88.幼女、花畑に夢を見る



テーブルやカップを片付けながら、私はしみじみとため息を吐いた。


「いやあ……すごかったね。ちょっとした嵐みたいだった」


来た人達が色んな意味ですご過ぎたっていうのもあるけど、呑み込むのに時間かかる情報が多すぎて、始終ぽかーんとしてた気がするなぁ。

身近に感じる(ような気がする)エピソードにさらっととんでもない年数を追加するから、混乱と驚きがダイレクトにぶつかって来ると言うか……さもほんの少し昔の話ですよ、みたいな体で話されるからショックが大きかったのか……大金持ちの買い物を目の当たりにしてしまったからなのか……うーん。結局、この世界の地形がトイレの男性マークっぽいって事が、一番印象に残ってるんだよなぁ。


<さすがにそれは哀れなんじゃない?>


あきれた様子でこっちを見てくるテクトに、乾いた笑いを返しておく。だって、さぁ?スケールでか過ぎて、あの人達がとにかくすごい!って事しか呑み込めなかったもん。20代くらいの容姿でじじいとかおじさんとか言うしなあ。いや待て私、落ち着け。伯父さんはどこにでもいるわ。私だって10代で伯母さんになったし。

おじさんと呼んでもいいぞ、と朗らかに笑ったコウレンさんを思い出す。ううーん、若い顔なのにおじいさん感あるんだよなぁ。のんびりしたとことか、お茶目な所とか。王様だけど、ちょっと親近感。おじさんとは絶対呼ばないけどね。

しかし一気に友好関係広がったなぁ。魔王にドラゴン、それに元々知ってた人が吸血鬼……ゲームだったら、レベル1な私は全力で逃げなきゃいけない種族と出会っちゃったわけだけど、正体を知っても全然怖くない。恐怖が後から思い出したように這い寄ってくる、なんてこともない。

だって、美味しそうにお菓子食べてたもんなぁ。幸せそうに口もごもごしてたもん。花が舞ってるようにさえ見えたよね。あんな顔されたら警戒心なんて霧散しますわ。

朗らかな人達が魔族でよかった。本当に、会いに来てもらって嬉しい。それだけは、紛れもなく事実だ。


<それにしても、よかったの?その植物……自慢したかったんじゃないの?>

「あー、これは……」


濡れるから、ってドリアードから渡されたフキ。私が知ってるものより大分大きいけど、見た目フキだからそう呼んでた。荷物を全部リュックに片付けた後、手に取ってくるくる回す。軸が傘と同じくらいの太さだから、回しやすーい。

んー。さっきはドリアードが、家庭菜園に前向きな上に自分の力を自主的に試してくれたのが、私達が濡れるからってサイズを揃えて用意してくれたのが、すっごく嬉しくて、つい喜び勇んで見せびらかそうと持ってきてしまったけど……話す機会がなかった以上に、ふと考えたんだよね。

ドリアードは自分が箱庭にいる事を、誰かに話されたくないだろうなって。だから今も箱庭で待ってるんだし。

となると、グロースさん達に自慢するのは違うなぁって思ったんだ。


「だから今日は、一足先に見て楽しんだのを、テクトに自慢して終わりにしようかな。ほら、見て。いいでしょー、サイズピッタリ!」

<ふうん……まあ別に?僕のサイズのフキをドリアードが用意してるのなんて、ルイがカギを準備した時から察してるし?先に知ってたのは僕だから悔しくなんてないよ>

「くっそうチート能力めぇ!」


テレパスか!読心術的なテレパスか!強いな!

箱庭は常に別次元に存在してるから誰にも感知できないんだけど、私がカギを持ったり箱庭の中にいると、テクトのテレパスが届くようになるらしい。箱庭の持ち主認定されてる私が、箱庭と接触してる事が重要なんだね。

テクトの魔法といい箱庭といい、隠蔽に全力出してる感じ好きです。ありがとうございます。


「さあ、帰ろうか。ドリアードが待ってるよ」

<ルイも疲れたでしょ。昼寝の時間が大分過ぎてる>

「あ、忘れてた」


料理教室に商売、突然の来客ですっぽり抜け落ちてた。時計を確認すると、もう3時。これむしろ昼寝から目覚める時間では?

頭が重たいと思ったら、そっか。私疲れてたのか。


「帰ったらドリアードの話を聞きたいんだけどなぁ」

<話してる途中で寝落ちされたらドリアードはどう思うかな。人に慣れてないドリアードが、果たして突然倒れたルイを見て、どんな衝撃を受けるだろうか>

「すぐ昼寝します!」

<そうして>



















木属性の精霊ドリアードとは、植物を芽吹かせ、成長を促進し、果実を実らせ、落葉を誘い、次の代へ生命を紡ぐ流れを尊び実行する者、です」

「おおお……つまり、植物の生まれから終わりどころか、その次の先まで見守って手助けする人なんだね」


夕飯を食べながら、ドリアードの能力の説明を受ける。

今日の夕飯はプルドポークのハンバーガーと、揚げ焼きしたポテト、コーンスープだ。プルドポークは、ブロックの豚肉を箸で持ち上げたらホロホロ崩れちゃうくらい柔らかく煮込んだ料理。ブロック肉が安い時はつい買って作っちゃうくらい、一時期すごくハマったんだよね。

圧力鍋にニンジンや玉ねぎを薄切りにして敷いて、その上に多めの塩コショウを揉み込んだブロック肉、野菜がちょっとひたるくらい水を入れ、後は加圧して弱火、30分煮るだけ。お肉の崩れ具合が足りなかったら追加でちょっと煮るくらいかな。野菜は嫌いじゃなければセロリを入れてもいい。

圧力が抜けた鍋の蓋を開けた瞬間、何とも言えない、お腹を刺激する良い匂いがするんだよねぇ。圧力鍋はこういう所ズルい。野菜はトロトロだし、お肉から旨味と塩コショウが溶け出た水分は、キノコやお肉を崩してスープにしても美味しい。このスープは明日の朝食に決定した。

豚肉にはファストフード店のバーベキューソースをかけても美味しいけど、甘酢あんをかけてもサッパリ美味しいんだよねぇ。今日は白ゴマがまぶされた丸いバンズにレタスとトマト、チーズと一緒に挟んだ。お肉は水分を軽く切って、ほぐしておいたもの。塩味は十分。味が足りないと思ったらケチャップとか、マスタードとか入れてもいいと思う。一緒に煮た野菜を入れてもきっと美味しいけど、これ水分多いからバンズがぐちょぐちょになる覚悟もしないといけないんだよね。今回はスープにするのでお肉だけ使った。

ポテトは茹でて火を通しておいて、キッチンペーパーで水気を拭った後、多めの油で揚げ焼きする。私は皮付きのくし切りが、ほくほく感があって好きなんだよね。ハーブソルトを軽くまぶして食べると、鼻に抜ける良い匂いがたまらなくて、皮独特の香ばしさ、口の中でカリッほくっと食感を楽しむ。最高です。テクトはさらにコショウを追加してた。

コーンスープは前に作ったので、今日はテクトに任せてみた。まあ見ててよ、と胸を張ったテクトが数分後にはいい匂いのする鍋をかき混ぜてるのを見れば、ほんのり目尻に涙が浮かびそうになった。いや、睨まれたから引っ込んじゃったけどね。

1時間弱で作ったにしては、上出来じゃないかな。

ドリアードには色鮮やかな果物ゼリーの盛り合わせ。花畑が雨に濡れちゃったので、お洒落な飾りがなくてちょっと寂しい。


「私は精霊に成り立てなのでまだ力は弱いですが、多少時間をかければ成長促進が可能だとわかりました。大きさが定まらず、何本も駄目にしてしまいましたが……」


ドリアードってば、散々待たせた上に昼寝しちゃった私に嫌な顔一つしないで、にこにこと果物ゼリーを頬張っては説明してくれるんだよね。優しさの塊かな?大変ありがたいです。

ただ、力が弱いって暗い顔するのはいただけない。


「あんなにステキな傘が作れるんだもん。十分すごいよ」

「ですが……本来の精霊ならば、もっと上手く出来るはずなのです。思うがままに、魔力を扱う事が……」

「本来って言われても、私はドリアードしか知らないしなあ」


そんな落ち込まなくてもいいのに。普通なら傘どころか頭にかぶる事すら難しいフキを、折れる事なく雨水を受けきるくらい成長させたのは事実だし。

玄関前のアプローチに色んな大きさのフキが置いてあったので、きっとあれが駄目にしてしまったって言うやつなんだろう。折れてたのや、茎が細かったり太かったり、葉っぱが大きく広がってたのもあったし。

花畑にフキが生えてたのに驚きだけど、見慣れたものなら間違いなく、食用のフキだ。あれだけあれば……いったいどれだけのフキ料理が作れるかな?長さを合わせて塩を振りかけて板ずり。茹でて水に浸して、皮と筋を取ってから、水を張ったタッパに保存して。後は油揚げと煮るか、甘く佃煮か、糸こんにゃくと七味、鶏肉と混ぜご飯もいい。いいねえ!美味しいねえ!お腹が鳴る!

っていうか、フキがあるって事はフキノトウもあるよね?春の山菜!フキノトウ!独特の香りと苦みがいいんだよねぇ!私は天ぷらにして塩つけるのが好き。フキ味噌も好き。

山菜も取れちゃうとか、あの花畑最高では?いや前から最高だとは思ってたよ。景観と匂いがいいもん。毎日元気に咲いてくれるし。それがさらに食用にも適するとか、無敵では?芝生の真ん中にあって山菜が生えるとか不思議過ぎるけど、まあ神様仕様の箱庭だし。何でもありなんだろうきっと。深く考えない事にしたんだ私は。

今度他の山菜がないか、じっくり探してみようかな。うへへ。ぜ、贅沢を言えば、ぜんまいが生えて欲しい……ぜんまいの一本煮が食べたいなあ。白和えもいい。すまし汁も好き。

なんて、私がよだれを垂らしながらにやにやしていたら。


<ほら見ろ。あの緩んだ顔、玄関に置いてあるフキをどう料理してやろうかって楽しんでるんだよ。ドリアードは気にしすぎなんだよ。落ち込むだけ無駄>


なんて、テクトから辛辣な言葉を賜ってしまった。ちょっとグサッとする部分もあるけど事実だから否定できなぁい!


「ま、まあ……!あの失敗作を使ってくださるのですか?」

「え!?めっちゃ使う!全部食べる!茎が太くてもいいよ!裂いちゃうから」

「……ありがとうございます、ルイ」

「こっちこそ、ありがとうドリアード!」


洋食もジャンクフードも好きだし作るけど、純和風な料理も食べたくなるんだよね!お婆ちゃん仕込みの山菜捌き、見せる時が来たようだねぇ!


<感じ入ってる所悪いけど、ルイの感謝は食欲に突っ切ってるやつだからね。そこ間違えないでねドリアード>

「はい……私の不出来を、調理という人類が持つ知恵と、食欲で救ってくださる。ルイは素晴らしい子ですね」

<……うーん。わかってるかなあ、これ>





















フキの下処理は明日しよう、という事でアイテム袋に全部突っ込んだ。

本当なら山菜は当日処理するべきなんだけどね。アイテム袋だと時間経過しないから問題ないんだよなぁ。疲れた時は後回しに出来て本当に助かる。

お風呂の後の水分補給中、テラスを見る。しとしとと降る雨が聖樹さんの周りを濡らしているのが、ぼんやり浮かんでる。家の中の魔道具ランプはとても明るい。漏れ出る光で、近場までならうっすら見えるんだもの。テラスにも置けば、聖樹さんがもっとはっきり見えるんだろうけど。そうするとうっかり私が夜更かししそうなので、止めておこう。


「初めての雨だねぇ、テクト」

<ああ、そうだね。雨が降る前に屋根があるもの作らないと!ってルイが言ってた意味がよくわかったよ。風呂で温まるのと違って、雨で濡れると存外体が重い>

「はは、でしょー。まさか買ったそのまま家が目の前に転送されるなんて思いもよらなかったけど……カタログブックがあってよかった」

<魔族の国で作られて、巡り巡ってルイの手元に来たんだから、世の中面白いものだよね>

「だーよねー」


テクトと2人、聖樹さんを眺める。ドリアードは恥ずかしがって、1人お風呂中だ。昨日の幼女裸ショックが尾を引いてるらしい。いやドリアードも客観的に見れば裸みたいなものだと思うんだけどなー!何が違うのか私よくわかんないなー!

まあ無理強いはよくないからね。ゆっくりあったまってねー、と私は良い子に去ったのである。

まあ女の子同士だしね。いつかはのんびりまったり、一緒に入りたいなとは思うよ。いつかはね?


「ねえテクト」

<ん>

「もうすぐひと月経つね」

<そうだね>

「次のひと月はどんな事が起こるかな」


モンスターに悲鳴を上げつつ、宝玉ばかりの日々に嘆いた半月。ルウェンさん達と出会って一気に広がった冒険者さんとの関係。軽い足取りで108階に来るギルドマスター達と、グロースさんの掃除機並みの食欲に驚かされて。まさかの雑貨店オープン。いやまさかじゃないか。宝玉売れないかなってずっと思ってたわ。

なんやかやで、色々あった。ダンジョンの深層に引きこもると決めたあの時、こんなにもたくさんの人と騒げる日が来るなんて、思ってもみなかっただろう。私は外の戦争に巻き込まれたくない一心だった。その気持ちは今も変わってない。でも今は、それだけじゃない。

テクトが聖獣だって、世間にバレてほしくない。強い力を持つ聖獣を、戦争なんて酷い事に巻き込みたくない。

そんな思いが、今はしっかり根付いてる。


「これからもまだまだ、引きこもっていくよ!」

<不穏な奴らがわらわらいるんじゃ、落ち着いて街の観光だってできそうにないしね>

「そうそう、私は気楽に食堂巡りをしたい。あるいは露店巡り。ラースフィッタは何が名産なのかなぁ。マルセナさんに聞いておけばよかった」

<ご飯食べた後にもう食べ物の話?ルイの食欲は尽きないねぇ>

「こればっかりはね。私の食欲爆発伝説聞く?赤ん坊の時から授乳長くてお母さんに痛い痛いと嘆かれた話から始まるんだけど」

<これは長くなりそうだ。ドリアードも巻き込もう>


その夜、話題に花咲いた結果、見事な寝落ちを決めてドリアードを涙目にさせてしまった。反省!!

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