93.卵の話
私が手本で焼いた後、習うより慣れろ精神と、数枚じゃ確実に量が足りないので1人1枚ずつ焼いてもらう事にしたんだけど。
じゅぅわあああああ……
「大丈夫、これ焦げない?焦げてない?」
「匂いは焦げ臭くないから問題ない……問題ないよな大丈夫だよな?」
「もうひっくり返す?まだか?」
「いじらない方がいいの?だって焦げるよ?黒くならない?」
「いや生焼けも嫌だぞ俺は。ルイ先生の言う通りもう少し放っておいた方が……い、いいんだよな?」
「うー……」
初対面の時に盛大に怒り過ぎたせいか、フライパンの前でびくびくと鳥肉を見守る男性陣が出来上がってしまった。皆がそれぞれフライパンの中身を覗きやすいように広がるから、扇形に見える。組体操かな?
それに耐えられなかったのはアリッサさんだった。アレクさん達と同じように焼いてるクリスさんの横で、ああーもう!と爆発してしまった。
「うるっさい!いじいじしてないでドンと構えてなさいよ!ルイが怒らなくても傍から見てるアタシらがイライラするわ!!」
「まあまあアリッサ。仕方ないですぅ、あっちはほとんど初心者なんですしぃ」
「大目に見てあげてよ。カッカしなーい」
「慣れてる私達とは勝手が違うでしょうね。あまり怒鳴らないであげなさいよ。今日は私達がお邪魔してるわけだし」
「……ルイ、タレは1枚分ずつ作った方がいいの……?」
「そうですね。私は味が濃くなりすぎないように、毎度量って作りますよ」
今回使っているコカトリスのもも肉は、鶏より何倍も大きい。その太ももに鶏何羽か入れられますよね?ってくらい大きい。観音開きしてやっと程よい厚さ、フライパンに収まるサイズに切って……まあ鶏もも肉3枚分くらいかな。かなりのボリュームだ。これを1人1枚ぺろりと食べるって言うんだから冒険者の胃袋は底知れない。
日本にいた時は大きめのフライパンに3枚の鶏ももを入れて、タレを倍の量にしたりしたけど……ここでは寧ろ、倍の量が標準的なんだなぁ。
「皮から出た脂は個人で好き嫌いがあると思うんですけど、脂っこいのが嫌って言う人はひっくり返す前にある程度取り除いた方がいいですね」
「なるほど。くどっぽいのあまり好きじゃないから除けとくわ」
「え?何て?ルイ先生これ今ひっくり返していいの?ばちばち跳ねてるけど!?」
「……さっきルイがやってるの見たでしょうに、これか……」
「ははは……今行きますよー」
手際を見る限り、クリスさん達は大丈夫そうだし。ずっと不安そうなアレクさん達の方が心配だ。あんなに怯えさせた私にも責任あるし。もう少しフォローしよう。
こうして四苦八苦しつつも、ちゃんと美味しそうな匂いがする照り焼きが出来上がった。タレが万遍なく絡んだ鳥肉をザクッザクッと一口大に切って、透明な肉汁が滴り落ちる前に丼へ。すでにご飯とレタスを盛ったそこに並べて乗せれば、完成だ。白米はうちの湧き水で炊いたもの、レタスは旬のものを入荷したのでそれを、先に焼いた鳥肉は冷めないようにアイテム袋に入れてたから、全部の丼がほっかほか。美味しそうな湯気がふわりと浮かぶ。うんうん、大変よく出来ました!
強火を使ったのに美味しい匂いのするものを作れた!っていう感動で泣きそうになってる男性陣が大変微笑ましいけど……丼を神に捧げるが如く持ち上げるの止めてください。本当に神様が見てたらどうするの。ダァヴ姉さんが困った顔して来そうだから止めて。それと純粋にクリスさん達がドン引きした目をしてるから上げてる腕は下ろした方がいいです。
中華風の味付けにした卵スープを皆さんに配って、待ってました楽しい食事タイム。いただきますしてぱくんと一口。
「っんんまああぁああああ!!」
「照り焼きと飯の熱でレタスがしゃくしゃく……食感めっちゃ楽しい!」
「しあわしぇええ……湧き水ご飯めっちゃうまぁああ……!」
「飯もうめぇけどタレもうめぇ!タレが染みた飯が最高にうめぇ!」
「なんだこれ、もう、飯が、止まらなく、なるんだが」
「うっ……うっ……」
「美味しいのはわかるけど、食べるか喋るかどっちかにしなよー」
「口の中から出さないでよ」
文句は言うけど、クリスさん達はあまり気にしてない様子だ。これもまたコミュニケーションなのかねぇ。
彼女達はスープに息を吹きかけてからすすった。ぱちぱちと目を瞬かせて、それからふにゃっと目元を緩める。
「……ルイが作るスープはいつもほっとするわ」
「わかる。美味しい上に、あったかい。いや実際温かいスープなんだけどさ」
「言いたい事はわかりますぅ。安心しますよねぇ」
「……実家のような、安心感……」
「そうですか?皆さんのお口にあったなら、よかったです」
スープ椀を持って微笑む皆さんを見て、ふと昔の事を思い出す。「瑠生が作るご飯はほっとするね」って、よく大学の友達に言われてたっけ。お洒落な弁当とか作れなくて茶色いおかずばっかの時が多かったのに、私の手元を覗き込んでは懐かしそうに目を細めて、おかずを勝手に取ってって……「ホームシックだったけど元気出た!」と笑ってもらえた時は、おかず取られた怒りより嬉しさの方が勝ったなぁ。
まさか、異世界でも同じようなセリフを貰えるとは思わなかったけど。ふふ、にやにやしちゃうねぇ。
ただ、しみじみとスープを飲む女性陣の中でアリッサさんだけは、上機嫌に尻尾を立ててスプーン片手ににっこりしてた。そのスプーンの中には、黄色と白のふわふわ卵。
「アタシはこの卵好きだわ」
「いつもアリッサだけ斜め上の感想出ちゃうのが不思議ですぅ」
「仕方ないわアリッサだもの」
「アリッサだからねー」
「……好物にしか反応しない、野性の本能……」
「うっさい!!こっち見てないで早く食べなさいよ!!」
「そういえば皆さんに聞きたかったんですけど、ダンジョンの宝箱から卵って出てくるものなんですか?」
後片付けもお会計も終わり、まったり食後の休憩をしている皆さんに話題を振ってみると、にんまり笑って返された。お?
「もちろん、その情報は知ってるぜ」
「でもなー」
「タダじゃあ言えねぇなぁ」
「そうだねぇ。私達も冒険者してるわけだしー」
「冒険者はタダじゃ動きませんよぉ」
ノリノリでとぼけるムードメーカー3人とドロシーさんとエリンさん。この5人仲いいな。
ふふーん、これはあれだね?何かしらの対価を差し出さないと駄目なパターンだね?無知な私が他の階で恥かかないように試してくれてるやつだね?おっけー、任せてください!私なりの強い手があります!!
テーブルにどんっと並べたのは、とろとろとろける卵プリン。定価400円。自分へのご褒美に買っちゃおっかなーってなるタイプの、ちょっとお高級プリンだ。大きめサイズなのが大変グッド。
これを人数分揃えるでしょ?皆さんの目の色が変わるでしょ?にっこり返しするでしょ?
「卵の扱い方を教えて欲しいなーって思ってるんですよー!教えてくれるならあげます!」
「喜んでー!」
「教えさせてくださぁい!」
はいはい!と我先に手を上げる仲良し5人組と、呆れながらも期待に目を輝かせる後ろの方々。いえい、釣れたぜ。
<それ僕も食べる!!>
「もちろんテクトの分もあるよ。はいスプーン」
<やった!>
このプリンは濃厚な卵の風味を存分に味わいながらも、後を引かないさっぱりさがいいよね。甘すぎないんだ。舌に乗せた瞬間にとろけていく食感を味わっていると、すぐなくなっちゃう。次の一口、次のってやってると底にあるほんのり苦いカラメルが出てきて、それがまたいいアクセントで……は!私も夢中になっちゃダメじゃん。お茶で口の中をリセット、気分も切り替えていこう!
「はあ……とろけるぅ……」
「こんな美味しいプリンを貰ったら、喋るしかないわー」
「めっちゃいっぱい情報吐いちゃう……俺はプリンに屈した……」
「そこの人達は放っておいていいわよルイ。それで、卵が宝箱から出るか、っていう話だったわね。答えはイエス、確率が低いけれど出るわ」
「普通の事なんですね」
「ええ。どの階でもありえる話よ。そしてそのすべてが、例外なく魔獣の卵なの」
「ほほう」
魔力を有した獣。友好的な種族、だったよね。小さな妖精族と見分けがつかないよってダリルさんが話してた。
ドリアードが引き当てた謎の卵は、魔獣で確定かあ。まああんなに大きな卵から、ただの動物が生まれるとは思ってなかったけど……断言されれば納得できる。帰ったらドリアードに教えよう。
テクトは卵が生きてる事しか教えてくれなかったもんなぁ。人から教えてもらうのも大切だって言って。それは誰から学習したのかな?私?ダァヴ姉さん?ほとんど私のせいな気もする。たはー!
でも育て方に関しては、聖獣の目じゃ解説されないんだよね。聖獣強すぎるから細かい事わからない問題ですね、知ってます。
中身がわからないままなのは楽しみだし構わないんだけど、卵をどう扱うかは知らないと困るわけで。今日はドリアードに卵を任せて出稼ぎに来ちゃったけど、何かしら情報があるなら欲しいんだよね。
「その顔、出したのね?」
「バレちゃいましたか……これくらい大きいのが出ましたよ」
大きさを比較してたクッションを出して見せると、クリスさんは少し考えるような顔をしたけどすぐ頷いた。
「私は魔獣使いじゃないから詳しくは知らないけど、おそらく中型、もしくは大型に近い大きさの魔獣が生まれるんじゃないかしら」
「お!いいねぇ。中型や大型だと荷物運び手伝ってくれるやつが多いぜ。ルイ先生とテクトにもってこいだな!」
「いやー、騎乗タイプかもしんねーだろ。だとしたら移動が楽になるし……ラッセルの飛行であんだけ喜んでた2人なら楽しめるんじゃねーの?」
「騎乗タイプでも亀が出たら遅いわよ。力は強いけどさ」
皆さんの言葉で夢が広がるけど……これ完全にランダムな話だね?
「何が出てくるかはわからない感じですか?」
「そうですねぇ。魔獣は基本卵生なんですけど、ダンジョンのものって親が生み落としたものじゃないので、目安になる親が傍にいないんですよぉ。なので判別できないんですぅ」
「魔獣ってダンジョン出身もありなんですか」
「不思議ですよねぇ」
そうだねファンタジーだからね!ダンジョンは、特に宝箱の中身は不思議がいっぱい!はいこれで解決!!
細かい事は気にしすぎない。ダンジョンで生活して学んできた事だね。
っていうか魔獣って卵生なの?卵の中から犬の魔獣が生まれる可能性もあるって事かな?だとしたらめちゃくちゃびっくりする未来が予言できますけど!!ワクワクが高まるー!!
「魔獣の卵ってどんな風に温めるべきですかね。今日は安全な所に毛布でくるんで置いてきたんですけど」
正しくは聖樹さんのお膝元、風の当たらない家の中、クッションに囲まれたユニット畳の上なんだけどね。ドリアードが菜園と卵を見守ってくれてるので、安心してダンジョンに来れたよ。
「うーん。見た事あるのは、魔獣使いの奴が卵を布にくるんで首に下げてた姿だなぁ」
「ショルダーバッグに入れてる人いなかったー?」
「そうだったっけ?」
「なんか、肌身離さずって感じですね」
「だなぁ。あ、でも水棲の卵はぶよぶよしてっから、乾燥しないように水の中に入れてるって話も聞いたことがあるぜ」
「ルイ先生が見つけた卵ってどんなん?」
「んーっと、大きくて、鳥の卵みたいに固くて、薄い青色です」
「それなら間違いなく陸の魔獣だわ。色の違いはわからねぇけど」
とりあえず普通の卵みたいに温めておくのが一番っぽいのかな。でも鶏卵って結構高い温度が必要だったような気が……うーん、布にくるんだりバッグに入れてるのじゃ鶏卵と同じ条件は無理そうだし、魔獣の卵はそんな高い温度はいらないのかな。
ふと、スプーンをくわえて唸っていたフランさんが、あー!!と大声を出した。え、なに!?
「思い出した!俺聞いたことあるわ!魔獣の卵って他の命が感じられる状態?触ってればいいんだっけ?人肌で足りるんだって、えーっと、誰だったかが言ってた!魔力が循環してるから問題ないとかなんとか……」
「お!有力情報!」
「他には何かないの?」
「えー……時々ひっくり返したりするとか?」
「……フランって冴えてる時とポンコツな時あるよね、ほとんどポンコツだけど……」
「パオラに言われるとすごいグサッと来るー!!はっきり言うよなー!」
「はっきり言っても理解しない奴がなんか言ってる」
また騒がしくなってきた人達を横目に、考える。
他の命、かあ。触れるだけ。だから首から下げてたりバッグに入れてたりしてたんだ。本当にそれだけでいいなら、ドリアードも手伝えるだろうなぁ。そしたらすごく喜びそうだ。
「育てるのが難しいと思ったら、私が預かってもいいのよ」
「え……」
ぱっと顔を上げると、クリスさんが微笑んでいた。意地悪な顔じゃない、気遣う目だ。
「信頼できる魔獣使いへ渡せるって事。もし、手に余るようなら隠さず言いなさい。魔獣は強くて、頼りがいのある子が多いけれど、育てるのは大変だろうし食費もかさむわ。あなたは養えるだけの能力があるけれど、生まれてくる魔獣と相性が合わない場合もある。
専門家へ譲渡する事は恥でも、知識不足でもないわ。機会が恵まれなかったというだけ」
「……覚えておきます」
「ええ。でも、そうね。こんな事を言っておいて、だけど」
クリスさんはふふっと声を弾ませる。
「ダンジョンを楽しそうに駆け回る魔獣に乗るルイとテクトを、つい想像しちゃうのよね」
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