番外編.箱庭に住む人のそれぞれ その2


※ひどい描写があります。

 自然災害の描写もありますので、嫌悪感を持たれた方は飛ばしてください。





















 怒声が、耳を突く。

 炎の勢いに耐え切れず柱が崩れ、牛小屋の屋根が落ちた。火を帯びた木片が飛び散り、思わず顔を腕で覆う。熱い。詰めていた息を吐く。その呼気も、同じくらい熱い。

 夜半。村の穏やかな睡眠を突如切り裂いたのは、大勢の兵士によって撃ち放たれた炎の魔法。異変を知らせる魔獣の吠え声はなく、深く寝入っていた村人達は轟音と共に飛び込んできた悪意の火に、なすすべなく包まれた。

 ヒューは村の奥側に居を構えていたから、初撃の炎に巻き込まれる事はなく、異変に身構える猶予があった。木こりであるヒューは、薪の貯蔵も担っていた。魔導具など高価なものは村にはない。薪は村の生活に必須だった。木材の運搬や保存する場所を取るため、利便性のある土地に先祖代々暮らしていたのだ。

 それが一つ、彼を救った。

 同じく猶予を得た村人達はどれほどいただろうか。着の身着のまま、かろうじて手に取った斧を構え家を飛び出した時には、すでに村は火の海だった。魔法を使った炎は、容易には消えない。

 木を切るための斧を握りしめる。何が起こっているのか。自分は、何をするべきなのか。


「ヒュー!」


 村長が炎の中を飛び越え、駆け寄ってくる。二の腕には、深々と矢が刺さっていた。


「村長! これは、一体……!」

「奇襲を受けた! 見張りの魔獣は見た限り、喉のみ切り裂かれておった! 接近に気付かれず一撃だ、相当の手練れどもがおる!」


 奇襲。その言葉に、体が震える。こんな小さな、日々の暮らしをゆるりと営むだけの穏やかな村を、何故。誰が。


「どこのどいつかはわからん! だが、おそらく隣国あたりの戦争やってる奴らだろうよ! 喧嘩売られてるようだと行商人が言っていた! 狙いは間違いなく聖樹だ!」

「!!」

「ヒュー。わしは残った者達で時間を稼ぐ。決して奴らを聖樹の元へ辿り着かせてはならん! お前は急ぎ森へ入り、山を崩せ! 手順は覚えてるな?」

「覚えてます!」


 村には、に聖樹への道を閉ざす、の存在が伝わっていた。遥か昔からあるその杭は、全ての村人が周知するものだった。聖樹を守るために、伝わっているものだ。

 この森は、鋭い山々に囲まれている。登るには難しい山だ。それらを背負うように聖樹があり、唯一通じる道は村の奥にしかない。聖樹を狙う輩から襲撃を受けるのは必然だった。だからこそ、

 村長が炎に照らされながら、村を見る。木製の家々は、情け容赦なく燃やされていく。悲鳴がどこからか聞こえた。村で一番大きな牛小屋が崩れていく。

 襲撃を免れ、生き残った村人が集まってきた。皆が皆、ヒューと村長を真剣な眼差しで見ていた。


「いいか。聖樹を守るのは我らが役目。村の本懐……躊躇う《ためら》でないぞ」

「……はい!」


 ヒューは走った。森へ一直線に。振り返る事なく、足を進めた。老いも若いも男も女も関係ない、決死の思いで上がった大声に背中を押される形で、必死に前へ。

 これがもう一つ。ヒューは怪我を負ってなかったために、役目を託された。

 聖樹へ向かう道ではなく、山の方へ走る。獣道をかき分けた。幸いにもモンスターや野良の魔獣とはち合う事無く、森を抜けた。山への急な勾配を駆けあがり、激しく脈打つ心臓を押さえながら、前だけ見る。

 山の中腹には、大量の水をたたえた湖があった。先日も雨が降ったから、水量は申し分ない。

 その湖の端に、大きな木がある。森の方向に植わっていて、湖の質量に圧迫されながらも揺るがない頑丈な木だ。地面へしっかりと根を張ったそれが、湖のだった。

 ヒューは斧を握りしめ、目を閉じ、息を整えてから振りかぶった。をへし折る。そして、湖の水の力を借りて、山の土砂と森の木々を巻き込み、聖樹への道を塞ぐ。悪意を持つ者を、近付けさせはしない。

 おそらく、

 おそらく、

 それでも構わない。聖樹を守るためならば。これが、遥か昔から受け継がれてきた、村人全員の総意と覚悟だった。

 最初はまったく歯が立たなかった。幾年と杭の役目を担った木は、ほんの少ししか削れない。しかし全力で振り下ろされ続ける斧によって、木は徐々に傾き、水が隙間に流れ込み始め。そして。


「──っ!?」


 ヒューが両足をつけていた地面が水の勢いで盛り上がり、木が押し出されていく。もはや立っているのは不可能だった。それでも最後、不安定な体勢のまま根元へ斧を突き刺した。

 弾かれるように飛び出していく湖の水を見て、ヒューは意識を飛ばした。弾かれた先で頭を打ったのだ。

 これが最後。ヒューは幸運にも杭を壊した衝撃で、水に呑まれる前に、山の道へと弾かれ救われた。

 それからどうして自分が森で目覚めたのかは、わからなかった。土にまみれる自分と、目の前に高く積み上がる土砂と、怖いほどに静寂を保つ森。それだけしか、確認できなかった。

 ただ、木々の間から聖樹が見えた。山からここまで、流されたのかとぼんやり思う。体中が痛みを訴えるが、ヒューは起き上がった。聖樹の元へと歩く。人の争いに巻き込んですまないと、一言謝りたくて。

 森が開けて、聖樹の広場へ。辿り着いたヒューが見たのは、葉を茶色に染めた聖樹だった。ばらばらと、乾いた葉が落ちていく。

 聖樹が、枯れようとしていた。


「え、なん……なんで?」


 悪い奴らは来れないようにしたはずなのに。何故。

 呆然とするヒューの視線の先、広場の端に、見慣れぬ鎧を身に着けた男達がいた。味方じゃない。どう見ても、聖樹の傍にいていい奴らじゃない。

 いたのだ。通り抜けてきたのだ。聖樹を狙う奴らは。

 森を抜ける時に、モンスターも魔獣も出会わなかった。魔獣はまだいい。彼らは賢いから、喧騒を聞けば逃げていくだろう。だがモンスターは? 聖樹の加護の外から、虎視眈々と森や村の命を狙っていたモンスター達が、騒ぎに気付かぬはずがない。

 モンスターは、すでに森へ忍び込んだ奴らが、始末していたんだ。村人の誰にも気付かれないように、静かに。

 悟ったヒューは、思わずえずいた。口元を押さえて、飛び出そうな声を必死に飲み込む。

 自分がした事は何だったんだ。杭を壊し、山を崩し、森を壊し、村を潰し。皆が決めた覚悟を呑み込んで、それでも相手が上手うわてだったから、聖樹は枯れる? 我らの本懐は、遂げられず踏み潰された?

 そいつらが、見るだけで寒気がするような球体を聖樹の傍へ放っていく。何だかはわからない。でも、黒く渦巻くそれが聖樹を苦しめているのは確かだった。

 もうこれ以上は、やめてくれ。聖樹を枯らさないで。戦争に参加するなと、兵士を癒す真似はするなとただ一言、脅すだけでいいじゃないか。何故彼女を狙う。ただ僕達は、みんな、誰もが、普通に暮らしていただけなのに。おぞましい球が増やされて、聖樹が目に見えて生気を失っていく……


「……っぁ!」


 言葉が、出なかった。喉が引きつって、呼吸さえまともに出来ない。あまりの現実に、ヒューは耐えられず崩れ落ちる。ごふっ、とむせて出てきたのは、黒に染まった唾だった。すすだ。

 もはや自分の力では聖樹は守れないとヒューは気付いた。絶望が心を暗く染める。この場に留まればいずれは奴らに見つかるだろうと思ったが、そんな事はどうでもよかった。

 聖樹が守れないなら、生きてる意味がない。

 無防備にもうずくまるヒューに、果たして、手を伸ばしたのは聖樹だった。

 震える枝を密かに伸ばし、葉をなくした枯れ枝でヒューの頬を撫でる。その感触に驚き顔を上げると、聖樹の枝が先端からほろほろと崩れながらも、ヒューを案じるように再び頬に触れてきた。

 いつものように、名前を呼ぶ事など出来なかった。言い表しようのない感情に胸がいっぱいになって、また喉が詰まる。げほっとむせた。その姿に異変を感じたのか、聖樹の枝が気遣うように優しく首に巻き付く。

 ほんのりとした温かさが首を包み込んだ。この感覚には覚えがある。子どもの頃、転んで怪我した所を同じように枝で触れ、癒してくれた。消えてしまった傷を見て驚いた顔をすれば、笑うように葉を揺らした事。それが鮮明に、思い出された。

 枝が離れるまでもなく崩れ、砂のように落ちていく。首を擦ると、突っかかりが取れたように声が漏れた。

 

「あ、ああ……!」


 それでも、言葉は出てこなかった。その感情を表せる言葉がなかったから。むせる事無く、ただただ呻いた。枯れ葉の雨に晒されながら思う。

 自分の方がつらいだろうに、それでも傷つく者を癒そうとする優しい君を、何故、僕らは失わなければならないのだろう。

 ヒューの目から涙が零れる。まだこちらへ伸ばしてくれる枝を強く握りしめ、形が少しでも長く保てるよう祈るけれど、握ったそばから枯れてしまう。

 もし。もしこの世に神がいるならば。本当に存在しているのなら。何の罪もない聖樹を助けてくれと。ヒューは切に願って、そして。


<助けを呼んだのは、あなた?>


 気付けば、一羽の鳩が目の前にいた。夜の中に浮かび上がる純白の体、蜂蜜のように輝く目。豆を突いて鳴いている鳩とは、明確にどこがとは言えないけれど、何かが一線を画している、そんな鳩が。

 頭に直接囁かれたかのようなあの声は、この鳩が?


<私は人の切なる願いに手を差し伸べる者。あなたが強く望む事のみ、一度だけ叶えてさしあげましょう>

「あ……え? ねが、い……なんでも?」

<ええ、何でもいいのですよ……この場から逃れたいとおっしゃっても、必ず応えましょう>


 響く声に合わせるように、鳩の目が細められる。この声は、純白の鳥のものだと思った。

 都合のいい夢でも見ている気分だ。何でも叶えると。必ず応えると鳩は言った。

 だけど夢じゃない。体中の痛みが証明している。それならば、ヒューの心は決まっていた。


「聖樹を、助けて。この場から逃がして……また、穏やかな暮らしをさせてやりたい」

<……その願いを叶える事は可能ですわ。ですが、代わりにあなたはここに置いてけぼり。苦しい未来が待ち受けている事でしょう。それでも構いませんか?>


 鳩の視線が背後へ流される。他国の兵士達。奴らに見つかれば、僕は無事では済まないだろう。

 


「お願い、します……聖樹を枯らせたくない。大切だから」

<……目先の欲にとらわれず、自らを貫き通しましたね。それもまた、人の形。よろしい。あなたの願いを叶えましょう>


 声と同時に、鳩が飛び上がる。大きな羽ばたき音がしたと思うと、瞬く間に聖樹が消えた。後に残ったのは、聖樹が植わっていた穴と、そこへ転がり落ちていく暗い球だけだった。


「え」


 大樹が抜ける音もなく、枯れ葉の雨が突如途切れ、聖樹は忽然と消えてしまった。ヒューの目の前に鳩が飛ぶ。


<聖樹は預かりました……必ず、あなたの望むように>


 そう言って、鳩は空へと羽ばたいていった。ぼんやりとその姿を見送って、ヒューは地面へ寝転んだ。何事かと騒ぎ立てる兵士達の声が聞こえたが、どうでもよかった。

 聖樹は助かった。その事実を、ゆっくりと噛み砕く。


「……みんな、聖樹、守れたよ……」


 あの鳩はきっと、神の使いだったのだ。偉大な神が、ちっぽけな人へ気まぐれに手を差し伸べた。僕はきっと、奇跡を体感したに違いない。

 自分を見つけた声がする。「村の生き残りか?」「そのようだな。聖樹は枯れたようだし、あいつだけでも連れ帰るか」ああ、どこへでも連れて行ってくれ。僕はどんな責め苦も受け入れる。

 残りの人生は、皆の分まで足掻いて生きる。

 それからヒューは捕虜として連れ去らわれ、幾度となく虐げられた。奴隷として売り払われた先で、死ぬ直前まで痛めつけられた事もあった。ダンジョンに連れ込まれ、死にそうな目にも遭った。

 けれど、ヒューは自ら死を選ぶ事はなかった。どんなにさげすまされても、ゴミに等しい残飯を投げつけられても、モンスターに襲われても、必死に生き繋いできた。

 挫けそうな時は、自分の喉に触れる。今にも枯れそうだった聖樹が、震える枝先で癒した箇所だ。何となく、負けないでと言われたような気がした。

 そしてある日。上機嫌に帰ってきた主が幼い獣人を抱えているのを見て、固まった。村の皆で可愛がった幼子を思い出して、ただその直後に、残虐な主がただ愛でるために子どもを引き取るはずがないと青ざめる。

 自分に何が待ち受けているかもわからず、主を無邪気に見上げる幼子が、村の子どもと重なった。

 そう思うと耐えられなくて。ダンジョンへ連れて行かれる直前に、人の目を盗んで幼子を袋へ押し込んだ。かくれんぼだと言えば、子どもは喜んで黙った。

 ほんの10日。たったそれだけでも、この子に猶予を与えたかった。つらい目を先延ばしにしたかった。たとえ10日後、癇癪を起した主に今度こそ殴り殺されようとも。

 契約違反で軋む体を隠しながら、ヒューはダンジョンへ潜った。







 








 はっと、意識が浮上する。

 見れ慣れない木目調の天井を見上げ、一瞬、奴隷の待機所である小屋でないと焦って起き上がる。腹から落ちた柔らかな感触へ無意識に手を伸ばして、それがふかふかの羽毛布団であると気付いた。

 そうか。僕はルイ達に助けられて……

 色々と気を遣ってもらっただけじゃなく、美味しい夕ご飯もご馳走になって、「ゆっくり寛いできてね!」と風呂を勧められたんだ。村の薪風呂よりずっと上等な魔導具の風呂は、思わず眠ってしまいそうになるくらい温かかったなぁ。ただ、一緒に入っていたキースに頬を叩かれたから、寝る暇はなかったんだけど。

 リトジアに教えられていた通りに頭や体を洗ったら、全身から良い匂いがしたなぁ。キースも嬉しそうだったし、やっぱり臭かったよね、僕達。

 風呂から上がったら着ていた服じゃなくて、上下揃いの柔らかい服が籠に入ってたのはびっくりした。パジャマ、という夜の服装らしい。キースが僕と同じ柄だって喜んでたなぁ。

 そう、それから……ああ、そうだ。ついウトウトしてしまって。先に寝てていいですよって、勧められるまま寝室へ入って、手前のベッドに潜り込んだんだ。

 室内を見渡すと、奥の方のベッドにルイとリトジアが卵を挟むように寝ていた。まだ暗い夜だけど、ガラス窓が月明かりを取り込んでくれるからよく見える。

 

「んにゃ……」


 小さな寝言が聞こえて、視線を落とした。僕と同じベッドに寝ていたキースが、ころりと寝返りを打つ。ああ、掛け布団がめくれてたか。ごめんね、今かけ直すから。

 ベッドから降りて、キースの肩まで布団を伸ばし、ゆっくりと腹を撫でる。幸せそうな寝顔だ。そりゃあ、そうだよね。こんなに寝心地の良いベッドで寝れば、良い夢だって見る。

 もう一度ルイへ視線を戻した。このベッドは、僕とキースのものらしい。寝ぼけた頭でも、言われた事は覚えてる。あまりにも与えられ過ぎて、僕は断ろうとしたけれど、ベッドの心地よさには逆らえなかった。

 そうだ。僕はルイからたくさんのものを与えられている。僕なんかに。

 寝室からテラスへ出る。静かに扉を閉めて、体を伸ばした。ひやりとした風が気持ちいい。


<やあ。よく眠れたかい>

「うん……テクトのそれは、ハンモックかな?」


 テクトはクッションを抱き締めながら、風に揺られる大きな布に包まれていた。

 金物の枠や鮮やかな布地は見慣れないけど、釣られた布に包まれて寛ぐ姿は村でもよく見た光景だ。懐かしい。ハンモックが自立するのはびっくりだけど、箱庭は布を結べる木がないからこれが正しいんだろう。


<そうだよ。こうしてのんびりと過ごすのが、夜の日課さ>

「テクトは寝なくていいの?」

<聖獣は睡眠を必要としないんだ。まあ、寝転ぶ事自体は嫌いじゃないけどね>

<ルイのお蔭で、よい暇つぶしを見つけたと喜んでいたじゃありませんの。テクトは素直じゃありませんわ>


 かつ、と軽い音を追ってみると、ダァヴさんがテーブルの上にいた。小さなクッションに収まって、休んでいる……ように見える。ルイがプレゼントしてくれました、と嬉しそうに教えてくれたクッションは、座布団と言うらしい。ルイの故郷で座る時に敷くものなんだとか。


<ヒューは眠くありませんの?>

「何だか、目が冴えちゃって」

<ああ。人ってそういう時あるよね。君はルイほど暴走はしなさそうだけど>

「暴走、するの?」


 ルイが暴れ回る様子が思い浮かばなくて、首を傾げた。


<あー……そういうのじゃなくて。ほら、子どもって早く寝ないと体力持たないでしょ。それなのに興奮して寝れなくなった時あるんだよね>


 あの時は困ったよ、と言うテクトに同意するように、聖樹がざわざわと揺れた。なるほど、君の子守歌も効かなかったのか。それは手ごわいね。


<少し話せば、きっと眠気もまた訪れますわ。立ったままでは休めませんし、ヒュー、そちらの椅子に座ってはいかが?>


 ダァヴさんに促されて、座る。聖樹が見上げられる席だなんて、贅沢だなぁ。

 しばらく聖樹を眺める。ダァヴさんに失礼だとは思うけど、聖樹をまたこの目で見れる幸福を噛みしめていたい。

 僕が満足した頃を見計らってくれたらしいダァヴさんが、話し始めた。


<私に聞きたい事があれば、今ならお答えしますわ。休憩中ですので>

<ダァヴってここを休憩所と勘違いしてない?>

<そんな事はありませんわ。あまりに心地よくて長居したいとは思いますけれど>

<ああそう>


 テクトがふてくされたようにそっぽを向いた。弟みたいなものなんだっけ。お姉さんは強いよね。幼馴染も頭が上がらない様子だったから、何となくわかるよ。


「何でもいいの?」

<私が答えられる範囲であれば>

「……森は、どうなったかな」


 捕虜として捕まって以来、帰ってない故郷。村に放たれた炎が森を焼き潰していないか気になっていた。


<あなたが杭を外したお蔭で、森の大半は燃えずに残りました。現在、あの森は魔獣が管理しておりますわ。あの日以来、誰にも荒らされておりません>

「そっか……」


 僕の、僕らの覚悟は、無駄じゃなかったんだ。


「……皆は、神様の元に召された、かな」

<そうですわね。村の方々は皆、神様の手で浄化されました。いずれまた、どこかで産声を上げるでしょう>

「そっか……今度こそ、長生きしてほしいな」


 あとは、何を聞こうか。思い付かない。僕って、聖樹と、故郷と、皆の事しか考えてなかったんだなぁ。


<あなたが今日、感じた事を話してもいいのですよ。環境が大幅に変わって、追いつかない気持ちもありましょう。何でも、話してくださいまし>


 ダァヴさんの穏やかな声に誘われて、少し、思い出してみる。ああそうだ。ルイに言われた事。


「……僕は皆に置いていかれたのに、残された側の気持ちが理解できてなかったんだなって、ルイに叱られて初めて気付いたよ。絶対に逃がさない、って言われたのはびっくりした」

<それだけ、あなたが死地に赴く顔をしていたので。聖樹も必死でした>

「寂しいって気持ちも……僕は思う間もなく働いてたから、気付かなかった。キースを助けられればそれでいいと考えてたよ」

<駄目だよ。“寂しい”って感情を甘く見ちゃ駄目だ。人はそれだけで眠れなくなってしまうからね>

「家族になろうって、言われたのは……嬉しかったなぁ。あんなに熱心に説得されたら、疑いなんて微塵もわかなかった。僕でいいのかって確認とっちゃった」

<ルイは馬鹿正直だからねぇ。熱意だけはいつも強い>


 あとは、何だろう……瞼が重たくなってきたなぁ。眠いのかな。でも、もう少し、話をしていたい……


「僕は……皆の命を奪った僕は……いきてて、いいのかな……?」

<ええ、もちろん。この世の誰もが、己の生を全うする権利があります>

「……生を、全うする……」

<生きているだけで責め苦を受けるような命は、この世に一つとしてありませんわ。あなたが生き残ったのは、あなた自身の運が良かっただけの事。それを、誰が責めましょう>

「…………」

<ダァヴ、もう寝てるよ>

<そのようですわね>

<随分と優しいじゃない。心に留まってた言葉を引き出させるなんて>

<聖樹のお願いですもの。テレパスが通じないというのは、不便ですわね……ところでテクト>

<なに>

<このままでは風邪を引いてしまいますわ。運んで差し上げて>

<得意のポケットに入れてあげればいいじゃない>

<まあ、いつまでも姉の力に頼ってはいけませんわよ。あなたが独り立ちできるよう、私は心を鬼にして再度言いますわ。ヒューを運んで差し上げて>

<だから、そういう小芝居止めてってば!! ルイの悪影響受けてる!!>

<ほほほほほ>

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