109.訳ありさん達の横で



 お粥を茶碗によそう。あまり盛り過ぎると熱が逃げないので、控えめに。その茶碗から、木製のスプーンでほんの少しのお粥を掬い取った。口元に近付けて、何度か冷ますように息を吹きかける。

 そんな私の動作を一つも見逃さないようにじーっと見つめているのは、隣に座るおチビさん。スプーンをぎゅぅっと握りしめ、目をキラキラさせてる。はいはい、もうちょっと待ってねー。

 粗熱は取れたようなのでスプーンをおチビさんへ向けると、ためらう事なく大きな口を開け、にこにこ笑顔で待機状態だ。うーん、この食べさせてもらうのに慣れてます感。給餌を待つ雛かな? この子は静かに待ってくれるけど、軒先に巣を作った燕を思い出すなぁ。渡したスプーンもただ握るためのおもちゃになってるし……とりあえず可愛さ満点級なので花丸あげときますね!

 喉の奥まで差し込まないように、ゆっくりと口内へ。舌にスプーンが当たった途端、おチビさんはパクリッと口を閉じた。スプーンを引くと、抵抗なく抜ける。うんうん、噛み癖はないと。食べるの上手だねぇ。

 もっもっ、とおチビさんが真剣に噛んでる横で、私はスプーンを変えて自分のお粥を頬張る。お米の優しい甘さが染みますなぁ。


「ねえちゃ、おいちぃ!」


 そしてゴクンと飲み込んだ後の、この満面の笑みである。何度言われても嬉しーい! この子がお粥苦手じゃなくてよかったー!


「うん、よかったねぇ。あ、ヒューさん起きて、もう二、三口食べてください」

「ふぁっ!?」


 向かい側ではヒューさんが、スプーン片手に舟をこいでた。

 お粥を出した当初は、「こんな上等なもの……」とか「何も返せないのに……」とか、また色々と言って拒否してたんだけど、おチビさんが嬉々として口を開けて待ちの体勢になったら力が抜けたらしい。本当に食べていいのかな……? って感じの視線を向けてきたので、力強く頷いて「いっぱい食べてくださいね!」と返しておいた。

 ただ、思ったより素直にスプーン取ってくれたのはいいんだけど、またヒューさんが自分を後回しにおチビさんへ食べさせようとしたので、「それは特別仕様ですから、ヒューさんが、じっくり、味わって、食べてください。おチビさんは預かりますねー」って回収した。私の目の前でこれ以上の蔑ろは許しませんよ。まずは自分大事に!

 私がきちんとおチビさんに食べさせてるのを確認したからか、ちょこちょこと食べ始めたヒューさんは、お腹に温かいものが入ってきて眠気が勝ってきたらしい。最初は美味しい美味しいって噛みしめるように呟いてたんだけど、さっきから一口食べては寝て、起きて、一口食べては……を繰り返してるんだよね。相当寝てないな、この人。疲労に寝不足、栄養失調、どれだけ切ないコンボ決めるんだ……ここは私渾身のお休みプレゼンで、本格的に体が休憩する方向性になってきたと喜ぶべきかな。睡眠欲に負けてるって事は、警戒心なくなったんだろうし。

 それから程なくして、ヒューさんは横になった。突然、たたんでおいた毛布にぽてんと倒れ込んだのだ。近寄って確認すると、穏やかな呼吸が聞こえてきたので完全に寝入ってるのがわかった。これはもう起きないわ。

 ヒューさんに追加の毛布をかけて、残ったお粥を冷めないうちにアイテム袋へ入れる。スプーンは後で一緒に洗浄しよう。


「おじたん、ねんね?」

「うん。おチビさんは、眠くない?」

「んー……ねむくにゃい!」

「そっかぁ」


 たべりゅ! と舌ったらずに主張するおチビさんの目元は、ヒューさんに釣られたのか大分しょぼしょぼしてる。なるほど、もうちょっとで寝るなこれは。

 案の定、何度かお粥を食べたおチビさんは突然私にもたれかかり、寝落ちた。幸い全部飲み込んだ後だったようなので、口の中を軽く洗浄して、ヒューさんの隣に寝かせておく。いやあ、自分の寝落ちはまったくもって楽しくないけど、こういう小さい子のは大歓迎だなぁ! 親戚の子以来のお世話だったけど、なんとかなるもんだね!


「……寝ましたね」

「リトジア」


 テクトから隠蔽魔法を解いてもらったらしいリトジアが、私の隣に立った。睡眠中の人を見る表情は、困ったように眉根を下げてる。嫌悪感は見受けないので、リトジア的に対話がなければセーフっぽい? 平気ならいいんだけど、無理そうなら今のうちに箱庭に帰る? いいの? じゃあこのままお昼続けるね。

 テーブルの方を見ると、おチビさんを運んだテクトが大人しい顔でお粥をモグモグしてる。素早いな。


「リトジアは、何か食べる?」

「ああいえ……私は、オレンジ水で」

「はーい」

<ルイ、僕は冷たいほうじ茶ね>

「お任せあれー」


 さて、飲み物のついでに付け合わせも出して、食事を再開する。さっきは好奇心旺盛なおチビさんがいたからなぁ。おチビさんが気の赴くままテーブルの上に手を出したら、ヒューさんが真っ青になりそうだなって思って、出すのは止めといたんだよね。結果的におチビさんはお粥だけに集中してくれたし、ヒューさんもちゃんと食べたし、オッケーオッケー。

 味変の塩を茶碗のお粥に振りかけ、一口。しょっぱ甘さがたまりませんなぁ! 塩の尖りがお米のとろみでまろやかになるのが、本当にもう好き。お米の甘さも際立つし、嫌いな要素ないわ。ご飯と塩は合う、これ真理だね。

 テクトはちりめんじゃこの佃煮を載せてる。それも美味しいよねー。濃い目に味付けられた佃煮はどの食材も相性いいけど、じゃこの場合はお粥のとろとろにカリカリって違う食感が混ざるのがベスト! 私も次はちりめんじゃこにしようかな。茶碗に盛るごとに味変出来るのも、土鍋ご飯の醍醐味だよね!


「いやあ、食べた食べた」

<煮溶けたご飯っていうのも、案外美味しいね。食感が変わって面白い>


 お、好感触だね。テクトがお粥平気なら、今度は色々試してみてもいいかな。一度は中華風に干し貝柱で作ってみたかったんだよねー。挑戦してみよ。

 食後のお茶での話題はもちろん、ひょっこり転がり込んできた彼らについてだ。リトジアも神妙な顔で再び見て……いや、妙にまじまじと見てるね? さっきは平気そうでよかったーなんて思ってたけど、え、もしかして見張り?

 そんな真剣に見張らなくても、起きそうになったらすぐテクトが気付いてくれるよ。その時には素早く隠蔽魔法かけてくれるだろうから、心配しなくても……

 と伝えると、リトジアは困った顔で目を伏せた。


「いえ、その、何と言ったらいいか……私は、彼らを怖がっているわけではないのです」

「え。そうなの? 私はてっきり……」

「ルイのお蔭、だと思いますよ。私も少々驚いています。人と見れば抗いがたい心の波にさらされるのだと覚悟していましたが、ルイや彼らのやり取りを、ずっと穏やかな気持ちで見守る事が出来ました」


 そ、そう? なんか照れちゃうなぁ。私なんて、健康優良児な生活しかしてないんだけど……リトジアにいい影響が出たのなら、楽しく生活しててよかったよ!


「私が気になって見つめていたのは、大人の方です」

「ヒューさん? 会った事ある人なの?」

「いいえ、私は初対面です……ですが、ううん……」


 リトジアが頬に手を当てて、悩むように吐息を漏らす。


「難しいですね。自分以外の方の気持ちを伝えようと、言葉を探すのは」

<ああ、リトジアは僕より聞き取りやすいもの。もっと深くまで話してもらってたんだね>

「はい……あの方もひどく心配しておられたので>

<いいよ、ここからは僕が……いや、ここは当事者に説明してもらおう>


 何がなにやら、2人だけが通じる話をしていたと思ったら。テクトが不意に振り向いた。思わず私もそっちへ向くと。

 ふわっと風が吹いた。前髪を浮かすくらい、優しい風。ダンジョンには似合わないお日様の香り。この前触れは!


「ダァヴ姉さん!」

<お久しぶりですわ、ルイ。それにテクト、ドリアードも。息災ですわね>


 パッとテレポートしてきたダァヴ姉さんが、柔らかく目を細めた。


<早速で申し訳ありませんが、ルイ>

「はい!」

<神様がお粥を食べねば仕事をしないと、我が儘を言い始めたので助けていただけませんか?>

「神様、ダァヴ姉さん困らせるのやめませんか!?」

「……神様って思っていたよりお茶目な方なのですね」

<お茶目だと思っている内が花だよ>
















 ご飯が何も残っていなかったので、神様への献上品は米から炊く事にした。

 洗浄した土鍋に洗ったお米、たっぷりの水を入れて、火にかける。沸騰するまで待たないとなので、その間にダァヴ姉さんへ緑茶を出した。


<ありがとうございます。ああ、ルイのお茶を飲むと、ほっとしますわね>

<のんびりとお茶を飲むために来たんじゃないでしょ。話さなきゃいけない事がいっぱいあるんだから、早く話して>

<もう、せっかちですのね。まあいいでしょう。彼らが起きてしまう前に、ある程度は知っていただきたいですから>


 おっと、真剣な話が始まるな? 出そうとした羊羹は邪魔かなーって片付けようとして、あ、駄目だわ。ダァヴ姉さんの熱い視線が手元に来てるわ。これは出さなきゃ。

 羊羹を適当に切り分けて配りながら、ぼんやり考える。リトジアが言ってた「あの方」って誰なんだろう。テクトが当事者って言った後に来たのがダァヴ姉さんだから、え!? ヒューさんと関わり合いがあるのってダァヴ姉さん!?


<ええ、まあ。一度だけですけれど、会った事がありますのよ。ですが、彼を真に案じていたのは、私ではありませんの>


 羊羹を器用に切り分けて食べているダァヴ姉さんが、事も無げに続けた。


<彼と深く関わっていたのは、聖樹ですわ>

「ええー!?」


 つまり、ダァヴ姉さん曰くこういう事らしい。

 私達のグランドツリーマザーな聖樹さんは、元々はヒューさんの生まれ故郷である村を守護していた。森が近く、山もあって、綺麗な川がある。村人が日々を穏やかに暮らすような、とても素敵な村だった。

 木こりをしていたヒューさんは、聖樹さんに近付く機会も多かった。村の守り神として崇められていた聖樹さんに、ヒューさんは度々話しかけていたらしい。ただ彼はテレパスを持っていなかったので、聖樹さんのお返事は聞こえなかったそうだ。

 いや、たとえスキル持ってても全然聞こえないからね? テレパス習得したならいけるのでは? って期待したのに、聖樹さんの声は一ミリも聞こえなかった私の話聞く? ひっそり落ち込んでたからね。

 どうも精霊までは人との波長がまだギリギリ合うからテレパス会話が可能らしいんだけど、聖樹さんクラスまで進化しちゃうと人では理解できなくなってしまうそうだ。周波数が合わないラジオみたいだね。聖樹さんのテレパス周波数を受信できるスペックがないラジオ。つらすぎない?

 テクトとリトジアで聖樹さんから聞き取れる声に違いがあったのは、その周波数が合いやすいかどうかが理由らしい。リトジアは聖樹さんと同じ木属性だから、より聞こえやすいんだね。閑話休題。

 聖樹さんとヒューさんは、会話は出来なくても仲良しだった。ヒューさんも聖樹さんがわさわさ枝を揺らして反応するのを見て、喜んでいたらしい。わかりますわー。私も聖樹さんのちょっとした動きが好き。

 ただ、ここで平和に水を差したのが、戦争である。かー! またか貴様!

 聖樹さんは癒しの樹。たくさんの命を守り、育て、争いを鎮めて、心穏やかにさせてくれる樹だ。それをよく思わない人はどこにでもいるようで……

 ヒューさんの村が属する国が、戦争に巻き込まれた。国の端から迫った戦火は村へ届き……ここからは言葉を濁された。

 きっと、私では想像もつかない悲惨な事が起こったんだろう。なんで、ただ普通に生きてるだけの人に、言葉にも言い表せないような事を、人間は出来てしまうんだろう。戦争を経験した事がない私には、一生理解できそうにない。それでいい、と皆は言ってくれるけれど。

 聖樹さんは持ち込まれた瘴気で枯れそうになった。ただ一人、駆け付ける事が出来たヒューさんは、必死に願った。実在するか知らない神様に、ずっとずっと。聖樹さんを助けてくれって。

 その願いに応えたのが、ダァヴ姉さんだった。


聖獣私達がこの世の方々の願いを叶えられるのは、ただ一度だけ。その方が一番強く願った事のみ、私達は応える事が出来るのです>


 干渉しすぎては、誰も己で歩まなくなる。神様と聖獣達が心配しているのは、そういう所らしい。

 リトジアが、そっと胸に手を当てた。


「私も、人の願いから助けられました。聖樹様の気持ちは、微力ながら理解できます……聖樹様が、ヒューという人の事を、思わぬ日はありませんでした。生きている事は知っている。今どこで何をしているかは、わからない、と」


 そんな切ない気持ち抱えながら私の事も見守ってくれてたの聖樹さん……嬉しいのと切ないの感情で私すでにいっぱいいっぱいなんですけど。

 とりあえず聖樹さん尊い。


<私も聖樹を保護した以上の干渉は出来ず、兵士に連れて行かれる彼を見送って以来、行方知れずでしたが……奴隷になっていましたか>


 あ、それは私も考えてた。ヒューさんの格好からして、そうだろうなって。


<それも奴隷の中では最悪の部類だ>


 ここからは記憶を直に読み取っていたテクトの話。

 兵士に連れて行かれたヒューさんは、奴隷として他国に売られたらしい。はー、人を物みたいに!

 あまりいい環境とは言えない所を転々として、行き着いたラースフィッタでヒューさんを買ったのは、とんでもないアホだった。


<ルウェン達と会った時に、奴隷をダンジョンへ放り込む馬鹿な奴がいるって噂があったでしょ>

「あー。私がそうなんじゃないかって疑われて、身体検査をさらっとやられた……え、まさか」

<そう。ヒューはまさしくそういう意味で、剣一つ、袋一つ持たされて放り込まれた奴隷だよ>


 実在したのねその噂のアホ! そしてヒューさんをこんなになるまで追い詰めたのかその気違いなアホ! あんな優しげな人に何て事をしでかしてくれたのか、大変罪深い!!


<ちなみに配給されたパンは5つ、10日で成果を上げろとのお達しだった>

「そいつ救いようがないアホだね!?」


 ヒューさんが後5日って言ってたのはこの事だったのか! 1日パン半分とか計算も出来ないアホなんでしょうか!? 労働基準法をバッサリ切り裂いていくような過酷な職場ですね!? ぶちギレていい!?

 行き場のない怒りを木べらに込めて、土鍋のお米を底から剥がすようにかき混ぜる。ああー、もう! 神様ごめんね、お粥から変な味がしたら気違いな奴のせいです!!

 ふんすと鼻息荒く木べらを動かす私に、リトジアは躊躇いがちに言った。


「私が迷っていたのは、聖樹様に会わせた方がいいのか、どうか……ルイ。彼を箱庭へ招き入れる事は、許されるのでしょうか?」 

「めっちゃ許すし今すぐにでも連れていきたいよ! もう決めた、今決めた!! 奴隷生活辞めさせて、健康的な食生活させてやる!! 聖樹さんと一緒に幸せ生活始めさせるからね! 許すまじ雇用主!!」


 ぐっと木べらを握りしめる。私は燃えている! すごく燃えてる! 私が具体的に何が出来るかわからないけれど、明日はグロースさんに相談だ! ヒューさんの雇用主はどうにかしないといけない!

 あれ、そういえば。


「おチビさんはいつからヒューさんと一緒にいるの? 説明された中には一度も出てこなかったけど」

<ああ、おチビに関しては今回のダンジョンに潜る前に、ヒューが雇用主からさらってきたから言う間がなくて>

「はあ!?」

<おチビも戦争によって奴隷扱いされてる子どもなんだよね。買われた理由がヒューとは違うけど、まあ、よろしくない扱いをされる予定だった。それを見ていられてなくてヒューはさらってしまったようだね>

「よろしくない、扱い」

<っていうかそもそも、ナヘルザークで戦争捕虜による奴隷って法律で禁止されてるんだよね。ヒューもおチビも法律に触れる奴隷なんだよ>

「はい雇用主アウトぉおおお!!」


 グロースさんに全部バラしてやるぅうう!!

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