116.少年の瞳と騒動の余波
依頼料の相場ってものがわからないですけど、と前置きして私はグロースさんに麻袋を渡した。10万ピッタリ。これで足りなかったらもう10万の麻袋を取り出す所だけど……
ちらりと見上げた先、グロースさんは軽く顎を撫でて、麻袋を手に取った。
<情報提供してもらっただけだし、菓子も大量に貰ったから俺は構わないけど……>
<いやでも、引きこもってる私のために便宜を図ってもらってるわけですし>
<……そういう事なら、けじめだ。受け取っておこう>
<あとこちらもどうぞ>
<それは喜んで受け取る>
速攻で届いた数種類のからあげを全部差し出すと、グロースさんは丁寧にアイテム袋へしまった。なんなら依頼料の時より慎重な動きだった。わかります、食べ物持つと慎重になるよね。落としたらもったいないから。
<これで奴隷関係の話は終わった。次は……表のスパイに関わる話>
<それは……なるほど。2人には話せませんね>
<そもそもテレパスで会話してる今、聞こえてないんだけどね>
もうすでにキースが遊び始めてるよ。とテクトの視線に合わせてそっちを向くと、ヒューさんに抱っこされたキースくんが図鑑をめくっていた。紙をめくるだけで楽しいようで、紙を一枚持っては左右に振ってる。可愛すぎか?
2人を放って話し込んでたから申し訳ないなぁ。ちょっと話が長くなりそうだし、先に箱庭でのんびりしてもらおうか。聖樹さんもそわそわ待機してる可能性ある……うん、早く帰した方がいいな。
「待たせてごめんね。ヒューさんとキースくんの問題は解決したから、先に箱庭へ帰って、聖樹さんを安心させてくれる?」
「いいの?」
「うん。健康診断に、私達と一緒に暮らす事の同意、印の解除。2人に必要なのはこれだけなんだって。後は疲れてるだろうし、ゆっくり休むのが大事だそうです」
「わかった……えっと、お世話になりました。ほら、キースも」
「おしぇ、わ、なりま!」
お辞儀をするヒューさんを真似して、キースくんがぺこんっと頭を下げる。頭が落ちるんじゃないかってくらい、勢いよく振り下ろしたなぁ。
グロースさんは軽く手を振って、気にしないでと呟いた。もちろんテレパスなので伝わらない2人に教えつつ、鍵を取り出す。
箱庭の扉を開いて彼らを見送っていると、グロースさんがじっとこちらを見ているのに気付いた。
<あー……申し訳ないですけど、グロースさんはまだ招く事ができないんです>
リトジアは魔族に対して嫌悪感ないって言ってたけど、事前に約束してないお招きは心臓に悪そうだよなぁ。グロースさんには悪いけど、このままダンジョンでお話お願いします。
<いいよ。神業をまた見れただけで十分。空間移動は人類がまだ成しえてない夢の一つだ>
<え、魔族でも出来ないの?>
とんでもない量の魔力を貯蔵出来て、長命の魔族でも? 作り出せない魔導具があるの?
<魔族が如何に強くてもこの世界の住人である限り、
<でも……遠くに声を届ける通信機は? あれって空間を超越して声を届けるタイプじゃないんです?>
<あれは長距離を膨大な魔力で補ってるだけで、魔導具自体にすごい技術が使われてるわけじゃない。オリジナルの製作者は勇者だし>
そうだったぁ……! 使うと失神する印象と、勇者さん自体がハチャメチャだった思い出が強すぎて忘れてたわ。
<そもそもその鍵、魔導機構を彫られてない。魔導具ですらないんだ。まあ魔導具だったとしても、そんな小さな鍵に彫り切れる構造じゃないと思うけど>
おお、グロースさんの視線が手元に突き刺さる……! 見た目はアンティーク調な鍵なんだけどねぇ。
<触ってみます?>
<いいの?>
<うん。でも使用者認識あるみたいで、私じゃないと扉が出てこないんですけど>
<ちょっと調べさせてもらえるだけでいい>
グロースさんに鍵を渡すと、上下左右から舐めるように眺めて、指でなぞった。
何だか目がキラキラしてる、かな? そこはかとなく感じる高揚感は、何だろう……あ、エイベルさんがポーションの入れ物を眺めてた時の目に似てる。あれだ、期待膨らむ少年の瞳って奴だ。
<へえ、すごい。一見、いや、鑑定しても中身が見れない。細工が凝ってるくらいの、変哲もないただの鍵だ……多少握っても、うん。欠けない>
<欠けたら出入りできなくなっちゃいますよ>
<だろうね。これ、たぶん俺が全力で殴っても壊れないし、マグマに落ちても溶けない>
<ええー、そんなまさかぁ……大袈裟、だよね?>
たしかに神様仕様のすごい道具だけど、そんなやっばい耐久力があるようには見えない。金属製っぽいのに軽いし。
テクトを窺うと、肩を竦めて首を振った。
<いや、わからないよ。神様の奇跡が込められた鍵だし、壊れちゃ困るよなーって軽いノリで絶対壊れない鍵とか作っちゃいそう>
<否定できない……!!>
<え、神様ってそんな態度軽いの?>
グロースさんが珍しく、目を瞬かせてる。
聞けば魔族は定期的に来る聖獣のお蔭で神様の存在は認知してるけど、どういう方なのかはまったく知らないのだそうで……考えてみたら神様に直接会うイコール死後だし、その時は誰もが平等に意識ないんだっけ。グロースさんでも会えるわけがなかった。
<私は姿を見てないので詳しくないですけど……結構優しいし献上品何でも喜んでくれるし接しやすそうな軽い口調の神様ですよ。たまにうっかりやらかすのも愛嬌なのかなって思い始めました。最近は食器集めが趣味みたいです>
<いや十分詳しい。きっとこの世界の誰よりも神様の実情知ってる>
趣味趣向を存じてる人類はルイだけだよ。
そう言いながら、グロースさんは再び鍵を眺め始めた。彼がお茶を飲まないで集中してる姿は、たぶん、初めて見た。
神様ってすごいなぁ。
<いや神様自身がすごいわけじゃなくて、技術に夢中なだけだからね>
<それは言っちゃ駄目だよテクト>
<隠すことでもないから言うけど>
何事もなかったようにお茶をすすってキリっとした表情に戻ったグロースさんに、こくりと頷いた。これから本題らしい。
<フォルフローゲンからのスパイが、ルイの存在を探ってる>
<なんて!?>
他国のスパイが潜入してるとは聞いてたけど、よりにもよって問題ありまくりの国がピンポイントで私を探してるの!? 何で!?
<落ち着いて。緊急性は今の所ない。異変があったら知らせろ程度の任務を課せられてるだけだから、本来の探しものを認識してるのは国の上層部だけっていうのが僕らの推測>
<な、なるほど?>
今すぐこの安住の地が奪われるわけではない、って事ですね? よろしい、なら落ち着こう。ふー、深呼吸してー、バクバクの心臓治まってー。
あれ、でも任務内容をどうやって調べたんだろ。スパイの人が素直に白状するはずないだろうし……ま、魔族パワー?
<正確には、勇者召喚の際に追加で現れる異世界人がいないかどうか、スパイに周知しない形で探らせてる。が正しい>
<待ってそれ探しものが何だかわからないけどとりあえず探せよっていう無茶ぶりでは?>
何でそんなわけわからない事になってるの? っていうか何でフォルフローゲンのお偉方がぽっと出の異世界人をご存知なの、その知識はどこから? 誰か語り継いでるの? その語り部さんは是非とも口を閉じて欲しい。
いや実際にいるかは知らないけど。
<詳しい事は伯父さん達が調べてる。ルイは残念かもしれないけど、商業ギルドに卸す野菜は少なめにしよう。騒ぎになると注目されやすくなる>
<それはもちろん、はい>
<騒ぎと言えば、今回の事件は表でどれくらいの騒動になってるの? ルイの存在が話題になってない?>
<ああ。巷の話題を総取りだよ>
<え゛>
<元奴隷達が口々に言うんだ。揃いの器とスプーンを持って、「これらをくれた人が救世主だ」ってね。皆その救世主とやらに夢中>
ああー間接的に目立ってしまったアホか私はー!! いやまさかの配給が仇となるとは思わなかったよ!! 後悔はしてないけど、やっちまったなー!!
<まあ俺って事になってるけど>
<へ?>
<俺が大量の食事を保存してるのは周知の事実だから、唐突にお粥を出しても誰も疑問を持たない。色々と説明を端折ったせいで、元奴隷達も俺から貰ったと思ってる……ルイからの通報は匿名扱いにしたから、余計に俺が目立ってるみたい>
ありがたい事にグロースさんが、私が集めるはずだった注目を背負ってくれてるようだ。え、ありがたすぎるんですが……もしかしてちょっとお疲れ? そうだよね、無駄に注目集めてるんだもんね。私だったら胃がキリキリするわ。
<グロースさん……えっと、追加のお菓子いります?>
<いる>
私に出来る事は感謝の品として日本産のお菓子を献上する事くらい。ありがとう、お蔭様で引きこもり生活の安寧は守られた。
<で、ここからが重要だけど>
<はい>
思わず背筋を伸ばす。差し出す途中だった個装の焼き菓子が、テーブルにぽろぽろ落ちる。グロースさんはそれを一つ手に取って包装を切った後、流れるような仕草で口の中に仕舞った。はっや。
<30人分の粥を準備するのは、まあ俺でも出来る>
<でしょうね>
<ただ、人数分のスプーンや竹筒は無理だ。時間を貰えば出来るけど、手紙を受け取ってから救出まで、1時間もなかった>
そんな短時間でダンジョン内に散らばってる元奴隷さん達を保護するとかさすがグロースさん、とは言えなかった。私そこまで、呑気じゃない。
<……グロースさんが配給を準備できる時間は全然ないですね>
配る手間を省こうと思ってやった事が裏目に出るとはぁ……!!
<つまり、俺の詳しい動向を知ってるダリルは、今回の通報者がルイだと気付いてる>
<マジすか>
<マジ。ただ、詮索はされなかった。君の手厚い態度に報いる形で落ち着いた>
<……ダリルさんって、意地悪なだけじゃないんですねぇ>
<うちのギルドマスターが面倒なじじいで申し訳ない>
お菓子をひょいパクしながら謝られても……まあグロースさんってダリルさんより食べ物優先する所あるよね、覚えがある。
<配給で問題なのは、見る人が見れば俺が準備したものでないと看破できるって事>
<うん? 何でです?>
<例えばマルセナは、今朝、真っ先に会いに来て、あの食器類はどこで手に入れたのか聞いてきた。ついでに野菜はまだ入荷してない? と確認付き……通報者はルイで、何らかの手段を使って通報してきたと察してる1人>
<おうふ>
マルセナさんかぁ。いい品には目がない方だもんなぁ。うちの商品だと気付かれてしまったか。
<僕らの店で買い物した、あるいは商品を見た者なら気付くという所が、問題なんだね>
<そう。ただ、ルイが通報者だと気付かれたとしても、“外”に伝手があると推測したギルド側は騙せる。雑貨店を詳しく知らないほとんどの冒険者はもちろん、100階層の冒険者も仕入れ先がどこか知らないから騙せる……けど、ルウェン達は難しいと思う>
あ。そうか、ルウェンさん達は、仕入れ先がダンジョン内にあるって知っている。
<今回の騒動は街中で噂になってるから、ルウェン達も耳にするだろうね。前から怪しい気配を感じてたみたいだし、事の顛末を確認するために情報集めをするはず>
<初見の時に間違われたからよく覚えてますよ……>
<僕らの生活を心配してたから、グロースが来る日も把握してたね。商売の邪魔にならないように、今日は107階で修行するって言ってた。日にちのズレは、すぐに気付くだろうね>
<気遣ってもらってるよね、ほんとに……そっか。そっかぁー……>
息を漏らす。深呼吸の時より、ゆっくりと、慎重に。
全身から血の気が引いたみたいで、腕が寒い。
<……怪しまれますかね>
<さあ。俺は彼らじゃないから……>
敵意は向けられたくないなぁ。最初に仲良くしてくれた人達だから。
俯く私の目の前、テーブルの木目にトンと指が置かれる。思わず顔を上げると、対面から腕を伸ばしたグロースさんが少し口角を上げた。
<最初は多少怪しまれたけど大丈夫だったんでしょ。そんな深刻に考えないで、悪い事はしてないんだし>
<そう……ですかね>
<なるようになる。甘いもの食べて元気出して>
「んぐっ」
包装が剥かれた焼き菓子を口に押し付けられた。勢いに負けて口に含むと、途端に広がる、芳醇なバターと柑橘の香り。一口サイズのマドレーヌだ。
歯に当たるたび、ふわっとしっとり、優しい食感。甘さと酸味のバランスが絶妙で、噛むたび次を求めてしまう。そんな幸せの味。。
手がじんわり、温かくなってきた。お菓子ですぐ機嫌が戻っちゃうなんて、私は本当に単純だなぁ。
頬に手を当ててマドレーヌを頬張る私を、グロースさんはお茶をすすりながら見ていた。
<でももし、この場所から逃げたいって思ったら教えて。魔族の国に旅行させてあげる>
<頼もしいなぁ……でも、頑張って話してみます。会話を止めたら、怪しい所か失礼ですもん>
<その意気だよ。大丈夫。何とかなるさ>
そう言ってマドレーヌをどんどん口に投入していくテクトに、笑ってしまった。
本当、いつも通りの態度でいてくれてありがたいよ。
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