94.前進と抱っこ紐



プリンが大層気に入った皆さんはデザートを追加し、さらに減ってきた宝玉とか野菜、水、洗浄、その他諸々をどっさり購入した。しめて本日の稼ぎは40万なり。うわあ、前回よりめっちゃ増えた。水だけで10万だもんね、そりゃ一気にどーんっと増えますわ。

ただ、先日の「魔族のお偉いさんケーキをここからここまで事件」を何とか乗り越え(内心の評価では)レベルアップした商売人な私は、満点笑顔でお金を受け取るまでに成長しているのである。私だっていつまでも大金にビクビクしてらんないからね!肩が微妙に震えてたとは言わないでテクトさぁん!

次回もまた水をお願いね、と水樽2つを預かり意気揚々と箱庭へ凱旋する。また10万の予約を取ってきたよー、ドリアード!

あれ?家や聖樹さんの方を見ても、花畑を見ても、あの愛らしい姿が見当たらない。どこだろ。


<家庭菜園の方だね。ほら、今ちょうどツタを伸ばしてる>

「おおっ。すごい、何か伸びてきた」


菜園の隅から細長い何かがビヨヨ~ンと飛び出す。それは聖樹さんの横を一直線、空まで伸びようかという時ふいに止まった。ちょうど聖樹さんの半分過ぎたくらい。あれ?

肩から降りたテクトが、小さく頷く。


<聖樹以上の長さにしようとしたみたいだけど、あそこが今の限界だ。ルイが背伸びをしているみたいに、ツタが震えてる>

「練習中だね。ドリアード頑張ってるなぁ」

<普段から使い慣れておかないと、いざという時困るからね>

「ああー。セラスさんみたいに自由自在にツタを操れると、遠くのものとかすぐ手元に引っ張ってこれて楽そうだよね」


両手で作業してると、後一本腕があればああ!って思う時がよくある。ハンバーグとか揚げ物してる時とか。肉の脂や粉物は絶対に手の隅々まで入り込む。加熱作業のたびに手を洗ってから次の作業してまた汚して洗って……を繰り返すと、とても不便さを感じるんだよねぇ。まあ、今は洗浄魔法でパパっと綺麗になるから特にそう感じるんだろうけど。

ツタを自在に使えれば……フライ返しを器用に操れる日が来るかもしれないね!ついでにツタを伸ばして男性陣を締めあげるセラスさんを思い出して、首を振った。そこまで思い出さなくてよかったぞ、私。


<……まあ、ドリアードも色々考えて、このままじゃ駄目だとは思ってるんだろうね>

「ん?」

<外へ出る準備をしてるんだよ。ある程度自衛のすべを覚えておけば、平静を保てると踏んだんだろう>

「でも外へは出たじゃない。皆で一緒に。あの時は楽しそうだったよ」

<そりゃあダンジョンにはね。ドリアードが想定してるのは、人前って事>

「あ……ああー」


思わず頭を抱えてしまう。何で忘れてたかなー、もー!大事な事じゃん、ばかぁ!

ここ最近のんびりしてたから?ダンジョンの宝箱開け楽しかったよね、ドリアードも笑ってたし、あはは……はー。

……私は拒否されないから、胡坐かいてたのかな。


<ルイが神様並みにうっかりなのは置いといて>

「ちょっとこら」

<ドリアードは前向きに外へ出ようと考えてるって事だよ。現状を打破しようと、出来る事から始めてる>

「うん」

<ルイ、自分のうっかりを謝るより、まずは彼女を褒めるべきじゃない?>

「うぐ……そうだよね。ドリアードの頑張りを、私が台無しにしたらダメだ!」


よーし、そうと決めたら行きますか!特攻だぁ特攻!幼女の全力突撃をお見舞いしてやるー!

リュックをテクトに投げ渡して、ブーツを脱ぐ。芝生だとブーツは滑る可能性があるからね。小石が混ざってないここの芝生は、素足で走っても安全だ。全力で走る時は身軽な方がいい。

ツタはしゅるしゅると家庭菜園の方へ戻っていく。ほんの小さな木の陰に、しゃがみ込んでいるドリアードの姿が見えた。目標補足!幼女いっきまーす!

ふっくらした足を前に出す。この小さな身体にも慣れたから、ぐんぐんとスピードが上がっていく。広い芝生、花畑、横目で聖樹さんに手を振ってから、音を立てないように、でも素早く駆ける。ドリアードはまだ気づいてない。集中してるのかな?その姿が段々大きくなってきて、耕した土を眺めてるのが良く見えた。チャンス!


「どっりあーどぉ!!」

「え?あ、ええ!?ルイ!?」


私の声で顔を上げたドリアードは、目を真ん丸にして見上げてきた。貴重なポカン顔いただきましたー!このまま突撃ダーイブ!


<……まったく。勝手に前向きにさせておいて気付いてないんだから>


芝生に寝転がってドリアードときゃあきゃあ笑い合っていると、テクトが荷物を持って近づいてきた。んー?何か言った?

緑の瞳が細まって、にんまり笑う。


<そろそろおやつの時間だよ。僕はゼリー食べたい>


いいねぇ、じゃあ今日は皆で同じゼリーにしようか。色とりどりのゼリーをまぁるくくり抜いて、透明な器に落としたら……そうだ、サイダーを入れよう。気だるい夏はゼリーも喉を通らなくて、そういう時は炭酸水と一緒に食べると美味しかったなあ。適当なサイズに切り分けたゼリーをコップに入れて、サイダーを注いで。ちょっと大きめのスプーンでゼリーと炭酸水を掬い取る。

しゅわしゅわの泡とゼリーがくっついて、キラキラの器越しに、またスプーンの中で見ればドリアードもきっと楽しいはずだ。ドリアードのは砂糖なしの炭酸水にして……あれ?

そういえば私、小さくなってから炭酸飲んでないな。ずっと水かお茶、野菜ジュースとかパック系だし。って事は、ドリアードは勿論テクトも初体験だ。え、大丈夫かな。炭酸の弾ける感じ、子どもの頃は苦手だった気が……ものは試しだ!やってみよう!

結果から言うと、サイダーゼリーはテクトの尻尾をピンっと立たせ、ドリアードの目と舌を大いに喜ばせた。


「たんさん……すごく楽しいです!口の中がぱちぱちします!ふふっ、喉もぱちぱち!」

<んむっ、うん。最初はびっくりしたけど、これもなかなか癖になるね。ゼリーの味を邪魔しないのに、印象がガラッと変わる。面白い!>

「2人が楽しめたようで、なによりだよ……」


私?私は全然駄目だった。念のため用意した微炭酸も幼女には刺激が強すぎて、口の中が大混乱だ。

コーラはしばらくお預けかぁ。残念。




















おやつの後はクリスさん達から仕入れた情報を、ドリアードに話すと。


「私達は外での作業が多いため、卵と離れている時間も長いです。その魔獣使いという方々が首から下げる方法は、とても良い案だと思います」


真剣な顔で聞いて頷いた彼女に頷き返し、私は腕を上げて宣言する。


「というわけで、卵のために抱っこ紐を作ろうと思います!」


ちなみにカタログブックで抱っこ紐が売ってないかどうかはすでに確認済みである。あれだけ話題になるんだもん、魔獣使い御用達用品店とかありそうじゃない?抱っこ紐ないかなって探したけどね、大人用しかなかったよね!私達は全員小さいから、サイズが合わない!サイズが合わないものは危ない!結論、作るしかない!!


「はい!……すみません、勢いで頷きました。だっこひも、とは何でしょう?」

「大人が赤ちゃんを抱っこする時に支える紐や帯の事だよ。ずっと赤ちゃんを抱っこしてると両腕や腰が疲れちゃうでしょ?負担を軽くするためでもあるし、両手を使えるようにするためでもあるの」

「なるほど。人は腕が二本しかありませんし、子育てに必要な補助道具なのですね」

「そうだねー。必要だからって軽率に腕は増えないしね」

<ルイ、脱線してる>

「おっす」


私はカタログブックを取り出して、大判の布を検索してもらう。

ついでに出したバスタオルの両端っこをぎゅっと絞……れなかったので、テクトにも手伝ってもらう。バスタオルの輪に体を通して、一応落ちると危ないのでクッションを胸元に突っ込んだ。肩にしっかり引っかけて、即席の前抱き抱っこ紐だ。


「大きな布をぬい合わせて、こんな形にしようと思うんだよね。安全のためにふわふわの生地も挟んで、重たくなり過ぎないようにしたいんだけど」

「まあ……それは素敵です!この子も喜ぶ事でしょう」


ドリアードが魔獣の卵にぴとっと頬をくっつける。ドリアードより少し大きい卵は、彼女の両手には収まりきらないので、抱き締めようとすると頬がぺったりくっついてしまうのだ。それがめっちゃくちゃ可愛い。ああ、カメラ……!

おおっと、またテクトに睨まれちゃうよ。おっけー、大丈夫。私は正気です。


「まずは布を選ぼう。ドリアードは何がいい?」

「そう、ですね……」


カタログブックをユニット畳に広げて、ああでもないこうでもないと話した結果。

空色の布地に小さな花が散ってるものになった。ドリアード曰く「箱庭を連想できて素敵だと思います」らしい。理由を聞いて即採用だよね。

綿100%の布を購入。カタログブックは裁縫のお店みたいに長さ売りしてくれるから助かるね!

それから大きい紙も買う。卵が収まるように型を取らないとだからね。

テクトとドリアードに卵を押さえてもらいながら、紙を当てて必要な所を書いていく。

クロス抱っこ紐にしようと思うんだよ。こう、頭からすぽっと被って、装着した後は卵をお腹に入れるだけって感じの。赤ちゃんより大きいから前と後ろでクロスして強めに作る。足を通す必要はないから横は補強部分。背当て部分は卵が潰れないようにふっくらさせて、でも落ちる心配がないように上は、そうだなぁ。少し高くとって、ゴムを入れようか。しぼまれば簡単に転げ落ちないでしょ。

さて、型紙は無事取れたけど……これはちょっと時間がかかりそうだ。抱っこ紐なんて、普段はミシンを使って作るものだしなぁ。強度的にも布を重ね合わせる部分が多くて、私の力じゃ針が通らなそう。

自信満々に作ろう!とか言ってたけど、エプロンと違って無理難題が多いなこれ。


<ま、そういう時は僕の出番だよ>

「知ってた。頼もし過ぎるテクトさん先生」

<それ敬称じゃないよね?>


どや顔で胸を張ってたテクトが半眼を向けてくる。えへへ……いや、頼りにしてるのは確かだよ。ちょっとふざけたのは否定しないけど。


「私は……お手伝い出来る事があるでしょうか」


ふと、ドリアードの落ち込んだ声。テクトと揃って横を向くと、両手を眺めながら俯くドリアードが。


「私は裁縫を知りません。力も、あまり強くはありません……何が出来ましょう」

「私とテクトが布にかかりきりの間に、卵に寄り添えるよ。これが一番大切な事だよ。孵化するには誰かの体温がいるんだもん」


ドリアードの手を握ると、ほんのり温かい。精霊にも体温はある。生命体だからね。


「私が疲れた時は、私の代わりにテクトを手伝ってあげられるよ。わからない事があったら、卵抱っこしながら口出しするからね!なぁんにも心配いらないよ」

「……そうですね。出来る事から、です。ちょっと弱気になってしまいました」

「大丈夫!気にしないでね。それに、今から縫い方を覚えてもいいよー。私がいくらでも指南しましょう!私のおススメはレース編みなんだけどね」

<それ卵には使えないやつだよね>

「えへっ」




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