質問攻めするしかねーよな……」

「頭抱えちまったよなぁ……」


 おおう、ルウェンさん以外が視線を明後日の方向に。お疲れ様です。でもたぶん、最初から一緒に調査してればそんな事には……あ、ルウェンさん経由で私にバレちゃうね。これは仕方ないわ。













 ふう。お茶請けを楽しみつつすするお茶は、たまりませんなぁ。悩みが解決したっていうのもあるけど、晴れやかな気分。


「テクトが聖獣ならオリバーのスキルも筒抜けなのかと思っていたけど、ルイは知らなかったのね」

「基本的に、テクトは緊急事態の時以外は人の事情を私に話したりしませんよ」

<個人情報は黙ってるべき、っていうのがルイの方針だしね。ちなみにセラスの年齢は誰にも話してないよ>

「ええそうね、ずっっっと心の内に留めて置いてちょうだい」


 セラスさんの笑顔の圧が強い……テクト。その一言は余計だったと思います。


「年齢といえば……ルイは本来なら何歳なんだ? 俺と同じくらいだと思ったんだが」

「二十歳ですよ。元の世界では学生でした」

「へえ、俺より年上なんだ」


 はぁん? オリバーさん今なんて??

 ほうじ茶を飲み込んだ彼は、皆さんを軽く見回して言った。


「皆は25歳前後なんだけどね。俺だけ年下なんだ。19歳」

「……お、お姉さんと呼んでもいいんですよ??」

「いやあ、さすがに幼女相手にお姉さん呼びはきついよ」

「ですよねー」


 あまりのショックに血迷った事を言ってしまった……落ち着け。私よりしっかりしてるのに年下とか思っちゃ駄目だ。平常心平常心。

 胸に手を当てて深呼吸していると、テクトが顔を上げた。上階へ行く方の道に視線を向けてる。どうしたの?


<あー、いや、うん。これは皆にどう言うべきかな……グロースと、コウレンとアルファが来てる>


 は? 待って、ここに魔族3人衆来るの? ルウェンさん達がいるここに? いや私は正直、その、すでにキャパオーバー気味なんですが。今やっと落ち着いてきて、脳内処理速度が通常に戻ってきたんですけど? ここにさらなる問題追加する??


<どういう要件か話してみるよ。ルイは彼らに来客が来るって伝えておいて>


 それが一番難しいと思うんですけどぉおお!?

 明らか唐突に慌てだした私を、皆さん不思議そうな顔で見てる。あ、オリバーさんは私の感情筒抜けだから心配成分多め……いや顔色伺ってる場合じゃないわ、話さなきゃ。


「あの。テクトが来客の気配を察知したらしくて」

「来客だぁ? この108階に?」

「グロースか」

「はい。その、グロースさん、なんですけど……えー。他にも2人ついてきてると言いますか……」

「まさかギルドマスター達がまた来たの?」

「いや、それより衝撃的っていうか……」


 ああもうなんて伝えるべきか! っていうか私が話していいの? この階層、一部の人以外立ち入り禁止なんだよ!? しかも会った事ない人同士なのに、どう説明するのさぁあ!!


「大丈夫だ、案ずるなルイよ」


 朗々とした声が、安全地帯に響く。勢いよく振り返ったルウェンさん達の速度やべぇ、と思いながら廊下側へ視線を向けると、にっこりと笑顔のコウレンさんが大手を振っていらっしゃった……わあ、めっちゃ堂々としてるぅ。


「なんせ俺達は、初対面じゃないからな!」

「初耳です!!」


 いつお知り合いに!?


「街で観光してたらグロース経由でカフェに誘われたんだよ。あそこのミックスジュースは美味しかったね」


 ひょこっとコウレンさんの影から出てきたアルファさんが、ゆるやかに片手を上げた。やあ、と親しげである。力なく手を振り返しておく。

 さてルウェンさん達はというと。


「この階は一般人立ち入り禁止なはずなんだが……」

「あいつらやっぱ、グルなんじゃねぇか……」

「全然気配を感じなかった……廊下側って事は歩いてきた? ここまで? モンスターとの戦闘の揺らぎも感じさせず?」

「グロース含めやべー奴らじゃん」

「相当の実力者である事は、オリバーから聞いてましたが……」

「詳しく聞かなきゃいけない事が、さらに増えたわねぇ……!」


 ルウェンさん以外が何故か中腰の臨戦態勢だった。アルファさんの嘘つき! カフェに誘った側の雰囲気じゃないよこれ!!

 あと本当にルウェンさんは周りの空気読んで!!


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