112.幼女、渾身の説得をする
「帰るって何でです!?」
確か、保護するって言ったよね? あ、もしかして私がまくし立ててたから聞き逃しちゃった可能性……あるわー!
ざわざわっと、何それ聞いてないよ箱庭に連れて来たって事は一緒に住むんじゃないの? とでも言うように、聖樹さんの枝葉が不穏に揺れる。ごめんね聖樹さん、これは私の説明不足……いや説得不足だわ。ノリで行けば何とか誤魔化せるって思ったけど、ヒューさんは私のように単純じゃないんだよね! 自分で言っといて何だけど私かなりチョロかったな!?
「いや、その……あと5日以内に成果を出さないと、いけないから……」
「それってヒューさんが脅されてるからですか? 命令されたからですか?」
「…………」
うーん、黙ってしまった。何だろう、言えない理由でもある?
ズルいとは思うけど、ここは聖獣のチートを借りるかなぁ。そっとテクトを見ると、すでに読んでいたのか微妙な顔をされた。え、何?
<聖樹を助けてくれた人達にこれ以上気を遣わせたくない……って思って黙ってるよ>
<いや駄目だわー、ヒューさん聖獣の存在忘れていらっしゃるわぁー>
<そうだね。ヒューを買った奴は奴隷を数人まとめて一組扱いして、そのうちの一人でも逃げだしたら連帯責任で体罰すると脅して、常に互いを監視させているらしい。ヒューは同じ組の人達が理不尽に遭わないように、帰りたいようだね>
<なんてひどい>
<悪党が頭回るクズ過ぎてつらい……!! もっと有効活用しなよその頭さぁ! ヒューさんの爪の垢を煎じて飲んで多少はマシな思考回路になってよぉ……!!>
っていうかダンジョンに押し込んどいてそれはないでしょ!? 怪我して動けない場合だってあるじゃんヒューさんのように!! それで集合時間に間に合わなかったら罰則って無理が過ぎる!!
<怪我だけで済めばいいけどね>
<テクトさん不穏な発言は止めてください>
私がギブアップをしたので、テクトは続きを飲み込んでくれた。ありがとうございます。ちょっと休憩しますね。
これは後々、私のメンタルが落ち着いてから聞いた話だけども、制約の印は奴隷の生死も判別するらしい。約束の時間に集合しなかった人は、主人がまず生死を確認して、それによって体罰するかしないかが決まるそうだ。地獄過ぎない?
私達がそんな話をしていたとは露知らず、突然テーブルに額をこすりつけ始めた幼女にヒューさんは困惑の表情を浮かべてた。板材にほっぺを押しつけて見上げると、眉根を下げて「帰らせて、くれないかな……」と呟いた。
嫌だよぉ! ここで一緒に引きこもりましょうよぉ!!
<問題は、ルイが悪党をどうにかできるだけの情報を整えましたとも、信頼できる相手に話しますとも、ヒューに伝えてない事だね>
<あれ、言ってなかったっけ?>
よーしこれから大事な本題だぁ、とは思ってたけど。いやまさか、という顔でテクト達を見ると、容赦なく首を振られた。
<まったく一言も>
<言ってませんね。過去を覗いた事への謝罪は何度も口にしていましたが>
<私、ポンコツすぎない?>
<今更気付いたの?>
テクトの呆れ顔に、ダァヴ姉さんの鋭い足が突き刺さる。何するの痛いんだけど!! と頬を抑えるテクトをさらっと無視して、ダァヴ姉さんは私に微笑んだ。
<張り切りすぎたのかもしれませんわね。今からでも間に合いますわ、誠意を持ってお伝えなさい>
<はい姉さん!>
そうですよね、落ち着いてプレゼンしなきゃ! 私達にはチートで細部まで記録を取った資料がある!! 物的証拠はないけど……いやヒューさんのやつれ具合が証拠では? グロースさんだって今の彼を見たら間違いなく不当な扱いを受けてる奴隷だってわかるでしょ!
がばっと起き上がった私に、ヒューさんは肩をビクッとさせた。
「大分お待たせしてしまってすみません、ヒューさん。事情はテクトが読心したので、把握しました」
「あ! そうか、すごいスキルがあるんだった……」
「私達は元々、ヒューさんの主人に関しては法的に裁いてもらえるように、準備しました。不当な契約内容については、明日、信頼のおける冒険者ギルドの方が来るので、その人に訴えるよう依頼します。ヒューさんは制約の印から解放されるまで主人の事について一切黙っててくれて大丈夫ですよ。悪事は全部筒抜けにしたんで、悪党はきっちり裁かせますから」
グロースさんには依頼料と別に、大量のお菓子を積んでおねだりしよう。やる気マックスで手伝ってくれるとありがたいなぁ。
私の発言を何とか噛み砕けてきたのか、ヒューさんが目を瞬かせて、唾を飲み込んだ。すごい音したな。
「そ、れは……とても、ありがたいけど……僕は、君達にそこまでしてもらえるほど価値はないよ」
「何を言ってるんですか、そんなの……」
「でも、依頼するって事は、ギルドの人にお金を払うんだろう? 当事者の僕ではなく、君が。僕はポーションや、温かな食事や毛布、依頼料を君に返せる程の
それに僕は、とヒューさんが続ける。
「恩知らずにも、君達におチビを任せる気でいた。この箱庭なら誰にも追跡できないだろうと、置いてくつもりだった。厄介事を押し付けようとした奴だ。これ以上関わらない方がいいよ」
そう言って、何でもない風に笑うヒューさん。実に満足そうな笑顔を向けられて、私はむしろ、感情がぐわわっと湧き上がって胸が詰まった。心に押されて体が動く、この現象は。
バァンッとテーブルに両手を叩きつけた。幼女の小さな手でも、大きな音は出る。ヒューさんは目を丸くして、そして冷や汗を垂らした。
つまり私は、本日何度目かもわからないぶちギレをしてしまったのである。
「なんって顔してんですか! 聖樹さんが無事なら僕はどうなってもいい、みたいな顔ですね当たりですか! やったぁ当たったね全然嬉しくない! 残された方はどう思うと? 聖樹さんはヒューさんに会えて嬉しい、でも行ってしまうのねさようなら、なんて事は出来ませんよ! あなたが、離れたら、危険な場所に行くとわかったら、
ざわっざわわっ!!
「ほぉーら聖樹さんが同意してますよ! かなり激しめの同意です!! だから絶対ヒューさん外に出しませんからね、鍵の管理者権限で絶対出さない!!」
「でも……」
「でもも何もありません! おチビさんだって泣きますよ! あんな親しげにおじたんって呼んでた人がいなくなって、周りには見慣れない他人ばっかりで! そもそも寝たのがダンジョンなのに、起きたらおじたんの居ない場所ですよ、どこに安らげる要素があります!? 箱庭は楽園のような居心地ですけどね、親しい人がいなけりゃ意味がない、寂しさ100倍なんですよ!!」
初期の私のようにな!! テクトがいなかったら本当に発狂してた自信あるわ!!
「聞き逃したようですからもう一度言いますけどね! 私達は、あなたをもう、家族だと思っています! あなたが聖樹さんの家族だからです! つまり私の親戚みたいなもの! 実質ほぼ家族!」
<家族になろうよとは言ったけど、すでになってるとは言ってないね>
「だから! なんの遠慮もいりません! 私達があなたを、おチビさんを助けるのは、当たり前の事なんですからね!」
はー! よし、言いたい事全部ぶちまけたからサッパリ! 途中でテクトにツッコミされた気がするけど、まあいいや!
呆けた顔で私を見てたヒューさんは、はっと我に返ってしばらく悩んだ後、呟いた。
「僕は本当に役に立たない……それでもいいのかい?」
「幼女の手より出来る事は多いでしょう。そもそも適材適所ってものがあります。ヒューさんが後ろ向きな理由は詳しく聞きませんが、無理にダンジョンに行こうとしなくてもいいですよ。探索は万全の備えをしてからやるもんです。借金を返さないと心苦しい、って思ったら私に相談してください。いい返し方を提供しますから」
宝玉とテクトの魔法で安全性をバッチリ確保した上での探索を、教えようじゃないか。これこそ私が楽しい返済方法だよ。
役に立つとか立たないとか、そういうのは気にしなくていいから。大丈夫、やれる事からやればいいじゃない。陰でテクトとダァヴ姉さんがこっそり笑ったのに、私は気付かなかった。
役に立たない事を気にしていた私は、同じように悩む人を気遣えるくらいには、ひっそり成長していたらしい。
ヒューさんが顔を両手で覆って、細く長い溜息を吐き出した。
「僕は……」
「はい」
「聖樹と、これからも一緒にいていいのかな……? おチビと、離れなくていい?」
「はい! 一緒にいてくれないと困ります!」
「私達、ルイ以外は子どもの扱いにまったく慣れてないので……ご教授いただけると助かります」
<ヒューは真面目だから、ルイの暴走を止めてくれそうで助かるなぁ>
「テクトそれは言わなくてもいいと思うな」
「……っ!」
手を下ろしたヒューさんは、涙の滲む目でしっかりと私達を見た。そして、震える唇で声を絞り出す。
「お世話に……なります……!」
「こちらこそ!」
「そういえばテクト、おチビさんの記憶を覗いたんなら、本名わかったんじゃない? あと種族も」
<もちろん、親にどう呼ばれてたかは調べたよ>
「出来れば知りたい、です。あの子は何も覚えてないようで、仕方なくおチビと呼んでたので……」
<敬語はいらないよ、ヒュー。使い慣れてないんでしょ。もう僕らは家族なんだから、気楽に話して>
「あ、ありがとう……テクト」
<うん>
「それで、おチビさんはどのようなお名前なんですか?」
<ああ。彼の名前はキース。狼の獣人、
「へぇ、キースっていうんだ……え? 彼?」
「……テクト様、今、おチビさんを彼とおっしゃいましたか……?」
<言ったね>
「……ヒューさん?」
「あれ……てっきり2人も知ってるものだと……」
「いえ……ずっと、子どもとして、話してましたし……性別の事までは……」
「あんなに可愛いのに……おチビさん、男の子?」
子どもの頃は男の子の方が女の子っぽくなるとかいう話は聞いた事あるけどさぁ! 全然気付かなかったわ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます