生活の地盤を作ってそれから
107.いらっしゃい訳あり
「よし、これで明日の準備は整ったね」
私が勝手に名付けた味噌汁事件から数日経った今日。芝生の上にずらりと並ぶ木箱を前に、ふんすと鼻息を漏らす。その数50個。壮観ですねー!
この木箱達の中には太陽に照らされて艶めく野菜達がたっぷり入っている。うん、どれも全部、間違いなく入ってるね! グロースさんに言われた通りぎゅうぎゅうに詰めたから、マルセナさんもきっと満足してくれるだろう。
「明日のお約束でしたよね。その、魔族の方とは」
「うん。日本茶が好きな、いっぱいご飯食べる人ね」
グロースさんと会うのも久しぶりだなぁ。またいっぱい飲み食いするんだろうなぁ。お菓子もお湯も、たくさん準備しておこう。
野菜の確認を手伝ってくれたドリアードにお礼を言いつつ、アイテム袋に全部片づける。大事な商品だ。問題なければどんどこしまっちゃおうね。
<どこかに行くのか人の子>
<ミチ>
家庭菜園方面から、ミチがぶぅんと飛んでくる。この数日で随分と元気になったなぁ。飛ぶのは元々安定してたんだけど、なんというか……こう、キレ? 急旋回がめっちゃ早いしブレない飛び方になった。きっとポーションでは回復しきれなかった体力が戻ってきたんだろう。シアニスさんもポーション使った後でも元気なかったもんね。万能じゃないんだなぁ、ポーション。
巣の方も順調らしいし、最近は上機嫌に<蜜、蜜、上質な、蜜っ>と歌ってる時さえある。楽しくお仕事出来るって、いいねぇ。
今日も花粉をぺたぺたくっつけたミチは、私とテクトとリトジアを見て、最後にテクトに抱っこされた青い卵に視線を向けて、ふふんと言った。
<わかったぞ。散歩だな>
<よくわかったね、ミチ>
<ミチは覚えてる。卵を持ってると、お前達、外に出る。もの拾いをする>
自信たっぷりに八の字飛びをするミチが可愛すぎる……難しい問題を解く事が出来て思わず踊っちゃった子どもかな? 好きです。テクトさん、この世界本当に何でカメラがないの……?
思わず天を仰いだ。異世界生活の短い私でさえ何度も思った事だよ? 転生者は皆が通る道でしょ? 誰か作ってないのカメラ。誰かしら、しでかしてるでしょ?
つい黙ってしまった私にミチが首を傾げるけど、リトジアがフォローしてくれた。
<今日は私も出掛けますが、ミチにお留守番を任せても大丈夫ですか?>
<任せろ。留守くらい守れる。ハチだけで問題ない>
<うちの子頼もしすぎでは……?>
<ルイ、感動するのもいいけど長くなるようなら置いてくよ>
ミチの尊さに打ち震えてただけじゃん、もー。テクト冷たいよー。
リュックをリトジアに任せて、テクトから卵を預かる。この子はいつ生まれるのかな。殻の中からトントンと音がし始めると、生まれる合図だって聞いたけど。今の所、それっぽい音は聞こえない。
さて、抱っこ紐をぎゅっと縛れば、いつもの散歩スタイルの完成だ。じゃあ、行きますか!
<いってくるね、ミチ>
<ああ、気をつけろ。風が強い、雲が増えてきた。何か来る前触れだ>
<嫌なフラグ立てないでミチ!?>
なんて、出掛ける前にミチと話したからなのだろうか。
「げほっ、ごほっ……!」
「おじたん、いたい?」
「いや、大丈夫だ、痛くないよ」
軽くダンジョンを一回りして帰ってきたら、如何にも訳ありですって感じの冒険者とちいちゃいお子様が安全地帯にいらっしゃる……!
テクトどういう事!? 人がいるなんて聞いてないし、何か体調悪そうだよ!?
<いや、僕もびっくりした。突然気配が出てきたんだ。ちょうど今、ここに飛ばされてきたみたいだね。おそらく、ミチと同じテレポート罠だ>
テレポート罠が罪深過ぎて、ダンジョンに文句を言いたい今日この頃。
いや待って、待ってね? 一旦、情報を整理しよう。落ち着け私。
えーっと「おじたん」って呼ばれた冒険者さんは、無精ひげが生えてて髪の毛ぼさぼさで、ちょっと血が滲んでて……ん? 生きてるやつ皆食料だぜ、な隣人が多くいるこのダンジョンで、薄っぺらな服しか着てない冒険者? 金属の防具一つもなければ、関節護るサポーターさえない? 手元に転がってる剣は刃零れひどすぎるし、何ならヒビも入ってるし……服と同じくらいぺったんこの麻袋しか手持ちないの? それアイテム袋ですよね? 違うの? は?
いやいや落ち着け? そうだ、同行者のお子様を詳しく見よう。ぷっくりしたほっぺに、肉付きのいい手足。へにょんと垂れる三角耳と尻尾。ちょっと汚れてるけど、おそらく健康体だ。年の頃は3……いや4歳? んー、わからないけど、私より年下なのは確か!
待って!? ねえ、ここダンジョン! お子さん連れは必ず受付で捕まるはずのダンジョンなんです!! おかしいですね何事!?
これはよろしくない臭いがぷんぷんしますわぁあ! きっと訳ありだわぁあ!
「リトジア」
「はい」
テクトの隠蔽魔法がまだ効いてるので、私達が喋っても訳ありの2人は気付いていない。「おじたん」の体調は徐々に悪くなっているようで、悠長に喋ってる暇もなさそうだ。
だからごめん、リトジア。人は苦手だろうけど、ちょっと辛抱してね。
「待っててくれる?」
「……はい、もちろん。あなたのお心のままに」
リトジアへ卵を預けると、彼女は小さく頷いて壁際へ下がる。ごめんね、もう見てしまったら、私はスルー出来ない。したくない。
私は猫耳ポンチョを装備して、隠蔽魔法を解いてもらう。安全地帯の入り口から、2人へ駆け寄った。
「怪我はどこです? ポーションは飲めそうですか?」
「ぐ、……はぁ、あ、あんた、誰だ。どこの、所属だ……!」
私が駆け寄るまでわからなかったのか、目の前に立つと慌てて子どもを抱きかかえた。「おじたん」の視線が鋭いし、刃零れした剣を震える手で握りしめてる。めっちゃ警戒されてますねこれ! しかも所属を聞いてくる。何か追われてるんですか? わかりました訳ありに深刻度がプラスされまーす!!
大丈夫、落ち着け。シアニスさんの時はもっとひどい怪我だった。この人の怪我もひどいけど、底冷えするような雰囲気はない。這い寄る死の気配は、ない。
彼は……そう、TVで見た、サバンナの猛獣のような。庇護下にある子どもを庇う、手負いの獣だ。
よく見えるようにタグを前に出しながら、それでもあまり距離は詰めないで。怯えさせないように、ゆっくり優しい声になるよう、話しかける。
「冒険者ギルド公認の商売人です。ちょっと変わったケットシー、で覚えてください。それよりあなたの怪我は?」
「ケットシー? なんで、ここ……ダンジョン、だよな」
「ちょっと変わったケットシーですから、ダンジョンでも商売しますよ。それより……」
「しょ、商売……? 買収されたのかっ……! ち、近寄るな! この子は、げほっ、渡さない!」
「ちょっと、今聞き捨てならない単語が聞こえましたけど!? いや、そうじゃなくてまずあなたの怪我を!」
「来るなぁ!」
子どもを片手でぎゅうっと抱き締め、「おじたん」は必死に剣を振るう。ただ力がほとんど抜けているようで、剣はふらふらと左右に揺れてるだけだ。むしろ、脇腹にある血の染みが大きくなって……って、こらぁ!! 止めなよ自分大事にして!!
<僕が押さえようか?>
<ううん。傷が大きくなると悪いし、出来れば力技は使いたくない>
いつの間にか横に来ていたテクトに首を振って、リュックを下ろす。「おじたん」はもう剣を持つ力もないのか、荒い呼吸を繰り返しながら子どもを両手で抱え込んでる。
「私はあなたの事情を知りません。何から逃げているのか、何に怯えているのか、まったく知りません。でもあなたが怪我を負っているのはわかるし、お子さんを守りたいと思ってるのはわかります」
アイテム袋からポーションを取り出した。下級ポーションより小さめで、中の液体も緑色が濃い。中級ポーションだ。
それを一回置く。石畳にコンッと音が響いた。「おじたん」の目がポーションに向いたのを見てから、蓋を開ける。ガラスとガラスが擦り合って、独特の音がなった。初めて開封した時の、不思議な音だ。
そのポーションを手が伸びる限り「おじたん」の方へ寄せて、2、3歩下がる。
「今、開けたばかりのポーションです。あなたに飲んでほしくて開けました」
「……は?」
「ポーションかどうか疑わしいとおっしゃるなら、私が先に毒見します」
「……え?」
事情が飲み込めないのか、「おじたん」は目を白黒させて私とポーションを交互に見て、思わずといった様子で首を傾げた。この人あれだな、根は素直だな。
「お子さんを、あなたが守るんでしょう? 倒れたら、何も出来ませんよ」
私の寝落ちとはわけが違うだろうけど。何も出来ずにほぼ半日を終えてしまった時の絶望感といったら、思わず頭を抱えて嘆いてしまうほどだった。ただの寝落ちでこれなんだ。
きっとそれの何倍も、想像もできないくらい、大切にしてる子どもに何も出来なくなるって事はつらいと思うので。
今の言葉は、結構刺さるはず。
「…………っ!」
私の期待通り、「おじたん」が意を決した様子で手を伸ばす。ポーションの瓶を掴んで、引き寄せた。
それでもまだ、私が怪しいのが悪いのか。ポーションを口に運ぶ直前、彼の手が止まってしまった。
でもこれ以上は、私も何を話したらいいのか……言葉を無理に重ねて、逆に不信が勝ってしまったら、ポーションは飲んでもらえなくなりそう。
どうにかして飲ませようと考えていると、「おじたん」の腕から顔を出した子どもが、ふんふんと瓶の口あたりで匂いを嗅いだ。場違いにも呑気な様子に、私も「おじたん」も、ついポカーンとしてしまう。
「ねえちゃ」
「ん? え……ねえちゃ、って、わたし?」
自分を指すと、お子さんはうんうんと頷いた。
まさか話しかけられちゃうとは……っていうか可愛いな。ねえちゃ? 純真無垢な瞳で見上げて、小首を傾げて、ねえちゃ? え、こんな雰囲気じゃなかったら小躍りするほど可愛いし嬉しいんだが?
「ねえちゃ、これ、いいにおい、ね」
「う、うん……ポーションに使われる薬草は、清涼感のある匂いらしくて、それが残ってるみたい、あー……」
ここまで話した所で、さらに傾げられた。あっ、説明難しかったよねー! ごめんねー!
「いや、その、ポーションを作る時のね、草がね、いい匂いするんだよ。えーっと、何て言ったらいいかなぁ。ミントじゃきつすぎるし、お菓子ほど甘くはない……」
「みんとー?」
「うーん……どうしたら伝わるかなぁ」
試しに飲んだ時は草の匂いが香るスポドリ? って思ったんだけど、そもそもスポドリが通用しないんだよなぁ異世界だから! 薬草使ってるとは思えないほど飲みやすいんだけどね! 伝えづらい!
なんて頭を抱えていると、控えめに笑い声が聞こえてきた。出所を見ると、「おじたん」が緊張感のほどけた顔で笑っている。
え、笑った? 思わず目を擦っていると、「おじたん」はポーションの瓶をもう一度握りしめた。
「……ありがとう」
さっきまでの攻防が嘘のように、「おじたん」はポーションを勢いよく呷った。
途端に淡い光が彼を囲んで、収束する。その後には、泣きそうな顔でお腹を撫でてる「おじたん」と、何も残ってない瓶を不思議そうに見つめる子どもの姿。どうやら中級ポーションで足りたらしい。ふいー……よかったぁ、治ってぇえ。
「ポーションは……こんなすぐに効果が出るものなんだな……」
ん、なんて?
ぼそっと呟かれたからよく聞き取れなくて、もう一度促せば「おじたん」は緩やかに首を振った。
「さっきは笑ってごめん。疑ってたのが申し訳なくなるくらい、和やかな会話だったから、つい」
そう言う表情に強張りはない。目に見えて警戒されてなくてホッとしてしまう、小心者の私よ。
「それはその、言葉が足りなくてすみません」
「いや、うん……疑って、先に剣を振り回したのは僕だ。ごめんね」
「あ、いえいえ。こっちもその、焦って冷たい言い方したなって思ってたので……お互い様ですね」
「そうか……お互い様か」
胸を押さえて、嬉しそうに言葉を噛み締める「おじたん」。え、その単語にしみじみします?
「あの、色々事情があるとは思いますが……」
タグと一緒に下がってる時刻魔水晶を見れば、朝の黄色から昼の橙に変わっていた。もうお昼ですね、そういえば。
きゅぅうううううるる……
思い出したように鳴る、お子さんの腹の虫に思わず笑みがこぼれる。空腹を訴えるのは健康な証拠だ。
「まずは、お昼にしませんか」
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