100.幼女、オーブンを求めて昔を思い出す



「さて皆さん。私から提案があるのですが」

「はい!」

<何かな>


久しぶりのカレーを堪能した後、食後のお茶を楽しむ団らんに真剣な声が響く。今回の私はマジですよ、マジ。

私の顔を見たリトジアは姿勢を正し、テクトは目をぱちくりさせた。夜だからミチは巣の中。こっちにはいない。


「雑貨店も安定して稼げてる気がするし、貯蓄もまあまあ増えた。ここらでいっちょ、生活に必要な大きい買い物をしたいと思うんだよね。どうかな?」

「……え」

「うん?」


打って変わって、リトジアはキョトンとした。私が言った事を頭の中で反芻してるのか中空をぼんやりと眺めて、それからまたキョトン顔に戻って、最後に衝撃を受けたかのような表情になる。何この流れ可愛い。


「そ、それだけですか?」

「うん、そうだよ?」

<リトジア、ルイが真面目な顔をしている時は大半が食べ物の事を考えているんだよ。身構えるだけ損だ>

「てへっ」


なんたって食欲の権化ですからな!最近はもう自称だよ、自称!

リトジアは長く息を吐いて、胸を撫で下ろした。


「あまりに真剣な表情をされるので、もっと深刻な話なのかと思いました。もしや昼間のお出掛けで冒険者の方々に何かされたのかと……」

「いやあ、今日もいっぱい買ってもらってウハウハはしてるけど。大丈夫、嫌な事は何もなかったよ」


ナマモノに関して話したら案の定、ラッセルさんは真っ青になってたけどね。連鎖して男性陣が青くなってたね。この場合、私が彼らにしでかしてしまったと言うべきなのでは?

鶏と豚は絶対に生は駄目です危険です、と伝えた後にコカトリスの残っていた手羽元を使ったからなぁ。もう火が通ってるよな?大丈夫だよな?と青いままの人達が大変可哀相でした、申し訳ない。

まあ、初めての煮込み料理っていうのも不安に拍車をかけていたかもしれないね。でもやらなきゃ覚えられないから、あの人達は特に。

手羽元を塩水で洗って、水気を拭い、広い鍋に手羽元を敷き詰める。そこに下茹でした乱切り大根……今回はなかったのでレンコンを入れて、太めに裂いたエリンギを入れ、砂糖をどさっと、計量カップで酢、醤油、料理酒、水を注ぎ、真ん中に穴を開けたアルミホイルでふわっと蓋をして、中火でコトコト煮るだけ。

煮てる間は酸が飛んで目や鼻にツーンと来るから鍋を上から覗かないように、って伝えたけどムードメーカー三人組が無謀にもチャレンジしちゃった時は、まあ呆れたなあ。そしてその後、彼らは床に転げ回る事態になった。今回も一緒に料理教室を受けていた女性陣にめっちゃ白い目で見られてたけど、私は知りません。忠告はしたからね。

途中、鶏肉の色が変わってきたら作っておいたゆで卵を投入、時々ひっくり返せば白身が茶色に変わる。汁っ気が大分減ったら完成だ。

コラーゲンたっぷり、軟骨もぼりぼり食べれちゃう手羽元のすっぱ煮。甘じょっぱくて脂身が多いのに酸味があるから、女性でもいっぱい食べれる料理だ。ご飯もどんどこ進みます。酸っぱいのが苦手な人は酢の量を少なめにしたり、リンゴ酢を混ぜたりすると食べやすいね。皆さんは平気だったようなので、このままでオッケー。

食べ始めは手羽元に警戒を向けてた男性陣も、ひとたび口に入れてしまえば無我夢中。今回も美味しく炊けたご飯をかき込み、味の染みたレンコンとエリンギにまたご飯を頬張り、煮卵を割っては黄身部分に煮汁をかけて楽しんでいた。わかる、ご飯の上でよくやるやつ。私もテクトもやりました。

ちなみにスープは完売した。お買い上げありがとうございまーす!

昼間の事を思い出して、思わず唇を舐める。おっと、カレー食べたばっかりなのに、私の欲は尽きないねぇ。


「私にとっては、調理用の道具がとっても大事な事だから、つい真剣になっちゃうんだよね。ごめん、そんなに真面目な話じゃないんだ」

「ああ、いえ……私が早とちりしただけですし」

<ルイがややこしい言い方をするから悪いと思う>

「次はちゃんと、生活用の魔道具の話だって前置きするよー。ごめんて」


リトジアもそんな落ち込まなくていいんだよ、という事で話を戻そう。謝り合戦してると沼だ。

お茶を飲んで一息。さて、本題を話しましょうか。


「そろそろオーブンを買いたいなって思ったんだ」

「おーぶん、ですか」

<ほう。それを改まって僕らに聞いた意味は?>

「大型の家電買う時は家族で事前に話し合いするから、そのノリで、つい」


私とお祖母ちゃんのレンジの使用頻度が高いからか、他の家電に比べてよく壊れたっけ。レンジが動かなくなると、お祖母ちゃんはすぐに電気屋さんへ車を走らせたなぁ。お店に並ぶ商品をじっくり眺めた後、気になったパンフレットだけ持ち帰ってテーブルに並べるの。お祖父ちゃんが仕事から帰ってくると、お祖母ちゃんは真剣な顔で「私から提案があります」って言って会議が始まる。お祖母ちゃん陣営の私は隣でじーっとお祖父ちゃんの顔を見る係。二人分の熱視線を受けて、お祖父ちゃんが折れるのはいつもの事だった。懐かしいなぁ。


「そ、そうですね!私達は家族ですから……話し合いは、大事です!」

「うん」


リトジアの顔がぱっと明るくなった。家族って言ってくれて、嬉しい。

ノリと勢いで切り出したのは私だけど、こういう反応してもらえるとこそばゆいねぇ。ふひひ。


「オーブンはね、赤外線で加熱して調理する道具の事だよ。」

<へえ、コンロと何が違うの?>

「チーズが美味しく焼ける」

<よし買おう>

「テクト様迷いないですね!?」


いえ、食生活が豊かになっていくのを見るのは私も楽しいので、異論はありませんが……!とわたわたするリトジアに、テクトと二人でにやりと笑う。もっとツッコミ入れてもいいのよ。


<異論がないなら購入で決定だね。問題はどこに置くか、だけど。オーブンってどれくらいの大きさなの?>

「こう……四角くて、大きいのが前世の世界では普通だった」


腕を広げて大体の大きさを示すと、リトジアの視線が冷蔵庫に向かって、戻ってくる。あれよりは小さい……なんて呟きが聞こえた。冷蔵庫サイズのオーブンだと、業務用になるなぁ。パン屋さんにある縦長のやつ、は釜になるんだっけ? あれはあれで一回くらいは使ってみたいけど、置き場がないもんね。


「四角くて大きい……冷蔵庫とは違うのですね」

「実際見せれれば早いんだけどねぇ。カタログブックの画像は、実物サイズにはならないし」

<実物は購入しないと目の前に来ないしね。とりあえず、カタログブックで検索して、見て考えようよ>

「さんせーい!」

「賛成です!」


ナビに魔道具オーブンを頼むと、1ページに収まる数が画面に並ぶ。あれ、コンロはいっぱいあったのに、めっちゃ意外。需要が少ないのか、それとも競合する会社がないのか……冒険者に求められないから開発が進んでないとか?はは、まっさかー。


「ナビ、最新のはどれかな?」

――こちらになります。


ページがめくられ、画面が変わる。詳細と一緒に出てきた画像は、既視感のあるオーブンだった。これ公民館にあったでかいオーブンにそっくり。

あれは作業台と同じくらいの高さがあるオーブンだったな。奥行きも結構あった。鉄板を2枚置けるくらいのサイズだったっけ。上の方に扉の取っ手がついてて、ガスの元栓を開けたら点火する。そしたらオーブン内のずっと奥の方で着火するから、しばらく待てば余熱完了。タイマーがついてなかったから、時計を見ながら待ってたなぁ。

懐かしいな。子ども会のクッキー作りに、よく利用させてもらったよね。公民館の調理室を借りて、パン屋さんにクッキーの生地を頼んで、わいわいと型抜きした。取っ手が熱いとか、クッキーを載せたプレートが重いとか、騒いでたっけ。そういえば、年上のお姉さんがナイフを駆使してアニメのキャラを作ってくれたなぁ……オーブン買ったらクッキー作ろ。皆で一緒に型抜きしよ。絶対だ。

温度計が付いてなくて火力の調節が難しかったから、よく焦がすオーブンだったけど、この魔導具オーブンは果たしてどうだろう。

オーブンの詳細を見ると、コンロと同じくツマミで火力を強弱するタイプで、タイマーはもちろん付いてない。オーブン内の温度確認も、うーん、出来ないか。まんま昔のガスオーブンじゃないですかやだー……ふふふ、めっちゃ燃えてきた。これは子どもの頃に成しえなかった、“オーブン使い”のルイになるチャンスでは?なんせ、試す時間はたっぷりありますからなあ!


<ほらリトジア。こういう顔してる時のルイは、一見真面目に見えて食欲に集中してる時だから、よく覚えておくように>

「はい、テクト様!」

「ちょっと今、否定できないけど納得できない会話がされたような気がするんですが」

<気のせいだと思うよ。そのオーブンでいいの?僕とリトジアは経験不足だから、ルイの意見に従うよ>

「ルイはそのページのものが、お気に召したみたいですね」

「うん、これが一番良さそう。値段は50万。換気機能も充実!オーブン内のどの箇所の温度も偏りません!っていう売り文句がステキだから、決定です!」

<それはよかった。置き場所はどうするの?>

「冷蔵庫の横が空いてるから、そこに置こうかなって。作業スペースを増やしてもいいよね」


ゼリーを大量に作った時、後ろ側にもワークトップ作ればよかったと後悔したから、機会を見て増やそうと思ってたんだ。上から見てコの字型の作業スペースとか、どうっすか。良い贅沢でしょ。

キッチンの改造になるから、ナビに相談しよう。いつかの風呂を思い出すね。


「ナビ、このオーブンをキッチンに置いて、ついでに作業スペースも増やしたいんだけど……家屋オプションに含まれてる?」

――購入履歴にあるキッチンカウンターと同種の棚を設定。現在のキッチンの構造を把握。オーブンの仕様、サイズを確認。マスターのご要望に応える事は、可能です。今すぐ変更いたしますか?

「少し待ってナビ。リトジア、びっくりすると思うけど、カタログブックのナビが作業してるだけだから心配いらないよ。興味があったら見ててね」


私の脳内経由で聞いてるテクトはナビとのやり取りがわかるけど、リトジアから見たら私が独り言話してるだけなんだよなこれが。マスターの私にしかアナウンスされないからね、仕方ないね。

リトジアは今までの購入風景を思い出してか、しっかり頷いた。よし、じゃあやろう!


「ナビ、お願い」

――かしこまりました。安全のため、距離をとってください。


私達が離れると同時に、キッチンが光る。ぱたぱたカタン、と何かを組み立てる音がした。


「わ、え?ええっ?」


リトジアの驚く声がするので目を開けてみると、光が治まってキッチンが変わってた。シンクが付いてる元々の作業スペースの反対側に、同じ石の天板が乗った棚が設置されて、オーブンは通路から見てど真ん中。コの字の短い棒の所に置かれた。真正面にオーブンか。いいねぇ、見やすい!オーブンの排気の邪魔にならないすのこ型の踏み台はそのまま利用だね。あ、オーブン設置した分の踏み台が削られてる。これなら冷蔵庫を開ける邪魔にならない。さすがナビ、気遣いが行き届いてるよ!


――こちらの配置でよろしいでしょうか。

「理想通り!さすがナビ、いい仕事してるね!」

――ありがとうございます。ただいま微調整を行い、固定いたします。


微妙に浮いていたオーブン達が、ナビの声に従って降りていく。重いものが置かれたとは思えないほど、静かに作業は終わった。

いや本当、ナビに任せると一瞬だな……ありがたい。


――続きまして、清算作業に移ります。オーブンの価格が50万、棚の価格が3万、オプションによる改装が1万、合計54万となります。チャージ残高から引き落としますか?

「うん、いいよ。改装お疲れ様」

――またのご利用お待ちしております。


満足な気分でカタログブックを閉じる。いやあ、良い買い物をしたね!

横にいたリトジアを見ると、目を見開いて顎を落としてた。口は閉じそうにないし、視線はキッチンに釘付けだ。相当驚いてるなぁ。


<半年前の僕らを見るようだ>

「こうして誰かの反応を眺められるようになるなんて、あの時は思わなかったねぇ」


さあて、明日はこのオーブンを使って何を作ろうかな!




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