92.料理教室再び
2日ぶりに100階へ来ると、にっこり笑顔のドロシーさん達と、少しげっそりとしたアレクさん達、それから呆れ顔ながらも敷布で寛ぐしっかり者達の姿があった。今回も早めに出たはずなんだけど、100階の人達勢揃いだ。朝のお仕事はいいんですか皆さん。
それにしても男性陣はどうしたの?やけにニコニコしてるドロシーさん達は何事?
「やっほー、ルイにテクト!元気そうだねぇ!」
「こんにちは……アレクさん達元気がなさそうですけど、何かあったんですか?」
「聞いてくれよルイ先生!聞くも涙、語るも涙!一方的な言葉の嵐に俺達は晒されてたんだよ!もうくたくただ!」
何やら演技がかった訴えをするニックさんに、うわーん!と雑な泣き声を上げるのはフランさん。演技なのは目に見えてわかるけど、それを抜きにしてもアレクさん達が疲労感マックスなのは明らかだ。え?言葉の嵐?
「まったく、大袈裟ですぅ。私達もルイの料理教室を受けたいなぁって、言っただけじゃないですかぁ」
「っていうかさぁ、壮大な物語のように自分達の情けない姿を自ら語るって恥ずかしくないの?あんたら恥はかき捨てるタイプだっけ?」
「恥ずかしいも何もあったもんじゃねぇよ!俺達の場合は死活問題!食事事情に関わってくんの!!お前らはいいだろ!もう十分美味い飯を作れるんだからさぁ!!」
「向上心は持つべきってどっかの誰かが言ってからねー。私達もスキルアップしたいわけだよ。そこんとこわかる?」
「ちょーっと調理過程を見させてもらったり、助言してもらうだけでいいんですよぉ」
「んな事言って、実際参加した途端に付きっ切りしてくれるルイ先生を奪ってくんだろ!?俺知ってる!お前らかなり容赦ないって知ってる!!」
「邪魔しないって言わないもんな!お前ら頑として言質取られないようにしてんだもんな!!」
「やだー!俺達のルイ先生が取られるー!!」
「……とまあこんな感じでな。ずっと言い争ってんだ、主にあいつらが」
「なるほど……」
すすっと、しっかり者メンバーがいらっしゃる方へ移動すると、頭痛を堪えるように頭へ手を添えるラッセルさんが重いため息と共に教えてくれた。しっかり者は気苦労が絶えませんね。お疲れ様です。後ろで我関せずと寝転んでるモーリスさん……は、どっちかっていうとあれか。口喧嘩に割り込んでも意味がないと諦めて、終わるのを待ってるだけか。クライヴさんは困った顔してるけど、クリスさんとパオラさんと一緒にココア飲んでる可愛いな。うーん、良い匂い。
クリスさんとパオラさんがあの言い合いを放置してるって事は、2人も私の料理教室を受けたいと思ってるって意味なんだろうなぁ。ストッパーがいないからずっとあんな感じなのか……そりゃあラッセルさんも頭を抱えるわ。
今は、ほぼほぼ女性陣に言い負かされて、苦肉の策としてフランさんが泣き落としに入ろうと試みてるって所なのかな。悲しい事に、口じゃ勝てないんだろうなぁこの人達。特にムードメーカー3人組は。
「……私達も欲張りだからね。先に学んでたラッセル達には悪いけど、この前のご飯……すごく美味しそうだったから。一緒に教えて貰えたら嬉しい……」
ぎゃあぎゃあ騒がしい冒険者仲間を背景に、パオラさんが薄っすら微笑んだ。褐色美女の貴重な笑みとか、やだ破壊力抜群……素直に頷いてしまった私を許してくださいアレクさん達。ラッセルさんは肩を大きく落として、「まあそうなるよなあ……」と天井を仰いでしまった。あ!テクト止めて!冷たい視線は勘弁して!!ごめんて!!欲望に忠実でごめんて!!でもアレクさん達を蔑ろにする気は一切ないからね!!この人達は絶対に放っておいちゃいけないタイプだから!!
クリスさん達には自由に見てもらう事にしよう。質問されたらもちろん答えますとも。
今回も安全地帯全体に洗浄魔法をかけて、頼まれてた水樽を販売。大いに喜んでもらった後は、いざ料理教室!まずはアレクさん達の経過報告を聞きましょうか!
集合!集合ですよー!
「はい!はい!ルイ先生に言われた通り、皆1回ずつ米炊き、肉の薄切りを試してみました!」
「全員、ちゃんと食感があって美味い飯を炊けるようになったぜ!マジで感動!」
「毎食塩だれ丼作ってましたよぉ。アレク達は毎回美味しいって食べてましたけど、同じ空間で食事する私達が先に飽きちゃいましたよねぇ」
「え、でも私、焼肉のタレも売りましたよね?そっちは使わなかったんですか?」
「う……ちゃんと飯が作れるようになったのが、嬉しくてつい……!」
「忘れてたと言いますか!」
「夜!夜に試してみるぜ、そのタレ!」
「じゃあ、今夜は違う匂いが楽しめそうですぅ」
「いつも焦げ臭い煙を出して、周囲に嫌な顔されてたアレク達がこんな激変するなんて……世も末だねー」
「ですよねぇ」
「うっせーよドロシーもエリンも黙ってて!?今俺ら、大事な話してるからな!?」
「大いなる一歩を踏み締めた感動を先生に報告してるから水差すのやめてくれねぇ?」
はははー。なるほどこういう茶々入るのが嫌だから、あれだけ抗議してたんだねぇ。わかったおっけー、ドロシーさんもエリンさんもちょっとあっちに行っててくださいねー。大事なお話してますからねー。
「ルイに怒られちゃったー」「言い過ぎましかねぇ」なんて言いながらニコニコと離れてくお2人……あ、これ全然懲りてないな。むしろ楽しんでるな。
「ご飯はもう大丈夫そうですね。今日の炊飯は、皆さんの成果を見せてもらいます」
「任せてー!」
「う!」
「肉の薄切りはやっぱモーリスが一番上手いかな。次点でニック」
「厚さがまばらになるっつーか、肉ってぐにょぐにょして切りづらいよな」
「あー、お肉って特有の切りづらさがありますよね。でもそのうち慣れますよ。包丁は毎日握って食材を切ってこそです。でも、モーリスさんは今回私と一緒にタレを作りましょうね」
「おうよ」
「あ!タレ!タレはなー、クライヴが安定だった!」
「そうそう。塩ダレをまともに再現できたのはクライヴだけだったな。俺らはどうも濃くなっちまう」
「それでも美味いんだけどな!」
「まともに食べれる飯って最高だよ……」
「目がどっか遠くに行ってますよ皆さん」
ふむ……再現出来てるって事は、クライヴさんは教えた通りの分量を入れてるんだろうけど。それを見て、真似してそれでも味が濃くなるって事は……想像はつくけど、まあ実際見てから言おう。
「ではそこも、何でそうなってしまうのか確認しながらお昼を作りましょう。今日は鶏の照り焼きと、蒸し野菜ですよ」
「美味そう!」
「ちょうど朝コカトリス仕留めたんだ、解体するわ!」
というわけでモンスターの解体ショーが団体2つ分あったわけだけど。私も慣れてきたのかな。私より一回り二回りも大きな異形の鳥、コカトリスがだらんと舌を出して事切れてるのを見てもゾワッとしなかったし、それを嬉々として捌いていく皆さんは頼もしく見えた。もしくは肉屋さんかな。
うん、私、鳥に関してはそんなにショックじゃない。鳥系のモンスターなら怖がらずにいられそう。そういえば108階に鳥系モンスターいなかった気がする……トラウマ製造機にならないでいてくれてありがとう鳥!!豚肉克服するまでは鶏肉に大分世話になったよ!!
うん、大丈夫。近所のおじいさんが目の前で鶏を絞めて「俺からのクリスマスプレゼントってやつよ!豪勢に丸焼きにしな!」って渡してきた時よりショックは少ない。テレビなら間違いなくモザイクかかるやつだったけど。あの後、鶏は
「照り焼きはもも肉を使うので、それ以外は部位ずつ分けて保存した方がいいですね。わかりやすく置いておくと、次に調理する時すぐ見分けがついて楽なので」
「なるほど。全部まとめちまうとどこの肉だったかわからなくなるしな」
「はい。もも肉は脂の旨味とプリッとした歯ごたえ、から揚げが美味しいですね。胸肉は加熱に気を付けないといけないですけど歯切れの良さは抜群ですし、タレに漬け置く料理にピッタリです。ももと胸の中間が食べたい時は肩肉、お尻の肉は脂がたっぷりありながらも柔らかく、歯ごたえも楽しめる部位ですね。他にも手羽元、手羽中、手羽先と種類が分かれます。骨周りは旨味が強いのでどれも調理しがいがあります。個人的には手羽元を醤油とお酢、砂糖で煮つけるのが好きなんですけどね。あ、残念ながら私は内臓関係の知識が乏しいので美味しく調理できませんが、レバーや砂肝、心臓も楽しめますよ。というわけでお肉の部位分けは大事で……あれ?」
心の中で色んな鶏料理を考えてたら、思わず語ってしまった。ふと目を開けると、鉈や皿を手に今にも涎を零しそうな男性陣と、ジト目の女性陣。やれやれ、と肩を落とすテクト。
あ、私またやらかしたな。
「言葉だけで食欲を誘発する特技って、俺達に効果抜群過ぎるよな」
「腹減った……何?から揚げ?漬け置き?煮つけ?全部美味そう……」
「ルイ先生、俺達そんな料理作れるようになっかな……じゅるっ」
「クリスー、お腹空いたー」
「大丈夫、条件は皆同じよ……もう少し頑張りましょう」
「すみません作りましょう!今!すぐに!照り焼きが作れるようになりますよ!!」
「うー!」
コカトリスのもも肉を準備したら、皮の方からフォークでぐさぐさ刺して穴を開けていく。
「ルイ先生、何でフォークで刺すんだ?」
「んーと。加熱した後、お肉が固くなり過ぎないようにするためと、味が染みやすいようにするためですね。ほら、豚肉焼いた時、焼く前と後では大きさに違いがありませんでした?」
「あった!めっちゃ小さくなった!」
「お肉って加熱すると縮んじゃうんですよ。大きいのがぎゅーって小さく縮んじゃうから、固くなってしまうんです。でもこうして穴を開けてると、ぎゅーっじゃなくて緩やかに縮んでいくので柔らかい食感を保ってくれるようになるんです。この穴にタレや下味が入り込むので、中まで染みてくれるんですよ」
「なるほど……!」
コカトリスはダンジョンを歩き回ってるからか、余計な脂身が少なく真っ赤な肉質だ。それにでっかい。やだ美味しそう……こ、今度ナビにコカトリスの肉頼んでみようか。もうモンスターの肉平気になってきたからカタログブック解禁してみようかな。
穴を開けた後は包丁を装備したテクトに交代。フライパンサイズに切り分けるついでに、筋切りをする。これも縮む原因だからね。肉厚な部分がなくなるように観音開きをしてもらえば、ひとまず終わりだ。鶏肉は火の通りが見づらいから、なるべく均等に加熱できるようにしないとアレクさん達には難易度が高い。
この観音開きを何枚も作らなければ皆さんのお腹は満足できないので、テクトにアレクさん達を任せて、私は本日の炊飯係モーリスさんの所へ。ちょうど鍋にかけ始めてたので、火加減を後ろから確認。うん、オッケー!砂時計もひっくり返して時間を見てるし、本当に優秀な生徒さん達だ。寧ろ何で今まで作れなかったの?と疑問に思うほど……誰も教えてくれないって、本当に良くない。
「見られっと緊張すんなぁ」
「大丈夫ですよ、火加減ちゃんと出来てます」
「お、そっか。じゃあ今日も美味い米が食えそうだ」
モーリスさんには砂時計を見張ってもらいながら、野菜を千切ってもらう。蒸し野菜の準備だ。
さて、次は照り焼きのタレを作ろう。ラッセルさんを呼んで、ボウルと大さじ、調味料を出してもらう。たぷたぷと調味料がたっぷり入った一升瓶がぞろぞろ出てきた。おおう、やっぱりか……
「ラッセルさんは塩だれを作る時は、どういう風に大さじを使いましたか?」
「どういう風にって……こう、瓶を傾けてだな」
ひょいっと瓶の首を持って、大さじに傾けて見せるラッセルさん。さすがは男性、瓶はぴくりとも揺れない。
それでもまあ、調節はしづらいだろうな。
「その時、瓶から勢い余って出てきた調味料が、大さじから溢れませんでしたか?」
「あー。ちょっと……いやちょっとか?少し……溢れたかな」
視線が泳いだ。はい、確定。
「っていう事は、クライヴさんほど正確には量れてないんですね」
「……そうなるな」
「一通り調味料を入れた後、味見をしてしょっぱすぎるからお酒を入れて、また味見して薄くなったから塩を入れて、濃いから水を……なんて事はしてませんか?」
「……したな」
気まずそうに視線を逸らすラッセルさん。それが原因ですよ。
「大さじや小さじ、計量カップは大事な目安なので、料理に慣れるまではちゃんと守りましょうね」
「はい……」
「皆さんもですよー。聞こえてましたよね?」
耳の良いモーリスさんや、さっきまで雑談しながらもも肉切ってたのに、黙り込んでしまったアレクさん達。まさか聞こえてないなんて言わないよねー?ここは私、厳しくいきますよー?
濃い味ばっか食べると健康に良くないからね。積極的に注意させてもらおう。
「何もミリ単位まで守れとは言ってないんですよ。調節できる道具があるんだから有効活用しましょうねって話です」
「うっす」
「瓶のままでも問題ないんですよ。傾けすぎ注意になりますけどね。ちなみに私はこの通り小柄なので、こういうのに入れてます」
アイテム袋から調味料バスケットを出すと、ラッセルさんは感心した様子で中身を見てる。
「なるほど。こりゃ管理しやすい」
「中身がすぐなくなってしまうので、かなりの頻度で足さなきゃいけない欠点はあるんですけどね。うっかり出し過ぎるミスは減ります」
「ほー」
照り焼きのタレは醤油、みりん、砂糖。それをラッセルさんと確認しながら入れて、ボウルでよく混ぜる。
その頃にはお肉の下拵えが出来上がってるので、大きなフライパンの出番である。
魔道具コンロに乗せて、点火!今回は強火だ。
「おお!米より火がでかいぜルイ先生!」
「毎日見てた火力だぞルイ先生!大丈夫かこれ!」
「大丈夫ですよー。油を入れたら、少し待ちましょう」
フライパンからじわっと煙が出てきたら、皮の方を下に鳥肉投入だ。じゅああっ!と良い音がする。
「おっ、だ、大丈夫か焦げないかこれ!」
「皮に油があるから大丈夫ですよ。でもずっと強火だと黒焦げです」
「だよな!!」
「もうちょっとしたら、はい、中火です。ちょっと弱めですね。ここでふたをします」
「香ばしい匂いがしてきたわね」
「ほんとだぁ」
「鶏皮が焼けると、良い匂いがしますよね。よだれ出てきます……この後しばらく待って、良い焼き色が付いたらひっくり返しますよ」
この鳥肉大きいから、結構時間かかるだろうけどね。片面しっかり焼いてしまえば、後は楽だからなあ。ひっくり返してフタをして、弱火で4分……いや、これは6分くらいかな。その後タレをもう一度混ぜて、一気にフライパンへ入れ、途中肉をひっくり返しながら煮詰めれば出来上がりだ。今回はご飯にレタスを敷いて照り焼き丼の予定だ。七味をかけても美味しいよね。
焼いてる間に蒸し野菜を作っていこうか。千切ったキャベツ、ピーラーで削ったニンジン、じゃがいも、もやしを蒸し器に入れて、下の鍋に水を多めに注いで中火にかける。これでオッケー。
「蒸しあがったら好きなドレッシングをかけて食べます。薄い豚肉を野菜の上に広げて、一緒に蒸しても美味しいですよ」
「……それ絶対豚肉の旨味が野菜に吸われて美味しいやつ……」
「ごくり……」
「ちなみに今日のスープは野菜多めのかきたま鶏スープです。一杯800ダル!」
「「買ったぁ!!」」
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