90.宝箱と運勢



私達は、ひた走っていた。

魔法の光を煌めかせながら、心のうちに現れる「もしや」を振り払うかのように。各部屋に散在する宝箱を目指して。全力で。


「おおおおお!」

<あの角を右!手前の部屋がモンスター無しで宝箱あり!>

「オッケーレッツゴー!」

「は、はい!れっつごー、です!」


ガチャ!


<宝玉!>

「次!」


ガチャ!


「いらっしゃい宝玉!次!」


ガチャ!


「まあ!お金です!」

「ほぼ半金貨!推定100万以上!!最高かよ!!」

<次!>


ガチャ!


<っ宝っ玉!!>

「次!」


ガチャ!


「おかえり宝玉!!つぎぃい!!」


ガチャ!


「ご覧ください!可愛らしい髪飾りです!」

「すごい!可愛い!ドリアードと相まって最高!テクト先生かんてーお願いしまっす!!」

<身に着ける事で効果を発揮するアクセサリタイプの魔道具『幻惑の髪飾り』。どんな攻撃も幻により当たる確率が下がる。物理も魔法も関係ないみたいだね。殺意、敵対魔力などに反応して幻が自動生成される。高そう>

「うん!高そう!!」

<……休憩しようか>

「……だねぇ」


宝箱を開けた部屋に絨毯を敷いて、寛ぎセットを出す。何かドッと疲れた気がするなぁ。私とテクトにほうじ茶、ドリアードに湧き水を出して、大きく深呼吸。ふう。

ドリアードはお休みよりも髪飾りが気になるのか、持ち上げて四方八方からワクワクとした表情で眺めている。そんな彼女に癒されながら、お茶をすすった。ああー、沁みるわぁ……

そしてテーブルに並べた今日の収穫を見比べる。宝玉数個、座布団に乗せた青い卵、半金貨。

まさか宝玉以外が出るとは……いやあ、驚きの余り駆け回って宝箱開けまくったよね。テクト、私、ドリアードの順で。そして案の定、私とテクトだけが宝玉。他はすべてドリアードが開けた時に入っていたものだ。こんな個人差出る?あからさま過ぎないっすかダンジョンの宝箱さんよぅ。美人な精霊なら出すのか。有用なのどんどこ出してくスタイルなのか?幼女ともふもふじゃなびかないの?失礼では?

栗羊羹を一口大に切って、ぱくりと頬張る。濃厚な小豆の香りと、歯に当たる栗のほろっと感がじわじわ体力を回復してくれる気がして。ほっと息を漏らした。同じく肩の力が抜けたテクトに視線を移して、はい!と手を挙げた。


「私とテクトがおかしくて、ドリアードが普通っていう案を推します」

<それを言ったら普通の冒険者であるルウェン達や、100階層の人達はどうなるの。宝玉もなかなか出ない上に、あんな卵だって引き当てた記憶はなかったよ。彼らを普通と当てはめるなら、ドリアードをその枠組みに入れるのはおかしいでしょ>

「それもそうか。んー、宝箱の中身って自分の運勢に左右されたりするのが定説だよね。後はダンジョンの難易度」


難易度はそらもう、めちゃくちゃ深いダンジョンの深部なわけだから、ドリアードが引き合てたもの達を見れば頷ける。テクトがテレパスで読み取った人々の記憶から、卵はとんでもなく珍しいものだろうし。お金はもちろん。髪飾りは金の細工に濃い緑の宝石が散りばめられた、華美過ぎず上品な意匠だ。普段使いにしてもお洒落だし、その能力はテクトの折り紙付き。ナビが7桁の値段を叩き出してくれた数分前を思い出して、深く頷く。たっかいわぁ……

難易度=宝箱のグレードは、ドリアードが実証してくれたわけだけれど。私達とドリアードの成果があまりにも違い過ぎる理由にはならないよねぇ。


<運勢だとしたら、わからないなぁ。僕はドリアードのステータスはわからないし>


ドリアードのステータスを調べるためだけに、彼女を人前に出すわけにもいかないしねぇ。


「じゃあ私とテクトで比べてみようか。私の運はBだってもうわかってるし」

<ふむ。僕はおそらく、Sに分類されると思う。聖獣だし、スキルに幸運がある>

「どう考えても人の限界超えてるよね?私とは明らかに差がありすぎでしょ……でも同じものしか出ないって事は、運勢は関係ないのかな?」

<いや、それはちゃんと作用してると思う。じゃないと冒険者達の間で出てくるものが偏るなんて話はないだろうし……そうだな。例えば、聖獣だから、とか?>

「種族が関係してる?例外扱いとか?」

「私自身の運勢はわかりかねますが、1つ2つ、思った事を申してもよろしいですか?」


満足そうに髪飾りを置いて、はいっ、とドリアードは手を挙げた。私の真似かな?可愛いかよ……メンタルにHPみたいなゲージがあるなら、今ぐんぐん回復してるんだろうなぁ!


「もちろん、聞きたい!」

<ドリアードの意見も知りたいね>


私達の期待した視線に照れたらしいドリアードが、ぽっと頬を赤らめた。こほん、と咳払いをして誤魔化したけど。


「私が気になった事は、ルイ1人で宝箱を開けたわけではない、という事です。ルイはまだ体が幼いのでテクト様の力を借りねばならない事は承知していますが、もしテクト様の仰る通り聖獣様である事が宝箱の内容を偏らせてしまうのならば、ルイだけで開けた場合はまた違う結果が出てくるのではないでしょうか?」

「なんと!」

<それは思いつかなかった……!>


いっつもテクトに助けて貰ってたから、今回ももちろん助けて貰ってた。私とテクトでフタの両端持って、えーいって。それが当たり前だったから、思いもよらない意見だ!


「聖獣様はとても強くあらせられます。ダンジョンがそのお力に伏し、最上のものを差しだしている。私にはそう感じました」

<宝玉が最上、なの?>

「あくまで私が感じた事なので……人も変われば、価値観も変わりましょう。ダンジョンは生きる要塞と言う者もいます。ダンジョンに生命があるとすれば、もしくは、と思いました」

「それは確かに」


ダンジョンの核を基にした喋る魔道具を持つ身としては、かなりありえる話なのでは?と思う。ナビって事務的なのに、時々、すっごい人間味ある反応するんだよね。笑う事はないんだけど、褒めれば嬉しそうなお返事くれるし。

勇者カナメさんの手心が入りまくってるものだから、もちろんそのままダンジョンと同じ扱いは出来ないけれど。ドリアードの意見が私にはしっくり来た。


「休憩終わったら試してみようか。確かステータスを増加させるアクセサリがあったはずだから、それ使えば1人で開けられるようになるかもしれない」

<僕も1人で開け続けてみるよ。宝玉が続けば信憑性が増すよね>

「よーし!じゃあ早速。ナビ、力が上がるアクセサリ出してー!」


という事で。


「あ、開けるよ……」

「はい……!」

<うん……>


宝箱の前に、私は立ってる。ステータス増加のアクセサリは装備済みだ。

前髪を押さえる真っ赤な装飾がついたバレッタ、『少し増える』『力増加の髪飾り』がどれだけの効果を発揮するのか。中身がどうなるのか。とてもワクワクしてきた。

だってこのバレッタを身に着けただけで、全身がほんのり熱くなってきたんだもの。もしかしたらちょっとだけ力強くなれたのでは?という気にさせる、なんとも罪深い装飾品だ。広義的にはこれも魔道具らしい。魔導構成がどっかに隠されてるんだね、私も学習しました。

このアクセサリはステータスを増加してくれるけど、残念な事に細かい数値が書いてなかった。それが『少し増える』、である。まあステータスチェッカーでも数字は大分誤魔化されてるんだから、何となくそうなんだろうなって気はしてた。

でもかなり曖昧なんだよねぇ。名前の方も『力増加の指輪』とか『力増加の首飾り』って感じでどれだけ増えるか書いてないし、同じ名前でも『少し増える』とか『大分増える』とか効果が変わるし、数値は一切書いてない。力だけかと思って念のため他のステータスのアクセサリも見てみたけど、やっぱり曖昧だった。

まあ2倍がなかったのには、ほっとしたよね。聖獣の加護で受けれる2倍ブーストが、例えステータスのうちの1つだとしてもアクセサリ装備で簡単に手に入ったら……それきっと国宝なんじゃない?って気分になる。

ただ、アクセサリっていう通り名があるように、どんな効果のものでも個人の好きな所に、好きな形のものを着けれるっていうのが1番の魅力なんだろうな。私は指に着けるのはサイズ的に無理だし、首はもう埋まってるし、ピアス穴は開いてない。髪飾り一択だったけど、その種類の多い事。色は赤色固定で、バレッタ以外にも金具のついた結い紐とか、カチューシャとか、明らかに男性向けっぽいごつめの装飾が付いた紐とかあったし。お洒落な方向に進化したんだなぁ。

おっと、ドキドキのあまりボケっとしてた。テクトがそろそろジト目になりそうなので、慌てて宝箱に手をかける。フタを持ち上げると、大人しく開いた。えええ、マジかぁあ……


「開いちゃった……」

<こんな簡単な事だったのか……>

「おめでとうございます、ルイ!」

「うん、ありがとう……中、見てみようか」


フタを全部開くと、中には宝玉のつるっとした丸とは違う、大きくて平べったいものが。この時点で、私の口からは悲鳴が漏れる。ろくに見ないでテクトへ震える手を伸ばした。


「ど、どどどどどうしようテクト宝玉じゃない!これ絶対宝玉じゃないよ!何で?宝玉じゃない!」

<落ち着いてこれはドリアードの説が益々濃厚になってきたって事だから、つまり僕が手助けしてきたからこその宝玉だって事で僕がしてきた事は余計だった?>


ら、テクトからも震える手を返された。

マジか。あのテクトが動揺してる、だと!?とても混乱するけど、震える手をしっかり握りしめて、これだけははっきり言わせてもらおう。


「いやテクトも落ち着いてよ、余計な事なんて何一つないから」

<う、うん……そうだね。今更理由がわかったってだけだものね。今までが無駄だったわけではないよね>

「はい、もちろんです。ルイとテクト様が頑張ってこられた事は、箱庭での様子を見れば、来たばかりの私でも十分に伝わります。宝箱の謎の解明に手助け出来たようで、私も嬉しく思います」

「うん、それはもう。ありがとうドリアード!」

「はい!」


満点花丸なドリアードの笑顔を見てたら落ち着いてきた。よし、よーし、中身を見よう。

ひょこっと宝箱を覗き込むと、そこにあったのは。


「布……あ、違う、ローブ?」


シアニスさんが着てるみたいな、魔法使いみたいなローブだった。幼女の身長じゃ宝箱から全部引き出せないくらい長いけど、端っこをテクトとドリアードが持ってくれたので、床に落とす事なく全部出せた。もこふわっとしてて、滑らかで、あったかそう。おおー!初!宝玉じゃないお宝だぁ!!


「テクト、どう!?これどうなの!?」

<身に着ける事で効果を発揮するアクセサリタイプの魔道具『素早さ増加のローブ』。素早さが少し増える。寒冷地仕様……>

「少し?」

<少し>


思わず確認のためにオウム返しすると、私の真剣な顔に感化されたテクトが、真面目な顔で頷いた。少し、少しかぁ……このバレッタと同じくらいかあ。これが私の運勢……


「先程購入したアクセサリが30万でしたし、同じ程度のステータス上昇とはいえ……この肌触り。とても気持ちが良いです。私はもっと高い品物だと思いますよ!」

「ああん!フォローありがとドリアード!」






















「大きな卵だねぇ」


夜。箱庭に帰って、聖樹さんへの報告やら夕飯やらお風呂やらを済まして、寝る前のだらだら時間中。私はユニット畳のクッションを抱っこして寝転びながら、クッションで固定した卵をまじまじと見る。ドリアードが宝箱からゲットした卵だ。

隣に鶏卵置いてみたけど、全然サイズ違う。大きさはクッションと同じくらい。ダチョウの卵だって最初は思ったけど、ほんのり青い所はエミューの卵っぽい。エミューほど濃い青じゃないから、どちらとも違うのはわかる。


<食べないでね>

「ダンジョンの宝箱から食べ物は出ないでしょ。さすがに覚えてるし、食べる気はないよ」

<でも、食用の卵を連想したでしょ>

「日本には食べられる青い卵もあったんですぅー!つい思い浮かんじゃったんですぅー!」


お高めのやつだったから買えなかったけど!気になって調べたりはしてましたけど!さすがに今、この卵を食べようとはしないからね!?


<わかってるよ。少しからかっただけ>

「もー……」

「ここから……何が生まれるのでしょうか。テクト様、やはり教えてはくださいませんか?」

<うん、教えない。楽しみは後に取っておく、そういうのも人は好きなんでしょ?>

「くう、わかってらっしゃる……!」

「ああ……このドキドキがわかる今は、そのお心も嬉しいやらもどかしいやら……!私は好きです……!!」


今日手に入れたものは、皆の共有財産として、箱庭責任者の私が預かった。ドリアードが出した半金貨や髪飾り、私と一緒に開けて出てきたお宝も、彼女は全部私にあげると言って頑として譲らないので、そういう事になった。私が皆のより良い生活に還元するのだー!これでオールオッケー!

……でもまあ、ドリアードが必要になったら出そうとは思ってる。彼女のしたい事が、いつかたくさん増えた時。その手助けになるように。まあ、今は貯蓄はあるからねぇ。拾ったもの全部売らないと生きられない、ってわけじゃないし。何を拾ったか、忘れないように日記にメモしておこう。

この卵は、テクトの<魔力が殻の中で循環してる。ちゃんと生きてるよ>の一言で、新しい家族として迎え入れると満場一致で決まった。いつ生まれるかも、何の卵なのかも、テクトは教えてくれなかったけど。

きっとダチョウやエミューくらい大きくなる生き物なんだろうな。魔法のある世界なんだし、魔法を使う生き物とか?妄想が膨らみますなぁ。



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