番外編.デザートの時間



「お」

「あら」

「うん?」

「…………」


何が悪かったかと考えれば、まず間違いなく「帰る前に街をゆっくり観光したい!ここ数日といえば昼にスパイを探し、夜に暗躍だ!これでは世間の情勢もわからんだろう!もう少し付き合え!」とコウレンが主張したのが悪い。ついでに「他にお勧めの店ないの?デザート食べたい」と魔王に乗っかったアルファルドも、悪くないとは言い難い。

グロースはばったり鉢合わせたルウェン達ご一行に軽く会釈して、目を細める。後ろで呑気に観光してるじじいどもを会わせる気は、まったくなかった。面倒な事になるのが目に見えてるからだ。主に好奇心旺盛で空気を読まないじじいどもが、余計な事を言わないかどうかの方向で。

先に市場じゃなく、住宅街の方を散歩させるべきだったか。と内心ため息を吐いてテレパスを飛ばす。


<俺が紹介するまで黙ってて>

<なんでだ。彼らなんだろう、ルイがお世話になってるのは。何も知らんとはいえ、聖獣様から賜った仕事を半ば肩代わりしてもらってるんだ。挨拶くらいは俺からするべきでは?>

<そうだね。しかも話を聞くに、経験をたっぷり積んだグランミノタウロスに喧嘩売ったのも彼らなんでしょ?そういう勝気な所、いいと思う>

<ん?仕事を肩代わりしてもらっているという事は、給金も出すべきか?だが知らん男から急に金を渡されても困るだろうか>

<急に降ってわいたお金を素直に喜べるかな。異世界人のルイだってかなり儲けたはずなのに、俺達の買い物にすごい顔歪めてたじゃない。非常識なんじゃない?>

<そうか?グロースはどう思う?>

<いいから黙ってろじじいども>


ぴしゃりと言い放ってテレパスを切ると、ちょうどルウェンがにこりと笑って片手を上げた。


「やあ、グロース。先日ぶりだな」

「よーっす」

「…………(こくり)」

「先程ギルドには報告したんだが、頼まれ事は終えてきた。すぐギルドマスターに伝わるとは思うんだが、君にも一応報告を」

『わかった、お疲れ様。もう少し日数かかると思った』

「クリス達から情報を貰えたので、早めに終わらせることが出来ました。グロースさんはお昼からのお帰りですか?」

『そう。今日は軽めのサンドイッチ』

「店の商品全部食い尽くしそうな奴が何か言ってやがる」


ディノーグスが先日の重箱を思い出したらしい。うげ、と言い出しそうな顔をした。

どうやら言葉の通り、帰ってきたばかりのようだ。グロース達が本当に店の商品をすべて食べ尽くし、店員達の精気を腑抜けにした事はまだギルドの方まで伝わってないらしい。


「まあ立ち話もなんだ、市場じゃ邪魔になっちまう。そこのカフェにでも寄ろうじゃねぇか……そっちの2人も、よけりゃあ付き合ってくれや。うちの美人があんたらを気にしてるようでな」


普段のディノーグスなら言わないだろう単語に合わせて、セラスが前に出る。美麗なエルフの微笑みだが、魔族はそれでは臆さない。


「ん?俺は構わんよ。なあアル」

「俺もいいよ。あそこのカフェは何が名物かな、気になるね」


口止めしたというのにこのじじいども。テレパスで悪態ついてもどこ吹く風だ。アルファルドなんて店先のメニューを遠見している。

彼らには突かれるだろうなとは思っていた。が、こんなにも積極的に誘われるとは思わなかった。どう説明するべきか。久々に俗世へ出てふわふわ浮足立っているじじい達に任してはおけない。

幸い空いてたテラス席に分かれて座る。ラースフィッタでは商業施設がある大通りは幅広く取っているので、テラス席のある店が多い。逆に住宅街は細い道が多く、迷路のように複雑だ。数百年前の発展に伴い急いで建てられた名残だろうが、その街並みが堪らないと年々観光客が増えている。陽気がいい日は扉をすべて開け放って良い匂いを漂わせるテラス席は、そんな客を誘う手段でもあるのだ。

店内からウェイトレスが駆け寄ってきた。グロースをちらりと見て、少し眉を跳ねさせた。が、すぐに微笑む。それだけで、彼女が長くこの店でウェイトレスをしているのがわかった、が。


「いらっしゃいませ!何になさいますか?」

「そうだな、とりあえず今日出てるケーキを1つずつくれ」

「はい、かしこまりました!1つずつです、ね……え?」


てっきりグロースから注文が出てくると思っていたらしいウェイトレスは、不意打ちを受けたかのようにコウレンを二度見する。頬が染まる様子がない所からして、彼女が衝撃を受けたのは注文の方だと察した。

過去に自分も仕出かした事ではあるが、ウェイトレスに少し同情する。

どうせ来たなら店にあるすべてを楽しみたい。食べ比べたい。どうせ魔力に変わってしまうし、堪能しよう!そう思ってしまう魔族は、確かに多いのだ。なかなか俗世へ出られない弊害だな、と息を漏らした。

ウェイトレスは大きなテーブルについたグロース、コウレン、アルファルド、セラス、ディノーグスを、横のテーブルに分かれたルウェン、シアニス、エイベル、オリバーを見た。それで納得したように頷く。


「確認いたします。本日のケーキをお1つずつ、ですね?」

「いや、俺1人分だが?」

「え?」

「俺も1つずつ。あ、それから店先のメニューに書いてあったミックスジュースってまだ残ってる?あったらそれもお願い」

「え、あ、……え?」

「もしかしてミックスジュース、売り切れかな?」

「ちゅ、厨房に確認してまいります!少々お待ちください!」


バタバタと明らかにさっきより騒がしく駆けていったウェイトレス。その背を不思議そうに眺めながら、コウレンが呟いた。


「グロースに慣れているようだったから、頼んでも平気だと思ったんだが……どうやら驚かせてしまったようだな」


そりゃそうだ。複数回訪れてる自分とは違って、伯父さんは初来店だろうが。とは言わないでおく。面倒なので。


「ところでミックスジュースとは何だ。素敵な響きじゃないか」

「メニュー見てないの?新鮮野菜と果物を絞ってブレンドした、店オリジナルのジュースだって書いてあったよ」

「何だそれは最高じゃないか、俺も飲みたい」

「残ってるといいね」

「……こいつらお前と同類かよグロース」

『胃袋の大きさ的な意味では否定しない』


人族として世間に出てる自分とは明らかに違う種族である魔族角持ちを、素直に伯父と同僚だとは紹介できない。

揃って驚愕しているルウェン達には悪いが(いや、1人うんうん頷き「いっぱい食べるのは良い事だ」と言ってる大物はいるが)、先手は取れた。じじい達がまさかのファインプレーである。


『紹介しよう。この2人は、田舎から出てきた好奇心旺盛な知り合い』

「やあ、初めまして。コウレンだ。好きなものは美味いものと面白い事!」

「どうも。アルファルドっていうけど、長いから気楽にアルとかアルファって呼んで。好きなものは美味しいものと楽しい事」

『それわざわざ言う必要ある?』

「……3人がとても気の合う仲っていうのはわかったわ」

「お待たせしましたお客様!ミックスジュース、人数分あります!」

「おお、そうか!それはありがたい!」

「俺達も頼む流れになってねぇかこれ」

「いいんじゃない、美味しそうだし」


それぞれウェイトレスに注文し、ルウェン達の自己紹介も終えると、セラスがにこやかに口を釣り上げた。笑みの形は取っているが、目線はこちらを探っている。上手く隠せているが、魔族相手には通用しない。しかし警戒もしない。


<うっかりバラすのだけはやめて>

<はっはっは、俺がそんなミスをするわけ……いやするな。よくある。わかった気を付けよう。アルもだぞ>

<はいはい>


甥に釘を刺されたコウレンは実に自然な笑顔で、話を聞く体勢になった。セラスがほんの少し怯むも、すぐに立て直す。


「2人とも観光でラースフィッタに来たって聞いたけど、あなた達から見てこの街はどう?」

「そうだなあ……街中が活気づいていて良い。とても元気だ。ほら、魔族の村は田舎にあるだろう?深い森のせいでなかなか人が来なくて刺激が少ないせいか、皆のんびりしててなあ。少々気後れはしたが、美味いものがたくさんあるのは魅力的だな」

「後、建物がいいね。住宅街はまだゆっくり眺めてないけど、雑然としながら整えられてて風情があるって聞いてるし、このあたりは大通りに大きく土地を取ってから建物を作っているから見栄えがいい」

「色違いのレンガを並べてる所が俺は好きだ。職人のこだわりを感じる」

「よく見てるのね。どれくらい観光してるの?」

「いつだったか……色々と夢中になってて日付を忘れたな。アル覚えているか?」

「さあ?のんびりした旅だからね」

「魔族の村からラースフィッタまで、戦争区域で通れない道もあったと思うけれど。よく来れたわね」


切り込んできた。ただ、軽いパンチだ。

セラスもこれで裏をかけるとはまったく思ってないのだろう。大きく抜け道のある質問だと、わかって言ってる。


「世界旅行をしてみるか、と決意して旅立ったのが戦争前でな。正直、今は帰れなくて少々困っている」

「あら、それは大変ね。じゃあこれからはどこへ?」

「戦争が終わらない限り帰れないからな。気になる街へでも行くさ。ただまあ、ラースフィッタは結構気に入ったから、時々また来るかもなあ」

「お待たせしました!ミックスジュースとケーキです!」


ウェイトレスが数人がかりで運んできたので、話は中断した。ちょうどいいタイミングだった。グロースの目の前に、皿がガチャガチャと鳴りそうなほどぎゅうぎゅうにケーキが置かれ、乗せきれなかった皿とミックスジュースは店内から持ってきたテーブルに置かれた。明らかにスペースが足りない。対応力が素晴らしいので、グロースは後で迷惑料以外にも料金を上乗せしようと決意した。

肝心のコウレンとアルファルドがケーキとジュースに夢中で話どころじゃないため、セラス達も味わうようにそれぞれ頼んだものを飲み食いし始めた。ただし、食べる早さはいつも通りの冒険者ペース。見る見るうちにテーブルが片付いていった。


「そういえば気になっていたのだけど」

「うん?」


追加で頼んだコーヒーを楽しんでいたコウレンは、目線を上げる。もうセラスは作ったエルフの蠱惑的な笑顔を止めていた。


「さっきダンジョン受付の子に聞いたのよ。先日あなた達を連れてグロースがダンジョンに入ったって。ダンジョンまで観光するのって不思議だなって思ったの……どこを見てきたの?」


本題が来た。思ったより直球だった。これまでの会話から、それが最適解だと無意識に理解したのかはわからないが……グロースはほんの少し空を仰いだ。

この魔王は、真正面から来る者が好きだ。コウレンの笑みが深くなったのを、グロースは見ずに察した。

何故でっかい針で刺激したセラス、絶対にバラすなよクソじじい。


「それは勿論、108階にいるという……」

<おいじじい>

「伝説の怪物とやらが実際にいると聞いたので、どうせラースフィッタに来たなら見てみたいと思ったんだが、入った後で108階自体侵入禁止と言われてな!残念ながらその1つ上の階を見て回っただけで終わった!」

「あら。107階でも結構強いモンスターがいたでしょう?怪我はしなかったの?」

「俺達もまあまあ強いとは自負しているし、グロースがいたからな。いやあ、ダンジョンも面白いものだった」

「見た事がないモンスターがいて楽しかったね。宝箱もいっぱいあったし」

「楽しんでいただけて何よりだけれど、ダンジョンは遊びで入るようなものじゃないわ。観光気分で入ったなんて、吹聴しちゃダメよ。他の冒険者が怒っちゃうかもしれないわ」

「おお、それもそうか。皆、命懸けで入っておるのだしな。失礼だった」

「忠告ありがとう。気を付けるね」

「いいえ」


ルイに関わってないと判断できたら満足したのかあっさり引いた。セラスは話は終わりとばかりに紅茶を口元に運ぶ。優雅な仕草だ。

どうやら、これで話が終わる。グロースが疲れたな、と思ったその時。


「そういえば俺も聞きたい事があるんだけど」


アルファルドが空気を読まずにぶち込んだ。

視線を隣の席に向け、今までずっと、こちらを一度も見なかった男へ声をかける。


「オリバー、だっけ。体調悪い?」

「…………」


市場で鉢合わせた時も、連れ立って歩いた時も、席を分けた時も、自己紹介の時も、ケーキを食べている時も、今も。

彼はずっと、視線を下に落としている。


<何でそこ突いた!


ルウェン達の中で、彼だけが。

気配に殊更敏感な彼だからこそ、底知れない魔族の片鱗を感じ取ってしまったのかもしれない。ほんの少しでも察してしまえば、ただの観光客には見えなくなるだろう。得体のわからぬ生き物が2人、怯えるのも無理はない。

オリバーの気配察知がレベルSだと、グロースは知っている。だが、まさか、本気で隠している魔族の実力を察する程まで成長したとは、少々見誤っていた。

グランミノタウロスが、彼の才能をさらに伸ばしたのかもしれない。つくづく面倒を呼び込むモンスターだ。

おそらく、ギルドでグロースが長い休憩を取っていると聞いた後、噂の2人と一緒にいるのだと察したのだろう。どんな人物なのかと軽い気持ちで探していたら、まさかのオリバーの反応だ。それで探りを入れてきた。最低限、ルイに関わってないのなら問題なし。これ以上話して腹を探り返される前に引いた、という所か。


<明らかに余計な一手だぞアル>

<うーん。そうなんだけど、ルイを手助けしてくれる人達なんだし、あんまり敵対したくないからさ。俺達は無害だって伝わらないかな>

「オリバー、やはり体調が優れないのか。宿屋に先に戻るべきだったな……」

「あ、いや……だ、大丈夫。俺は平気だよ」


ルウェンに気遣われて、はっと顔を上げたオリバー。その正面を、素早く回り込んだアルファルドが覗き込む。そして手を伸ばした。

緊張が走った。オリバーがぎしりと固まり、グロースの隣でディノーグスが構える。

そんな空気などまったく読まないアルファルドは、伸ばした手をオリバーの額に当てた。


「うーん。俺は鈍いからわからないけど、熱はなさそうだね。でも、倒れたら大変だし、早めに寝た方がいいんじゃないかな」

「あ……あ、うん……」

「念のため防寒具も着よう。オリバー、これを」

「ありがとルウェン」


剣呑な雰囲気が一気に霧散すると、オリバーは強張った力が抜けたのか、ルウェンから手渡された上着を着込んで椅子に深く腰掛けた。ようやく、休む態勢になれたのだ。


「……随分、気にかけてくださるんですね。初めて会った冒険者相手に」

「んー。俺さ、自己紹介の時、省略して呼んでいいよって言ったよね」

「あ?ああー、そうだったような気がすんな」

「あれね、仲良くしたい人にだけ言うの。俺は昔からそう」


アルファルドは無邪気に笑った。口元だけしか見えないが、あれは相当楽しんでいる。目はおそらく、爛々と輝いているに違いない。

このドラゴンもまた、制約が多すぎる故に自分自身を見てくれる者を好む。オリバーがドラゴンの片鱗に触れた事が、実は結構嬉しかったようだ。

今回に限っては、まったくもって面倒ではあるが。グロースは肩を竦めて、そのままテーブルへと崩れ落ちた。ついでにカンペをかざす。最後の手段だ、これで警戒され続けるようならもう放っておこう。仕事の邪魔だ。

このじじい達、ほんっとうにめんどくさい。


『空気読まないバカ2人だけど、仲良くしてあげて。友達少ない哀れな奴らだから』

「グロース失礼にも程がないか?」


うるさい馬鹿。

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