118.進歩の料理教室と卵



 今日は100階の皆さんとの約束があったため、私とテクトは転移してここまで来た。ルウェンさん達? まだ会う日じゃありませんけど? 問題を先延ばしにしてるみたいで心にチクチク刺さってくる。いや、意図的に避けてるわけじゃないから勝手に気に病んでもしょうがないんだけども。

 ああー、1つの事が気になるとすーぐ別の事も気になってくるぅ。留守番してるヒューさん達は元気かなぁ。キースくんは転んで怪我してないかなぁ。お弁当、食べててくれるかなぁ。

 保護してたった数日しか経ってない彼らに、頼もしいリトジアがいるとはいえ、あまり慣れてない箱庭の留守番はちょっと心配だ。ヒューさんが時々陥るネガティブ状態は聖樹さんに任せるとしても、キースくんの我と我が道を行く幼児ムーブに皆が対応できるかどうか……午前中に出稼ぎに行く事情とかを改めて説明はしたけれど、キースくんがおかずの出汁巻き卵を摘まみ食いして大騒ぎになったもんねぇ。出掛ける前にバタバタしてたのは否定できない。

 コンロも仕事道具だから残せなかったし、お弁当しか選択肢がなかったってのもよくないよねぇ。温かいものが食べたい時は不便だ。でもヒューさんがどれだけ調理が出来るのかも知らないし、火はまだ怖い可能性だってある。どっちかっていうと、必要なのはお弁当を出来立てのまま保存できる方法なのでは?

 あ、閃いた。閃いちゃいました。ヒューさんがまた真っ青になるかもとは思うけど、しーらない。私は美味しいご飯を食べてほしいだけだもんねー。キースくん、お姉ちゃんは欲しい物が増えてしまったので、いっぱい稼いでから帰るよ!

 なんて考えていたのは安全地帯に来る直前。ここに来てからは怒涛の先生コールだった。アレクさん達が一瞬にして群がってきたのである。


「先生もテクトも聞いてー! もうすっげぇ朗報!!」

「俺達ついに、ステータスに調理スキルが表示されるようになったんだ!」

「Eだぜ、E! 調理スキルE!」

「この文字をどれだけ夢見たか……!」

「うっ」

「奇跡って起こるもんだなぁ!」

「ええ、すごい!! おめでとうございます!!」


 めでたい事に、アレクさん達全員のスキルに“調理”の項目が増えたそうだ。街に戻った時に、「ついでだしステータス更新するか」「しばらくやってねぇもんな」「待てよ、もしかしたら調理スキルついてる可能性あるよな?」「先生達に色々習ったし、いけるんでは?」って期待半分、冗談半分でステータスの情報更新したらしい。

 こっちのレベル上がった、こっちは伸びがあんまりよくない、とか色々話しながら流し見てたら、見間違いようもない2文字が堂々と増えてて目玉が飛び出るほど興奮したそうな。そりゃあ皆さん大喜びで私達に報告するわけだよ。

 いやー、嬉しい。ど素人の料理教室でも効果あったんだなぁ。自分が教えた事が彼らの身になって、さらに結果もついてきた。こんなに嬉しい事はないよ!

 だってもう最初、出会った時のあの真っ黒焦げの肉を思い出したらさぁ。あれ、うっかり目を離しちゃったレベルじゃなかったもん。炭になりそうな勢いだったもん。すごい進歩だなぁ……レベルEって素晴らしいね。

 若干遠い目をした私とテクトを引っ張り出して、クリスさんが呆れた顔でアレクさん達を見る。


「数日ずっとこの調子なのよ。うざったいったらないわ」

「元気な事はいい事ですよ。皆さん、ずっと欲しかったスキルでしょうし」

「あのねー、ルイ。私達もね、アレク達が今まで苦労してたのは知ってるから最初は祝ってたんだよ。ただねー」

「嬉しさのあまりに同じ事を何度も言って騒ぐものだからぁ、アリッサがブチっとキレちゃいましてぇ」

「……私も、いい加減疲れた……」

「むぐぅううう!!」

「あ、なるほど」


 男性陣に囲まれて見えなかったけど、エリンさんに促されたまま視線を向けると、安全地帯の奥でパオラさんに羽交い絞め+口元を覆われているアリッサさんがいた。小柄な体すべてを駆使して、自分より大きいアリッサさんを完璧に抑え込んでいる。すご、あれ関節決まってない? 大丈夫? 2人とも柔軟だから問題ない? そっかぁ。

 これは早めに治めないと、アリッサさんの血管が千切れそう。


「皆さん。はい、注目!」

「おう!」

「何だ先生!」

「皆さんの頑張りがステータスに反映されて、先生達とっても嬉しいです。ですが! 料理とはまだまだ奥が深い……レベルEで、皆さん満足ですか?」

「はっ……い、いや! 俺達、もっとうめぇもん作れるようになりてぇ!」

「俺ら、まだ先生達に教えて欲しい事がたくさんあるぜ!」

「だな! Eの次はDだ!」

「飯の話してたら腹減ってきたな」

「うー!」

「では、授業を始めましょう! 今日は鶏モモ肉のクリーム煮!」

「やったぁ!」


 鶏肉が好きなエリンさんが真っ先に反応なさった。時々、普段の喋り方が抜けてはしゃぐ姿も素敵だよね。あんまりはしゃぐと口内を噛んじゃうらしいので、いつも大人しめにしてるけど。

 暖かい視線を向けられている事に、はっと気付いて粛々とドロシーさんの背後に隠れる。大分癒されました、ありがとうございます。


「クリーム煮はそのまま具沢山スープとして食べても美味しいですが、個人の好みはありますけど、ご飯やパスタにかけてもいいですし、パンを浸しても美味しいですよ。皆さんはどうします?」

「「全部試す!!」」

「う!」


 男性陣は満場一致。女性陣はどうしようかなーって言いながらも興味ありありな様子。よろしい、ならば全てを用意しましょう!

 そっと視線を向けると、料理を作るならって渋々ながら落ち着いたアリッサさんと、肩を回してリラックスするパオラさん。よし、こっちも何とか治まった。

 皆さんそれぞれが準備を始める。ニックさんが慣れた手つきで米を洗い、クライヴさんは鶏肉……にしてはでかい塊だから、きっとコカトリスだろうなぁ。それをアイテム袋から取り出した。いいねぇ、手際がよくなってきてる。

 同じく大きな鶏肉の塊を準備したエリンさんとクライヴさんの方に、テクトが駆けていく。そっちは任せたよテクトー! 切った後は軽く塩コショウ振って小麦粉まぶしてねー!


「先生、野菜は何いれんの?」

「玉ねぎ、にんじん、じゃがいも、白菜、しめじ、ブロッコリー、ほうれん草、カボチャ。だいたいこのあたりですかね。好きな具材を入れます。大根も美味しいですよ」

「大根とクリームって合うのかよ」

「あっさりしてて意外と合うんですよね。クリームの方も牛乳、生クリームと選ぶ幅がありますし」

「うああ、すんげぇ悩むやつぅ」

「濃厚なのが食べたい時は生クリーム。コクがあるけどもったりしないのがいいなら牛乳、って感じですかねぇ」


 あとは豆乳とかね。ただ、豆乳はこのあたりだと売ってないみたいだから、選択肢から外した。

 この前、試しに提供してみたらルウェンさんだけ喜んで飲んでたんだよなぁ、豆乳。他の方々は一口飲んでは不思議そうにしてたし、豆腐も知らない様子だったから、きっと勇者の街ならごく当たり前にあるタイプなんだろう。

 あ、ルウェンさん達の事考えないようにしてたのに。しっかりしろ、私。今は授業中。


「野菜は食べやすい大きさに切ってください」

「あれ、それだけ? いつもはどういう風に切ったらいいか教えてくれたのに」

「皆さんは何も知らなかった頃とは違います。もうレベルE、最低限の調理が可能になったという事です。なら、教える方も前と同じじゃ駄目かなーって思いまして」

「なるほど?」

「全部私が言った通りにしてたら、その手順以外で作れなくなりますよ。大丈夫、大きく切ったってその分長く煮ればいいだけです。ただ、量も多いので火が通りやすい大きさがいいなーとは、思いますよ」

「むぅ」

「好きな形でいいんです。切る人の好きなもので」


 お祖母ちゃんに言われた事が、自然に口から出てきた。

 あんたの好きなように切ればいいよ。切る人の勝手だもの。火が通ってれば、だぁれも文句は言わないよ。

 得意そうに囁いて、からから笑ったお祖母ちゃん。その間にも、皺の刻まれた手が包丁をリズミカルに動かしていた。懐かしい思い出だ。


「ねえ、ルイ。パンの在庫が少ないのだけど、あなたの店で取り扱ってないかしら?」

「はーい。もちろん、準備してありますよ!」


 色んな好みに対応できるように、パンも揃えたんだよね。ふかふか柔らかな丸パンと、クリーム煮に合いそうなフランスパン3種。カリカリ食感の強いバゲットに、カリもちっのバタール、表面の切れ目が可愛い丸っとしたブール。

 特にブールは上部分をカットして中身を丸くくり抜いて、そこにクリーム煮を入れれば食べれる器の出来上がりだ。見た目も可愛いし、最後に味が染み込んだブールを頬張った時の幸福感がたまらない。女性受けバッチリだと思うんだよなぁ。

 ただまあ、ダンジョンにいる女性陣は可愛いよりは食い気を優先しそうな気がするんだけどね。喜んでくれるといいな。















「先生、俺は心を鬼にして言うからな……」


 ごくり。目の前から唾を飲み込む音が聞こえた。

 真剣な顔で私と向かい合ってるフランさんは、昼食を終えてまったりしだした空気を大きく吸い込んで、一層目線に力を入れた。


「情報はプリンと引き換えだ!!」

「あ、いいですよ。今日はとろとろ系にします? しっかり固め系がいいです?」

「わーい! 俺、固めがいいな!」

「先生に手懐けられてやがる」


 両腕を上げて無邪気に喜ぶフランさんにプリンを渡すと、上機嫌に小躍りを始めた。頻繁に子どもっぽくなるなあ、この人。いつか誘拐されちゃうのでは? 怪しい人には気を付けてねフランさん。

 皆さんにもプリンを配った。クリスさん達からは新しい情報はないわよ、って首を振られたけど、私達だけ食べて女性陣だけ食べないのは私が申し訳ないから押し付けておいた。普段から彼女達が食後のデザートを楽しむ姿を知ってるだけにね。1個300ダル、と呟けばにこやかに受け取ってくださるし。いやー、私も商人らしくなってきたかな。

 プリンをパクパク食べてるフランさんを横目に、ラッセルさんが左手の指を立てた。右手はスプーンが占領してる。


「街に行った時に知り合いの魔獣使いに聞いたんだけどな、青色で硬い殻の卵は、陸地に住む水棲の魔獣なんだと」

「陸地に住む水棲……?」


 え、何だろ……両生類とか、そういう感じ? それともなぞなぞ?


「カエルやイモリとかの魔獣の可能性もあるってこった。ルイ先生、そういうの平気だっけ?」

「はい。むしろ好きな方ですね」


 子どもの頃は近所の田んぼから捕まえてきて、水槽に突っ込んでたよ。横から観察できるのが水槽の良い所だよねぇ。馴染みがあるのはカエルの方かな。

 特にアマガエルの緑色は艶っとしてて綺麗だし、こっちが触らなければ動かないのをいいことに、まじまじと観察したのもいい思い出。

 なるほどねぇ、陸地に適応した水棲魔獣。これでまた一つ、楽しみな情報が増えた。


「2人が見つけた卵、今はどんな状態なの?」

「うーん。見た目に大した変化はないんですけど、不思議な事に、卵自体がどんどん軽くなってきてるんですよ」

「卵が軽くって……殻が少しずつはがれてるとか?」

「いえ、そういう事はないです。大きさも変わらないですし」


 このくらいです、って卵を抱っこする形に腕を伸ばす。

 毎日抱っこしてるから気付けたと思うんだよ。毎度腰に力入れて持ち上げてるからね。ふとした時に、あれ、こんなに軽かったっけ? って疑問を感じて、確かめるために秤を持ち出して経過観察したら、数日後には数グラム減ってた。

 最初に計ってないから、元々の重さはわからないけど。どうもかなり減ってるっぽい。何より、腰の負担が格段に違うもん。持ち上げる時もよろける事がなくなったしね。

 有精卵って、体重が増えてくものだと思ってたなぁ。発育していくごとにこう……卵の中がみっちりしていくような、そんな感じで。

 いやでも普段食べてる卵は、日が経つと軽くなっていかなかったっけ? 水に入れると新鮮な卵は沈んで、古い卵は浮くって実験なかった? あれって卵が軽くなったから浮くんじゃなかったっけか。うーん、生物専門で学んだわけじゃないし、詳しく思い出せない。

 青色の卵は日に日に軽くなっていくから、ちょっと心配だ。中身詰まってないんじゃないかって、不安になっちゃう。卵自体は温かいし、テクトが問題ないって言ってるから発育不良じゃないらしいけど。

 今までの常識が通じない、ファンタジーの洗礼を久々に受けてる気分です。


「魔獣ってのはよ、動物や虫、魚の数だけ存在してんだよな。人と植物以外の生き物全部が、魔獣になる可能性がある」

「はい」


 いつの間にかプリンを食べ終えたモーリスさんが、ほうじ茶片手に話し始めた。


「正直、妖精族並みにわけわからん生き物が多い! 専門じゃねぇ俺らじゃ考えても想像がつかん! 以上!」

「わー、あけっぴろげー」

「だがまあ、想像がつかねぇものってのは、冒険者としちゃあワクワクするよな。ルイ先生、その魔獣、生まれたら見せにきてくれよ」

「はい!」


 ここまで親身に話してくれたんだもの、一緒に誕生を祝ってくれたら嬉しいな。


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