83.湧き水と何か来た話



反応は皆さん一緒だった。こくりと一口飲んだ後、目を見開いてコップを見下ろして、もう一口含んで目を輝かせる。

ううーん、好みが違う人達を同じ顔にさせるとか、聖樹さんの湧き水すご過ぎ?知ってたけども。


「美味い!何これ、え、美味い!?冷たい!」

「味?水って味あるのー!?」

「茶ぁに使ってる水だよな!?え、水だけの方がうめぇとかどうなってんの?」

「ああー……これは美味しい……魔力が芳醇……!」

「えー!地元の湧き水に勝るもんはねえと思ってたけどこれうまー!!」

「フランの地元ってどこよ」

「妖精王がいる森だよ。あそこ山の雪解け水が流れてきてめっちゃうまいんだよな。俺も飲んだことあるが……いやこっちのがうめぇわ」

「はあああ……水って美味しいものなんですねぇ」

「う!」

「この飲みやすさ……お茶に深みが出るのもわかるわ」

「だよな。しかし惜しい事したなぁ。飯炊くのに使ったの、俺らが用意した水だったわ」

「何よそれ、どうせならルイから買いなさいよ。間違いなく美味しくなるわ」

「おう。次からはルイ先生とこから買う。絶対に」

「私も買うわ」


皆さんが美味しい美味しいって言ってる水、すみません私にとっては生活用水で、毎日湯水のごとく使ってます。とは言えないなぁ。ここまで感動されると聖樹さんが褒められているみたいで嬉しいけれども。帰ったら聖樹さんに報告しよ。

後、しっかり者なクリスさんとラッセルさんが真顔で何か言ってるけど、私まだ価格設定してないんですよねぇ。どうやって販売したらいいかも決まってないし。

アイテム袋に入っていた水袋はどうやら結構昔のものみたいだし、今どうやって大量の水を売るのが一般的なのか、わからないんだよね。お昼に使った水は大きな樽に入ってて、下側についてたコックを捻る形で水を出してたけど……ルウェンさん達もクリスさん達も同じようなの使ってたし、あれが普通なのかな。だとしたらどれだけ入るんだろ。


「ルイ先生!これどこの湧き水?めっちゃくちゃ美味くて……何か爽やか?喉越しがいい!」

「えーっと……場所はナイショです」


まさかお母さんのように優しい聖樹さんの根を通った湧き水です!とは素直に言えない。この世界に生えていた聖樹は現在、戦争の煽りを受けてそのほとんどが枯れてしまったらしく……つまり言っちゃったら、私の謎の仕入れ先を特定されてしまうのだ。実際行ってない場所なのに。

まあドリアード曰く聖樹さんの状態によって味が変わるらしいので、まったく同じ味にはならないからガチな特定は出来ないだろうけど。

私がテヘッと小生意気に誤魔化すと、皆さんは目を瞬かせて……そして納得した。


「まあこんな美味い水、大々的にバレたら他の店が黙っちゃいねぇだろうしな。仕入れ先も気ぃ使ってんだろ」

「湧き水の場所がバレたら取り合いになって、結局は汚されて飲めなくなる展開だな?これだから欲深い人はーってやつ」

「気に入った場所を踏み荒らされたくなくて隠す奴いるわ。妖精族あるある」

「はいキター。大体おおらかで寛大なくせに妙な所でやっべぇ執着心見せる妖精族あるあるー」

「いやいや、それ獣人族もあるよー。お気に入りのタオルを勝手に洗われた時のショック!匂いが変わるからやだって言ってるのにー!」

「水や場所の話をしてたはずなのに突然のタオル」

「困惑の極み」

「ほら見ろルイ先生も困ってんぞ」

「ドロシーって思考がちょっと右斜め上の方向に吹っ飛ぶ時ありますよねぇ」

「え、そうかな!?」


不思議そうにしてるけどねドロシーさん。私もちょっとわけがわからないよ?湧き水どこの?って話だったはずなのに最終的にタオルだよ?クエスチョンマークが出るのも仕方ないと思います。

ともかく、皆さんは私が、仕入れ先に黙っててほしいって言われてると納得したらしい。

うん、まああながち間違ってない、かな。実際はダァヴ姉さんに公表はしない方がいいと思いますわ、と穏やかな声でしっかりと釘刺されたんだけどね。


「んー。気に入ってもらえて何よりなんですけども、販売価格は決めてなくて。皆さんってどういう風に、どのくらいの値段で水を買ってるんです?」


世間の常識知らないからね、教えてくださいな。


「そうだなぁ。まあ冒険者はあれだな。昼間見た樽、あれを何個か買ってアイテム袋に突っ込むのが普通かな。値段は樽単位で決まってんだ」

「アイテム袋がある人はね。ない人は毎日水筒……そうね、ちょうどこのピッチャーくらいの大きさかしら。筒状のものに飲み口がついているものに、水を入れて持ち歩いてるわ。値段は水筒のサイズで決まるわね」

「ほうほう」


他の方々がピッチャーからお水をどんどんおかわりしてるのを背後に、「うちのが本当にごめんなさいね、ちゃんと払わせるわ。ちゃんと」「後で切り刻んでおくからな」という物騒な一言を添えられつつ教えてもらうと。

ワインが入ってそうな大きな樽は、500リットルは入るんだそうで。これは長期間ダンジョンに潜る人用、あるいは長い旅に出る人用にお勧めされるらしい。樽自体を買って、水を買い足すスタイルだね。1リットル単位で値段が変わるらしい。普通の水だと1リットル40ダルで、樽1つで2万か……えーっと。スーパーでよく見る2リットルペットボトルの水は、大体70~80か……安くて50円代だったっけ。そう考えると高くはないけど安くはない値段だね。水が豊富な国ならもっと安いんだけどな、とはラッセルさん談。なるほど。国によって値段が違うのかあ。

アイテム袋持ってるなら重さは感じないし、水は生きる上で必須なもの。予備として樽1つ分くらいは多めに持っておくのが冒険者としての大切なお約束なんだとか。

「ダンジョンに暮らしてるルイならわかるわよね?」と念押しされたような気もするけど、大丈夫ですよわかります。水の大切さはわかってますとも。なんせ初日はアップルパイだけ食べたから、次の日口の中パッサパサだったからね。何でまず水分をとらなかったのかっていうね。ダァヴ姉さんが出してくれた紅茶を一気に飲み干して、すぐおかわり貰っちゃったもん。幼女の悲しい思い出。


「これは間違いなく美味しいから……そうね。1リットル100ダルつけてもいいわね」

「高い!倍以上じゃないですか!!タダなのにそんな貰っていいものなんです?」


目をひん剥いて聞くと、皆さん何故かほんわかした表情になってしまった。いやだから何でそんな顔するんですかー!

だって1リットル100ダルって事は、1つの樽で5万ですよ!5万!値段が一気に跳ね上がったわ!


「いいんでない?俺らはルイがいなきゃこれ飲めないんだし」

「てか、そんなん言ったらこの世のすべての水が元々はタダだし?」

「そういうのは黙ってていいんだよー。ルイはちょっと遠慮しがちだね。箱入りならぬダンジョン入りだからかな?」

「ダンジョン入り」

「アリッサの迷言ですぅ」

「ぶっほ」

「ぐふっ」

「文句あるならどうぞ、言えば?裂いてやるけど!」

「おいそれ喉か?喉狙って言ってんのか?瞳孔開きながら言うなよ物騒にもほどがあるわ」

「バカやるのもそれくらいにしとけよ。脱線したが、まあルイ先生。そこは手間賃だと思うべきだ。湧き水運ぶのも、アイテム袋使ったってまあまあ重労働だしな」

「そうそう。妖精王の森でもそんくらい取ってるしさぁ。観光名所だから、訪れた人は皆喜んで買ってるよ!」

「あえて周囲を整備して国で管理し、荒らされないようにしたいい例だな」

「……国民だとタダなんだけどね」

「こういう例もあるんだし、深く考えなくていいのよ。冒険者は、相応の対価を払うもの。当たり前の事だわ」

「……むしろ、その価格でこの水が飲めると思えば安いと思う……」

「美味しいものを美味しいままで届けてくれるって、とっても大事な事ですぅ」

「う!」


んん……そっか。まあ、うん、皆さんがいいなら、いっかあ。

大きく見積もっても70くらいかなーなんて思ってたのに。クリスさんに先手を打たれてしまった気がする。


<もうすでにルイの扱いを身に着けてしまったようだね、彼女。優秀だ>


テクトさんそれはつまり私がチョロいという事かなー!?否定できないなー!!





















次回までには樽を1つずつ用意すると約束して、そして皆さんがおかわりした水やお茶の分もちゃんと貰いつつ。ウェルカムお茶以外は有料だからね。ちゃんと貰うよー。

食器や全身の洗浄をかけて……今日の売り上げ、なんと17万以上!

え、こわ……1日で17万稼ぐとか、自分でも怖い……い、いや!私は家主!箱庭の発展を目標にしたんだもの!ドリアードもお腹を空かせて……は、妖精だからならないけど、もう私とテクトだけにお金をかけていればいい時代は終わったんだ。

そう、今の私は扶養者!お爺ちゃんやお婆ちゃんが私にしてくれた事を、私がドリアードにする番なんだ。これからは大金に怯える性格も切り替えて、しっかり稼いでいかないとね!財布に1万円札入っただけでガクブルしてた時代は終わりなのよ!

そう強く言い聞かせて、冒険者の皆さんと別れ、108階まで戻ると。

テクトが保護の宝玉を使おうとした私を止めた。


<ちょっと待って……安全地帯にグロースと、知らない人が2人いる>

「知らない人?」


グロースさんはそろそろだと思ってたけど……他の2人は誰だろう?


<ルイをどうこうしようという思考はないけど……>

「けど?」

<……魔力が強大だね。グロースと同じか、それ以上。魔族かな。グロースに話を聞いてみるよ>

「うん、お願い」


グロースさんにテレパスを飛ばしたテクトは、しばらくして制止の手を下ろした。


「誰だったの?」

<魔族のお偉いさんだって>

「……ええええ?」


魔族って、あれだね。グロースさんの種族だね。角を生まれつき持ってる、魔力に秀でた人達。そして魔族のお偉いさんって事は、上層部だね?色々あった転生者を見守ってね、って聖獣に伝えられたっていう、あの。交流があるっていう、あの!!

え?来ちゃったの?ここダンジョンにいるの?


<その上層部が、来ちゃったねぇ。ルイに会ってみたいくて来たんだって、行こうか>

「あ、はい」


私に会いに?え、お偉いさんが?大丈夫?幼女で大丈夫?はっ、私仕事着、今仕事着です……ケットシーという商人してきました。このままでいい?いいの?あ、そうテクトが良いって言うなら行くけどさぁ……はいはい『保護』!

僅かな浮遊感の後、光が収まったので目を開けてみれば……


「おー!お前が不運な転生者か!難儀な姿でよく頑張ってるようだなぁ!」

「へえ。本当に小さい……いや本当に小さいね?大丈夫?食べてる?」


角を持ったイケメン2人に一瞬で駆け寄られ、元気な方にはポンポンと慰められるように肩を叩かれ、大人しい方には頭をナデナデされた。

え、なにこれ。なにこのじょうきょう。

のんびり寄ってきたグロースさんの、


『今日の日本茶は?』


のカンペによって私の混乱は高まり過ぎて、ついに奮起した。いやこの2人の事教えてくれるんじゃないんかーい!!日本茶は準備するけど!!喜べ今日は3種類ありますからね!!


「テクトじゃないんですよ私あなた達の心は読めないからね!?説明!プリーズ!!」

「おっ、ぷりーずってあれだな!勇者がよく言ってたやつだ!やれって意味だろ?」

「懐かしいな……グロース日本茶貰ってるんでしょ?俺も飲みたい。俺にもくれる?」

『手伝うから日本茶』

「魔族と書いて自由人と読むって言われませんか!!」

<ふふっ>


あーもう!テクトに笑われたー!!

はいはい日本茶ですね絨毯とテーブル用意しますよ!!テクトはお茶入れてそこの自由人達にふるまっといて!!


<ルイは……ああ、わかった。任せておいて>

「うん任せた!!」


私はぷんぷんしながら壁の方に向かう。

まず、まずよ。確かに来客をもてなす事が大事だけども。魔族って言えば私を善意でフォローしてくれるって人達だからね?丁寧なおもてなしをしようとは思うけども。

でもあのフリーダムさはちょっと困るので先にもう1つ大事な事をしよう。後でじっくり話聞くからお茶飲んで待ってなさい!テクトお茶菓子は3つまでだよ!

アイテム袋から抜いておいた鍵を刺して、捻る。聖獣、ひいては神様に繋がってる魔族の人達だ。見られても問題ないだろう。入れるとは言ってないけどね!

壁を押すと、むわり、土と水が混ざったような……そうだ。雨の匂いが抜けてきた。あれ、降ってる?

押し切ると、ざあざあと雨音がしてきた。結構な水量だ。

この世界に来て初めての雨だった。

ドリアードを探そうとしたら、ぽつぽつと雨が跳ねる音がした。傘の上で踊る音。それに誘われて振り返ると、箱庭の見えない壁に背中を預けるように、ドリアードが待っていた。扉の横に、大きなフキみたいな植物を傘にして。

さっきの音はこれかぁと思いながら、ドリアードに微笑んだ。


「ただいま、ドリアード」

「……おかえりなさい、ルイ」

「その傘ステキだね」

「これですか?ちょうど、花畑に小さなものが生えてたので。力試しに調度よいと思いまして……聖樹様と共同で、程よい大きさを探していましたら、このように」


彼女が目配せした先には、ドリアードが持っているものと同じ植物が。サイズは違くて、きっとおそらく、あれは私とテクトの分だ。

如何ですか?と笑うドリアードが、ぽたんと水滴が垂れる分厚い葉っぱから覗く彼女の姿が、とっても可愛かったので。

私は思わず叫んだ。


「何でこの世界には写真がないの!!」


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