108.訳ありさん達とひと悶着
私がリュックを持ち上げて聞くと、「おじたん」はお子さんのお腹を撫でて頷いた。お子さんの方はくすぐられてる気分なのか、けたけた笑ってる。可愛いな、天使か。
「そう、だな……もう昼だったのか」
「あなたは、えーっと……そういえば自己紹介してなかったですね。私はルイ。こっちはテクトです」
挨拶のつもりでぴょこっと跳ねたテクトを、「おじたん」はきょとんとした顔で、お子さんは目をキラキラさせて見る。
「不思議ななりをした魔獣だね。ウサギとリスが混ざったような……?」
「うしゃぎー!」
テクトに向かって飛び出そうとしたお子さんを、「おじたん」が両脇抱えて抑えた。視線も向けずに見事な確保。ひょいっだよ、ひょいっ。お子さんは興奮した様子で前に進もうと両足動かしてるけど、空気かいてる。えっと、いい運動になりそうですね?
「テクトは妖精族です。見た事ないですか? 動物から派生した妖精」
「妖精……噂には聞いてたけど、本当に小動物の姿に似てるんだね。僕の故郷は魔獣が多くて、ついそっちを連想したよ」
「うしゃぎぃー……」
思っていたより穏やかな声音で、のんびりと語る「おじたん」。さっきの剣幕は私達を敵として認識してたからで、本来はこういう人なんだろうなぁ。表情も柔らかいから、想像してた年齢より若そう。苦労してそうな雰囲気が、年齢を感じさせるんだろうか。
なんて考えていたら、お子さんが切なげな声を出して耳をしょぼんと垂れた。どんなに足を動かしても近付けないテクトに、落ち込んでしまったようだ。一連の仕草からしてめっちゃくちゃ可愛いんだけどね、さっきの勢いで来られるとテクトが潰されそうで怖い。
まあテクトなら華麗に避けた上でお子さんが怪我しないようにフォローするだろうから、心配してないんだけど。体格差あるから一瞬ドキッとしちゃうよね。
そんなお子さんを見て破顔した「おじたん」は、小さな身体を抱き直して慰めるように背中をぽんぽんと叩いた。
「自己紹介、だったね。僕はヒュー。この子は……事情があって、名前はないんだ。僕はおチビと呼んでいるよ」
「……ふむ」
なるほど、とんでもなく複雑な事情ってやつだね? 話せば長くなりますが、という前置きが付くタイプの。深刻度が爆上がりしてまいりました!
よろしいわかった。まずはご飯にしよう! 腹が減っては何とやら。冷たい石畳に座ったままで体力が回復するでしょうか? いいや絶対しない! まだ体調がよろしくなさそうな「おじたん」改めヒューさんには、是非とも憩いのスペースで寛いでてもらおうか!
「まずは腹ごしらえといきましょう。きみもお腹空いたもんね?」
「んっ。ちゅいた、ね!」
両手を上げて元気がよろしい。ぴるっぴるっと獣耳が揺れて、手が震えそうになる。はー、触ってみたーい!
大人な冒険者の方々に触らせてとは言いづらかったけど……この子は友好的だし、チャンスあるのでは? 嫌がられなかったらちょっと触らせてもらえたり……しないかなぁ?
まあまずはご飯だ!
「あなたはまだ体調が戻ってないでしょうし、休んでてください。私達が作りますよ。お二人とも、苦手な食べ物はありますか?」
「いや、僕達は持ち込んだ食料があるから、遠慮させてくれ。ポーションの代金も払える当ては、その……申し訳ないけど、ないし」
「ああー。ポーションは後払いの約束をしてくれれば大丈夫ですよ。そもそも私が勝手に蓋開けましたし」
握力が落ちてそうだったから勝手にお節介しちゃったけど、疑われたくない時は開けない方がよかったんだろうなぁ。新品ってわかれば安心材料だろうし。今更気付いても遅いんだけど。結果オーライ!
それにヒューさんの服装からして中級ポーション代は出せないってわかってたし。いや、言い方は失礼だと思うよ? ただ、自分の装備も買えない環境の人には無理だろうなって……っていうか返せない人に借金押し付けたわけなんだし、何なら健全な返し方を提供した方がいいのでは?
たとえば、そうだなぁ……体調が戻った頃に宝玉を前貸しして、宝箱を漁りに行ってもらうとか? 借金をまた押し付けちゃう事になるけど、ここの階層は出てくるもの全部が万単位だし、すぐ返せると思うんだよね。長距離を歩き回ってくれる人に早めのお給料を払ったと思えば、私的にまったく損はないし。
あと正直言えば、他の人が開けた宝箱だと何が出てくるのかって方が気になるんだよねー! 出来れば私の提案を受け入れていただけると嬉しいなーって思います。にひっ。
「その、本当にこれ以上、借金を増やすわけには……」
そう言いながらぺったんこ麻袋に手を突っ込み、何かを取り出したヒューさん。
ひっそりと悪だくみしてた私は、ヒューさんが手の中のものをひっくり返したりちぎったりしているのを、ぼけっと見て――テクトが<うわぁ……>とドン引きした声を出すので凝視し、そして思わず悲鳴を上げた。
「ひっえ!?」
「え?」
「ひにゃ?」
私の声に肩を震わせたヒューさんと首を傾げるおチビさん。か、かわいいなー、じゃなくて!!
「待って、ちょぉおおっと待ってくださいヒューさん! あの、その手にあるものは……?」
「僕らのご飯だけど……」
「ごはん!? ご飯、って言いました!? え、それ食べ……食べるんです!?」
余りのショックにびしぃっと指差したものは、パンだった。濃い茶色の、硬そうな丸パン。ただし、テレビならばモザイク確定のカビがびっしりついた状態の、が前置きされるんですけどね!?
いや衛生上よろしくないでしょそのパンは!! 腹に入れたら絶対おかしくなるやつじゃないですか、それ食べるの!? 迷いなく千切ってたもんね! ヒューさん本気だね!?
私の言葉に何を納得したのか、彼はほんのり口端を上げた。
「ああ、大丈夫。おチビに食べさせるところは、色が変わってないところだから」
「ぜんっっぜん大丈夫じゃない!! よくない!! よろしくない!!」
おチビさんには無事な所を食べさせて、じゃあヒューさんはどこを食べるの? カビが元気に繁殖してる所? あるいは何も食べませんとか言い出すの? は? そんなんじゃ治るものも治らないしむしろ悪化の
思わずヒューさんの麻袋をひったくる。ひっくり返すけど、何も出てこない。まさか、本当に食料これだけ!? 水は!? 中身を改めると、パンから伝播したのかそこにも黒と緑のやつがぶわわっと……ひいいい!?
私は緑色に大変癒しを感じるタイプだけれど!! この緑は絶対に受け入れられないなぁあ!!
「これらは没収です!!」
「えぇ!?」
ヒューさんから恐ろしい物体を強奪する。もちろん千切ったカスもだ。気を利かせたテクトが広げてくれたゴミ袋にポイして、念入りに手へ洗浄魔法をかけてから、ぞわぞわと泡立つ背中を震わせつつゴミ袋をぎゅっとしめる。いやもう一袋重ねよう。食べれないカビは滅せよ。後で絶対カタログブックに回収してもらうからね、チリも残さない!!
有無を言わさずヒューさんとおチビさん、そして安全地帯全体に行き渡るよう洗浄魔法を何度か施す。カビの菌が空気中に残ってたら原因処置しても意味がないからね! 滅菌じゃぁああ!!
「あ、あの……! 僕はそんな、色々してもらっても返せる当てが、冗談じゃなく何もないんだ! それに後5日の食料を取られたら困る……」
「はあああ!? いま、5日って、言いました!? あんな小さなパンで大の大人と、これからぐんぐん成長するだろうお子さんの腹が賄えるわけないでしょ! 1日だって持たない!! いいからヒューさんはここで! いいですか、絨毯出しましたよ! ここで休んで待ってなさい!! 私が作るから!!」
アイテム袋から憩いスペースを出して、べちべち叩く。私は怒ってるんです! そんな食生活、おバカな人が許しても私が見逃しません!!
「いや、これ以上きみに甘えるわけには……」
「大人が甘えちゃダメなんて誰が決めましたか! いいからここに座って寛ぎなさい!!」
「は、はい!」
「はぁいっ」
私の剣幕に怯んだのか、ヒューさんが慌てて靴を脱ぎ……ってそれもう、ただのつっかけじゃん……! なんでそんな恰好なのよヒューさぁああん! ダンジョンって日光差さないから長袖じゃないと案外寒いんですよ、毛布出すからぬくぬくしてぇえ!!
しばらく洗ってないから汚いんだけど、本当にいいのかい? とこっちを伺ってくるので深く頷いておく。お座りなさい、なんら問題ありません。
おずおずと絨毯の端に腰を下ろしたヒューさん。そんな場所で寛げるか! もっと奥ですよ、奥! むしろ横になっていいから!!
おチビさんは絨毯のふわふわ感がお気に召したのか、上機嫌で両足を上げては下ろししてる。可愛すぎの罪で私の心にしっかり刻み込んでおきますね。
幼児の姿に癒されながらもタオルを羽織らせた。毛布じゃ重たいだろうからね、ふわっふわに洗浄しといたタオルですお収めください。
ひたすら遠慮するヒューさんをテーブル側に押し込んで、毛布をかけつつ両肩を掴む。
「ヒューさん最後にまともな食事したの、いつですか?」
「え、あ、いや……その……」
ヒューさんと視線が全然合わない。はーん?
「わかりました。詳しく言えないくらい、ずっと前なんですね?」
ぐっと、息を詰まらせたヒューさん。わあ、当たってほしくない情報が追加されたよぉ!
誰とも知らない、ヒューさんをここまで追い込んだ奴に苛立ちを覚えるけれど、今はそれどころじゃないのでぐっと飲み込む。私が出来るのは、彼らのご飯を作ってしっかり休ませる事だ!
「いいですか、ヒューさん。ご飯の心配しなくていいんです。私達が責任をもって、2人の分も作ります。ヒューさんの仕事は、ここでゆっくり休む事です。おチビちゃんはお昼出来るまで、待っていられるかな?」
「んー。おなか、ちゅいた……」
「じゃあこれ食べながらなら、待てる?」
いつかのおやつに食べた、しゅわっとほどける甘いお菓子。たまごボーロだ。おそらくパンを食べさせてもらっていたおチビちゃんの胃なら、問題ないはず。
テーブルに小皿を出して、ボーロを数個入れる。念のためちょっとだけ。
おチビさんが不思議そうな顔してボーロを手に取る。鼻をすんすんさせて、いい匂いだとわかった途端、指ごとパクっと食べた。涎べったりである。幼児あるあるだねぇ。ヒューさんに手拭いを渡しておこう。
「おいちぃ……!」
まぁるい頬を緩ませて、目をとろけさせる。気に入ってもらえてよかったよ。一応カボチャのボーロもあったんだけど、今回は出番なさそうだね。
「ねえちゃ。おいちぃ、なくなったぁ」
「口の中でなくなっちゃうお菓子なんだよ。ご飯前だから、ちょっとだけ」
「おかし?」
おチビさんはコテン、と首を傾げた。人の言葉を反復するくらいで、意味は理解できないんだろう。ちょっとミチみたい。
すでに2個3個とボーロが消えてる。これは急がないと大きなご飯コール来そうだなぁ。さっさと始めよう。そうと決めたら早いよ私は!
いまだおろおろしているヒューさんの目の前に白湯を出し、目を瞬かせてるうちに手拭いを握らせた。ぎょっとする彼に、ニッコリ微笑んだ。先制攻撃じゃー!
「じゃあ、これでおチビさんのヨダレ拭ってくださいね。白湯はゆっくり、焦らず飲んでください」
「え、でもっ」
「そうだ。ヒューさんはボーロ食べないでくださいね。念のため、胃がびっくりしちゃうとよろしくないので」
「あ、うん……じゃなくて、そのっ」
「ヒューさんはボロボロなんですから、自分をしっかり労わりましょう。ね?」
「あの、いや、」
「や、す、む、こ、と! いいですね?」
「あ、お、……はい」
頑なな態度も毛布で温まってくると同時に解けてきたのか、ついにヒューさんが陥落した。毛布の力は偉大ですな!
さて。今回は怪我人……しかも固形物をしばらくまともに食べてない人が相手。あまり胃腸に無理はさせられないね。スプーンで食べやすい、水分多めのお粥にしよう。生米からじゃなくて、炊いたご飯から作る時短タイプの。
お粥って疲れてる時や風邪引いてる時、するすると喉を通るし、ほっこり温まるからたまりませんよね。お腹の下でじわじわ染みる感じ? たまりませんね。
優しい味わいでそのままでも美味しいのに、アレンジしまくれるのも魅力的。白だしと鶏がらスープの素とコンソメのどれが一番美味しいか食べ比べしまくった時もあったけど、結局決着はつかなかったっけ。卵はどの味でも相性がいいけど、鮭フレークは白だしが……おっと今は思い出にふけってる場合じゃないね。じゅるり。
絨毯の上にコンロを2つと、炊いたご飯が入ってる土鍋を出す。残ってるご飯は……少な目。よし、おチビさんの分は私達のと一緒に作っちゃうか。小鍋に多めのお湯を注いで、ご飯をちょっとだけ掬って入れる。この小鍋はヒューさん用。ご飯に対してお湯が多めのやつだ。土鍋にもほどほどにお湯を注ぐ。
スプーンでご飯を潰すようにほぐしながら、煮立たないよう弱めの中火にかける。いじりすぎると粘り気が出てくるんだよね。デンプン質が溶けるんだっけ? 程々の所で混ぜるのを止める。今回は出汁系入れるのはやめておこう。ボーロを嬉しそうに頬張って元気なおチビさんだけど、一応、胃に負担をかけると悪いし。
後は焦げ付かないよう時々優しくかき混ぜて、ゆっくりことこと煮れば。
「おかゆができましたよー!」
「おかゆー!」
「はっ!」
テーブルに突っ伏して寝ていたヒューさんが、私とおチビさんの声にびくっと肩を揺らした。
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