101.オーブンの構成とクッキーを楽しむ



オーブンをゲットした翌日、逸る気持ちを抑えきれない私達は、やや駆け足で朝食を食べ終えてしまった。皆揃ってそわそわしてんだもの。そら黙々と食べちゃうよね。

いつもならゆったり飲む食後のお茶も忘れ、キッチンに再び集まる私達。皆の心も視線も1つ、新品のオーブンにキッチリ向かってる。


「最初は何を作りますか?」

「そうだねぇ……温度調節が出来ないタイプは久しぶりだしなぁ。まずは火力を知りたいから、生で食べれるものから試してみようなって」


オーブンを真正面から見る。扉の右上についてる、点火と火力調節の両方を担うツマミ。扉を開けて中を見ると、付属のプレートが2枚、上下段に分かれて収納されている。このオーブンは大きいから、2段の隙間も広い。ちょっと大きい総菜パンくらいなら、余裕で焼けそうだ。

幸い、扉部分にガラスが使われているから庫内はよく見える。焼け具合を扉を開けずに確認して待てるのはありがたいね。

後は焼きムラが出るか出ないか……買う時の売り文句を信じるならば、温度に偏りが出ないように作られてるらしいから、問題ないとは思う。ガスオーブンはそもそも焼きムラが少ないものだけど、こっちは魔法を使ったオーブンなわけだし。見た目は似てても仕様は違うかもしれないしね。色々試してみても損はない。


<つまり、このオーブン自体のを把握しないといけないんだね>

「その通り。まずはスライスチーズで様子を見て、その次はクッキーかな」


クッキーは平べったく伸ばして型抜きすれば、焼きムラがあればわかりやすいし、生焼けをほぼ防げる。オーブン見た時から作りたいと思っていたし、今日のおやつは決まったね。


「とりあえず、洗おうか」


これから末永く使うんだし、よろしくお願いしますよー、の気持ちを込めて洗浄しよう。プレートを取り出して、オーブンの中に上半身を突っ込む。左右に空気穴、ここから熱風が出てくるのかな。奥の方はファンがついてるので、おそらくオーブンの外側、上部に空いてた穴へ通じて排気するんだろう。皆にオーブンの上は触らないように言わなきゃだね。それぞれ丁寧に洗浄をかけて、オーブンから出る。幼女の体は狭い所に入れるから、こういう時は助かるねぇ。

次は外側から、オーブンをまじまじ見る。扉の取っ手は金属なので、使用中は濡れ布巾が必要だなぁ。手が危険すぎる。庫内の高さはほとんど踏み台と同じで、床から踏み台までの厚み部分に熱源用のスペース、それプラス魔導構成があるんだろう。上側ほとんど厚みないから彫る場所なさそう。基本の属性は火と風……かな?

テクトを振り返ると、満足げに頷いてくれた。


<よく出来たね、大正解だ>

「いえーい!」

「何が正解なのですか?」


不思議そうに首を傾げるリトジアに私が考えてた事を伝えると、興味深そうに屈んで踏み台に隠れたオーブンの分厚い下部分と、それから冷蔵庫を見比べる。さらに朝食のオムレツに使ったフライパンの下、コンロを見て思案顔だ。


「付与する属性の数によって、構成を彫る部分の大きさは変わるのでしょうか。冷蔵庫は水と風、光と闇の4属性によって構成されていると以前教わりましたが、こちらのオーブンは火と風の2属性。コンロは火属性だけです。ですが、お風呂の給湯器は火と水の2属性なのに、オーブンよりもずっと小さいです……何故でしょう」

<そういう疑問は、面白い着眼点だ。ルイは食に使えるかどうか、って方向に偏りがちだからなぁ。僕は良いと思うよ>

「すみませんねぇ、食べる事しか考えてなくて」


前にテクトの目を使って教えてもらった事だけど、魔導冷蔵庫は背中部分の全面が魔導構成らしい。冷蔵庫を横から触ったり観察してみると、確かに本体とは質感の違う金属が、結構な厚さで背面にくっついていた。これが全部魔導構成なんだねぇ。すごい。

冷蔵・冷凍・野菜室って機能を分けられてる上に、冷蔵室は開ければ明かりがつくし、野菜室はむしろ暗くされてる。高性能なものはサイズが大きくなる傾向が家電には多かったので、これだけ大きい魔導構成でも驚かない。前世で電化製品に頼る生活をしてたは、むしろそれがな気でいた。

まあ私の場合、優先される考えが「ちゃんと使えるものかどうか、機能はどういうものか」だからなぁ。経験則による推測はできるけど、納得すればそれ以上考えないし。リトジアの考え方は製品を作る側に寄ってるんだろう。その思考の違いが、テクトには面白かったようだ。


<属性の数も要因だろうけど、機能が多ければ多いほど彫り込むものも多くなる。必然的に魔導構成は大きくなってしまうね。コンロは単純に、ツマミによる手動で魔力の出力を調節できるから、構成部分を多く取る必要はない。給湯器も同じように、手動で温度と水位を変えられる。後はお湯の出し入れをする管を2つに分けて、機能を単純化したから小型化できたんだろう。さて、オーブンはどうして構成部分が大きいと思う?>

「え!どうして、え、何故でしょう?」

「はーい。テクト先生、私も答えていいですか」

<どうぞ>


目を細めたテクトに促され、リトジアがあわあわと私を見た。


「きっと熱源部分がほとんど場所取ってるんだよ。これだけ大きいオーブンだもの。ある程度大きくないとすぐに温まらなそう」

<うーん、それも勿論あるだろうけど、一番の理由ではないね。リトジアはどう?何か思いついた?>

「えっ、……そ、そうですね。うーん……ルイが、熱風を出す所と、排気の場所を気にしていたので……熱源以外にも、2種類の風が必要だから、ですか?」

<その答えも合ってるよ。でも最適解ではない>

「ええー、そうなの?いい答えだと思ったんだけどなぁ」

「はい……ちょっと残念です」


リトジアと一緒にぷうっと頬を膨らませる。なんだいなんだい、私達はテクトみたいなチート目は持ってないんだぞう。魔導技師でもないしー!

テクトは、2人とも核心に触れてたんだけどなぁ、と微笑んだ。


<オーブンはかなり高温になる調理器具でしょ?うっかり火力を上げ過ぎて、必要以上の高熱になる事もある。予防のために排気もあるけど、間に合わない事もあるだろうね。つまり、火事を防ぐために魔導構成の半分は割かれてるんだよ、これ>

「そうなの?」

<うん。高すぎる熱を感知した場合、加熱を止めて強めの送風をするように彫られてる。この丁寧な仕事ぶり、きっと元勇者か、ルイと同郷の人が彫ったんだろうね。冷蔵庫と同じ雰囲気を感じる>

「まあ……同郷の方々は、本当に素晴らしい発明をしますね!」

「いや見た目からそうなんじゃないかとは思ってたんだけど……そっかぁ」


中身もほとんど日本のものと変わらないし。


<オーブンの種類が少ないのも、この安全装置以上のものを新しく彫れる人がいないからなんじゃない?>

「ありえるなー。日本人、仕事しすぎでは……」


きっと料理が好きな、電子機器の扱いにも長けた人だったんだろう。

また神棚に祈る人が増えたね。後でクッキー供えとこ。


















「ルイ、見てください、花の形です!すごい!」

「うんうん、上手に出来たねぇ」


サクラの型抜きを片手に、嬉しさ満開でくり抜いたクッキー生地を見つめるリトジアは、まさに花の化身でした。可愛いが過ぎる。クッキー食べる前からお腹いっぱいな気分、ご馳走様です。

懐かしのパン屋のクッキー生地と一緒に買った型抜きは、どうせ洗浄魔法で簡単に洗えちゃうからと思って色んな種類を集めてしまった。またテクトに睨まれたけど、今のリトジアを見ればテクトも思わずニッコリ。ほらー!やっぱり買ってよかったじゃーん!!

オーブンでとろけるスライスチーズは簡単に焼けた。レンチンでやる方が有名な奴だけど、オーブンのだって美味しいんだこれが。クッキングシートの上にスライスチーズを1枚載せて、魔導コンロの中火と同じ位置にツマミを傾けておいたオーブンへどーん!予熱されているからかすぐにジュクジュクと泡立ち始めたチーズは、周囲からゆっくり茶色く焦げてきて……程よい所で扉を開けて、念のためテクトに取ってもらった。私がやって、もし床に落としてしまったら大変危険なので。幼女の手は脆いのである。

体感時間は昔とほとんど変わらないように思う。って事は、ツマミの中ほどは中温域で間違いないだろう。クッキー焼くならこの位置だね!

全力で回しきった場所は高温域だろうから、グラタンとかピザとか、パイもいいなぁ。そのあたり。逆に弱火あたりはプリンとか、焼き目をつけないお菓子に使えそうだ。もっと細かい火加減もあるだろうけど、そこは追々。

なんて事を焦げ付いたチーズをもしゃもしゃしながら考えつつ。リトジアは食べられないので匂いを存分に楽しんで、さあ作業の再開だ!

というわけで最初から作る予定だったクッキーを、リビングのテーブルで作り始めたわけだけど。めん棒を使って伸ばす作業も楽しかったなぁ。全然均一にならなくて、こね直して伸ばして。

生地の両端に割りばし置いてその上からめん棒で伸ばせば、真っ平らになるじゃん!と思い出したからすぐ出来たけど、皆でわいわい作業するのは楽しい。

さらに型抜きをテーブルに広げるともう、興奮が高まっていくよね。わくわくして。型ってなんで見てるだけで楽しいんだろうね。

すぐにやり方を覚えたリトジアは、特に花の型を探してはくり抜いて。テクトは動物の型が気に入ったみたい。私はいかに生地のギリギリまで使えるか、色んな型を使って楽しんでみた。星型は駄目だ……あれの隙間は他の型となかなか合わない。

クッキーをオーブンに入れたら、テクトとリトジアに第2陣の分を型抜きしてもらって、私はオーブンの前に陣取った。焼き加減を見守る役目は誰にも譲れないからね。決して疲れたからぼんやり座ってるわけではないのです。


<ルイ、今日のお昼はどうする?僕はまたチーズ食べたい>

「お。ついにテクトも、オーブン焼きチーズの美味しさに目覚めてしまったか……」

「あの焦げ目がついたチーズは良い匂いがしましたからね……」


うーん、そうだなぁ。

カレーが残ってるから、カレードリアにしようかな。


<カレードリア!いいね、カレーは美味しかったからなぁ>

「ああ、昨日の。なんとも複雑な匂いのする料理でしたね」

「カレーは香りが大切だからねぇ。スパイスもいっぱい入ってるし、甘いのや辛いの、爽やかなの……まあ専門家じゃないから詳しくは知らないんだけど」


カレードリアなら、ご飯出さないとだね。確かまだ炊いておいたやつが残ってたはずだから、それを使おう。

そうだ、久しぶりのカレードリアだし、ちょっと贅沢に作ろうかな。フライパンに牛乳小麦粉を入れて泡だて器で混ぜながら、ゆっくり加熱。ベシャメルソースの作り方と同じだ。ただ今回はご飯を混ぜるので小麦粉は少なめ。少しとろとろするくらいがちょうどいい。塩コショウ、コンソメ顆粒、バターをちょこっと加えてよく混ぜたら、ご飯を投入。満遍なくソースとご飯が絡んだら、ドリアの深皿にバターを塗りつけご飯を適量広げて。その上に温めておいたカレーをかけて、シュレッダーチーズをばら撒く。テクトは辛い方がいいだろうから、チーズの前に辛みスパイスをかけようね。後はチーズ以外火が通っているものだから、オーブンでしっかり焦げ目をつければ完成だ。

とろとろのチーズにスパイシーなカレー。ご飯を包むベシャメルソースをカレーと一緒に口に入れれば、まろやかな味に早変わり。チーズとカレーと乳製品は相性がいいからね、美味しくなるしかないんですよね。仕方ないね。

と思ったところでいつも通りテクトからツッコミが入るんだろうな、と顔を上げる。さっと通る黒い影。


<何だ、人の子の飯の話か!どんなに話されても、ミチは食べれない!>


そう言いながら、今日も開け放しておいた所からミチが飛び込んできた。

え、あれ?ミチにテレパス、届いてた……?

って事は……そっとキッチンから顔を出すと、リトジアもテクトもジト目で私を見ている。あちゃあ、まさかリトジアにこの目を向けられるとは思ってなかったな。


「ルイ……」

<君ねぇ、僕だけならまだしも無差別過ぎるよ。テレパスまで駆使してやる事?>

「無意識だったんだもん仕方ないじゃん!?」

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