119.相棒とお話
たっぷり稼がせてもらった後、笑顔で手を振って皆さんとお別れしてから108階に転移する。
幸い、階段前にモンスターの姿はなかったので、ほっと息を吐いた。襲われないとわかってても緊張はするよ、なんせ抵抗できない幼女だからね!
「さぁて、宝玉取りつつ帰ろうか」
<調子乗ってグロースへ大量に渡したものね>
「先日の話は止めるんだ私の心に響く」
そう、事は魔族の皆さんが押し掛けてきた時にさかのぼる……いや大袈裟か。あの時にグロースさんへ、宝玉を買い取ってもらおうといくつか預けていたものが今回、お金で帰ってきたんだよね。
さすが宝玉というべきか。ギルドに半額取られても余りある成果を見せつけてくれました。具体的に言うと、中級ポーションがいくつか買えるくらいの金額が両手に置かれた。ドッジャリッて感じの音だった。非常に重たかったです。
いやわかってたよ。宝玉の価格も買取の仕組みも知ってるから、戻ってくる金額も計算済みだった。でも実際お金として手に入ると、実感が湧くじゃん。宝玉すごいんだなって。硬貨がめっちゃ重たかったし。
それでつい、また買い取りお願いしますって結構な数を渡しちゃったんだよね。正直に言うと、在庫の一部がごっそり消えました。衝動買いに似た勢いだった事は否定できないなー。改めて言われるとグサグサくるけど。
今日はその補填分を、少し回収したいなと思っているわけです。アレクさんやクリスさん達にもよく売るし、ルウェンさん達は相変わらず宝玉に巡り合えなくて、毎度買っていってくれる。宝玉はいつだって冒険者に求められているのだ。深層の回復ポイントである私が切らしちゃ意味がない。
あと単純に、ストックがないと不安になる
<……ふむ。今日はモンスターが少ないね。ただ、ポリールバグが集まってる場所があるから、そこは面倒だし避けるよ>
「はーい!」
気配察知を終えたテクトが、先導して進む。私は両足をしっかり踏み締め、リュックのショルダー部分をぐっと握り、その後をついていった。
いやあ、今日もテクトの隠蔽魔法は最高だなぁ。廊下で高いびきをかいて
こうしてキマイラをまじまじと見る機会がなかったから今更気付いたけど、真ん中の獅子頭が持ってる牙、デカすぎない? サーベルタイガーか? 私の体なんて串刺しできるサイズじゃん。こわ、近寄らないでおこう。
廊下の先の小部屋で宝玉を回収した。テクトが宝箱を開けると確定で宝玉出てくる仕様の謎はまだ解明されてない。リトジアの“ダンジョン側からの気持ち”案が最有力候補だけど……っていうか本当にダンジョンに意思があるなら、テレポ罠を108階へ繋げるの止めてくれませんかね心臓に悪いので。
「前は宝箱の隙間から丸い形が見えただけでも悲鳴が出てたのにねぇ。気楽になったもんだよ」
<ああ、宝の持ち腐れだった頃ね。もう何だか、随分昔のような気がするよ>
「最近の出来事が濃すぎて、ひっそり暮らしてた頃が遥か彼方になってるじゃん」
色んな人と出会って会話して、考える事もたくさん出てきて、箱庭も充実してきたし。単純にやる事が増えてるんだよね。そりゃあ記憶も押し流されますわ。
次の小部屋は外れだった。はい、他行こー! 靴裏をキュッと鳴らして、小走りだ。ちょっと急がないと、おやつの時間に間に合わなくなるかも。リトジアと約束したのが、3時なんだよね。それまでには帰らないと。
歩きながら、会話は続ける。
「魔獣の卵、水棲生物だったんだねぇ。硬い殻に覆われてるから、私の予想は青色の鳥だったよ」
<残念ながら、鳥ではないね。日に日に鼓動が大きくなってきているし、生まれるまでもう少しだよ>
「楽しみだなぁ。アレクさんやクリスさん達にも見せるって約束したし……まあ皆さんに魔獣の誕生を祝ってもらうには、ルウェンさん達との話が穏便に終わらす事が前提条件なんだけどね」
<そうだね>
さっきは嬉しさのあまり思わず元気よく返事したけど、目下大きい問題が居座ってたのを忘れてたよねぇ。
いや、本当に。その問題を思い出したついでに、テクトに聞かなきゃいけない事をしっかり意識させられてしまったんだけど。さて、それをいつ聞くべきか。108階に戻ってから、ずっと考えてるんだけど、どうも口に出せなくて。一番聞きたい事とは違う話題を振ってしまうんだなー、これが。
次の小部屋は宝箱があった。カメレオンフィッシャーも潜んでないそうなので、回収に向かう。
テクトが宝箱に手を伸ばして、開けた時。頭の中に、いつもと変わらない声音が響いた。
<言いたい事があるなら早めに話せば、楽になるよ。箱庭へ着く前に変顔止めた方がいいし>
「……ああ、うん。テレパスでわかってたよね、私がずっと悩んでたの。いや、むしろ待っててくれてありがと。あと変顔はしてない!」
雑談を交えて、ようやく、気持ちが落ち着いてきた。ショルダーを握る手に込めてた力を、そっと抜く。
つまり今回のテクトは、私が聞かない限りは答える気がないってスタンスなんだよね。教えてくれるのを待つだけじゃ駄目なんだ。
パチンッと両手で頬を叩いた。変顔はしてませんよー……してないよね?
「テクト、私に隠し事してるでしょ」
<僕がルイに? へえ、どうしてそう思ったの?>
驚いたような声音で、でも表情はいつもの落ち着いたもの。すっと差し出された宝玉を手に取った。私の発言も
朝、目が覚めて不意に気付いたんだよ。ここ数日、ずっとルウェンさん達の事で悩んでいたけれど、それについてテクトにツッコミ入れられた事あったかなって。
寝ぼけてぼーっとした頭でも、洗顔してすっきりした頭でも、いきつく先は同じだった。
「テクトは助言らしい事は何も言わなかったね」
<そうだね。ルイが普段の生活をおろそかにするほど悩み始めたら、喝を入れてやろうとは思ったけど。幸い、食欲に衰えはなかったし>
「判断基準が食欲かーい。私らしいっちゃらしいけど……」
宝玉をリュックに突っ込んで、背負い直す。次の部屋へ進みながら、話を続けた。
「前は私が悩んでると、相手の気持ちを読んだり、あの人はこう思っているよって教えてくれたりしたけれど。今回は何も言わないなって思ったんだよ」
<なるほど。僕の言動に疑問を覚えたわけだ。でも人の秘密に関わる事に限っては、ルイは聞かないでしょ>
「聞かないよ。でもテクトはまず聞くか聞かないか、私に確認取るじゃん」
<うん、そうだね>
「今思うと、テクトは言葉を控えてた。私が悪い思考に傾き過ぎないように見守っている感じだった」
私が悩み過ぎてネガティブ気味に頭を抱えていると、<大丈夫だよ><何とかなる>って声をかけてくれたり。現実逃避のようにヒューさん達とやりたい事の想像をしてても、軌道修正しなかったり……これがテクトなりの選んだ言動なのだとしたら。
「つまり、そういう事なんだね?」
数歩先を歩くテクトを見つめると、私の心を読んだ彼は振り向いて、頷く事もなく首も振らず目を細めた。
その態度が、まさしく正解だと思えて。私は肩を落とす。
<……まあ、否定はしないでおこう。ルウェン達と会話すると決めたのは、ルイだからね>
「うん、会話するよ。これは私の人生に関わる問題だからね」
聖獣のチートを借りたズルではあるけれど。確定的な言葉を貰えなくても、テクトの態度がそうだと物語ってる。
だから私は、ああそうか、って肩を落とすだけなのだ。
<また騙すような真似をしてしまったね。正座で反省、しようか>
「しなくていいよ。あの時は、寂しさが募ってつい怒っちゃったけど。テクトが真剣に考えて至った答えに、私が勝手に怒るのは筋違いでしょ」
テクトが隠し事してたのは、実はそれほどショックじゃないんだよなぁ。それに気付いた朝も、こうして向き合ってる時も。
前は余裕がなかったからなのか、初めての体験で戸惑ったのか。ちょっとつらかったけれど。テクトが成長している事を日々感じてる今は、そういう選択を取る事もあるだろうって思える。
少しだけ寂しく感じるのは、これはどういう事なのかって、テクトに説明を求められなくなったからかな。聖獣だから一足飛びに成長していくんだもんなぁ。もう少しゆっくりでもいいのに。
<……僕だってね。君の記憶に影響されないわけじゃないんだよ>
「ダァヴ姉さんみたいに?」
<ダァヴと一緒にしないで。あれはふざけて楽しんでるだけでしょ>
「テクトもお茶目していいのに」
そう言うとテクトはため息を吐いて、しっかりと首を横に振ったのだった。
あれから数日後。
今日はルウェンさん達と会う約束をした日なので、私はテクトと一緒に朝から安全地帯に来ていた。
箱庭の皆には「今日は大切な仕事の日だから! ちょっと気合入れて早めに行くね!!」って言って出てきた。幸いにもキースくんは弁当ご飯が気に入ったらしく、満面の笑みで弁当を抱っこしていた。キャラ弁が作れたらよかったんだけど、私にそんな技術はなかった……キースくんは茶色のおかずが多くても大変喜んでくれました。ありがとう、心のシャッターめっちゃ切ったよね。
ヒューさん? 忙しいのに弁当を作らせて申し訳ないって顔をしてたから、聖樹さんに任せてきた。聖樹さんはざあああっと揺れてヒューさんの足を根元に埋めてたんで、たぶん昼まではあのままだと思います。いいよー、しっかり抑え込んで癒してあげてね聖樹さん。
リトジアは何かしら察してたらしく、少し
「がんばるよ……」
転移特有の光が弾け、ルウェンさん達の声が聞こえてくる。ぎゅうっと手を握り込み、息を吐き出した。
テクトとの話で確証は得た。後は、私が誠意を持って彼らと話すだけだ。
「やあ。ルイ、テクト」
「お久しぶりです! 皆さん」
「いつも元気だなぁ、お前らは」
まずは最初の関門。ルウェンさん達と笑顔で挨拶を交わす。オッケー、ちゃんといつも通りにできたみたい。
シアニスさんが微笑んで、私の目の前にしゃがんだ。
「しばらく間が空きましたが……練習は欠かさなかったようですね」
「はい! 前より早く、魔力を練り上げられるようになりましたよ!」
「ええ。あなたの成果が見れるのを、楽しみにしていました」
「でもごめんなさいね。ルイ、先に少し、私達と話をしましょう」
セラスさんに言われて、こくりと頷き返した。すでに準備しておいた憩いのスペースへ皆さんを誘う。
「私も、話したい事があります……とても大切な事」
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