105.味噌講座
次の授業までに、魔力の練り上げを1日30回、必ずやる事。そしてそれ以上は決してやらない事を「宿題」として約束した。子どもは魔力を感じ取れない故に、自分の限界値がわからず魔力を放出しすぎて倒れる事もあるので、練習させる時は絶対に制限を決めるらしい。今日の私の様子を見て判断したんだろうけど、これは平均的な数字なのかどうなのか。比較対象がいないからわからないね!
「洗浄魔法はいつも通り使っても構わないですよ。ただし、100階へお仕事に行く日は、半分の回数にしてください。念のため」
「はい!」
大人数の全身洗浄ありますもんね。警戒するのもわかります。
私もテクトも、ステータスを常に確認できるわけじゃないから、自分が疲れてるかどうかの認識に頼るしかないんだよね。それも興奮してると忘れるし……まったくだよ、とテクトからのありがたい遠隔ツッコミは置いといて。回数が決まってるならやりやすいね!
魔法は練り上げが上手く出来るようになってから、らしい。幼女の体は一歩間違ったら魔力の暴発で怪我しちゃうので、段階をきちんと経なければならないようです。
教科書読むだけでも楽しいし、魔力を視認、さらには手で感じられる事が嬉しいので、私としてはなんら問題ない。ちょっと意気込んでただけに肩透かしではあるけれど、段階を踏む大切さは洗浄魔法で学んでますので。焦りはない。幼女は亀の歩みなのである。
その後、お茶飲みながら雑談してたら眠気が臨界突破。幼女特有の寝落ちを繰り出してしまったのである。目が覚めたらシアニスさんのお顔を見上げる形で寝てて、びっくりしたよね。まさかの膝枕であった。
後頭部は柔らかい太もも枕で極上の寝心地、ちょっと目線をずらせば下から大変立派なお胸が見える。なるほど。普段はローブに隠れてるけど、シアニスさんは着痩せするタイプでしたか。
しかし、何だろう。幼女になってから女性の胸に視線が行きがちだな。私、実は変態だった? いや、前はそんな不躾に目線向けたりしなかったと思うんだけど……これも5歳児になった弊害かねぇ。
「おはようございます、ルイ」
「おふぁよ、ございます……わたし、どれくらい、ねてましたか?」
「ほんの1時間程度ですよ」
「おひざ……ありがとうございます」
「ふふ、どういたしまして」
目を擦って上体を起こすと、シアニスさんが背中を支えてくれた。その前で、オリバーさんがティーカップを傾けている。どうやら鍛錬は終わったらしい。
出しっぱしてたテーブルに突っ伏して、ぐぐーっと伸びればようやく思考もお目覚めだ。
「良く眠ってたね。魔力の扱いは難しかった?」
「んんー……食べ物で考えたら、なんとか」
「はは、ルイらしい」
ふむ。オリバーさんの様子からして、ずっと気配にだけ集中してたんだなぁ。私達、結構はしゃいでたんだけど、気付かないもんだね。
「初めて魔力を見て触ったので、ちょっと不思議な気持ちも強いんですけどね。あ、授業はとっても楽しかったですよ!」
「それはよかったです」
シアニスさんが、思わずといった様子で笑い声を漏らした。すごく嬉しそうだ。
「ルイは魔力を特に出し過ぎる事もありませんでした。やはり洗浄魔法を毎日使用している事も功を奏しているのでしょう」
「そうなんですか?」
「子どものうちは魔力がどう動いているかわからず、実感が湧かないとは思います。でも詠唱のない簡易魔法は魔力操作の良い練習になるんですよ。危険性もないですし。これは魔法の講師に聞いた話なのですが、子どもの頃から洗浄魔法を使っていたという生徒は、練り上げの呑み込みも早かったそうです」
「へぇー」
やっぱり洗浄魔法は素晴らしい、そういう事ですね。とてもよくわかります。深々頷きながら鼻息を噴き出した。得意な魔法だけに、鼻が高いぞぅ。
というところで、オリバーさんの耳がぴるぴる動く。んん?
「どうやら一番最初はエイベルみたいだね」
オリバーさんの視線に合わせて廊下に目を向けると、真っ暗な通路からこつこつと音がしてきた。それに、ちょっと金属がこすれる音。これは重たい金属ブーツの音だ。でも重量級じゃない。ルウェンさんやセラスさんは素早さ重視の軽いブーツなので、2人も違う。残るはエイベルさんってわけだ。
ふむふむ、こうやって聞き分けできるんだねぇ。ちょっとゲームみたいで楽しいな。
「よーっす」
暗闇から出てきたのは、オリバーさんの言う通りエイベルさんだった。片手を上げて笑ってる。元気そうでなにより……
「お疲れ様です。怪我の有無を、詳細にお願いしますね」
「ちっと打撲だな。裂傷はなし」
「……オリバー」
「左肩をかばってる歩き方だね。血の臭いもないよ」
「少しは信用しろよなー!」
「あなたは前に隠して悪化させたでしょう。今はルイがいますし、ちょっと格好つけたがるかなと思いまして」
「んな青臭い時代はとっくの昔に終えたわ!」
……いやあ本当に、元気でよかったなぁ。
「では皆さん、これから料理教室を始めたいと思います」
「はーい!」
探索後の疲れを一切見せない笑顔のセラスさんから、明るい声が返ってきた。ううーん、美人の笑顔プライスレス。
あの後、少し怪我をしつつも皆さん無事に帰ってきた。全員、オリバーさんの
まあ怪我を誤魔化すような人はエイベルさんとディノさんしかいなかったので、実は速やかに終わったとだけ言っておこう。
さて、問題はそれからだよ。これから夕飯を作りましょうって時に、セラスさんから提案されたんだよね。私達にも料理を教えてくれないかって。
「ほら、ルイは味噌を調味料としてバスケットに入れてたでしょう? 味噌料理に慣れ親しんでるんじゃないかって思っていたの」
「あー、はい。まあ、ちょっとは……」
ちょっとどころか結構作れます、とは言いづらい。味噌が珍しい調味料じゃなければなー。もっと堂々としてもいいんじゃないか? って思えたんだけどね。“姉さん”に教えられたという手もあるけれど、それだって限度があるだろうし。
ただ、私の反応を見た皆さんは嬉しそうにした。特にルウェンさんが。とても、輝かしい笑顔を向けてくるのである。うわ、まっぶし……!
「私達、味噌料理をもっと知りたいの! でも、ルウェンの故郷は遠いし、味噌料理を出している店はないし、正直行き詰ってたのよね」
「王立図書館でも、文献は数冊しかありませんでしたし……内容も乏しくて」
「味噌汁だけかと思いきや、野菜炒めたやつにも使ってた気がするとかルウェンが言い出すからなー」
「記憶が朧気なくせして要求だけは一丁前なんだよなぁ」
「皆、困らせてすまない。子どもの頃に食べてた料理は、いつも美味しくて、幸せで……俺の故郷の料理を皆と味わえたら、もっと幸せだろうなと思ったんだ」
「ほらあ、そういう事言うからエイベルとシアニスが本気になるんだよ」
「うるせーよ」
「美味しく作れない自分が腹立たしいだけです」
うーん、2人とも認めてはいないけど、否定もしてない。料理ガチ組が密かに闘志をめらめらと燃やしてたんだねぇ……口ではああ言ったけど、視線が、教えてって突き刺さってくるんですよぉ!
「つーわけでなぁ。悪ぃがルイ、覚えてるやつだけでいいからよ、教えてもらえねぇか?」
「それはまあ、いいですけど……えっと、料理教室は一律1人3000ダルで固定していますし、私は料理人じゃないです。ちゃんとした資格を持っていません。それでもいいんですか?」
「「もちろん」」
私の未熟な教え方でも構わないと、躊躇いがまったくない、素早い返答だ。熱量に差はあるけれど、皆さんやる気満々だね。
ここまで聞いたら引くわけにはいかないなぁ。皆さんには、是非とも美味しいと言わせたい。幸せそうにおかずを取り合う彼らを見たい。
というわけで、臨時の料理教室が始まったわけです、が。まずは聞かなきゃいけない事があるんですよね。
「えっと。料理を作り始める前に、ルウェンさんに聞きたいんですけど」
「何だ?」
「実家のみそって何色でした?」
「「何色!?」」
ルウェンさん以外の声がハモって鼓膜に直撃してきた。おおう、もしかしてこれ新事実だった?
当の味噌好きは昔を思い出そうとしているのか、うんうん唸ってる。
「ルイが持っていた味噌が近い気がするんだが……茶色がもっと濃かったような気もする」
「じゃあ甘いのよりは、塩辛いのが強い感じですかねぇ」
「そう……だな。確かに甘くはなかった」
「ちょっと待って! 味噌ってそんな、色で味が変わったりするの!?」
「変わりますねぇ。原料も違いますし」
たとえばなんですけど、と調味料バスケットから味噌ポットを取り出す。片方は茶色で、もう一方は白だけど、両方とも米味噌に分類されてるやつだ。
味噌ってほとんどが大豆と塩と米麹で作られてるんだけど、米を麦に変えたり、大豆と塩だけで作ったりで、味も色も変わるんだよね。地域色が強くて大変楽しい。同じ地域でも作ってる店によっては全然味違うもんね。私は辛口も好きだけど、甘めの方が好きです。ただキュウリにつけるなら辛口、絶対だ。
面白いなぁと思ったのは、熟成期間がまったく違う白と赤の味噌。白味噌は3ヶ月くらい。赤味噌、俗に言う赤だしの熟成期間は2年らしい。原料が違うとはいえ奥深いよねぇ、発酵食品。
っていう事を伝えると、皆さんポカンとしてしまった。あ、やっべ。いつもの料理教室のノリで色々語っちゃった。テクトさんのため息が脳内再生されるよぉ。
誤魔化すようにポット2つを前面に押し出す。
「麦みそは今日持ち合わせてないんですけど、この二つはどっちも米みそですよ。茶色のが辛口で、白が甘口です」
「ほお」
「前より味噌増えてる……」
「味噌って2種類持ち歩くものなの?」
「いやあ、みそ汁に使う時、混ぜ合わせると味が変わって楽しいんですよ」
<ああ……風味も違うよね。僕は出汁の方が気になっちゃうけど>
テクトは色々な会社の和風の顆粒出汁を試して楽しんでたね。一度飲み比べしてみたかったんだー! って取り揃えたけど、喜んでいただけて何よりです。
私とテクトが味噌汁の味を思い出している間に、皆さんは顔を突き合わせてこそこそ話してた。まあ、聞こえるんですけれども。
「混ぜ、合わせる……?」
「明らかに上級者だわ……私達なんて全然足元にも及ばないわ」
「こりゃ間違いねぇ……俺達はいい教師に恵まれたぜ」
「料理の幅が広がるな……確実に」
「味噌マスター……」
「なるほど。ルイのように詳しくなると味噌のマスターになれるのか」
いや待ってそこまで言われるほど習得してるわけじゃないんです! 味噌作りに手を出してみようかなって思った時に、ちょっと調べた事があるだけで! 職人さんほどマスターしてるわけじゃない!! 本職の人に大分失礼!!
否定のつもりで首を振っていると、ルウェンさんが嬉しそうに味噌ポットを持ち上げた。茶色の方だ。
「こうして話を聞いて思い出したんだが、故郷の味噌は基本的に一家相伝というか、それぞれの家で作っていたから味が違うんだ。時々、こんな器に自家製の味噌入れて交換し合う事もあった……そうだ。たしか隣人の家では、豆と塩だけで作っていた気がする」
「みその色って覚えてます?」
「黒……いや、赤茶色だったかな。とにかく濃い色だった」
赤味噌もあるんですね自家製味噌だらけの街とかワクワクが止まらないんですが!? ご近所で全国の味噌網羅してます? めっちゃお邪魔したぁい! 毎日違う家を訪問して味噌汁一杯もらいたぁい!!
なんて涎を垂らしそうになっていると、テクトのツッコミが切り込んできた。
<あまり時間かけてると夕飯が遅くなるよ>
はいごめんなさい! さっさとやろうか料理教室、お腹空いたもんね!
「とりあえず今日は、ルウェンさんが慣れてる茶色のみそで、野菜炒めとみそ汁作りましょうか」
というわけで、ようやく作り始めたわけなんですが。
皆さんのすごい所は、直前に混乱するような出来事があっても次の瞬間にはスッと切り替えられる事だよね。私がやるよーって言ったらすぐ真剣な顔に戻ったよ。
「みそは豚肉ととても相性がいいです。もちろん、他の肉でも美味しいですけど、私は野菜炒めなら、まず豚肉をお勧めします」
「じゃあオーク捌くか。ルイ、赤身と脂身はどんくらいの比率がいい? 厚さは?」
「赤身多めで、薄切りですかね。歯ごたえを楽しみたいなら厚切りでもいいですけど」
「あいよー。今回は薄切りにしとくか」
なんてゆるーく返事をしたエイベルさんが、どこの部位かわからないけど程よく脂がついてる肉塊をテンポ良くスライスしていき。
「野菜は何がいいでしょうか」
「キャベツ、にんじん、玉ねぎ、もやし……あたりですかね。きのこやナス、ピーマンも美味しいですよ」
「ナスとピーマンはないな。それはまた次回にしよう」
「切り方は?」
「基本的には一口大ですけど、火の通りが遅いにんじんと玉ねぎは薄くお願いします」
「味噌汁の具はどうすんだ?」
「そうですねぇ。今日は私の気分になっちゃいますけど、じゃがいもと玉ねぎにしますか」
「はいはい」
手慣れた様子でルウェンさんとオリバーさんが野菜をどんどこ切って、山のように積んでいき。
「合わせダレを作ります。みそ、酒、みりん、砂糖……みそは溶けづらいので、よく混ぜてください」
「先に味付けを整えておくのね」
「みそが溶け残るとしょっぱいですしねー。ほど良く混ざったら味見です」
「……うん、美味い。懐かしい、味だ」
「んー、甘辛くて美味しい! 味噌って合わせる調味料でこんなにも変わるのね!」
「これだけでも飯が進みそうだな」
「皆さんは具の量が多いので、調味料もたっぷりですね」
「ふふふ。今日もいっぱい食べちゃいますよ」
シアニスさんとセラスさんが、両手で持つタイプの大きいボウルに味噌ダレをどどーんと作り。
「おら追加の野菜だ」
「鉄板やっぱり便利ですねー! こんな大量の野菜が一度に焼ける!」
「だろー! 鉄板には夢があるよな!」
「ルイの褒め攻撃に慣れてきたわね」
「あんなにツンツンしてたのに……エイベルも変わったね」
「さっきからうるっせーよ!?」
ディノさんが大量のもやしで雪崩を作り、鉄板担当のエイベルさんが大量の具を手早く炒め……って、私、口だけしか出してなーい! これで料理教室って言える!? クリスさん達の時より手持ち無沙汰!!
しかも作り置きの昆布出汁があるからって、出汁の取り方も人任せですよ! めっちゃ、昆布の良い匂いがしました!!
ああー。ルウェンさん達と食べるご飯って借金返済の一環だから、私は基本的に待機なんですよね!! 何かしたくて、う、うずうずするぅ!!
<一品くらい作ればいいじゃない。前みたいに、シアニスの体調を口実にでもしてさ>
テクトそれ採用!!
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