106.デザートと目と夜の話



 さて、そうと決まれば何を作るかだけど。

 貧血を改善するには鉄分はもちろんだけど、バランスのいい食事を摂るのが一番だ。準備するのは大変だけど、鉄分を吸収したり、赤血球を作るビタミンが必要だとかで、なるべく色々な食材を食べた方がいいんだったかな。

 そういう意味では、皆さんはもう十分素晴らしい食生活をしてるんだよね。数日一緒にご飯食べたからわかるけど、肉に野菜、イモ類にきのこ、卵、炭水化物、チーズなど乳製品。モンスターだけど魚も摂取してる。しかも今回は味噌で大豆成分も食べる。ちょっと葉物が少なめかな、とは思うけどそれは世間的に仕方ない。

 足りないのは……貝類とか、果物系かなぁ。

 ちらっと皆さんを見る。どうやらメインが足りないと判断したようで、カメレオンフィッシャーの身とじゃがいもと玉ねぎを取り出していた。何ができるのか、わくわくするね!

 味噌汁はまだ具を煮てる途中だし、野菜炒めも順調みたい。彼らならよっぽどの事がなければ焦がさないだろから、ちょっと目を離しても大丈夫だよね。


「うん、決まった」

<ん。じゃあやろうか>


 アイテム袋からバナナ、みかん、キウイ、ブルーベリー、ドライいちじく……レーズンは好みが分かれるから、今回は見送ろうか。それにグラニュー糖とプレーンヨーグルト。

 ふふふ、最近は商人としてポーションだけじゃなく、食材も満遍なく揃えてるんだよね。普段からおやつとして食べてるし、料理教室で突発的に使う場合だってある。念のため多く準備しといて正解でした! さらに大きな瓶に移しておくという偽装もしてあるから心配ご無用!

 テクトに果物を切ってもらって、私は大きいボウルを準備する。プレーンヨーグルトを上澄みのホエーと一緒にたっぷり入れて、グラニュー糖を少し加える。果物も入れるから、加糖は控えめに。最初にヨーグルトを水切りしておくとチーズっぽさが出てお上品な出来になるけれど、今日は時間もないし一緒にしちゃったね。これはこれでさっぱり食べやすいから好きです。

 ヨーグルトの塊を崩してグラニュー糖を溶かし混ぜ、切った果物を追加したら壊れないように優しく合える。これでフルーツヨーグルトの出来上がり。給食で出てきた時はすごく喜んだ記憶が……懐かしいなぁ。そういえばあの時はパイナップルやリンゴも入ってたっけ? 次は入れようかなーって、まだ食べ始めてないのに次の事考えちゃったよ。口内にたっぷり溜まってしまった唾はこっそり飲み込んでおく。

 というわけで私とテクトが笑顔でボウルを見せつけると、皆さん揃って表情を明るくしてくれた。こうもあからさまに喜んでもらえると、こっちもにやにやしちゃうねぇ。

 先にテーブルを取り出して、人数分の器を用意する。心持ちシアニスさんのだけ多めに盛り付けて……あ、うん。テクトのもね、多く盛っておくね。無言の視線が頬に突き刺さるぅ。

 保冷のために、一旦アイテム袋に入れておく。


「ルイー。味噌汁のいもに火が通ったんだけど、次はどうする?」

「はーい! 今行きまーす!」


 業務用みたいなでっかいコンロの所に行くと、オリバーさんに「今回は何作ったの?」と聞かれたので、「後のお楽しみですよー」と返しておいた。デザート枠なので、食後に出そう。

 出汁を煮たたせないためにゆっくり火を通したじゃがいもは、煮る前よりほんのり薄い色。玉ねぎは透き通ってお出汁の色がよく見える。

 隣の鉄板を見ると、細切りのじゃがいもと薄切りの玉ねぎでカメレオンフィッシャーの身を包んで焼くみたい。オリーブオイルを敷き、塩コショウしたじゃがいもと玉ねぎを薄く広げて、その上に白身を重ならないように載せ、残しておいたじゃがいも達をかぶせていた。

 え、なにそれ美味しそう。じゃがいものガレットみたいな感じに、カリカリにするの? 最高では?


「そういえばルウェンさんのご実家では、みそ汁の最後ってどんな感じでした? お椀の中に、みその粒は残ってましたか?」

「えっ、味噌を溶かす以外にもまだ何か特別な工程があるんです?」


 私から購入した味噌とお玉を取り出して、準備万端って顔をしてたシアニスさんが目をぱちくりさせた。特別な工程っていうか、うーん。


「好みの話なんですけどね。みそをしながら溶かすと、舌触りがなめらかで、みその風味やお汁自体を味わえます。みそをそのまま溶かしても美味しいですよね。具材が一個増えた感じがして、私は好きです」


 あの粒々が嫌いーって人もいるけれど。まあ好みの問題だからなぁ。事前に聞いておかないと。

 アイテム袋から漉し器を取り出すと、皆さん調理の手を止めてまじまじと眺め始めた。特にルウェンさんは、目を輝かせて見てる。


「ああ。そう、そうだ……懐かしいな。母さんが、たしかこんな、面白い形のザルを持っていた。そうか、これは味噌を漉すための道具だったのか」


 実際に物を見ると記憶が蘇るの、わかりますよルウェンさん。懐かしの品を買ったりして、私も最近よく体感してますからね。

 ルウェンさんのお母さんが使ってたって事は、思い出の味噌汁は漉し器使ったバージョンなんだね。今日はそれにしましょうか。小さいすりこぎ棒を出していると、漉し器をひっくり返して見てたエイベルさんが溜息を吐いた。


「なんだ。今までの作り方じゃ、完璧な再現はできてなかったって事か。俺ら普通に溶かしてたからなー」

「悔しいです……」

「いや、これは今ままで思い出せなかった俺の不徳だ。2人の努力の方が、俺はとても嬉しいし、美味しかった。もう1つの、故郷の味だな」


 だから! 太陽の如き笑顔で! 人を褒めないでください!! あなたのそれは破壊力抜群なんだからもうー! エイベルさんがうっせーってツンツンしながら鉄板に戻っちゃったし、シアニスさんなんて照れてお玉を握りしめてるから曲がっちゃって……えっ?

 くの字に曲がってしまった可哀相なお玉は、ディノさんが事もなげに直してくれた。くいっと。

 えっ?










「はあ、美味しいですねぇ」

「これは優しい甘さが堪らないな」

「甘すぎなくていいなー。食べやすい」

「ヨーグルトってこんな美味しいものだったんだね」

「あー。スプーンが止まらないから、もうなくなっちゃう。ディノちょうだい」

「誰がやるかよ!」


 食後のデザートに舌鼓を打つ皆さん。お気に召していただけてよかったけど、そこまた喧嘩してらっしゃる。もう私気にしないよ。ほっとくよ。

 いやあ、しかし食事中はすごかったなぁ。私の知ってる味噌料理がお母さんの味に似てたのか、ルウェンさんの笑顔がどんどん輝いていきましたよね。それに比例してシアニスさんの顔の真剣みが増してったの。珍しく食べてる最中なのに、手帳を取り出して色々書いてたからね。レシピを忘れないように復習したのかな? ガチな感じで声かけられなかったです。

 そしてそんなシアニスさんを見る、ルウェンさんの眼差しよ。当事者じゃない私の方がこそばゆくなるほど、なんというか……あれです。自分のために頑張ってくれて嬉しいー! って全力で語るような目ですよ。甘酸っぱあい。

 久しぶりに思い出したよね。そういえばこの人達、両片思いだったなって。

 100階でも味噌の話は出たけれど、あの時はシアニスさんは全然照れてなかったのになぁ。クリスさん達がいたからかな。私にはバレてるから、シアニスさんの気が緩んじゃったのかね?


<たぶんね。あの時の彼女の心は、味噌の事ばかりが占めていてわかりづらかったから確証はないけど>

<集中力すごすぎでは?>

<ちなみにルウェンに自覚はない>

<マジでか>

<考えてもみなよ。彼の性格上、自覚してたら口に出してるでしょ>

<ですよね!>


 いやー、ヨーグルトに砂糖入れたはずなんだけどなー! 酸っぱいなぁ!

 他の皆さんは大丈夫なの? あ、慣れてる? そっかー、すごいな! 私はあれかな、修行が足りないのかな!!

 すまんね年齢=彼氏なしだったからね! 経験不足は否めないですね、恋愛欲は食欲に負けた!! 合コンより友達と食べ放題に行ってた!!


<ルイの食欲強すぎじゃない?>

<言わないでちょっと切なくなってきたから!>


 いいもん、今の私は幼女だから関係ないもん。と拗ねながらフルーツヨーグルトを頬張っていると、セラスさんがそういえば、と呟いた。


「私達、一休みしたら一個下の安全地帯に行こうと思うのよ」

「そうなんですか? てっきり、今日もここで泊っていくものだと……」


 今や聖樹さんの腕輪があるから、唐突なお泊りも出来るようになったのに。ちょっと寂しいなあ。

 私の表情から察したのか、エイベルさんが手をだらだらと振った。


「俺らが長居したら、お前らの仕入れにも関わるだろ。もう立派に商売してんだし、邪魔しちゃうのもなー」

「あー……すみません。皆さん」

「いいのよ。あ、でもルイが寂しいなら、泊っていきましょうか?」

「やめとけやそこの変態。幼気いたいけな少女を離せ」

「どこが変態よ凶悪顔!!」

「セラスの顔がもう……なんかやばそうだから、軍配はディノ」

「うっそでしょ!?」


 え、セラスさんどんな顔してるの? 美人がやばい感じなの? 見たいけど、ぎゅっと抱き込まれてるから顔上げられない!

 見ない方がいい、とディノさんに首を振られたので大人しくセラスさんの腕に収まる事にした。


「えっと、じゅうたんだけでも渡しましょうか? きっと寝やすいと思いますけど……」

「ああ、いや。それはありがたい提案だが、断らせてくれ」


 ごちそうさまでした、と手を合わせた後のルウェンさんが、私を見て微笑んだ。


「確かに寝心地が良くなるし、翌日は素晴らしい気分で起きれるが、それは君達と一緒だからこそだ。それに今は出店したてで、慣れない作業に困っている事もあるだろう。お互い落ち着いたら、その時はまた、何か語り合いながら一緒に寝転べたらいいなと思う。ダンジョンで言うのも何だが、穏やかな気持ちで眠れるのはとても心地がいい」

「そう、そうですね! わかりました。次の機会を、楽しみに待ってます!」


 ルウェンさんは嘘をつかない。皆さんがそれを否定しないのは、ルウェンさんの発言が彼らの総意だって事も、これまでの付き合いでわかってる。

 だから、彼らが本心では私達とお泊りしたいって事が伝わっちゃうんだね。絨毯だけじゃなくて、私とテクトとも一緒に寝るからこそって言ってくれたのが、すごく嬉しい。

 そっかー。じゃあ、待つかなぁ。ご安心ください、私はただの幼女じゃないからね。忍耐力はありますよ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る