97.ハチさんが言うには
悲しい話とちょっとショッキングな話があります。
下級ポーションを少しだけ手に取って、蜜蜂さんの体に満遍なく振りかける。淡い光が解けると欠けてた羽が元通り、腹部にあった傷も消えた。おお、さすがポーション。
真正面から蜜蜂さんを見直して、うんと頷く。やっぱでかい。魔獣かぁ……どう見ても虫なんだけどなぁ。魔獣なのかぁ。
<あなたは働き蜂、だよね?>
<そう。巣作りをしてた>
<働き蜂のあなたがこの大きさって事は、巣はかなーり大きくなるんだよね?>
<森で一番大きな木の
<一番大きな木……女王蜂は巣と同じくらいになるんだよね?巣に入れるの?>
<女王様は子ども達を守るため、巣の外にいるもの>
「何て?」
女王蜂が巣を守るの?働き蜂達じゃなくて?私が知ってる蜜蜂と違うなぁ?
<ルイが想像しているのは普通の蜜蜂だね。同じような生態の蜜蜂も、こちらでは存在しているよ。でも彼女は魔獣だから、通常の生態とはかなり異なるんだ>
「あ、うん。サイズからして違うもんね」
<魔獣の蜜蜂は魔力を持っていますが、中でも抜きん出て魔力が高いのは女王蜂です。そのため、外敵から巣を守る役目を女王が負います。彼女達の蜂蜜は魔力を多分に含み美味であるため敵が多く、女王蜂でなければ容易く蹴散らされてしまう相手が大半なのです。女王蜂は最初の子育てを終えた後は巣を出て、防衛のため洞の入り口以上の大きさに日々成長します。その過程で守護防衛に関するスキルを覚え、胸部や腹部は剣さえ弾く装甲になっていくのだと、精霊の知識にはありますね>
<母は剣より強し、だね>
それを地で行く生き物がまさか存在するとは……すごいな魔獣の蜜蜂。
「女王以外に、誰が蜂を増やすの?」
<女王蜂が最初に生んだ娘達です。通常の女王の役目を彼女達が担います。働き蜂の体が大きいのは、花から集めた蜜と魔力を練り上げ、濃縮し、熟成させるためですね。魔獣にはよくある傾向なのですが、体が大きいものほど魔力を多く保有できます。それでこのような大きさに変化していったのではないでしょうか>
なるほど。魔獣だからイコール大きいってわけではなくて、そのサイズになる理由があっての大きさなのね。
魔獣の定義は魔力を持っているかいないか、それだけだ。ただその魔力が、本来の生き物の限界を優に超えさせる……魔獣の卵手に入れてから書き留めてたメモを確認したんだよね。書いてて良かったメモの束。
確か体型が大きくなったり、魔法やスキルを覚えたりするんだっけ……まさか獣と表記されてるのに虫も含まれてるとか、生態も大分変ってしまうとか、そういう事は思いもよらなかったけど。
目の前の、テレパスを使いこなす大きな蜜蜂さん。なるほど納得。魔獣は見ればわかる、まったくもってその通りでしたよオリバーさん。
さて、ここで次の疑問。ダンジョン内で魔獣の卵は宝箱から見つかるけど、魔獣の成体はモンスターのように自然発生する事はない。ダンジョンの謎だね。つまり彼女は、外からダンジョンへ入り込んでここの階層まで来たって事だ。
いったい何があったのか、嫌じゃなければ教えて欲しいと聞くと、蜂蜜を飲み切って元気を取り戻した蜜蜂さんは迷う事無く話してくれた。私達もテレパスで聞く体勢になる。
<ハチは森に住んでた。でも森は焼けた>
<森が……>
つい最近、聞いた事がある話だ。隣で、ドリアードが息を呑む音がする。
テクトが蜜蜂さんを見つめて、眉をひそめた。細かい所はテクトが記憶を読み取って補足してくれる手筈になっているので、その顔を見るに嫌な場面を見てしまったようだ……これ森林火災とかじゃないな。
蜜蜂さんとテクトが言うには、こういう事らしい。
人が入らない深い森に住んでいた蜜蜂さん達は、突然森の中へ武装した人達が踏み入り火をつけたのを、蜜集めの途中に発見。森の異変をいち早く巣へ持ち帰ると、女王蜂が巣の放棄を決定して引っ越し作業を始めたそうだ。目の前にいる彼女はこの時に事態を把握したらしい。周りに急かされるまま巣の中に貯め込んでいた蜂蜜を出来うる限り回収して、女王蜂の誘導に従い森の外へ飛び出していった。振り返った時には、森のほとんどが熱気に包まれていたらしい。
その後はいくつかの群れに分散し、腹に入れた蜂蜜をゆっくり消化しながらそこらじゅうを飛び回って、新しい住処になりそうな所を探した。けど、どこもかしこも争いばかりで安住の地は見つからず。煙のない地域へ飛んできたものの、一緒に逃げていた数匹の仲間は珍しい魔獣だと目をギラギラさせた人達に囲まれて捕まり。命からがら飛び込んだのがこのダンジョンだった。出入り口にいる受付にバレないように、頭上からこっそりと侵入した後は人目を避けつつダンジョン内を彷徨った。モンスターに襲われ、罠に襲われ、胃の中の蜂蜜も尽きて久しく、疲労困憊で休憩しようと床に降りたら、まさかのテレポート罠。108階層まで飛ばされて、目の前にキマイラが現れた……後はテクトに助けてもらうまで、無我夢中で逃げていたらしい。
あまりにも波乱万丈過ぎない?人の手が入ってない森なら放置してたっていいじゃない。火を付けた武装した人達は何なの、何でこんな酷い事をするの。また戦争?資源が敵を有利にするからこっそり燃やしたって事?戦争に勝つためなら、邪魔だと思ったら、森なんて燃やし尽くしてもいいと思ってるんだろうか。あまりにもひど過ぎないだろうか。こうして行き場をなくした子達や、命を奪われてしまった子達の事を、誰も考えないんだろうか……
うつうつと考えていると、テクトの手が私のほっぺを押した。半眼のテクトが柔らかく摘まんでくる。え、お、おう?
<戦争してる奴の気持ちなんて、ルイがわかるわけないでしょ。まあ、例えテレパスで読めても理解はできないだろうけどね>
<テクト……>
<勘違いしないで欲しいのは、女王蜂を含めた蜜蜂達は、誰一人として悲観も恨みもしてない事だ。森が燃えたのも、仲間がいなくなってしまったのも、自然の摂理として受け入れている。ただ生き延びる事が大切なんだよ。数あるうちの誰かが生き延びて次世代へ命を繋ぐ、その行為だけが彼女達の優先するべき事だ。その“誰か”に今回は彼女がなっただけ。哀れむのは、お門違いだよ>
<うん……そう、そうだね。私が勝手に悲しんで落ち込んじゃったんだ。ごめんね、蜜蜂さん。話の腰を折っちゃった>
<ハチは知ってる。お前達の言う事は、だいたい複雑>
あ、はい。長話すみません。
<この群れではハチしか残らなかったけど、他の群れはわからない。女王様の子孫は必ず、どこかで続く。何も心配いらない>
<そう……そうですね。あなた方は誉れ高い女王蜂の子ども達。どれだけ困難な道のりがあろうと、決してくじけは、しないでしょう……>
<ドリアードお……>
綺麗な黄色から、ぼたぼたと涙を零すドリアードの背中を撫でる。やだ、誰かが泣いてたら私も涙が出る。ツンっとする鼻をすすった。
「違うんです。彼女を哀れんで出たものではないのです。ただただ、胸がきゅうっと締め付けられて、苦しくて。命を懸けて子ども達を守った女王を思えばこそ、託された思いを守ってきた彼女の旅路を馳せればこそ、尊敬の念と共に涙が零れてしまうのです……!」
「わかるよ、すごくわかる。泣くのは失礼だって。でもかっこよすぎて、切なくて、出ちゃうよね……!」
<やれやれ……放っておいていいよ蜜蜂。彼女達は、全力を懸けて生きる君らに感動して泣いてるだけだ>
<ふうん>
私達は察してしまった。蜜蜂さんの話から、女王蜂が出てくるのは最初の森の時だけ。そして群れを守る最大の防衛が存命だったなら、いくつかの群れに分かれる必要はない。きっと女王蜂は森の中で命を落としたのだろう。
女王蜂は自分の役割を全うしたんだ。可愛い子ども達を炎熱から守り、外へと逃がし力尽きてしまった。蜜蜂は数の多い群れだ。一度で皆が逃げ切れるとは思わない。きっと何度も炎の中を往復しただろう。苦しくつらい道中だったはずだ。テクトが否定しないのも、またその裏付けであるような気がしてならない。
女王蜂が守った命が、戦火から遠く離れた私達の所まで辿り着いた。その奇跡に涙せずいられない。
テクトのフォローのお陰か、蜜蜂さんが怒る事はなく。私達はしばらく泣き続けた。
<人の子が許すなら、ハチは巣を作って子孫を繋ぐ。ハチ以外は見逃してほしい。ハチはずっとお前の手足でいるから>
私達が落ち着くのを見計らってか、蜜蜂さんが神妙な声で伝えてきた。ん?何の話?
テクトが呆れた顔で私をつつく。
<蜜蜂の恩返しだよ。助けてもらったから、ルイの配下になるって話>
「あ、……ああー!ええと、それねっ」
あまりに壮絶な背景を聞いたショックで忘れてたとは言えない。テクトにはバレてるけど。
<私は配下とかはいらなくて……あ、決して、あなたに不満があるわけじゃないんだけど。そもそも蜜蜂さんを顎で使う事は考えてなかったと言うか>
<配下は欲しくない?……なら、女王の子孫が欲しいのか?>
<いや貰おうとは思ってないから。私が願ってるのは、蜜蜂さんが無事巣を作って次世代へ繋げる事なんだよ。私応援するよ全力で>
<……困る。ハチ以外、ハチはあげれるものがない>
目に見えて落ち込んでしまった蜜蜂さん。あああー、いや私そんな顔させるために断ってるわけじゃなくてだね!うーん、突然配下とか言われてもなぁ。命令できるほど偉くもないし、このままだと彼女に今後どうするかも聞けない気がするぞぉ。
私が悩んでるうちに、テクトが飲み終えたコップを下ろす。
<ところで巣を作る前提で二人とも話してるけど、どこに作る予定なの?このダンジョン、花も木も、水源もないよ>
<……ないのか。強い獣>
<一切ないね、僕が知る限りは>
<ハチは、逃げる場所を間違えた……?>
ショックを受けたのか、震える蜜蜂さん。ああー、テクトが容赦なくてごめんよ。でもこのダンジョンは廊下と小部屋が繋がる構造ばかりらしいよ。壁や床の材質や雰囲気、大きさの規格は階層によって変わるけど。
でも、そうか……さっきの話を聞くに、外は天敵以外にも人が危険だ。珍しいからって狙われて、仲間は捕まったし。そんな所に体調も回復したしこれから頑張ってねって放り出すのは、自然に返す行為じゃない。蜜蜂さん一匹じゃハードモード過ぎる。
いいぞ私、話が整頓出来てきたぞ。蜜蜂さんが言ってるのは、今はあげれるものが自分しかないって事だ。彼女は働き蜂。そして、巣を作って子孫を増やす気力を持ってる!
「そっか……つまり、私は拒否するんじゃなくて提案すればよかったんだ!」
「る、ルイ?」
「私達が受け取りやすくて、蜜蜂さんが恩返しやすい方法を、これから作ればいいんだよ!」
まったくもって気付かなかった!自然の生き物は自然に返すべきなんじゃないかとか、配下とかはご遠慮したいとか、そういう事ばかり考えてた!そんな昔の常識は、このファンタジーが行き交う世界にはいらないんですよ!
「ねえドリアード!家族が増えてもいいでしょうか!」
「え……あ、はい!私は賛成です!!」
私が言いたい事が伝わったのか、ドリアードが大きく頷いた。
テクトは言わずもがな、聞く前に<好きにしなよ>と穏やかな答えが届いた。
「よし皆、箱庭に帰るよ!!テクトは卵お願いね!!」
「はい!」
<任された>
<お前達どこに行く?ハチはどうなる?>
<蜜蜂はルイについていってね。
ルイの言う“皆”に君はもう含まれてるんだよ、というテクトの優しい声に後押しされて、私は荷物を片付け意気揚々と壁に向かう。鍵を刺し込んで回すと、蜜蜂さんは不思議そうに手元を見てる。
<穴がないのに刺さった。これ、何?>
<不思議な鍵!素敵な所に繋げてくれるよ>
<ふうん……何だこれ、動いてる>
私がいつものように壁を押すと、その先から青々した草の香りと、ほんのり甘い花の匂いが吹き抜けてくる。そんな風を感じたのか、蜜蜂さんは随分と前のめりだ。
<この匂いは……!>
私が壁を押し切ると同時に、蜜蜂さんは飛び出した。説明する間もなく、ブンッと音が駆ける。蜂の全力飛行はっや。
<花、花がある!大きな木!湧き水!魔力が心地いい!飛ぶのが楽だ!ここは何?すごい、きれい!こんなの、ハチは初めて見た!>
蜜蜂さんが興奮気味に花畑や聖樹さん、湧き水や菜園の上を飛び回る。飛行がじぐざぐだ。ワクワクしてるやつですね、あれ。幼女はよくわかる。
<私達が暮らしてる場所だよ。ここはずっと花が咲いてるんだ>
<ずっと?花の蜜も花粉も、ずっと手に入る?お前すごい、すごい場所を知ってる>
<いただきものなんだけどねぇ、住まわせてもらってるし、ありがたい事にこの場所を好きにしていい許可も貰ってるから……ねぇ蜜蜂さん>
<何?>
花畑の上をぐるりと回った後、蜜蜂さんはこっちに戻ってきた。
<もし蜜蜂さんが嫌じゃなければ、この箱庭で一緒に暮らしませんか。ここなら天敵は入って来ないし、花から蜜も花粉も取り放題!ゆっくり休むのにも最適!>
<ここに巣を作っていいのか?>
<うん。巣の場所は聖樹さんと相談になると思うけど、次世代はゆっくり育てる事が出来るよ>
<ハチはハチ以外あげられないのに>
<そんな事ない。私達は蜜蜂さんが困らない程度に蜂蜜を貰えたら満足だよ。箱庭は温暖な気候を保ってくれるから、越冬分の蜂蜜は余ると思うんだよね。それをちょっと分けて貰えたらいいんだ>
つまり上下じゃない、横の関係だ!
この箱庭で一緒に暮らせば、彼女は最も大切にしている事に専念出来るだろうし、私達は美味しいって噂の蜂蜜をお裾分けしてもらえる!!これぞ素晴らしい共生!!
<そんなものでいいのか?ハチはハチらしく、蜜を運んでても許されるのか>
<むしろ今まで通り生活してほしいよ。私は配下は必要ないけど、蜜蜂さんとは仲良くなりたいから。普段はそれぞれの家……巣で暮らして、おはようとか挨拶して、花の様子を一緒に見たり、困った時に助け合える方が私は嬉しい>
<お前達もか>
蜜蜂さんが確認するように、テクトとドリアードへ思念を向ける。
<私も同じような経緯でルイに誘われましたので……先の住人として、お勧めの場所ですと胸を張って言いましょう>
<僕は構わないよ。蜜蜂の生態を近くで見た事はなかったしね。邪魔はしないから観察させて、興味深い>
<……そうか。ハチは逃げた場所を間違えてなかった。良い奴らに助けてもらった。待っていろ。美味い蜜を作ってやる>
<気長に待ってるね!>
あれ、でもそういえば。
<蜂って女王じゃないと働き蜂は増やせないんじゃなかったっけ?>
養蜂やってる人がそんな事を言ってたような……生殖器がないとかなんとか。
<受精卵でないとメスが生まれないのは、ただの蜜蜂でも魔獣でも同じ事ですが。魔獣は少々離れ業が可能でして……>
<へ?>
ドリアードが言葉を濁す。私はそっと、浮かんでる蜜蜂さんへ視線を向けた。
彼女は笑った。いや、私がそう感じただけかもしれないけど……確かにお腹に手を当てて、誇らしげに笑ったのだ。
<女王様はハチ達に子孫を分け与えた。娘の卵だ。次代の女王を作るハチだ。今もハチの腹の中で生きてる。後は巣を整えてから、腹から出して、孵化するのを待てばいい。ハチの仲間も増える。ハチが生きれば、子孫は繋がる>
……魔獣ってファンタジーが過ぎるわ。結構なカルチャーショックだよ!
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