87.爆買いと目隠し



早速カタログブックを頼ろうか、というわけで皆さんのお土産を買う事にした。

コウレンさんに頼まれた通りケーキで検索をかけると、男3人揃って私の背後に回り込んできた。おおう、何か圧が……

見やすいようにテーブルに広げると、覗き込んではうんうん頷いてる。


「やはりショートケーキが定番か」

「俺はチーズケーキがいいな。二層になってるやつ。他はどうする?」

「んー。もう何百年と前だからな。皆の好みなぞ忘れてしまった」

「レモンタルトが好きな奴いなかったっけ?」

「ん?ピーチタルトではなかったか?酸味が嫌だと言ってたような……」

『持って帰って文句言われる未来しか見えないから、全部買ってけば?』

「「それだ!」」

「全部は止めといた方がいいですよ!とんでもないことになります!」


私、色々なケーキ食べたり店頭でじっくり見たりテレビやホームページで確認したり、記憶いっぱいあるから!食べてなくても、記憶だけでかなりあるから!カタログブックは記憶を元に商品が並ぶので、きっとかなり大量のケーキが候補に上がってると思います!

そっと下に浮き出てきてるページ数を確認して……4桁あるのを見た瞬間、首を振った。タルトとか、パイとか、ホールとか、細かい検索しなかったからこの数なんだよね?そうだよね!?だってちょこっと見ればババロアやプリンのカップタイプ洋菓子も入ってるもんね!ケーキ屋さんのショーケースに飾ってある奴全部ケーキの分類で構いませんか?みたいな検索結果になってるから!

あれ?私ってかなり食に……特にお菓子に傾倒してるな?とか思わずにはいられないけども!

これ全部なんて、本当、お金もアイテム袋も足りなくなる!絶対!


「おお……カナメより明らかにページ数が多いな。これが個人差というやつか」

「うん、すごい数だね。一気に買っちゃったら、何か勿体ないな」

「そうだな。全部というのは早計だったか」

「皆さんの反応に私はショックを受けたらいいのか喜んだらいいのか」

「おじいちゃんの気は長いんだよ、ルイ。そのくらいの数字、訳無いって。コウレン、今日は何ページ分か買ってって、次遊びに来た時に続きから買おうよ。そうしたら全部楽しめる」

「それはいいな!よし、ではルイ。このページから5ページまでのケーキを20個ずつ頼む」

「ふぁ!?にじゅっこ!!」


お店のショーケースごとって感じの検索結果だから、普通にホールも混ざってますけど!?20個ずつ!?いいの!?1ページ30個ですけど!?

あ、本気だ!このワクワクした目は本気だわこのお偉方!!そっかー!買うのかー!アイテム袋に入れちゃえば美味しいまま保存できるしねー!

お金の事は考えないでおこう……うん、私は売る側。売る側だから、買う人のお財布事情は気にしない……気にしないようにしようね……

その横のグロースさんが真剣な顔してケーキの画像見てるけど、あなたまだ食べるんですか。追加の分で5000ダルは食べてますよ。それなのに夕飯はまたいっぱい食べるんでしょう?この前の特大お重をものの数分ですっからにしたように。

いやまあ、生命維持のため大量に食べなきゃいけないっていうのは、大変だなぁとは思いますよ。楽しく食べれるならいいんだけど、量を揃えようってなったら難しいもんね。うーん、うちで簡単に手に入るなら楽でいいのかなぁ。


『俺は10ページ2個ずつ』

「必要だとわかってますけど買い過ぎでは?」


結局、言われた通りに販売した。金額は……150万は超えなかった、とだけ記しておこう。

ケーキだけで、こんな値段たたき出せるんだなぁ……何だか箱庭の青空が恋しくなってしまった。帰っても雨だけど。


「ルイの視線が遥か遠くに」

「あっちはただの廊下だが?」

<君らの金額を一切気にしない買い物に驚いてるだけだよ。まだ商売を始めたばかりのルイには衝撃が大き過ぎる>

「人数分買うとなあ。どうしても高くなってしまうから仕方ないと思うんだが」

<種類の事を言ってるんだよ僕は>


















ちょっと飛ばしてた意識を戻して、グロースさんに宝玉をギルドの方で買い取ってもらえないかと聞くと、すぐに頷いてもらえた。

ただ、一気に買い取ってもらうのは止めた。今日すでにたくさん稼いだのもあるけど、今後も私とテクトの探索結果が宝玉フィーバーになるかは……まあたぶんほとんど宝玉だろうけど。フィーバーじゃなくなる可能性も、無きにしも非ずだからだ……望み薄だけどね?

100階層の冒険者に供給する分がなくなったら困っちゃうわけですよ。私達も移動で使うようになったわけだしね。在庫はまだたっぷりあるけど、ストックがないと安心できないタイプなもので。何が起こるかわからないダンジョンだからこそ、在庫は多めにとっておきたい。でもお金はちゃんと稼いでおきたい。複雑な乙女心……今度、久しぶりに探索行かないとなぁ。

宝玉を売った後、グロースさんからは野菜の仕入れを頼まれてしまった。どうやらこれはマルセナさんからの依頼らしい。定期的にグロースさんが私の様子を見に行くと知った彼女に、街へ野菜を卸してほしいと頼まれたんだとか。主に葉物。

そうだね……昼に思い出したけど、葉物野菜の数が少ないいんだったね……戦争本当に終われ。早く終われ。後戦争起こしてる人達は、野菜に、農家さんに謝れ。五体投地で謝れ。

私としては買っていただけるなら全く問題ないので、グロースさん監修の元、木箱を準備した。葉物野菜を入れて納品するための箱だ。箱の左右に穴が開いてて取っ手になるから持ちやすくて、同じ木箱を上に重ねられるタイプ。今はこれが主流なんだとか。これを50個。箱の代金は商業ギルドが持ってくれるらしく、グロースさんからしっかり預かった。ラースフィッタがどれだけの規模の街かは知らないけど、50個の木箱で足りるのかなぁ。まあ、言うて野菜の補填だしね。アレクさん達の様子を見るに、街でご飯が買えない!っていう事態にはなってないようだし。外に出ない私には知れない事だ。

次来るまでにキャベツやレタス、ほうれん草とかをぎゅうぎゅうに詰めておいて。と頼まれちゃったよ。水樽2つに、野菜たっぷりか……やる事がいっぱいあるね!ふひひっ!


「さて、そろそろ帰るか。街の観光もしたいしな」

「そうですか……平和な街らしいですし、楽しんできてくださいね」

「何か面白い事があったら、教えてあげるね」

『俺もそろそろ休憩終わる』


しかし3人とも、中腰でカーペットを撫でてる。うちのカーペットは魔族も魅了したか……仕方ないね。


「名残惜しいけど……帰らないとだからね」


すると突然、アルファさんがバックに流してた前髪を下ろした。もさっとした毛量が鼻筋近くまで覆い尽くして、柔和な印象を与える垂れ目を隠してしまう。え?どしたの?

首を傾げてアルファさんを見てたのに気付いたコウレンさんが、ふっと吹き出した。中腰が、流れるような動作で胡坐に戻った。


「また1つ、最後に質問が増えてしまったな?ルイ」

「あっ、はい!アルファさん、何で顔隠しちゃったんですか?」

「これ?魔族以外の種族のためだよ。俺の目は魔力を多分に含んでるから、他の人には強すぎると言うか、悪影響が出るんだよね」


魔力を多く含んでる?強すぎる?あ、悪影響?

強いのは長生きしてる魔族だから納得だけど、魔力は皆が持ってるものでしょ?空気に混ざってるから自然と供給するものだし……目にも含まれるものじゃないの?


『前に話したけど、人にはそれぞれ魔力の許容量がある。子どもは少なく、大人は多い』

「それは覚えてます。えっと、子どもの体をしてる私は体に取り込める魔力の量が少ないから、魔力を感じる器官が塞がる事で体を守ってるって」


複雑な魔力操作を必要とする魔法は子どもには危険だから、まず基礎から教えるってシアニスさんやセラスさんが言ってたやつだ。

グロースさんはカンペから顔を上げて、目を細めた。


『そう。ね』

「あ」

「強いスキル、魔法というのは発動するにもそれ相応の魔力を消費するのでな。生命にも関わるという事もあるが、基本的に魔族というのは魔力許容量が他とは段違いに多い。大げさだと思われるだろうが、このティラミスの容器が一般的な大人の量とすると、魔族はテーブル並みに多い」


でっ……え?私が両手で持ってぴったりサイズのティラミス容器が?普通の大人サイズで?このお三方はテーブルサイズ?魔力の多さが?え?でっか……!じゃあ子どもは?ティースプーンひと匙サイズくらい?桁違いカテゴリー増やさないで魔族の皆さん。

いやでも魔道具通信機は魔族以外の人が使ったら即倒れるくらい魔力消費するって言ってたし、これくらいの差があるのがむしろ普通……?


「そして強く多すぎる魔力というのは、往々にして人の体に悪影響を及ぼす。枯渇するのもまた問題ではあるのだが、人は過ぎたるものには殊更対応できん」

「……魔力の暴発」


一瞬、よぎったのはゴム風船だった。種類によって空気が入る量が違う風船は、そのどれもが限界を超えると破裂してしまう。その空気が魔力だとすると……

思わず、ぶるっと体が震えてしまった。想像するんじゃなかった!うわーん!!


「アルは人型に変化しているが、古竜だ。全体的に能力高めなくせに様々なスキルも持ち合わせておってだな……つまり魔族の中でも圧倒的に強い」

「あっとうてき」

「あまりにも強すぎて小柄な人型に変化すると、内包した強大な魔力を身の内に抑えきれなくてな。それが顕著に現れてしまうのが、目だ」

「俺の目を見て動機息切れ、意識消失した人は数知れない。どうやら目と目を介して魔力を過剰摂取してしまうらしい……あの頃は未熟だったね。人命を奪う前に自分が原因だって気付けて良かった。どうやっても抑えられなかったから、人型に変化している時は前髪に結界の魔法をかけて隠す事にしたんだ」


つい、アルファさんの方を見た。緩やかなくせ毛に隠された垂れ目。その目が、合っただけで人の意識を奪うほど強い魔力を溢れさせてて?前髪でフタしてるって?それで防げるようになったの?

私さっきまで、めっちゃまじまじと観察してましたけど?え?悪影響出てないよ、ね?めっちゃのんびりお茶飲んでたよ、さっきの私!


「はは、大丈夫。異世界から来た人は元々魔力がない世界に住んでたせいか、子ども以上に魔力を感じられないから。鈍感過ぎるんだよ。初めて顔を合わせた時、俺の顔を見たよね?平気だったでしょ。意識が朦朧とする事なく、どっちかって言うと突然来た俺達に困惑してたよね」

「はあ……びっくりしましたね」


あなた達の自由度の高さに。


「それで問題ないなって思って、素顔で話してたんだ。しばらく話した今でも、体調が悪くなったりしてないよね?」

「はい。むしろ皆さんの食べっぷりにお腹が空いてきたような気がします」

「それはごめんね、美味しかったから、つい」

「やっぱり日本産のは甘味の美味さが違うな。砂糖か牛乳の質だと思うんだが、今度比較してみるか」

『伯父さんはちょっと黙ってようか』


グロースさんのカンペがコウレンさんの頭にべこっと叩き込まれた。

そんな愉快な光景を背後に、アルファさんは私の手にそっと触れる。そのまま指でちょいちょいと小さい手を突いてきた。私が嫌がらないのを見てか、ふふっと声が降くる。


「別に髪降ろしてても前は見えるけど、やっぱり会話は目を見てしたいから……これからも君と話す時は素顔でいい?」

「はい、もちろん」


しっかり頷くと、アルファさんは嬉しそうに口元を緩めた。本当に、人と接するのが好きなんだなぁ、この人。

しっかし、異世界転生した人ってそんなに鈍いんだ。見えないからわからないけど、身の内に収まりきらない強大な魔力ってどんな感じだろう?怖い顔のおじさんの威圧感並み?校長室にサッカーボールが飛び込んできて花瓶が割れた時の校長先生の激怒並み?……いくら想像しても、感じないからわからないんだもんなぁ。魔族の事を規格外だとか何だとか言っておいてあれだけど、私も結構一般からズレてる所あるんだねぇ。


『あの場では教えられなかったから、今伝える。

成長しきっても魔力の細かい操作は出来ないかもしれないけど、気に病まないでいい。体質だから。

むしろ異世界から来た人は想像力が具体的なのが多いから、魔法はちゃんと使える。魔力はそれに応えてくれる。

安心して、シアニス達から習うように』

「はい!」





















「いやあ、可愛い転生者だったなあ。彼女はとても素直だぞ。自分の心を隠す気もない」

「普段は聖獣様と2人で暮らしてるんでしょ?聖樹もだっけ」

「聞いた話ではな。常に心を読まれている状態に慣れてしまったからこそ、あれほど無防備でいられるのか……はたまた元からそういう気質なのか」

「グロースは鑑定スキルの話したんだよね?」

『したよ。魂も見れるって伝えてる』

「ではグロース以上に生きている俺達が、最低でも同程度の鑑定スキルを持っているだろう事は容易に想像が付くわけだが……何も指摘されなかったなぁ」

『おおらかなんでしょ。食べ物と外に出る事以外は』

「ああ……彼女の魂はいいね。とてもいい。キラキラとして、ころころと色が変わって、生きてるのが楽しいって全身で言ってる……ねえ、俺達が美味しいってデザート食べてた時、あの子の色、見た?」

「もちろんだとも。嬉しそうにきらめいていたなぁ。万華鏡のようだった。あれは見てて飽きない」

「いい子だ。とても素敵な子だ……ルイを狙ってる輩がいるんだっけ?」

「正確には、存在を疑っている者達がいる。勇者を無理に要した国だな」

『スパイも何人か見かけた。泳がしてるけど』

「ふうん。そう……とりあえず、手近な所からやってく?」

「そうだな。だが、今回は早めに帰って手土産を渡さなければならん。それだけは忘れるなよ」

「わかってるよ」

「さて、楽しい暗躍の時間だ」

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