82.実食とお茶の話



フランさんがレタスを千切りながら見張っていたご飯を丼に盛って、ネギ塩だれをあえた肉を乗せる。ネギ塩だれ丼の出来上がり。ご飯はやっぱり8合じゃ足りなかったので、私が炊いておいたやつも追加した。いやあ、やっぱり器が大きいだけありますわ。6人分盛ったら土鍋からご飯消えたよね。食べ盛り男子怖い。

丼よりは一回り小さい器にそれぞれレタス、プチトマト、テクトが切ったキュウリを等分して。朝に作っておいた具沢山ポトフも出せば、盛沢山なお昼の出来上がりだ。この前は結局私が起こした正座事件の衝撃で、あれだけ叫んでたエイベルさん達のポトフは食べれなかったからね。代わりにはならないけど、お詫びだ。ちゃんとその分請求しますよ!今日はタダじゃない!!鍋を見せたら声を揃えて「食べる!!」「う!!」って言うから出したんですよ!!

6人ともわくわくとした表情でテーブルを囲んでいる。作った人の特権、という事で皆に出来上がりのオーク肉を1枚ずつ味見してもらったんだよね。良い匂いにずっと耐えてきたんだもの。ご褒美いるよね。それで皆さん嬉しそうに味見したんだけど、感無量って感じで悶えてた。ふぐー!って感じで。全部出来上がって食べるだけになった今は、相当期待が膨れ上がっているんだろう。例えば風船のように。

爆発したら大変だね。どうぞどうぞ、お食べなされ。


「んじゃ!いっただきまーす!!」


アレクさんの掛け声に合掌し、それぞれの目がキラリと光る。6人全員が器を持ち上げて箸を突っ込んだ。器用に肉でご飯を包んで、一口ぱくり。


「んんんんんんまー!!」

「ああー!うっめぇえええええ!!」

「う!!」

「ご飯ほくほくしてるぅうううう!!」

「肉汁が染みるわあ……!!」

「はあああああ、これ俺達が作ったの?作っちゃったの?」

「作っちゃいましたねぇ」

「ええー……マジかよ」

「マジです」


いやいや、これは本当に。過大評価じゃなくって。

私は最初にやって見せただけで、ほとんどの工程は皆さんに任せた。米だって元からちゃんと洗えてたし。教えた後は忠実に再現できたし。実質、自作できたと言っていいと思う。初日にしてこれは、とても素晴らしい結果だよね。

そもそもこの人達、やり方や分量を知らなくて諦めてただけで、壊滅的にどうしようもないってわけじゃあないんだよなぁ。

特にクライヴさん。前回の黒こげお肉には塩コショウが万遍なくまぶしてあった。削いだ後の黒焦げをよーく見てみたらわかった事なんだけどね。あの大きな手で繊細な手仕事をするなって思って、だからこそ、今回味付け係になってもらったんだ。

どうやらそれは間違いなかったようで。長ネギが切れてなくて繋がってる、なんて事もなく。おもちゃみたいに見える大さじ小さじもしっかり扱って、美味しい塩だれが出来た。

美味しい美味しいと頬張る仲間を見て、嬉しそうにニコニコしてるのを見て、彼に任せて正解だったなぁと一人頷く。次は肉を焼いてもらおう。この前怒鳴っちゃった嫌な思い出を、是非とも払拭してもらいたい。ふふふ、ちょっとわくわくしてきたぞぉ。


「このドレッシングもうめぇな」

「お、モーリス。お前何にしたん?」

「ゴマ」

「ゴマドレ美味しいですよね!私ドレッシングの中ではゴマドレが一番好きです!!」

「ルイ先生のおススメかよー!俺もそっちにすりゃよかったかなぁ!」

「今度はそっちにすりゃいいだろ。今の俺達にはがあるんだ」

「お、それもそっか!じゃあ今日は玉ねぎドレッシングのままでいいや!」


丼を半分ほど食べると箸休めなのか、サラダに手を付け始めた皆さん。今日はお試しで私が各種ドレッシングを揃えてみたんだよね。自分が好きだなって思ったものを買って、いつでも野菜にかけて食べてれるように。

これは肉ばかりになりそうなアレクさん達の食生活を考えて、三食いつでも野菜を食べる習慣をつけて欲しいなと思って提案してみたものだ。筋肉を作るのには肉類を多く食べるべきだとは思うけど、「肉だけ生活だと栄養かたよって結果的に体力が落ちます!不健康!!」と伝えると何か心当たりがあったのか、皆さんすぐに納得してくれた。たぶん、お店で食事をとった後の生活と、自分達が作った真っ黒こげ&生焼け肉だけ食べた後の生活を比べてみて、思い当たる事があったんだろう。涙がちょちょぎれそうだね!!

後はまあ、今日の丼みたいなメインを作ってる横で一品作れる。買い置きした料理を節約できる。という意味でもプレゼンしてみた。サラダなら手で千切って、あるいはピーラーでしゃしゃっと出来るのでお勧め。生野菜が嫌だったらさっと湯がくだけでも歯ごたえが変わって楽しいし、楽チンである。と思ったけど湯がくのも実は難しいのかもしれないので、これはピーラーと合わせて今度やらせよう。

ただ私の誤算だったのは、今は戦争中だから葉物野菜は種類が少な目って事なんだよね。外のお店で買うだけだと、たっぷり摂取は難しい。

もー!やっぱりうちの店使ってもらうしかないんじゃーん!!この前ルウェンさん達に教えてもらってたのに!!私は普通に買えるから忘れてたよね!!失策!!


「俺、柑橘ドレッシング。甘酸っぱ美味いぞ!」

「俺はにんじーん!摩り下ろしてあるのが面白い食感!」

「バジルチーズって濃厚なわりにさっぱりしてんな」

「う!」

「クライヴは大根おろし醤油?渋い……!」


まあ喜んでもらえてるようで、何よりなんだけども。どれ買うか選んでおいてくださいよー?


<ルイ、僕らも食べよう?>


そうだね。うん、お待たせテクト。


「今日のお昼はクリームスパゲッティだよー」


ワンポットパスタ、つまり鍋1つで作れちゃうパスタ。これ片手間で出来るから好きなんだよねぇ、楽で。

鍋にすり下ろしたにんにくとオリーブオイルを入れて弱火で温め、いい匂いがしてきたら切っておいた玉ねぎとマッシュルーム、肉類……今日は鶏もも肉だね。一口大に切ったものを入れて、中火で炒める。具に火が通ったら半分に折った茹で時間が短いスパゲッティを入れて、バター、コンソメ顆粒、塩コショウ、水、牛乳を入れてフタをする。沸騰したら箸で麺を沈めて、くっつかないように混ぜて。麺が十分ほぐれたら、後は放置。沸騰してから数えてパスタの茹で時間分待ったら、お皿に移して粉チーズを振って出来上がり。

これとポトフを盛り付けて、テクトにはブラックペッパーミルを渡した。私基準の甘めな味付けだからね。テクトの好きに辛さを追加してくださいな。

さあいざ私達もお昼!と思ったら、6人分の強い視線がクリームスパゲッティに注がれていた。お、おう……一瞬びくっとしちゃったよ。


「うまそう……」

「何だあれ……いつの間に?」

「え……俺達に授業しながら作ってたん?」

「ルイ先生、実は腕や目が倍あるんじゃないか……」

「う……?」

「これ……俺らも作れる?」


いやちょっと待って腕や目が倍ってどういう事!?私普通の人族ですけど!?調理が早すぎるって事かな!?作業慣れすれば皆さんも出来るからね!!

後これ出来て2人前ですから大人数の大食漢のお腹は満たせられないと思います!!

















皆さんの「いいなあ、いいなあ」「うまそうだなあ」「いい匂いするなあ」っていう目に耐え切れず、一口ずつあげたら塩だれ丼を一口返されてしまった。ああー、オーク肉美味しいぃ……ネギと塩でさっぱりなのに、ガツンとくる旨味。甘味。カリッとした所が香ばしくてまたたまらんとです。さすがに何口も食べると肝心のクリームスパゲッティが食べられなくなるので、後はテクトに譲った。私一口、テクト五口である。口をもごもごさせてご満悦の様子。うんうん、美味しいよねぇ。私は皆さんがちゃんと作れて感無量です。

ポトフもうまー!としている所で、クリスさん達が安全地帯にやってきた。


「あー!美味しそうなの食べてんじゃない!!」

「廊下からいい匂いしてたもんねー」


と、真っ先に騒ぐのは獣人族のアリッサさんとドロシーさんだ。猫と犬、どっちも鼻がいいもんねぇ。その性質を受け継いでる獣人だからこそ反応が早い。


「あら、美味しそうねぇ。料理教室したの?」

「おおー。初めて美味い飯作れたわ」

「え……ルイとテクトに作ってもらったんじゃなくて……?」

「しっつれーだなぁ!見せてもらったけど、ちゃんと作ったんだぜー、俺ら!な!ルイ先生!テクト!」


うんうん。丼とサラダだけですけど、間違いなく作ってましたよ。深く頷いて見せると、信じられないものを見るようにネギ塩だれ丼とアレクさん達へ交互に視線を送る女性陣。

まあ、わからんでもないよ。黒焦げ生焼け量産だった方々が、いきなりこのクオリティをたたき出したんだもの。うん、私も上手くいきすぎてちょっとびっくりしてるわ。


「ああ、そっかぁ。だからルイとテクトは違うものを食べてるんですねぇ」

「はい!こっちは私とテクトが作りました。ポトフは売ってますよ、運送代含め一杯800ダルで!」

「買うわ」


めっちゃ具沢山にしちゃったから高め設定ですよって言う間もなく即答されちゃったよ……いやうん、即答されたって事はこの設定でいいんだろう。うん、そういう事だきっと。クリスさんに許されたポトフ……!お買い上げありがとうございます!


「私達これからお昼を作り始めるから、あなたがゆっくり食べ終わった後に盛ってくれると嬉しいわ。そこの暴食男どもから私達の分、守ってくれる?」

「おい失礼な事言うなよなー!事実だけど!」

「事実だからこそ言うべきじゃない事もあるじゃん?」

「5人分ですね!わかりました、任せてください!」

「ルイ先生がめっちゃ笑顔で受け流したのが殊の外衝撃なんだが」

「わかる……何か胸に来る」


そんなこんなでしばらく。時間はそれぞれかかったけれどお昼の後、安全地帯にいる全員が食休みしている時にハッと思い出した。

そういえばクリスさん達にお茶出してない。ウェルカムお茶を店の名物にしようとしてるのに!

アイテム袋からお茶セットを取り出して、クリスさん達を呼ぶ。


「今日は3種類準備してきたんで、気になるお茶をどうぞ」

「え、何かお茶の種類増えてる!?ほうじ茶だけじゃないの!?」

「おう、この水出しってのうめぇぞ。クセがなくて延々飲めるし、冷えてるから喉越しもいい。もう何杯もおかわりしてる」

「俺こっちのリンゴ麦茶好きー!」

「これもしっかり冷えてんのがすげぇよな。ルイ先生って魔導冷蔵庫持ってんの?」


魔法は洗浄しか使えないんだったよな?と、純粋に疑問に思ってる様子のラッセルさんに、少し考えてから首を振った。


「んー……ヒミツです!」


冷蔵庫高いから、また、こんなんじゃ安い!とか言われても困るからね!あれは元々個人的な資産!商売に使うつもりはなかったから副産物だよこれ!水はタダだし!


「何それ羨ましー!もう!料理教室の時点で思ってたけど羨ましすぎるよあんた達!私も飲むー!」

「アタシ冷たいの、番茶がいい」

「私はリンゴ麦茶っていうのが気になりますぅ」

「私は、ほうじ茶……」

「私もほうじ茶で」

「ドロシーさんは何にします?」

「んんーーーーー……水出し番茶にする!」


はいはいよー!テクトは番茶と麦茶お願いしまーす。

急須にお茶の葉を入れたら、沸かしたてのお湯が入った鉄瓶をアイテム袋から取り出して注ぐ。待ってる間にティーカップを用意して、先にテクトが準備してくれた冷たいお茶を配っていく。

そろそろ30秒かな。急須を傾けて、少しずつ均等に注ぎ入れ、最後の一滴まで入れた、ら……


「あの、クリスさん……?」

「なあに?」

「すっごく視線が痛いです」

「そうだった?ごめんなさいね」


と謝りつつも、私の手元から目を離さないクリスさん。ええー、何事?


「クリス女史こっわい」

「はあ?」

「何で俺らに指摘されると威圧してくんの!?何なの!?怖すぎない!?」

「うら若き乙女に対して怖がる意味がわからないわね。うーん、あまり変わりはないようなんだけどねぇ」


いやだから、何事っすか。

パオラさんがほんのり笑って、アイテム袋から紙袋を取り出した。ん?あれは私が売ったほうじ茶の茶葉、だよね?


「これ、買ったその日に、私達で入れてみたんだけど……どうも、何かが足りない気がして……」

「え?同じ茶葉ですよ?」

「それは勿論、私も確認したし……気を悪くしないでほしいけど、ドロシーとアリッサにも、嗅いでもらってるわ」

「ああー。不良品が入ってると困りますもんね。お二人の鼻なら間違いなく嗅ぎ分けられそう……その場合は指摘していただけると助かります」


なんせ私、人並みの嗅覚しかありませんからな!人族なんで!

小分けする時になるべく全部見て袋に入れてるけど、人の作業だからなぁ。ミスは付き物。出来れば口に入れる前に教えてもらえると、私の精神衛生上とても助かります。


「そう言っちゃうあたり、さすがのルイ先生だよなぁ」

「ルイ先生、ここ怒るとこ」

「へ!?そうなの!?」

「ああうん、いいわ。私達が悪いの、ごめんなさいね。話を戻すけれど、私達が入れたほうじ茶は、あなたが入れたものより……そうね。深みと言ったらいいのかしら。味はまったく同じなのに、どこか物足りなさを感じるのよ」

「それが何でかわからなくて……とりあえず入れ方を注視してみたんだよ……」

「違い、ありました?」

「なかったですぅ」

「んんー……物足りなさ、ですか」


何だろうなぁ。お茶っぱは同じ、入れ方も同じ。何でお湯沸かしてるか聞いたら、鉄瓶だった。

後は何だろ?


<つい先日、うちの精霊に感動されたものがあったでしょ>


ん?ドリアード?

ドリアードが感動したのって、ゼリーや氷……あとオレンジ水も、朝は美味しそうに飲んでたけど。

うんうん悩んでると、テクトからさらにテレパスが飛んできた。


<湧き水だよ。聖樹の根を通った水脈から、湧き出る水。ドリアードがあんなに感動してたじゃない>

「ああ!!って、え、あれ!?」

「何か思い当たる事があった?」

「あ、えと、はは……」


うっかり声に出しちゃった。落ち着けー、テクトとはほんのり意思疎通できる程度設定だぞー私。


「その……水じゃないかなぁ、と思って」

「え、何か特別な水を使っているの?」

「特別っていうか……湧き水なんですけど」


聖樹さん経由ってあたりが特別感あるかなぁ。でもそれは内緒だしね。

水が入ったピッチャーを出して、グラスに注ぐ。ま、どうぞどうぞ。飲めばわかる、美味い水です。



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