86.2000年前の勇者さん



グロースさんも城勤め、つまり世に言う役人さんらしい。

王様の血縁者でも働くんだなぁ……と思ったけど、ティラミスを死守して満足そうに食べてる姿を見ると、高貴な感じとか、偉い雰囲気とか、そういうのは一切見受けない。さすがのグロースさんだ。

彼の役目は俗世に紛れて世界の情勢を魔族の国へ伝える事らしい。


「さすがに世間を知らんまま派遣村を置いとくわけにはいかんからな。戦火が及ぶようなら住民に避難を呼びかけなければならんのだ」

「というのが半分、面白そうな話題があったら報告してほしいのが半分だね」


なんてコウレンさんとアルファさんが、追加で出したざらめせんべいをバリバリしながら言った。

っていうか2人ともよく食べるなぁ。これおやつだよ?主食じゃないよ?角あるよね?魔力がなくなる事ないよね?それでも食べるの?後でまとめて払ってもらうからいいけども、魔族って角あってもなくても胃袋異次元なのかな?美味しそうに食べてくれるから私の気分はとってもいいです!

グロースさんみたいな役人は世界中に散らばってて、人族に化けてる人もいれば、魔族のままの人もいるらしい。グロースさんは角がないから人族として暮らしてるけど、コウレンさんとアルファさんは隠さないタイプなんだね。あ、いやアルファさんはそもそもドラゴンだけど人型に変化してるんだっけ。そういう人はモンスターに間違われる事が多いので、必ず変化してから出歩くんだって。まあモンスターも角持ってるやついるもんね……すぐそこの牛とか牛とか牛とか。「魔族を深く知らぬ皆々が間違えるのは仕方ない事だ」とこれまた寛容なお言葉。大人だなぁ。

ステータスチェッカーが詳しいレベルを表示しないのも幸いしてるらしく、結構な人数が世間に紛れ込めてるそうだ。ちょっと強い、くらいで済めば大騒ぎにならないのかあ……そっかぁ。同じSでも天と地の差なんだろうなぁ……私に唯一ある生活Sを思い出しつつ、大きく頷いた。勇者の遺産がまさかのここでファインプレイである。

そんな調査員達が定期的に報告をするため渡されるのが、


「ほれ、これが通信機だ」


私の両手にすっぽりと収まった、一昔前のガラパゴスケータイのような魔道具だった。

機能は見た目のまま、あらかじめ設定されてる番号を打ち込むと魔導板が現れて数字を出すので、間違いなかったら左側の○ボタンを押せば呼び出し音が鳴る。相手側が音鳴ってるうちに出れれば通話。右側の×ボタンを押せば切れる……ケータイじゃん!!まんまケータイじゃんこれ!!


「ツーシンリョウは魔力で賄われている!」

「自家発電か!!」

「おお!やはりルイはノリがいいな!このボケに乗ってくれるとはなかなかにやりおる!じかはつでん、とやらはわからんがな!」

「コウレンの勇者仕込みボケは置いといて。この魔道具って遠方に声を届けるために、かけた側も受ける側もかなりの魔力を消費するんだ。普通の人が使おうとすると数秒と持たないんだよね。一瞬で魔力吸われて倒れる。魔族専用の魔道具なんだ」


それを聞いて頭で理解した瞬間、私はまじまじと見ていた通信機をコウレンさんに返した。もういいのか?と目線が言ってるけどブンブン首を振る。

ごくごく普通な人族である私が魔族と同じくらいの魔力を持ってるわけないじゃないですかやだー!!倒れるフラグじゃないですか無理ですー!!


「例え鳴っても、通話に出なければ問題ないんだがなぁ。少々怯えさせてしまったか」

「はは、ごめん。でもうっかり通話してしまったら、取り返しがつかなくなるからね。ちゃんと覚えておいて?」

「そりゃもう、今、肝に銘じておきました」

<ルイは“うっかり”とか、“つい”とか、よく仕出かすからね。いい脅しだったんじゃない?>

「ううう……否定できない!」


あ、ケータイが鳴ってる、電話出なきゃって、絶対〇ボタン押すよ……そんな未来が見えるよ。気を付けなくちゃホント。


「まあ調査員や俺達が通信機を肌身から離す事はほぼないから安心してくれ。念のため、というやつだ。作られた当初は勇者がよくやらかしては体調不良になっていたので、多少過敏になっているのだ」


って、すでにやらかしてた人がいたんかーい!!しかも勇者さんでしたか!!

色々ブーストしてもらっていると噂の勇者でさえ体調不良になる、と考えるべきなのか。勇者だから体調不良程度で済んでると考えるべきなのか……どっちにしろ通信機怖い。

現代の電力って、ケータイ文化って、すごい事だったんだなぁ……しみじみ思うよ。使ってて生命の危機とか訪れないもん。


『見た目でわかると思うけど、作ったのは勇者。

それも、カタログブックの制作者』

「魔法好きだからって電化製品買えないようにしたくせに!」


あれ最初はびっくりしたんですよ!ガス系も使えなくて本当に困った!!


「カタログブックを作った後に、かなり不便だと気付いたらしいぞ。後先考えない所は奴らしい!」

「ええー……気前のいい姉御肌だと思ってたのに」


グロースさんから、おもてなしが好きなお姉さんだって聞いてたから、てっきり。何かちょっと印象違うなぁ。

コウレンさんは、少し考えるように視線を彷徨わせて、そしてニコリと笑った。え、何ですかその反応。


「いいだろう、話そう話そう。ルイ、今のカタログブックの作られた訳は知っているか?」

「ナビが……えっと、カタログブックが教えてくれた事なら」


2000年くらい前に勇者が召喚されるような戦争があった事。召喚された勇者さんが通販恋しさにカタログブックを作った事。後の転生者のために色々オプションもつけてくれた事。

それを伝えると、コウレンさんは深く頷いた。


「当時は、それぞれの信念があったのだろうが、現在のような大規模な戦争が起こっていてな。まったく残念な事ではあるが、様々な国が栄えては滅んでいった」

「派遣村の人達も避難させたよね。結構近くまで戦争が迫ってた」

「ああ……懐かしいな」

『そんな時に召喚されてしまった勇者がいた』


と、カンペを出したグロースさんが、自分で書いた後の紙面を見て眉をしかめた。

さらさらと何か追加していく。


『勇者って毎度書くと、他の勇者と混ざる。次から名前で書く』

「あ、はい」

「そうだなぁ。グロースにとっては特別な勇者だったものな。他の者と呼称を一緒にしたくはないか」


ごっ。

にやにやと笑っていたコウレンさんに黒い影がかかったと思ったら、鈍い音。私が目を瞬かせた後には、カンペがコウレンさんの頭にクリーンヒットしてらっしゃった。うわあお、痛そう……いや本当に痛そう。

え?グロースさんの淡い気持ちをからかったらああなるの?ただのお姉さんだと思ってないんじゃないですかー、実は恋愛的に好きだったんじゃないですかーってニヨニヨしようとした軽薄な私、ちょっと黙っておこうか?カンペって、紙の束だよね?あんな刺さる?斜めの状態を保ったままなんだけど。え?痛くないの?

コウレンさんはのんびりとした手つきで頭を軽く撫でながら、顔をしかめた。


「グロースよ、照れ隠しにしてはかなり痛いのだが」


ですよねー!!痛いよねー!!

あまりの衝撃にうっかりボケっとしてたけど、これポーション案件では?アイテム袋を漁っていると、コウレンさんに手を振られた。問題ないの?大丈夫?


「コウレンは治癒魔法が使えるし、これくらいはじゃれ合いでよくある事だから。ちょっと過激だけど、これも規格外の範疇だと思って気にしないでね」

「は、はーい」


あ、コウレンさんが頭に手をかざして、おっ!無詠唱!無詠唱で光がキラキラと……治癒魔法も無詠唱ですか魔族すっごいな!

すぽんとカンペを引き抜いて、グロースさんに投げ返した。結構な速度で。ばびゅんって効果音がつきそうな感じで。そんな速さで飛んできたカンペを、グロースさんは事も無げに受け取って、また何か書き始めてる。

魔族のじゃれ合い、スピード感と物理感がありすぎてちょっと……えっと、ギャグ漫画かな?超人達のギャグ漫画?それくらいの気持ちで眺めてればいいのかなぁ。はは。


『カタログブック、通信機。数多くの魔道具を生み出した2000年前の勇者。

名前はカナメ』


カナメ……カナメさんか。

カタログブックの表紙を撫でる。息子さんから巡り巡って私の手元に来た魔道具を、作った人。ナビの声の人。おもてなしが好きなお姉さんで、姉御肌で、何かちょっとうっかりさん、みたいな人だ。

今の所は。


「彼女は争いを尽く治めた後、人付き合いに嫌気がさしたとやらで一人旅に出たのだ。『残った国々のお偉方が我先にと私を取り合うんだ。息苦しくて仕方がなかったね!』と笑っていたものだが……まあ良い気分ではなかったのだろう」

「一国一城の主、とやらに収まりきれる性分でもなかっただろうしね。彼女は野に放たれてこそだよ」


いやいやいや、野生動物か何かと勘違いしてませんかアルファさん……いや、うん。活動的な女性っていう項目が増えたよ。一瞬、群れから独り立ちします!って宣言するメスライオンが脳裏をよぎったのは、そっと胸に仕舞っておこう。テクト、噴き出さないで。咳払いで誤魔化しといて、お願い。

コウレンさんが醤油おかきに手をかける。グロースさんはもう全種食べちゃったので、次のお菓子だ。杏仁豆腐を渡すと、スプーンを構えて小さく鼻息を漏らす。


「カタログブックはその旅の道中で作ったらしい」

「そうなんですか?」

「ああ。先程もルイが言っていたが、カナメは通販恋しさに勢いで作った。魔族の領地まで来た時には、すでに買い物を行っておった」


ちょっと待って?私の衝動買いとは違うんですよ。世界線越える魔道具を勢いで作るってどうなってるのカナメさん。勢いの規模が違うんですよ。

逸話だけですでにやばさが滲むどころか前面に押し出してきてるんだけどこれ、本当に元一般女性の話だよね?


「カタログブックに限らないですけど、魔道具ってもっとこう……1つの所に落ち着いて、工房とかそういうのに引きこもって作るものだと思ってました」

「あんな無茶が通るのは勇者あいつだけだ。他の奴らも同じと思ってやるなよ」

「っていうかダンジョンの核を魔道具に改造するとか、発想が突飛すぎて真似できないよね」

「ダンジョンの!?核!?え、何ですかそれ!?」

「何だ、知らなかったのか?」


ダァヴ姉さんが、お楽しみはとっておきましょうね。ってダンジョンの詳しい話を内緒にしたからね!でもまさか、こんな形で聞くことになろうとは思いもよらなかったよ。勇者さんの話してたよね?あれ?

ダンジョンの核っていうのは、文字通りダンジョンの心臓部分。ダンジョン内や宝玉の魔力を吸収した、唯一無二の核らしい。形態はダンジョンによって様々だけど、ほとんど宝石や鉱石に寄せてってるんだとか。一度見てみたいね。めっちゃキラキラしてそう。なんかこう……あふれ出る魔力で?特別感?

普段はダンジョンの深層部の奥に隠されていて、ダンジョンのボスモンスターを倒すと踏破者の目の前に現れる。その時に欲しいものを1つだけくれるとか、財宝をザックザクくれるとか、その核がため込んだ魔力で出来る範囲の願いを叶えてくれるらしい。ダンジョンの規模が大きければ大きいほどため込む魔力が多いので、比例して豪華なものが貰える。だから深いダンジョンは人気らしい。まあヘルラースは深すぎるし道中のモンスターも強敵揃いだから、深層部を目指す人は少ないんだそうだけど、他のダンジョンは結構頻繁にダンジョンボス攻略をしてる所もあるんだとか。

その核が人の手で壊されたり盗まれたり、あまりない事だけど自然に壊れてしまった場合、ダンジョンは忽然と姿を消してしまうらしい。

なるほど……え?そんな核がカタログブックに使われてるの?


「勇者が言うには『戦争野郎どもがダンジョンにまで手を出そうとしたから、つい盗んじゃった』らしい」

「つい、でとんでもない事をやっちゃいすぎじゃないですか」


これで二度目だけど!!私の!!衝動買いとは違うんですよ!!故人だから伝えられないのがもどかしい!!

っていうか戦争中はダンジョンは放置されるんじゃないんですか!?モンスターまで相手出来ない、って感じでほっとかれるって聞いたのに!!


「まあ普通はそうなんだがな。そこまで深くないダンジョンならば簡単に攻略できるし、核からの報酬も大きい。敵国の収入源となるならば、と狙う者がいないわけでもない。極々少数派ではあるがな」

「ダンジョン攻略するより出入り口封鎖した方が楽だし安全だしね。大部分はこっち派」

『近年では、常に中立を保つギルドが悪用を防ぐために閉鎖するようになった。

このダンジョンは出入り口が街中にあるから、すぐ閉鎖できる』

<まだ誰も踏破した事がなく、圧倒的に深く広いヘルラースなら閉鎖する方を選ぶだろう。って事だよルイ>


あ、う、うん。そっか。ならよかった。1番いいのは、ナヘルザークが戦争に巻き込まれない事なんだけど。だって戦争始めちゃったら、ルウェンさん達やクリスさん達、アレクさん達はどうなっちゃうんだろう。中立だっていうギルドの人だって、危ない目に遭うかもしれないし。

うん、戦争来ないで。


「話を戻すが、カタログブックは当初、買い物出来なかった。当時のカナメには、他の機能が必要なかったからだ」

「じゃあ売ったり、鑑定してくれたり、お金を預かってくれたり……便利な機能は後付けなんですか?」

「ああ。彼女の旅の先、北方の地で色々あってな。詳細は長くなるので省くが、カナメはあの地で、勇者とは違うごく一般人も記憶を持ったまま転生する場合がある事を知った。ルイ、お前はかなり特異な例だが、他にも邪法召喚に巻き込まれた者達が順次転生する事実は知ってるか?」

「はい。戦争が終わった頃に転生するようにした、って聞きました」


こちらの世界の人が巻き込んだのだから、せめて平和な時代へ。

それが昔からの約束事らしい。

この世界の神様って優しいよね。想像していた神って、ただ見てるだけ、人の助けはしない、みたいなのがデフォルトだと思ってたけど。ここの神様は自分がうっかりしちゃったからってテクトをフォローに向かわせてくれたり、戦争真っ最中に転生させたからって箱庭くれたり、色々助けてくれてる。つい最近はダァヴ姉さんがドリアードを助けてくれたし。ううーん、不思議。


「そのような者達は前世の記憶を持ったままの場合が多いらしい。何故だかは知らんが……」


コウレンさんが、ちらっとテクトを見た。テクトはお茶をすすっている。


<さあ。神様が働いている所を、僕は見た事がないからね。詳しくは知らないよ>

「そうか」


テクトは職場訪問しない主義か。

いや、転生の流れとかそこらへんを職場扱いするのもおかしいけど、なんかそんな感じがしちゃったんだもの。


「そのような転生者が後々の世にも現れるだろうと察したカナメは、勇者でないのなら生活に苦労すると考え、カタログブックの改良を考えた。諸々のオプションとやらはそういった彼女の気配りで備えられたのだ」

「魔道具の改良をする時は数日引きこもってたよ。さすがに繊細な作業だからそこらへんで出来なかったんだね」

『気が散ってミスるから邪魔するな!

って父子共々叱られてしょんぼりしてたのがいい思い出』

「勇者お母さん強い……」


今の所、秘書課の女史って感じのナビからは想像できないくらい、肝っ玉母ちゃん的な人物像しか聞けてないんだけど。同じ声でも印象変わるのかなぁ。


「それだけ珍しくも真剣に頑張ってたんだけどね。残念ながら、ダンジョンの核を基本に使ったせいで、宝玉とかそれぞれのダンジョン専用アイテムは売買できなくなったみたいだ。随分と悔しがってたよ」

「え、ダンジョンの核を使ったから宝玉売れないんですか?」

「ああ。宝玉はそれぞれのダンジョン専用のものだ。他のダンジョンから持ってきた宝玉を使おうとしても、魔力は一切吸い込まれない。動きはしない。同じ核から生まれたもの、相互だからこそ意味があるのだ」

「なるほど……」


宝玉だけ何で駄目なんだー!って頭抱えてたけど……そういう理由なら納得。むしろ、ダンジョンの核だからここまで多機能オプション追加出来たんじゃないかな。だって別世界のものが買えるだけじゃなくて、鑑定や銀行、さらにはゴミ捨てもこなしてくれる。こんな万能魔道具他にない!一家に一冊欲しいね!この一冊にダンジョンがぎっしり入ってますって言われても、おかしくない!たぶん!

それに宝玉に関しては、もう解決したしね。杏仁を完食したグロースさんに、後で宝玉をどれだけ買い取ってくれるか聞いておこう。

コウレンさんがふっと微笑み、カタログブックと私を見た。とても、優しい笑みだ。


「よく使って、頼り、カタログブックそれを満足させてやれ。まず間違いなく、ルイ、お前が適任だ」

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