98.聖樹さん、お腹をへこます



蜜蜂さんのお腹の中は不思議がいっぱいという事で、私は納得した。

そもそも花の蜜を格納したり熟成させて蜂蜜にしたり、花粉を潰して団子にしたり、ローヤルゼリーや蜜蝋分泌したり、普通の蜜蜂の時から生命の神秘に溢れまくっているんだもの。そこに魔力という不思議要素をプラスしたら、私の頭で理解できる範疇なんて一気に超えてしまうはずだ。魔獣ってスゴーイ!

ちょっと思考が宇宙を漂ったけど、気を取り直す。蜜蜂さんが巣を作る場所について、聖樹さんに相談しなくては。蜜蜂さんは森で一番大きな木の洞に巣を作るって言ってたけど、箱庭に植えられてる木に洞はない。一番大きい聖樹さんでも洞はないので、新しい木を買ってどこかに置こうかと思ってますと言った所。

ざああああ、ざぁああああああ!

枝が激しく揺れた思った時には、聖樹さんの樹皮が波打ちだした。え、何事?

慌てて聖樹さんの全身を確認すると、幹の一部がぐぐっと中へ移動し始めてる。そして唖然としている内に立派な洞が出来上がっていた。わぁお、ふぁんたじー。


<普通自分の体に穴開ける?いや、この場合は腹をへこませたという表現が正しいのかもしれないけど……すごいな>

「これくらい容易いのでどうぞお住みなさい、という思念が聞こえます。さすが聖樹様です!」

「まさに聖母……私達のグランドツリーマザーはすごいんや……!」


私達の声に反応して、聖樹さんの枝が優しく揺れる。

私は今回テレパスを習得出来たって気付いたけど、どうやら聖樹さんの思念は受け取れないらしい。テクトはチートだし、ドリアードは同属性だから聞き取りやすいアドバンテージがあるからなぁ。まあ私だって明確に感じなくとも、なんとなーくわかるくらいにはなったんだからね!

さわ、さわ、さわ、さわ、さわ、ざわわ。枝が私達を数えるように小さく震えた後、大きくひと揺れ。家族が増えてよかったですね。そう言われた気がしたので、にっこり笑って見せた。聖樹さん、もうひと揺れ足りないですよ。卵を差してくれたのは嬉しいけど、次はちゃんと聖樹さん自身にも枝向けてね。


<ここに巣を作っていいのか。お前は良い木だ!>


心なしか、蜜蜂さんの複眼と単眼がキラキラしてるようにも見える。聖樹さんの素晴らしさに興奮しないわけがないよね、知ってた。


<聖樹さんって、最高にステキな木でしょ!>

<ハチはわかった、お前達が誇らしいのがわかった。ここに巣を作るハチも誇らしい!>


蜜蜂さんは聖樹さんの周囲を飛び回った後、洞へ入り込んだ。

気持ちが落ち着かないんだろう。<ここは良い><大きい><心地いい><木の匂いが良い><洞の形が良い><変わるのか><底深い方がもっと良い><樹液出た><すごい><ハチは幸運だ>と途切れ途切れの思念が飛んできた。かなりの優良物件に興奮を隠せないで独り言とか、何だあの子、可愛すぎないか。テレパス習得出来てよかったー!可愛い呟きを無料で聞けるぞぉ!

私のにやけ顔で察したのか、ドリアードも微笑む。着実に彼女にも萌えの文化が根付いてきてるな。私のせいです、はい。

蜜蜂さんが洞から飛び出して、私達の前に止まった。かと思うと家の方をちらちら振り返ってる。


<お前達の巣はそこか>

<うん、あっちの平べったい家。あそこで寝てご飯食べてるよ>

<ふぅん。あの巣は入ってもいい?>

<いつでも遊びに来ていいよ。蜂蜜も出します。さっき飲んだので大丈夫かな?>

<ハチ達が作る蜜には劣るけど、悪くなかった。ハチはもう腹に蜜が残ってない。蜜があれば、巣は早く作れる>


働き蜂だから当たり前かもしれないけど、今はまだ蜜蜂さんだけしかいないんだから無理は禁物だよ。頑張りすぎて倒れたら、それこそ子孫繁栄の危機だ。


<じゃあ毎日食べにおいで。働き過ぎると倒れちゃうし、休憩がてら……えーっと、何度も休みにおいで>

<わかった……お前達も、好きに見に来たらいい>

<蜜蜂さんの巣を?>

<お前達なら良い>


あれ、これは蜜蜂の巣を間近で見ていいっていう事?え、それ何て贅沢?普通はテレビで「蜂蜜を採りまーす」なんて言って、防護服着た人が作業して完成してる平面図が見れるくらいなのに。養蜂やってた人は危ないからって、採蜜の時は近寄らせてくれなかったし。過程からじっくり観察していいの?威嚇されるのが普通の所を?マジか、すごい許可もらっちゃったな。

テクトが観察させてって言ってたもんね、会話が苦手なのに覚えててくれてありがとう。そして私達にも許可をくれてありがとう。人に警戒してもおかしくないはずなのに、良い子だなぁ。


<ただまあ、洞の入り口は高い所にあるからルイとドリアードには難しいかもね>

「あ……」


聖樹さんの洞を見上げる。結構高い位置だ。家の屋根と同じくらいの高さ……だよねぇ。これはハシゴをかけても危ない高さだ。

ドリアードと顔を見合わせる。と、彼女はふんすっと気合を入れ始めた。


「私のツタでどうにかルイを持ち上げてみせます!」

<最終手段は僕かな!>


良い笑顔のテクトが力こぶを見せつけてきた。だから毛で隠れてるんですって。

試しにドリアードの両腕から伸びたツタで私を持ち上げてもらったけど、あと少しという所で地上に戻ってしまった。前に見た時は洞くらいまで伸びてたはずなんだけどね、私が落ちないようにしっかり体に巻いた分足りなかったようだ。惜しい!

持ち上がった時の浮遊感がとても楽しかったので、「練習は喜んで付き合うよ!」と親指を立ててウインクする。


「まだ未熟ですから……今回は大丈夫でしたが、落としそうになるので、もうしばらくお待ちください」

「マジか」

<じゃあ僕の出番だね!>

「しまった選択肢が一つになった」


笑顔のテクトに捕まった私は、数秒後、聖樹さん以上の高さに跳んだ。わあ、聖樹さんのてっぺん初めて見たぁ。青々しいねぇ!

テクトさん力加減を頼みますよぉさすがにこの高さで不安定な格好はキツイ!!















「うっひょあああ!?強制フリーフォールはやばっうっ……!」

「ああああテクト様私だけならばツタが届きますのでぇっひゃっ……!!」


なんていう悲鳴が箱庭に響いたけども。

私もドリアードも、聖樹さんの洞へ足をかければそんな事は一瞬でお空の上だ。


「おお、すごい!」


念のため全身洗浄して洞の中に入ると、入り口近くに座りやすい段差があるだけで、後は底深い空洞になっていた。入り口付近はまだ光が差し込むから見えるけど、底の方は見えづらいな。

これで聖樹さんお腹をへこませた程度の感じなの?中身はどこにいったのかな?


「この空洞は聖樹様の幹のほんの一部です。聖樹様の生態機能には何の影響もありませんよ」

<そもそも誰かが勝手に削ったわけじゃなくて、聖樹が他の命のために作りだした空間だから問題ないんだよ。そうだなぁ、わかりやすい表現で言うと……人は主要な臓器を自分の意思だけで移動する事は出来ないけど、聖樹はそれが可能なんだ。だからこのまま成長を続けられる>

「え、それ大丈夫なの?」


木としてはかなり体を歪めてるのでは……?


「はい。精霊の知識にも、聖樹様は自身の幹に洞を作り出し生き物を住まわせる事が多々ある、とあります。聖樹様にしか出来ませんが、これは自然の事ですよ」

<聖樹ってそういう生き物だから>

「ええー……やっぱり最高の聖母じゃん。好き……」


感心し通しの私を横切り、蜜蜂さんが真正面にぺたりとくっついた。さっそく花の蜜を吸ってきたのか、腕や顔に花粉がべったりくっついていた。お弁当付けた子どもみたい、可愛いな。


<ハチは、ここから巣を下に伸ばしていく>

<縦長だね>

<前の巣もこの形だった。ハチは作りやすくて助かる>

<聖樹様は蜜蜂さんの要望に応えて、形を変えたようです>

<優しさに包まれてる……!>


この入り口の段差も樹皮のざらざら感というか、堅さがないもんね。私が座りやすいようにしてくれたのかな?それとも蜜蜂さんが止まりやすいようにかな?ガチで包まれてるじゃないっすかー。もう、好き!!


<ハチ達は巣の下に子ども達、上に蜜を貯める。人は巣を蜜と一緒に食べると言っていた。お前達も食べるなら、いつか上からとればいい>

<それ巣蜜……新鮮で濃厚なやつ……>


コムハニーとも呼ばれるそれは、ハニカム構造にナイフを刺した途端、とろりと蜜が溢れ出てくる魅惑の塊だ。巣自体は歯応えがあるけど、噛み締めてるとずっと蜂蜜の味わいを感じられる。ガムに近いのかな?


<美味しいの?それ>

<めっちゃ濃厚だからほんの少しずつしか食べられないけど……すんごく美味しくて健康にいい。そして高い>

<私も食べてみたいです>

<元は花の蜜なんだし、ドリアードも食べれそうだよね……いいの?蜜蜂さん。私達があなたの巣を食べて>

<ハチが返せるものは作れる。次代を育てていい。お前はそう言った。お前達なら構わない>

<そりゃあもちろん!!>


ふふふ、巣蜜かぁ。昔にちょこっと食べた以来だなぁ。あの時はヨーグルトに入れて食べるのが好きだったけど、今度は贅沢にホットケーキに乗せてもいい。夢が広がるねぇ!

それもこれも蜜蜂さんが快く提供してくれるって約束してくれたからだ……はっ、ちょっと待って。


<ここにいるのは魔獣の蜜蜂さん……他の蜜蜂より敵が多くなるほど美味しい蜂蜜を作る職人さんです>

<まあ、そうだね>

<そしてここは、箱庭。常に花畑が咲き誇り、魔力がたくさんあって、聖樹さんによる完璧な住居と、美味しい水が揃ってます>

<ですね>

<つまり……世界史上最高と言っても過言じゃない、箱庭産の蜂蜜が出来るって事だよね?そんでたださえ美味しい蜂蜜を凝縮して密閉した巣蜜は、さらにとんでもない美味しさになるのが確実だよね?>

<…………>

<…………>

<何が言いたい?>


若干、テクトとドリアードの視線が呆れてるような気もするけど私はいつも通り!蜜蜂さんが不思議そうにしてるので答えましょう!


<世界屈指のお味なら、きっと冒険者にも高く売れると思うの!食いつき良さそう!>

<本音は?>

<あまり多くは取れないだろうから身内だけで食べたいです!!>

<まあ……!>

<これを受けて蜜蜂はどう思った?>

<お前の腹に収まりきる巣じゃない。任せろ>


自信満々に言い切った蜜蜂さんの頼もしさよ。

蜂蜜、楽しみにしてるね!!

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