91.家庭菜園、始動!
突然だけど、ドリアードの話をしようと思う。
ドリアードは精霊だ。寿命が長めな妖精族の中でも飛び抜けて長命……というか、むしろ妖精から精霊へと昇華した事で寿命という概念が消えてしまったらしい。妖精の時は樹木本来の寿命があったんだろうね、きっと。
有限から解放された精霊は主に、その属性に見合った自然と共に生きるらしい。火の精霊なら火山とか砂漠、水の精霊なら川や湖、海とか。木の精霊であるドリアードは植物や木々、森、またそれらを使って生きるもの達の成長を喜び、また寄り添う。精霊の中では1番人に近しい立場だと思う。ドリアードがいつか最終形態である聖樹さんになるのかと思えば、うん、一緒に暮らしてきたからすぐに納得した。ドリアードはいつか聖母になるんだねぇ。
また、木の精霊なので太陽の光や水が必要だけど、ただ生きるだけなら魔力があれば問題ないんだとか。植物を成長させようとか、魔法やスキルを使う時、普段から光や水を摂取してるかしてないかで大きく影響が出る感じらしい。活力的な意味だと思う。そりゃあ好きなものや美味しいもの食べた方がやる気出るよね、わかるわかる。
どちらかと言うと妖精族より、魔族や聖獣に近いんじゃないかな、と思う。ダァヴ姉さんも広義的って言ってたし、妖精族の同族認識って結構大雑把だからきっちり区分けされてないんだろうけど。
人々よりずっと神へと近づき、それでも人々と共にいようとしてくれる生命体。それが精霊。私の主観だけども。
「私に備わるスキルや魔法は、精霊になった事で多くの知識と共に増えました。精霊へ昇華した事による神様からの贈り物、と伝わっています」
「突然チートにさせられちゃうのか……」
「ちーと、ですか?」
「めちゃくちゃ強い!って事。テクト先生ここら辺どう思います?」
<たぶん、神様がそうなるように設定したと推測する。この世界に自然を造った時点で精霊は生み出されたって聞いてるし……僕が思うに、神様的にはご褒美のつもりじゃないかな。
「えっと……確かに、その……知識が流れ込んできた時は、頭が痛くなる程度には、負荷がかかりましたね……」
<ほら。どう考えても処理しきれない量じゃない。精霊じゃなかったら狂ってるよ>
「これ絶対神様基準の多少だよね?実際は全然多少じゃないよね?心遣い優しいけど結構雑って所が神様っぽいもん。ダァヴ姉さんのOKサイン出ないままやっちゃったやつでしょ」
<僕は見てないから知らないけど……恐らくは>
恐らくって言いながら、間違いないって顔で深く頷いたテクト。ですよねー。
いや、そんな所が神様らしいとは思うよ。ただ、めっちゃくちゃ大量の知識や魔法スキルを一気に渡されてどうしろと?っていう困惑を、神様は理解できないんだろうなぁ。
私達が神様に対してずけずけ言ってるのを困ったような微笑みで見ていたドリアードが、胸に手を当てた。まるで祈るような姿だ。
「とても痛かったですが、今はありがたいと思います。妖精の時は出来なくて当たり前だった事が、今は己の意思で行える……」
妖精の時は動かせるのは自分の枝だけだったり、敏感な動植物だけが感じ取れる意思の波動?テレパスの初歩版みたいなものを発して何とか会話してみたり、どうにも窮屈な感じだったらしい。当時はそれで充分満足できていたけれど、こうして私達と自分の口で話して両手足を自由に動かして好きな場所へ移動できる事を知った今は、もう妖精の頃の生活には戻れないだろう、というのがドリアードの見解だ。
そうだよね。今まで出来た事が出来なくなるって本当につらい。大人から幼女になったから、その気持ちはすごくわかります。ドリアードは後退しないだろうけど、何が起こるかわからないのが人生だからねぇ。しみじみ。
「私の力で人助けが出来る。精霊になれてよかった……」
柔らかく、優しくそう言ったドリアードの目線の先。皆で耕して盛った
ドリアードがやる気満タンなら早速やるか!って、今朝から盛大に南側の土地を耕したんだよね。かなり広い範囲を出来たと思う。せっせと鍬やスコップを振り回したかいがあったなあ。これなら問題なく植えられるでしょう、ってドリアードから太鼓判もらえたし。
ただまあ、実際はテクトとドリアードがほとんどやってくれたんだけどね。箱庭の土は程よく柔らかくてシャベルが突き刺さらないわけではなかったけど、私はまだ幼女だ。力増加のアクセサリ使ってもあまり手伝えなかった。不甲斐ないやら、腰と腕がじくじく痛いやら……きっと力の入れ方や掘る角度が下手くそだったからだろう。ちぇ。大人だったら雪かきで鍛えた成果を見せれたのに。
「早く成長したいなあ」なんて子ども用シャベルに全体重をかけてぼやいていたら、土にまみれたドリアードが良い笑顔を向けられたんだけどね。「そんなに早く大きくなられても困ります。もっと私にお手伝いさせてください」って穏やかに反論されてしまった。やだ……可愛い上にお姉さんみ強い……テクトにはニヤニヤされたけど。照れ隠しで休憩しよー!と叫んだのはご愛敬だ。
さあて、まずは種と苗を植えようかな。家庭菜園の定番であるミニトマトから、小松菜、リーフレタス、ピーマン、キュウリ、ナス、キャベツに白菜、食べたいからニンジンに大根、じゃがいも、玉ねぎ、枝豆、それから果物のイチゴ、スイカ、ブルーベリー、イチジク。ドリアードと相談しながら選んでこの数だ。決して私がねだりまくったからじゃない。
土壌の性質や、日照条件、植える時期、夏野菜冬野菜が入り交ざってカオスな事になったけど、ドリアード先生曰く、箱庭の環境で育てるなら全く問題ないんだそうな。まあ年がら年中花が咲き乱れると噂の箱庭だし、神様仕様だし……季節感無視はむしろ普通の事かもしれない。
種の場合は畝に指を突き刺して、小さく空いたところに種を落とす。軽く土をかぶせて、それを等間隔でやっていく。これなら私でも出来るからねー。ふっふっふ、やるぞー!
「ドリアードは精霊になってから、植物の成長を助けるスキルを使えるようになったんだよね?」
「はい。先日のフキで幾度か試しましたが、レベルはまだまだ低いと思われます。手に馴染まない、と言いますか……」
「使い慣れない感じかあ。そこは手探りだよね。私も最初は、洗浄魔法の泡を出すのも時間かかったなぁ」
魔力の感覚がわからないから、念じまくるしかなかったよね。それで泡が出てきたらやったー!って感じ。
<精霊になってから与えられた魔法やスキルは使えるようになったっていうだけで、レベルは自分で上げるしかないんだよ>
「さすがにそこまでチートじゃないか。でも上手くなってく実感があるから、それも楽しそうだねぇ」
「はい!少しもどかしくは思いますが……これも練習です!」
私とテクトが植えた種に、土の上からドリアードが意気揚々と手を当てる。種から芽が出やすいよう、成長促進のスキルをかけている、らしい。魔力を感じられない私には、目に見えないものは認識できないんだよなぁ。もったいない、折角ドリアードが助けてくれてるのに。
まあ楽しそうだからいっか。
「結構たくさんの種類を植える事になったけど、なんとか全部植えれそうだね」
<本当、いっぱい耕して良かったよね。ルイが食い意地発揮するから足りなくなるかと思った>
「だってー、あれもこれも育ててみたいなって思ったんだもん。これでもドリアードに助言貰って減らしたんだよ?他にもゴボウ里芋カボチャ蕪にサツマイモ長芋アスパラ長ネギそれとオクラほうれん草ブロッコリー、後トマトやナスだって品種違いをずらーっと並べてみたいし、池とか出来ればレンコンも作れそうだし、果物だってもっといっぱい……」
<わかったわかった。とりあえず呪文めいた野菜の羅列は止めて>
「てへっ」
「ルイは本当に、食べ物が大好きですねぇ」
「うん!」
楽しく話しながらやってたら、あっという間に種と苗スペースは植え終わっちゃった。よっし次は植樹!畝を囲むように、箱庭へ入ったら山を背景に樹木が並んで見えるよう穴を掘ったんだよね。植えるのは梅と渋柿とカリン。本当はリンゴとか梨も植えてみたかったんだけど、実は目当ての果樹以外にも受粉用の樹が必要で何本か植えなければならないらしい。知らなかった……!
さすがに箱庭の神様仕様も受粉の融通は出来ないみたいで、スペースも足りなくなるし今回は諦めた。ドリアードが自家受粉が可能な木を教えてくれたから、よく見知った3種を選択。両端が寂しい気がしたので、ドリアードお勧めの樹木も追加で2本購入した。どんな花が咲くかはその時までのお楽しみらしい。ドリアードがテクトの影響受けまくってるぅう!でも「ナイショ、です!」って照れ笑いしたのすっごい可愛かったから許すぅうう!もはや持病かってくらい萌えと癒しで胸が痛い!
苗木は案外重たいのでテクトに任せて、円形に掘った穴へ慎重に下ろしてもらう。テクトが苗木を真っすぐに固定したら、私とドリアードがシャベルで土を入れていった。土の中に隙間が残ると根が腐っちゃうらしいので、水も流しながら慎重に。しっかり埋めた後は、木がちゃんと根付くようにドリアードのスキルに手伝ってもらう。種の時と同じように土に手を当てて、すっと目を閉じた。
「……はい、もう大丈夫です。隙間もないようですし、この子は問題ないでしょう」
「よかった!ありがとうドリアード!」
「いえ……お役に立てて、よかったです!」
今日はドリアードがよく笑う日だ。彼女の瞳が、楽しそうに細められたその奥でキラキラと光ってる。
神棚に向かって手を合わせた。パンパンッと音を鳴らすと、見様見真似でテクトとドリアードも、もふっもふっぺちっぺちっと音を立てる。そっと目を閉じて、ベッドで寛いでるだろう神様や、過去の勇者さん達を思う。ありがたや、皆さんのお陰で平和に元気に楽しく!暮らしてますよー!
作ろう作ろうと思っていた神棚をようやく設置したのは、寝室だった。リビングにしようか、置くとしてどこにしようかってずっと悩んでたんだよね。ユニット畳が幅を取ってるから置く場所がなくて。皆の憩いのスペースになってるここを外したくはないし、そもそもリビングでは食事もするから食べ物の匂いも付いちゃうし、やっぱりよろしくないのでは?とうだうだ考えてたら、作ろうと決めた日から結構経ってしまった。
そこで考え至ったのが、寝室だ。この部屋なら全然スペース空いてるし、家具を動かせばどの向きにでも置けるし。プライベート空間に置くべきではない、とは聞いたことがあるけど……衝立置けば問題ないよね!ファンタジー世界のこじんまりした家だから許してください!
部屋に入って右側の高い所に取り付けた木の板の上に、私監修のもと、テクト棟梁に頼んで日本式の神棚を設置した。神明造りの扉が1つのものだ。中身はテクトがかっこよく書いた「神様」「歴代勇者さん達」「カナメさん」のお札だ。まさか世界を越えて神社からお札を貰ってくるとか、神様から何か賜るなんて事は出来ないから、拝むべき方々の名前を勝手に拝借した。両脇に飾るべき榊も、入れ物はカタログブックから買ったやつだけど、差してあるのは聖樹さんが提供してくれた枝だ。
これであってるのか、正しいのか。ちゃんとした知識を持ってないから色々ごちゃごちゃ考えてたけれど。本来の目的は私が感謝する場所を設ける事だから、形が整えば問題ないな、で落ち着いた。テクトもドリアードも、全然知らない文化でもやるべきだって勧めてくれたし。ファンタジー感満載な神棚で逆に良いのでは?と思い始めてきた次第です、はい。
神棚に手を合わせたら、次は仏壇。と言っても、本格的なものじゃない。仏像も掛け軸もない、小さな両開きの箱に名前のない位牌が置いてあるだけの、簡素な仏壇だ。それでもお供え用の湯呑みや仏具はあるし、ろうそく立てや花畑から摘んできた花を差す器具もある。祭壇に近いような気はするが、私は仏壇と言い張ろう。
3人揃って、静かに手を合わせる。
2人に神棚の説明をした時、実家では一緒に設置してあったものだからつい仏壇の話をしたんだけど、ドリアードが食いついたんだよね。
「ぶつだん……仏壇とは、どういうものなのですか?墓とは違うのですか?」
「うん。お墓とは別に、故人の魂を供養する場所を家の中に作るんだよ。仏壇にお花や食べ物を供えたりしてね」
仏様の場所だったりするらしいけど、そこは省いておく。ドリアードにとって大切な事は、そこじゃないから。
彼女は失った森の仲間の事を、思ってる。揺れては瞬く黄色い目を見て頷いた。
「魂を……」
「ただ、それは日本式だから……神様が魂を導いてるって知ってるこの世界では、どちらかと言うと生きてる私達の悲しい気持ちを整えるため、故人の来世が良いものであるように祈るため、の気持ちの方が強いかな。私的には」
「……それは、体がすでに燃え尽きてしまった命でも、構いませんか?」
「うん、誰でも。ドリアードが思う命に、祈ってあげて」
そんな会話を、したのだ。
ふっと、目を開けた。振り向くとテクトは合わせていた手を解いていて、私と、ドリアードを優しい眼差しで見てる。
ドリアードの祈りは、まだしばらく続きそうだ。固く閉ざされた瞼と、離れる気配のない手が、それを物語ってる。
私とテクトは邪魔にならないよう、静かに終わりを待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます