96.恩返し返し
「そういえば、ルイはテレパスが可能なのですね」
安全地帯に着くと、ドリアードが思い出したように言った。
「いや、持ってないよ?テクトのテレパスが一方的でも機能するから、私がスキルなくても違和感なく会話出来るけど」
「まあ……先ほど思念を聞き留めていらっしゃったので、てっきり習得済みなのかと思いました」
「……あ」
いや待って?確かにおかしいな。普通テレパスって、チートな聖獣を除けば受信送信アンテナみたいに同じスキル持ってる者同士じゃないと脳内会話は出来ないよね?そして私はテレパス持ってないから、誰かの思念は受信しないはず。
頭の中に聞こえてくる声につい反応したけれど、あれ、これってどういう事?
<たぶんだけど、僕とルイの絆が強まった事による、加護の強化だと思う>
「テクト!」
テクトの落ち着いた声が聞こえたけど、姿は見えない。テレパスだけ飛ばしてるみたいだ。ドリアードと二人で廊下の方をそわそわ覗き込んでると、また声が届いた。
<蜂の保護は出来たけど、興奮が治まらなくてね。もう少し待って>
「テクトは怪我してない?」
<誰に言ってるの。大丈夫、キマイラなんて結界に閉じ込めて廊下の端まで蹴ってやったから>
「さすが」
「頼もしいです」
無事ならいいんだ。テクトが帰ってくるまで、寛ぐ準備をしようか。あの蜜蜂さんに効くかわからないけど、ポーションもね。
ドリアードにカーペットと卵を置くためのクッションを準備してもらいながら、私は卵を撫でつつ考える。
「そういえばダァヴ姉さんが随分前に言ってたんだけど。聖獣の加護は、加護を授けてくれた聖獣と仲良くなればなるほど効果が強まるって」
「なるほど……パスの強化ですね」
「パス?」
英単語なら道筋、通り道、とか……ゲームの所感だと、繋がり的な意味かな?
ドリアードはクッションを並べて、毛布を取り出す。
「精霊の知識によりますと、聖獣と勇者の間には加護という名の魔力のパスが繋がっていて、それは最初は細い糸であり、最低限の保護である。長い月日を共に歩めば歩むほどその糸は太くなり、聖獣の加護が通りやすくなると……つまり、聖獣様の強力なお力を通すための道が、ようやくルイへと開いた、という事ではないでしょうか」
「その結果が、私も思念を聞き取れたって……テレパスを習得したって事?」
「おそらく」
それって、結構ズルだなぁ。本来ならずっと長い間鍛錬して、ようやく手に入れるスキルなのに。私なんて修行とは無縁の、健康生活しかしてないんだけど。
まあいっか。大事なのは、それが今とても役立ったって事だもの。
抱っこ紐の中に腕を通して、ドリアードと一緒に卵を持ち上げる。ゆっくりと、転げ落ちないようにクッションへ下ろして、詰めてた息を吐いた。
「あの者の声は私も聞こえました。私も妖精になった
「うん」
「ですが、私の一存で無責任にも助けてやってくれと、言ってもいいのかと……少し、躊躇してしまいました」
卵を毛布で包みながら、ドリアードの表情が暗くなる。
彼女は森の生き物達の死に際へ寄り添うため、進化した精霊。助けを求める声に、すぐ足を踏み出せなかった自分を、軽蔑してるのかもしれない。また役立たずだと落ち込んでるかもしれない。
ただ……その時と今じゃ、状況が違うから仕方ないんだよなぁ。でも、仕方ないで済ませられる問題でもないんだよね。
「私もドリアードも、助けられる力がないからねぇ。必ずテクトに頼む事になるし、実際助けた後どうするかって話になる。ここはダンジョンだし、外に出してあげるにしても、誰かに頼む事になるよ。そうなったら私の出番かな。100階の冒険者さん達にお願いできると思う」
「ルイ……」
「でも、なんていうかさ……そんな深く思い悩まなくっていいよ。私って結構考えなしだからさ。これからどうしようかなんて、命が助かったらほっとして、お茶でも飲んでから、ゆっくり考えていいかなーとか。実は呑気な事しか考えてないんだ。とりあえず何とかしなきゃって思っちゃう方だから、後先考えなよっていつも言われてたんだけど……ドリアードはまず私達の安全を考えて、そしてもっと先を考えて自分を止める事が出来るんだね。そういうのだって、とても大切な事だよ」
誰かを助けるって事は、その人の人生に関わる事。そして、助けた人達を私の人生に巻き込む事でもある。ルウェンさん達にポーションを渡した後の騒動で、私はそれを学んだ。
たくさん苦労させてしまった。宝玉を売るから情報ください、なんて言わなければ、別の方法を取っていれば、あの人達はギルドに虚偽の報告だってしなくて済んだ。今もまだ、嘘をつかせているし、これからも騙させてしまうだろう。彼らなりのお礼だし、スムーズにお金儲け出来るようになったから、後悔はしてないけど。でもそんな恩人達を、私が未だに騙してる。
もうちょっと、ルウェンさん達の迷惑にならないような、別の方法があったんじゃないかって思わないでもないんだ。現状は、私が彼らの役に立てているから心苦しく思わないように出来るだけで。
グロースさんに言い含められた言葉は、確かにまだ、私を心を守ってくれている。
「私じゃ思いつかなかった事を考えてくれてありがとう、ドリアード。頑張ってもらったテクトには、しっかりお礼をしようね。まずはカタログブックで、美味しそうなケーキ探しを手伝ってくれる?」
「はい……ありがとうございます、ルイ」
「お互い様だよ」
テーブルにカタログブックを広げて、これはどうだこっちはどうだと画像を指さし合っていると。
てくてく、と可愛らしい足音がした。
<ただいま。話を聞いてくれるようになったから連れて来たよ>
「おかえり。わがまま聞いてくれてありがとう」
「ありがとうございます、テクト様」
<お安い御用だ。むしろ、ようやく本来の僕の力を発揮できたって感じかな。見せられなかったのは残念だけど>
疲れた様子のないテクトが、カーペットへ上がり込む。私が手早く洗浄魔法をかけると、腕を伸ばしてリラックスモードへ。テーブルに出しておいた、オレンジ水のコップを嬉しそうに傾けた。
私は蜂蜜がたっぷり入った深皿をゆっくり押して、安全地帯の隅からこちらを伺っている蜜蜂へ笑って見せる。敵意はありませんよー。
「飛び回って疲れたでしょ?いい所の蜂蜜だから口に合うといいんだけど……休憩しない?」
<ルイ、テレパスで伝えないと駄目だよ。彼女は知性ある魔獣だけど、人里から離れた場所で生まれ育ったから。人語が理解できない>
「え、いつも受信するだけだったから、どうやって送信するかわからないんだけど」
<それこそいつも通りでいいよ。言葉が届くように、強く念じるだけでいい>
「そうです。伝わるといいな、の気持ちです」
ええー、本当に?
テクトとドリアードのアドバイス通り、さっき言ったのと同じ内容を蜜蜂へ向かって念じてみる。届けー、伝われー。
<……そこの、強い獣から>
お?
<ハチを助けてくれたのは、人の子が頼んだからだと、聞いた。人の子は、お前だけ。何でハチを、助けてくれた?>
片言だけど、幼い女の子の声。悲鳴の思念が途切れ途切れだったのは、興奮状態だったのもあるけど元々こういう喋り方だからかな。
しかし、何でって聞かれてもなぁ。後先考えないタイプだから、って言って納得してくれるかなぁ。
<助けてって言ってたから>
<ハチは、お前に言ってない……お前がいた事も、気付かなかった>
そりゃ隠蔽されてたからね。
<理由は考えてないんだよ。助けを求める子がいたから、出せる範囲の手を出してもらった……みたいな。テクトに頼んだ時は本当に、何も考えてなかったんだよ。助けてって言われたから助けなきゃって思った。でもその手段を持ってるのはテクトで、私とドリアードは危ないからここに来て待ってた。それからゆっくり自分の気持ちを考えてみたら、思った事がいくつかあって……>
<待って。お前の思考、複雑。わかりづらい>
<ええーっと、ちょっと待ってね>
どう伝えようか悩んでるのも届いちゃったか。何言ってるんだこいつって感じだね、ごめん。うーん、つまり、そうだなぁ。
私は色んな人に助けられてばっかりなのに、皆は気にするなって言う。気に病むなって諭される。それはとても正しいし、密かに勝手に追い詰められてた私は救われた。健康に、この階層でのんびり生活して、ちゃんと商売できるようになっていく事が皆への恩返しになると今はわかってるし、納得してる。
でも私は、貰ってばっかりは嫌な性分なのだ。私の両手に溜まっていくばかりの恩を、消費できないと居心地が悪い。いっぱいいっぱいで溢れそうな行く宛てのないお返しを、そろそろ誰かに受け取って欲しかった。
貰えるものは喜んでもらうくせにって?乙女心は複雑なんだよぉ!
<恩を返そうと思ってたんだ。私を助けてくれた世界の誰かに。あなたがこの階層に来てくれてよかった>
<……お前の思考、やっぱり複雑。理解出来ない>
<ん?>
思案にふけって閉じていた目を開けると、蜜蜂さんはカーペットの所まで近付いていた。真っ黒で艶のある複眼が、キラッと光る。
<野生なら、弱ったものは捕食される>
<あ、虫は食べない主義です>
元の世界でもイナゴの佃煮は食べられなかった。佃煮は大好きだけどイナゴは駄目。動いてるのを見るのはいいんだよ、生きてるのを捕まえるのも問題ない!見た目も案外可愛いと思う!
でも食べるのだけは駄目なの!食感が受け付けられない!虫独特のあの食感だけは無理!!
<ルイ、そういう事じゃないよ。何で自ら脱線してくの君は>
あ、はい。ごめん。テクトに冷たい目線を貰ってしまった。あちゃあ。
蜜蜂さんは首を傾げていたけど、前足で顔をてちてちし始めた。あれ、これはリラックスし始めているのでは?
<お前は野生の枠から出てる。ハチは理解できない>
<え、そう?>
<主食が虫じゃないのはわかった>
<うん。私の主食は炭水化物>
<つまり、ハチを配下にするのか>
<なんて?>
突然の配下発言止めてください。これから外に出るか、しばらくここで休んでいくか、聞くはずだったのに!
「ルイ、人里から離れた場所で生きた魔獣に、人の心情は詳しく理解できません。彼女は自分がわかる範囲での常識で、あなたに恩を返そうとしているんですよ。身一つしかない彼女は、その身を捧げるしかないと思っているんです。捕食されないなら、配下を望んでるんだな、という感じです」
「返せたと思ったらまた返される!恩返しってそういうものだよね!」
<わかった、実は結構混乱してるね君>
三人でわちゃわちゃしていると、視界の端に触覚がうろうろし始めた。振り返れば蜜蜂さんがテーブルまで移動していて、細い前足をテーブルに乗せた。複眼や口、虫らしい顎、ふわふわの胸部に腹部がよく見えるようになる。
大きいとグロテスクかと思ったけど、案外可愛い顔してるな。それに静か。飛ばないと全然音がしないねぇ。
<ハチは何をしたらいい?>
<えーっと、傷付いた所ない?>
<羽が切れたから、飛びづらい。飛べないハチはいらない?>
<そんな事言わないよ。お腹は空いた?>
<空いた。ハチはずっと飛んでたから、蜜も花粉も、食べてない>
<じゃあその蜂蜜飲んでていいよ。その間、羽を触っても大丈夫かな?>
<お前の好きにしたらいい。ハチはお前のものだから>
深皿に顔を近づけた蜜蜂さんは、触覚をゆらゆらさせてから、蜂蜜に口を伸ばした。ちゅうちゅう吸ってる。どうやら夢中のようなので、皆で彼女の背後に回る。
「ねえドリアード、ポーション使っても大丈夫かな」
「問題ないと思いますよ。森の猟師は手伝いの魔獣にポーションをかけていましたし、魔獣は魔力の親和性が高いので少量で済みます。肉食の子に薬草を無理やり食べさせなくて済む、と重宝していましたよ。同じ魔獣のこの子も、振りかければすぐに治るでしょう」
「あ、そっか。ポーションと魔法以外の治癒って薬草だったっけ。そりゃあ肉食にはつらい……魔獣?」
ん、待って?なんか初めて聞いたような、聞き流していたような?
ドリアードは、私と視線を合わせて全く逸らさず、頷いた。
「この蜜蜂さん、魔獣だったの?」
「はい、魔獣です」
<さっきからそう言ってたでしょ。いつもの如く聞いてないと思ってたけど>
「いや、やけに大きいなって思ってたんだよ。私の顔ぐらい、じゃない。落ち着いて見たら顔から腰くらいまである。めっちゃでかい」
<ハチはまだ小さい。女王様は巣くらい大きくなる>
「マジか」
初めての魔獣は卵のあの子になると思ってたのに。ダンジョンって何が起こるかわからないな……
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