102.発芽と再会



私達がしゃがんで覗き込んでいるのは、ふかふかの土からぴょこんと顔を出した緑色。葉っぱの先についた朝露が、朝日でキラリと光る。


<おお……>

「これは……」


地中の様子を窺っていたリトジアが、ほっとした表情で土から手を離した。


「見事な発芽ですね。状態も悪くありません」

「やったー!」


思わず両手を上げて全身で喜ぼうとしたけれど、転びそうになったので慌てて腰を下ろす。おっと、幼女は頭が重たいから、不安定な格好だとつい転びそうになってしまう。前は幼女だから仕方ないよなぁって思ってたけど、卵を抱っこして歩くようになってから気にし始めたんだよね。今は抱っこしてなくてよかった。


「これで全部かな。ようやく一歩前進したって感じ」

「はい。葉の状態は悪くないようですし、単に他の種より古いものだったか……ちょっとのんびりなだったのでしょうね。無事発芽できてよかったです」


リトジアが眺めるのは、均等に並ぶ小さい葉っぱ達。私達が撒いた野菜の種は、今日やっとすべて発芽した。どれも腐る事なく元気に日光浴を楽しんでいる。いやあよかった。これで、蒔いた種は全部生えた。


「苗の方も良く育っていますし、このままなら問題なく成長するでしょう」

<へー。野菜はいつになったら収穫できるの?>

「種類にもよりますが、そうですね。こちらのピーマンは、まずある程度の高さまで茎が伸び、それと同時に葉が茂り花が咲いて、つぼみになり……このつぼみが大きくなると、テクト様が良く知るピーマンになりますよ」

<えっ、花が咲くのを待たなきゃいけないの?それじゃあ何ヵ月もかかるわけだ。ねえ、にんじんはどういう風になるの?>

「にんじんは根菜だから、この葉っぱの下、土の中で成長するんだよ。葉っぱが大きく成長すれば、それだけ立派なにんじんが出来るって事だね」

<なるほど。野菜の種類によっては成長の様式が違うのか。植物って面白いね>


小さな芽達をまじまじと眺めたテクトは、これが大きくなるのか……と呟いた。もちろん、数ヵ月待てば普段私達が食べてる野菜になるよ。楽しみだねぇ。きっと、いつもよりずっと美味しいだろうねぇ。


<花が咲いたら、ミチの出番になります>

<何だ?ハチを呼んだか?>


リトジアのテレパスに反応して、花畑を飛び回っていたミチが目の前に飛んでくる。今日も花粉のお弁当付けてた。可愛いなあ。


<はい。ミチはお仕事ついでに、花から花へ、花粉を運んでくれますよね>

<何だ、そんな事か。森でもハチの仲間が、よくやっていた。ミチも出来る>


頼もしい返事だ。ミチに任せられるって事は、人工授粉をしなくていいんだね。いやあ助かる。

テクトが小さな双葉を突きながら、首を傾げた。


<人工授粉、って何?>

「人や虫の助けがないと、受粉出来なくて実が生らない野菜や果物があるんだよ。そういう植物の手助けする事を、人工授粉っていうの」


これは理科の話になっちゃうんだけど、ピーマンやナスとかは、花の一つ一つにおしべとめしべが同居してるから人工授粉の必要がないんだよね。風がぴゅーっと吹くだけでOKらしい。これは農家のおばさんからの豆知識である。理科のテストで大変役立ちました。

逆にそういう構造じゃないものは、誰かの助けが必要になる。人だったり虫だったりだ。


「蜜や花粉を取る際に、虫の体には花粉が付着します。その虫が他の花へ移動する事で、花粉が運ばれるのです。先日植えたものにはほとんど必要ありませんが、実が成る精度は増しますね」

「うんうん。この箱庭、他に昆虫いないしね」


リトジア曰く、菜園に植えた中で人工授粉が必要なのはスイカだけ。色々と慣れない私達の事を考えて、リトジアにやんわり止めた方がいいって助言されたから、授粉必須なものは除外したけれど、今はミチがいる。

ミチには是非、菜園の花粉を取ってくついでに受粉をお願いしたいね。何の問題もなさそうなら、次の作付けには人工授粉が必須な野菜や果物も、どんどこ植えていきたいと思う。ふひひ、今から楽しみ。


<へえ。僕が知らないだけで、自然って面白いように噛み合って出来てるんだね。ミチって実はすごい生き物なんだ>

<そうだ。強い獣ほどじゃないけど、ハチはすごい>


花粉をぺちぺち足で取ってたミチが、自慢げに言うのが聞こえる。きっとドヤァって顔をしてるんだろうなぁ。昆虫は変わらないのであんまりわからないんだけども、目がキラキラしてらっしゃるんで。


<巣は大きくなってる。ハチの仲間が増えるのはもうすぐだ……花が咲くまでには、間に合わせる>


ミチの頼もしい言葉がありがたい。彼女なりに私達を気にかけてくれるようになったのがよくわかる。

私達との共生を快く選んでもらえて、今更だけどほっとした。















「ルーイー!久しぶりー!!」

「元気そうだな!」

「お久しぶりです皆さん!」

<君らが来ると一気に騒がしくなるねぇ>


108階層の物悲しさは格別だよねぇ。雰囲気が暗いってのもあるけど、普段騒ぐのは私くらいだし。テクトがしみじみ思うのも無理はない。

片手を上げて元気に返事をした途端、目にも止まらぬ早さで駆け寄ったセラスさんが、私をぎゅうっと抱き締める。柔らかいのに胸当てが固い、この感触もお久しぶりです。


「お前の馬鹿力で締め上げられちゃ可哀相だろ、放してやれや」

「あら、力加減を覚えられない顔面凶器が私に説教?街の子ども達を泣かせなくなったらあなたの発言を一考してあげてもいいわ」

「うっせぇ!!」


ああ、2人の口喧嘩も久々……相変わらずディノさんが負けてるけど。っていうかディノさんって子ども関係の口喧嘩になると絶対負けるよね。反論できないだけの顔と力強さが原因だろうけども。

セラスさんの肩から顔を出して廊下側を見てみれば、仲が良いなぁと笑顔で物語るルウェンさんと、だいぶ良くなった顔色に優しい微笑みを浮かべるシアニスさん、それからにやにやしつつもピースしてるエイベルさん、皆さんの後ろをゆったり歩いて手を振ってるオリバーさんで、全員を確認できた。特に大きな怪我はなさそうで、ほっと一安心。


「ルイもテクトも、変わりないようですね」

「子どもの成長は早いと聞くが……あまり伸びてないように見えるな」

「さすがに数日じゃサイズ感は変わらねーだろ」

「テクトの毛艶は相変わらず綺麗だ。健康的な生活を送れてるようだね」

「毎日美味しいのをいっぱい食べて、いっぱい寝てますからね!」

「そう、それはよかったです……」


シアニスさんが私とテクトの頭を優しく、何度も撫でる。はあぁ、やっぱりシアニスさんの撫で撫では気持ちいいなぁ。柔らかい手に頭を擦り付けたくなるくらい、心地いい。

さて、私とテクトだけが安全地帯にいたのは、彼らが来るとテクトが察したからである。今日も午後の散歩をしようか、ってダンジョンに通じる壁に手を添えた途端、テクトに制止された。いつもダンジョンへ出る前に気配察知を張り巡らせてくれるんだけど、そのレーダーに引っかかる気配があった。108階の階段前、転移スペースで六つの知ってる気配がモンスターと戦闘してるって言われたら、まあ間違いなくルウェンさん達なわけで。

ギルドから頼まれたお仕事が終わったんだ、と私は思わず喜色満面になってしまった。数日ぶりだからなぁ。会えると思うと嬉しくなってしまう。

ただ、リトジアは見ず知らずの人達が来ると知って、お留守番を申し出てきた。テクトが心を読んで大丈夫な人達だとわかっていても、実際会うには難しい。私達を送り出す時に笑顔を見せれるようになったから、すごい進歩してるんだけどね。

そういうわけで安全地帯に出てきた私とテクトは、いつもの絨毯とテーブルを出して、休憩中のていでルウェンさん達をお待ちしていたのである。彼らは勝手知ったる道とでも言うように、道中のモンスターをサクサク倒して来たようだ。あれぇ、上階段側の構造って複雑な方だから、地図が出来るまで私達迷いまくってたのになぁ……ちょっと遠い目になったのは内緒だ。

ウェルカムお茶を配って、皆さんと一息ついた。


「100階の安全地帯に寄った時クリス達から聞いたのですが、雑貨店の方は滞りなく営めているようですね。料理教室は特に好評でした」

「いやあ、私達が出来る事しか教えられないんですけど……毎回皆さんが喜んでくれるので、私の方が嬉しくなっちゃって」


キラキラした目で先生って呼ばれると、絶対に美味しいもの作らせてあげるからね……!って気分になるから不思議だなぁ。素直だし、知識をどんどん吸収してってくれるからだと思う。テクトもそうだったけど、初心者先生にはありがたい。


「アレク達がいる安全地帯へ入るのに、良い匂いしかしないっていうのは初めての体験だったね」

「焦げくせぇのが当たり前だったしな」


ああ、獣人族の2人は嗅覚にダイレクトに衝撃来るものね。お疲れ様です。

それからお茶菓子を食べつつ、最近あった事を話した。と言っても、私が話せる範囲だけだ。秘密が多すぎてすみません。

力増加のバレッタにはすぐ気付かれてしまったので、宝箱が開ける人によって中身が変わる事に関しては、正直に話した。テクトは何故か宝玉を生み出す妖精です、はい。


「ダンジョンの宝箱って、開ける人の運によって中身変わるんですか?」

「今の所は、その説が主流ですね。様々なレベル帯、種族の人達を集めて、統計を取ったという話がありましたし。信憑性は高いと思いますよ」


特にダンジョン収益が多いナヘルザークでは、そういう検証が盛んに行われているらしい。これも冒険者のためなのかな。熱心だねぇ。


「それにしても、毎度宝玉が出てくるなんて。羨ましいわ」

「統計では、どのレベル帯でも一定確率で出ていたそうですが……」

「うーん。テクトは幸運体質みたいなので、そのお蔭かもしれませんねぇ」


元々のステータスの高さにブーストかけてる上に、スキルで幸運重ね掛けされてるからなぁ。限界が見えない感じ。

男性陣は私の傍に安置した卵に興味津々だった。この子にはたくさんの経験をさせてあげてください、とリトジアに抱っこ状態のまま送り出されたから、卵は私の隣にいる。


「魔獣の卵か。こんなに近くで見たのは初めてだ」

「宝箱から出した事ねーもんな。魔獣使いは肌身離さねーし」

「じろじろ見たら失礼だしね。ルイ、触ってもいい?」

「いいですよ。ただ、びっくりさせないように優しく撫でてあげてください」

「よし、ディノは指一本にしとけ。ヒビが入ると悪いだろ」

「ぐっ……まあ、しゃあねぇな」


つるりとした殻を順番に撫でていくんだけど、それがまた個性があって面白い。

ルウェンさんはわくわくした顔で何度も撫でた。何が生まれるんだろう、楽しみだなって感じが伝わってくる。わかりやすい人だなぁ。

エイベルさんは卵の頂上からゆっくり手を下ろしながら、どこか観察している様子。表面の僅かな凸凹を指先でなぞったり、側面から眺めたり、目線が研究者っぽい。

オリバーさんは手付きが優しいのはいつも通り、ただ匂いを嗅いでるのか鼻をスンスンさせてた。その仕草が可愛い。狐男子可愛すぎでは?

ディノさんは恐る恐る、といった感じ。難しそうな顔のまま、大きな握り拳から太い指を一本出して、ゆっくり卵に近付けていく。いや、私の時のように躊躇なく撫でてもいいんですよ。


「ディノさん、大丈夫ですよ。そう簡単に魔獣の卵は割れないらしいです」


これはクリスさん達も言ってたし、テクトにも確認したから間違いない。万が一私が抱っこ状態から落としても、中の子がびっくりするくらいで、殻には傷1つ付かないらしい。驚かせるのは本意じゃないので、うっかり手を滑らせる気はないけど。


「私にやるみたいに、ぐいぐいやったって大丈夫。強い子なので」

「お……おう」


ディノさんが私をじーっと見て、その後にやりと笑った。前と同じ、良い笑顔だ。

握っていた手を開いて、卵の上から撫でる。力強い撫で方だけど、卵から変な音が出る事もない。

そんなディノさんの様子を、頬杖ついて眺めているセラスさんと、微笑みながらお茶を口に含むシアニスさん。


「100階でクライヴがあなた達の頭を撫でたでしょ。すごく上手に。2人とも満更でもないって顔してたから、ようやく気付いたみたいよ。自分の力加減じゃまだまだ強すぎるんだって」


あ……エイベルさんとオリバーさんの背中が可哀相になったの時のか。確かにクライヴさんの撫でテクは指一本なのに素晴らしかったねぇ。思わずほわほわしたなぁ。

そっか。ディノさんはあの時の私達を見て、いつも通り撫でるのを躊躇ってしまったのか……なんかちょっと寂しい。

でも、普段はすっごく頼もしくて口も回るディノさんが、何ていうか、難しい顔をして加減を測りかねてる様子は、ちょっと弱々しくも見える。新しい一面だ。

その真剣な様子をからかうでもなくただ見守る皆さんは、やっぱり仲が良いんだなぁと思った。

ディノさんが卵から手を離す。


「ルイ、こいつぁ丈夫な奴が生まれるだろうよ。熊人ウルスに撫でられても平然としてやがる。頼りにしてやれ」

「はい!」


私とテクトの頭に伸びたディノさんの手が、ぐいぐいと髪をかき混ぜた。

やっぱり力加減覚えてー!!


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