113.幼女も暗躍してみる
キースくんショックはひとまず──でも本当にすんごく可愛いくて、目もぱっちりしてたし、笑顔が幼女っぽかったのに、男の子だったのかぁ──いやひとまず! 置いとくとして……
ヒューさんが108階に来てしまった原因は、このダンジョンに点在してるテレポ罠。それが発動したのはいつも潜ってる浅い階層で、チーム分けされた他の人達は近くにいなかったため難を逃れたらしい。テレポート先にいたモンスターの軽い一撃で剣が弾かれそうになるわ怪我を負わせられるわ、自分が深い階層まで飛んでしまったのを悟ったヒューさんは、階段を目指してモンスターから逃げまくったそうだ。
その時に活躍したのがキースくんで、鼻をくんくんさせて「あっち」とか「こっち」とか、指を差して進むべき方向を教えてくれたらしい。キースくんが言った方とは反対側をそっと覗き込んだら明らか強そうなモンスターがいて、ヒューさんは命拾いしたそうだ。嗅覚がとんでもなく鋭いか、気配察知のスキル持ってるのかな? 将来有望だね?
ただ階段の場所は嗅ぎ分けられないので、モンスターを避けながら進んでもなかなか階層は上れない。ヒューさんは奴隷仲間のために戻らなきゃいけなかった。いつもなら疲れればおのずと安全地帯に集まるはずなのに、ヒューさんだけ顔を出さなかったら不安にさせてしまうから。期日以内に戻らないと、仲間達が体罰を受けてしまうから。
で、数日うろうろしてる内に素早いモンスターに見つかって慌てて逃げ回り、もう少しで追いつかれてしまう、という所で2度目のテレポ罠を踏んで……後は私達が見た通り。
というのが、ヒューさんの記憶を代弁したテクトの話だった。
<つまりヒューさん以外の人達も助けなきゃやばいって事だね>
まだ眠っているキースくんをヒューさんに任せつつ、私達は脳内テレパス会議を始めた。ヒューさんに聞かせちゃうとまた恐縮しそうだから、内緒でね。
<随分と違う階層の話だよ。何とかするつもりなの?>
<うん。関わるって覚悟決めたからね……でも人目に触れる行動は死活問題だしなぁ>
人の口に戸は立てられぬ、だからねぇ。不特定多数との邂逅は避けたいところ。
<ですが、ヒューは同じ境遇にいる方々を放っておいて、ゆるりと休める方でもなさそうですよ>
<だよねぇ>
一番いいのは、グロースさんに動いてもらう事だ。元々この事件の解決を依頼するつもりだったし、108階層のモンスターを蹴散らす実力を持ってる上に、世間のルールにも詳しい。安心して任せられるよね。それに、困ったら頼れ、って言ってくれた。信じるよグロースさん。
ちらっとテクトを見る。テクトなら隠蔽魔法で隠れつつ、グロースさんに言伝できそうだけど……なんて思っていると、テクトはダァヴ姉さんに視線を移した。
<俗世に紛れて人に
<まあ、私、箱庭へは数少ない羽休めと思って来てますのよ。あまりにも冷たい言葉ではありませんの。お姉さん悲しい>
<明るい声で言われても、全然っ、説得力ないから! そんな小芝居どこで覚えたの!?>
<ふふふ。ルイの記憶を見ているのは、あなただけではありませんのよ。プライベートを侵さぬ程度に、異世界の文化を楽しませていただいてますわ>
<まじっすか>
どの記憶からそんなお茶目さを抽出したんだろ、アニメか? 可愛いね?
<私は夕ご飯も楽しみにしておりますのよ。本日はどのような食事を振る舞ってくれるのかしらって>
<ただ食いっぱぐれたくないから行きたくないってだけじゃない!!>
<今日はヒューさんのお腹に配慮して、豆腐のみぞれ煮や、にゅう麺などを予定してます>
<ルイー!>
ポーションの影響かどうかわからないけど、お昼食べてから今までの様子からして、多少の固形物はいけると見た。お腹の調子良さそうだもんね。
もちろんそれだけじゃ物足りない人がいらっしゃるので、肉料理も出さなきゃ。今の気分は鶏なので、そうだなぁ。仕込んでおいたサラダチキンにしようか。刺身みたいに切って並べるだけでもいいし、物足りない人はコショウやハーブソルトを足してもいい。だいぶヘルシーな食卓だけど、これで決定。
それから真新しい紙を取り出して、「グロースさんへ。困っているので助けてください」と書き始める。言伝だけに任せる案件じゃないから、頼みたい事手紙に書くんだ。簡略的に、わかりやすく、いつもより丁寧に。
<私、出来る事ならダァヴ姉さんにお願いしたいんですよね。テクトは私と一緒にご飯を作らなきゃなので>
<まあ、ルイからのお願いだなんて。嬉しいですわ、万事任せてくださいね>
<この手の平の返しよう>
<まあまあ、テクト様落ち着いてください……>
きっと、ダァヴ様もルイに頼られたかったのですよ、とリトジアに慰められてるテクト。あとたぶん、末弟をからかいたかった気持ちもあったんじゃないかなーと推測するけど黙っておこう。案の定睨まれたけど。
<それに依頼料の前払いと、グロースさんのやる気が出るように、お菓子を先に渡そうかなって思ったんです。四次元ポケットがあるダァヴ姉さんの方が楽そうかなーって>
<ええ、たとえ城であろうと納める容量はありますわ。安心なさって>
<さすがにそんな量は準備できないかなぁ>
書き終わった手紙を折りたたんで、あ、封筒ないや。お菓子ついでに買おう。
さて、やる事は決まった。まず私は買い物、テクトとリトジアには、ヒューさんに家とミチの紹介を頼もうかな。水回りの使い方は特にしっかりとお願いします。
そう伝えると、何故かリトジアが首を振った。何で?
<いいえ、ルイ。もう日が落ちてきました。本日は煮込み料理、とても時間がかかりますので、テクト様には夕ご飯の準備に取り掛かっていただく方が良いかと思います>
う。リトジアの言う通り、このままだと夕飯は夜遅くになりそう。
でもなぁ。
<そうすると、リトジアだけで案内する事になるけど……>
<大丈夫、お任せください。不思議と、彼らは故郷の猟師達に似てる気がして……私1人でも、案内は可能だと思います>
微笑んで胸を張るリトジア。その表情に陰りはない。
うーん、それなら本人のやる気を尊重しようか。
<難しそうだなぁとか、無理だなぁとか思ったらいつでも代わるから。リトジアお願いね>
<はい! お任せください!!>
<じゃあさっさと始めるか。ヒュー、キースは起きそう?>
「ふぁ!?」
突然届いたテクトの声にびっくりしたらしいヒューさんは、肩をびくっと跳ねさせて振り向いた。いや、わかるわ。テレパスって最初びっくりするよね。
早く慣れるといいねぇ。私はファンタジーだぁ、で全部受け入れちゃったけど。
「もうそろそろ起きると思うよ」
ほら、と言われて覗き込むと、むず痒そうな顔でにゃうにゃうとキースくんが呟いてた。え、可愛いな? 指をそっとプニプニほっぺへ伸ばす。するっとした肌触りから、ふかっと沈む人差し指。そして楽しい夢でも見てるのか、えへへ、と笑うキースくん。え、可愛いね?? 心のカメラがシャッター連打しまーす。
それにしてもよく寝るなぁ。お昼からずっと、夕方まで爆睡だよ? 起きてる時は元気そうだったけど、実は疲れてたのかな……しかしこのほっぺ気持ちいいわ。離れがたいぃ。
思わずほっこりした、柔らかい雰囲気をまとうように、リトジアがヒューさんの前に出た。その表情に強張りは見られない。
「ではしばし待ちましょう。その間、箱庭の案内を仰せつかった私、リトジアから、この箱庭で暮らす上での注意点をお伝えします」
「うん……僕も敬語の方がいい?」
「いいえ、私のこれは癖なので、無理に合わせなくても大丈夫ですよ。テクト様も仰いましたが、気を楽に過ごしてもらえれば本望です」
それから穏やかに会話をし始めた2人を見て、この様子なら問題なさそうだなぁと深く頷いた。オッケー、なら私は私の仕事をやろう。
テラスから室内に入って、カタログブックを取り出す。キッチンを見ると、テクトはもう野菜切り始めてた。さすが早い。
封筒、お菓子を和洋2ページ分、それから奴隷の皆さんに配る水筒と食事……も、なるべく消化に良さそうなものにした方がいいよね。作る時間ないし、お店のお粥を買おうかな。ついでにスプーンも。
カタログブックって実は、持ち帰りタイプのお惣菜だけじゃなく、お食事処のメニューも買えちゃうんだよねー。例えばラーメンや餃子を頼むと、おかもちに入って届くんだ。しかもお店で出されたみたいに出来立てで! ハイスペックな出前もこなすカタログブックすごすぎるわ。
ただ、普通のお店と違って食器の回収が出来ないから、それ込みの値段になるんだよね。まあ元々が安く売買してるカタログブックなので、あんまり増えた気はしないんだよなぁ。ありがたやー。
ちなみに私が献上した食べ物の食器を、神様はダァヴ姉さんに洗浄してもらって、綺麗に並べているそうだ。毎日楽しそうに眺める神様曰く「飯によって器を変えたり、装飾したり、やっぱ人の文化っておもしれーよなぁ!」らしい。楽しんでるようで何よりです……私も食器、どうにかしないとね。
それからしばらくして、私は購入ボタンを押した。色々悩んだけど、必要な物は買えたと思う。たぶん!
あ、そうだ。テクト、にゅう麺の出汁には短冊切りした油揚げ追加しといてー。
<はいはい。出汁はめんつゆでいいの?>
「うん! 生姜もちょっと追加でお願いしまーす」
この料理は体調不良の時や冬場の寒い時、よく作ってた煮込み麺だ。麺の方は素麺でもうどんでも冷や麦でも、お好みで変えられる。今日は素麺だから、にゅう麺って呼んだ。
余ってる野菜と生姜、油揚げあるいは鶏肉を食べやすいサイズに切って、生姜は面倒だったらチューブでもいいし、ガッツリ噛みたいなら千切りでもいい。切った食材とめんつゆと水を一緒にどーんっと鍋に入れて、くつくつ煮れば汁は完成! 茹でうどんならそのまま、乾麺なら茹でて冷水でぬめりをとってから、冷凍麺ならレンジでチンしてから、鍋に入れてちょっと煮えたら出来上がり!
野菜はくたくた、噛めばじゅわぁって出汁が出てきて、夢中で顎を動かしてるうちに溶けてしまう。はふはふしながら汁をすすると、食道がぐーっと熱くなって、その暖かさが幸せだなぁと思うわけですよ。煮溶けた旨味を吸いまくった麺だってもちろん美味しい。煮た時間によって変わる食感で、何度食べても飽きがこない。お好みで七味や柚子をかけて、味変してもいいしね! 野菜や汁が余ったら卵落として、おかずとして後日出しても……じゅるり。
今回は生姜少なめ。なんたって、お子さまが2人もいるし! あ、ヒューさんの分はお一人様用の土鍋買って洗浄したから、ここに汁を入れて。茹でた素麺を長めに煮よう。
<ふーん。流れはわかった、やっておくよ。豆腐の方は大根おろしを作っておけばいい?>
「ありがと! こっちの作業終わったら手伝うよ」
私は大量に届いた竹の水筒に水を注ぐ作業に取り掛かってるので、ごめんだけどしばらく手は離せない! いやー、この世界で売られてるからって竹タイプの水筒選んだけど、結構口が小さくて……水を細くして穴に直接注ぐと早いから、こういう時は蛇口ありがたいね!
「ダァヴ姉さんはそのまま回収しちゃってください! 段ボールの方がグロースさんが運ぶにも楽だろうし」
<わかりましたわ>
ユニット畳に積んであった段ボール達が、ダァヴ姉さんの羽ばたきで瞬く間に消えてしまった。わあお、イリュージョン。
テクトの方から良い匂いがしてくる頃には、水筒の準備も完了した。元々入っていた箱の中に並べて、ふいー、と汗を拭う。水筒もお粥も、多めに準備したからこれで足りるでしょう! 余ったらグロースさんのお腹に入るだろうし。
後はこれもダァヴ姉さんに回収してもらって、花柄の封筒に入れた手紙も託そうとして、ちょっと考えた。
「……本当は、私がテクト以外の聖獣さんに頼ったらダメなんですよね。この世界のルールでは」
リトジアの時も、ヒューさんの時も。人の世には普段は干渉しないけど、誰かの切な願いを叶えるためならただ一度だけ手を差し伸べる。聖獣ってそういう風に定義づけられて存在している。例外は加護を与える勇者だけど、今回はありがたい事にその例外に私も含まれてるから、
でも、ダァヴ姉さんは私に加護を与えてるわけじゃない。
そう言う私を見たダァヴ姉さんは、軽く飛んだ。封筒を持つ腕にふわりと止まり、四次元ポケットに封筒を仕舞って微笑む。
<私の本来の役割は、テクトも言いましたが、人の世への代弁者。俗世とは違う場所からの言葉を伝える事ですのよ。これくらいはルール違反にもなりませんわ>
かつ、とダァヴ姉さんのくちばしが皮膚に当たる。あまり気に病まないで、って言われたような気がした。
<それに、あなたの貢ぎ物のお陰で神様の仕事も大分進みました。親の恩を、子が返しても問題ありませんわ>
「そういうものです?」
<ええ。そもそも許されない事ならば、私は出来ないとはっきり言いますわ>
それもそうだ。ダァヴ姉さんがルール違反する所は想像できない。
「えっと、じゃあ。ダァヴ姉さんが帰ってくるまでにご飯準備しますから、よろしくお願いします」
<ふふ。言伝たら、すぐに戻りますわ>
「待ってます」
<仕方ないからダァヴの分もよそっておいてあげるよ>
<まあ>
テクトが安定のツンデレをすると、ダァヴ姉さんは嬉しそうに肩を震わせた。
夕ご飯を作ってる間、リトジアが「お家の内覧です」と言いながらヒューさん達とキッチンを覗いたり、ヒューさんが「いい匂いがするね」ってほんわか笑顔を浮かべたり、キースくんが「きー、ねえちゃ、きーっていうの! きーだった!」と満点笑顔でぴょんぴょんしたり、ミチが飛び込んできて<新入りはいい奴。ハチと共生できる奴だ。ミチはあいつらにも蜜をやるぞ>と上機嫌に宣言したり、何やかやでワイワイとした調理時間だった。いやキースくんの名前に関してはそこはかとなく闇を感じたけど、今日は置いておこう……さすがに疲れた。
そういえば今日は昼寝してなかったなぁ。そら疲れますわ。夕飯の後は早めに片付けて寝よう。そうしよう。
ダイニングテーブルの椅子が足りないので、テクトにユニット畳を押してもらって、簡易的な長椅子にしてみた。明日は必ず大きなテーブルチェアセットにリニューアルするんで、ちょっと今は我慢してもらおう。
テーブルに配膳してると、風呂場の説明が終わったヒューさんが慌てて駆け寄ってきて、手伝ってくれた。休んでていいのに。
ちなみに後ろにいたリトジアはニコニコしてた。有意義な案内が出来たんだね、わかります。
「いや、その……もう僕は、君達の家族、なんだよね? 手伝うのはおかしくない、と思って……」
「ふぐぅっ」
ほんのり照れた様子のヒューさんのセリフで、ルイは心にダメージを受けた! ダメージと回復が同時にかかった!!
え、素朴なおじさ、いやお兄さんに家族だよねって言われるとこんなに衝撃が? やべぇ……うちの家族強い。
「大丈夫? どこか痛いの?」
<気にしないでヒュー。あれは持病の発作。ルイが自分なりの“可愛いもの”に触れるとああなる>
「え、……え? それは病気、なのかな?」
<ある意味ね。でも医者に見せるものじゃないし、治らないから。慣れて>
「あ、はい」
「テクトの言い分がひどいけど否定できない」
気を取り直して、ヒューさんにも手伝ってもらいながら、配膳を終わらせる。すると、タイミングよくダァヴ姉さんが帰ってきた。おかえりなさーい!
<グロースは快く引き受けてくれましたわ。安心なさって>
「ありがとうダァヴ姉さん!」
「ダァヴさんはどこか出掛けてたんで……たの?」
不思議そうな顔をしたヒューさんが、寂しいわと言いたげな姉さんのご尊顔に慌てて敬語を抜いて話しかける。そういえば言ってなかったね。
ヒューさんの仲間の人達を保護してもらうように、信頼できるギルドの人にお願いしたと伝えると、彼は口元を押さえた。目がじわじわと潤み始める。
「……一生分の運を、使い果たしてしまったと思ったんだ」
ぼそりと、呟いた言葉が聞こえる。過去形のそれは、たぶん、ダァヴ姉さんに会った時の事だ。そして後の奴隷生活で、ヒューさんはずっとそう思いながら日々を過ごしてたんだろう。
「僕は、恵まれてる……優しい君に拾ってもらえて、よかった」
「できれば、申し訳ない気持ちより、ありがとうって言ってもらえると嬉しいです」
「うん……」
ヒューさんはゆっくりと手を下ろして、すっと頭を下げた。
「たくさん気を遣ってくれて、ありがとう……これは、皆の分のお礼だよ。本当にありがとう」
私が何か言う前に、ヒューさんは顔を上げた。もやが晴れたみたいな、さっぱりとしたした笑顔を浮かべてる。
もっと恐縮されるかと思ったんだけど……いや、意外だっただけで、悪い事じゃない。箱庭を案内されて心境が好転した、とか?
なんて考えてたら、キースくんがヒューさんの足をぺちぺち叩いてきた。
「きー、おなか、ちゅいた」
「そうか。不思議だね、あまり動いてないのに、僕もお腹空いた気がするよ」
「じゃあ皆揃ったし、ご飯にしよっか!」
ユニット畳に座布団を敷いて、テーブルを皆で囲む。新入りの2人に我が家の挨拶を教えてから、さあ皆さん手を合わせて!
「「いただきます!」」
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