81.料理教室の話



宝玉で転移すると、安全地帯にはすでにアレクさん達がいた。箱庭を出たのは11時前。108階からすぐここに来たので、時間はほぼ変わらないはず。皆さんが来る前には絨毯とか準備しようと思ったのに、随分早いなぁ。意外……って、そうか。初対面が昼時を大幅に過ぎるくらい遅かったからそういうものだと思ったけど、彼らはモンスターに囲まれるハプニングがあったからやむを得ず遅くなったんだっけ。少しでも早く着いてればぁああああ!!って嘆いてたなぁ。

今日はクリスさん達が遅いのかな。しばらくこの安全地帯を拠点にするって言ってたし、お昼の準備してれば来るよね。

私に気付いて6人皆がにこやかに手を上げた。


「お、ルイ先生にテクト!今日は来たかー!」

「やっほー!」

「う!」

「こんにちはー!昨日のご飯は大丈夫でしたか?」

「おう、在庫尽きたから宝玉使って外に出たわ」

「いっぱい買い込んできたぜ!」

「今日も買ったもん食うかなと思ったが……ルイ先生が来たって事は、ついに俺達がまともな飯を作って食えるって事だな?」

「ええ、そうですね!安心してください、色々準備してきましたから!」


まずは絨毯、テーブルとお茶セットを出して、皆さんに勧める。お昼準備の前に、料理教室のお話をしましょうね。

興味深そうに絨毯を見ている面々。そういえばこの前はクリスさん達しかこの絨毯を味わってなかったっけ。気持ちいいですよー。是非履き物を脱いでいらっしゃいませー。


「お、噂のアリッサ捕獲絨毯」

「ウワサの!?ほかく!?」

「昨日街でさあ、生き生きしたクリス達に鉢合わせて、めっちゃ自慢されたんだよね。ダンジョンの中の天国だって」

「だから気になってはいたんだが……うっお」


ゆっくりと足を下ろしたモーリスさんが、一声上げた瞬間尻尾をピンっと立たせた後、すごい勢いで振り始めた。心なしかケモ耳も体もふるふる震えてる。

そんなモーリスさんを、後ろからわくわくした顔で見守る5人。


「どうなんだモーリス!」

「めっちゃ震えてるよモーリス!」

「尻尾が上機嫌だぜモーリス!」

「最高か?最高なのかモーリス!」

「う?」

「だあああああ!!俺の事は良いからお前らもさっさと入れや!!」


ごっ。

そんな感じの音が聞こえたと思ったら、モーリスさんの近くにいたニックさんが頭抱えて蹲ってた。どうやら彼の後頭部は尊い犠牲になったらしい。モーリスさんをからかい過ぎだよ皆さん。全員笑ってるから日常茶飯事何だと思うけど、程々にねー。

モーリスさんに続いて皆さんが続々と足を伸ばした直後、絨毯の踏み心地にほわほわと顔が緩んでいく。いいねぇいいねぇ、これよ。私が見たいのは冒険者のこの顔よ。ふふふ、してやったり。

クライヴさんが自分の体重で折角のふわふわな絨毯潰してしまうかも、と躊躇した事以外は概ね私の思惑通りで大変満足です。申し訳なさそうにする3m近い身長の筋肉質な男の人を、「大丈夫!潰れたってすぐ戻りますし、気にしませんから!!くつろいでくれない方が気になる!!」とにこやかな幼女が手を引くという、不思議な光景はアレクさん達の心にしかと刻みつけられたのだった。閑話休題。

今日のお茶はあったかいほうじ茶か、水出し番茶か、リンゴフレーバーの麦茶か。3種類用意したので選んでもらう。テクトはリンゴフレーバーの麦茶がお気に召したみたいで、朝も今も飲んでるね。勧めた身としては、大変満足な反応である。お気に召したかー、そっかー。にひっ。

おっと、いつまでもにやにやしてられないね。お話をしましょうか。


「さて、料理教室の事なんですけど……まずは授業料の話ですかね」


ケットシー的に。


「私は授業料と食材の代金は別にしようって思うんですよ。基本は皆さんが持ち込んだ食材で作りつつ、足りないものがあったら私から補充する。補充した分だけプラス代金を払う感じで。えーっとほら、皆さん、モンスターのお肉……かなりの量を持ち込んで、さらに食べきっちゃいますよね?」

「うん!」


フランさんの正直な笑顔が眩しいね!その小柄な体で丼飯がつがつ食べるもんね!寧ろラッセルさんのが食べない方だもんね!いや本当、細い体のどこに収納されちゃったんだろ。

そう、問題は量だ。

この人達、とんでもなく食べる。ルウェンさん達より確実に食べる。一昨日の塊肉だって焦げた部分は削いだとはいえ、7キロ以上はあったっぽいし。それをご飯と一緒にぺろりと完食したのに、さらにお惣菜の大量投入でやっと満腹になったからね。育ち盛り男子かな?胃袋が底なしだよ!美味しい美味しいって、綺麗に食べてもらったから気分はいいけどね!

そんな彼らのお腹を満たすだけの量を毎度準備できるか、教えながらお昼までに、って考えると難しいと思うんだ。アレクさん達の職業は冒険者であって、誰かに料理を提供する側じゃない。あくまで、冒険者としての仕事に対する士気を上げるために必要な作業。彼らの時間を大幅に奪っちゃ意味がないんだよね。

だから基本はアレクさん達に食材を準備してもらって、一品、頑張れば二品作って、他は手持ちから食べても良し、私から総菜を買っても良し。って感じにできたらいいなーって思った。

それに、彼らが自力で手に入れられる食材から作れる料理を考えた方が、きっと覚えやすいはず。

私の考えを伝えると、皆さん揃って頷いた。


「それで問題ない。むしろ色々気遣ってもらって悪いな」

「いえいえ、そんな事ありませんよ。皆さんそれぞれ好物もあるでしょうし、そちらで揃えてもらえば私も計算が楽です!」

「ここでそう言い切っちゃうあたり、さすがルイ先生だなぁ。授業料はどんくらいにする予定なんだ?」

「1人3000ダルくらいですかねぇ」

「えー!もっと取ってもいいのに!」

「う!」

「いやいや、6人で1回18000ダルですよ。しかも100階で教えるから運送してないのに運送代かかるんですよ。18900ダルです。毎回払ってたら高い買い物じゃないですか」

「それぐらい余裕で払う甲斐性はあるんだぜ!」


いやいや、5日もやったら10万近くになる値段だよ。安くない安くない。

アレクさん達に会いに行ってお昼作るだけで1日2万弱稼げるとか私の金銭感覚がおかしくなる。


「むしろど素人の教えですし、2000でもいいんじゃないかって思ってました」


計算しやすいっていう意味でも助かるなーって。

ただこの前クリスさんにもっと多めに見積もりなさい!と叱られたばっかだし、1000ダルだけ増してみたんだよね。

それなのにこの反応は驚きだよ……!


「お茶っぱと同じ値段じゃーん!駄目だよルイ先生!がめつくいかなきゃ!」


フランさんがめっちゃ明るく言うけど、うーん。そもそも私、冒険者のために店始めたようなものだし、必要分稼げれば問題ないんだよなぁ。貯金もあるし。何だったらギルドに宝玉売ってもいいしね。そろそろグロースさんが様子見に来そうだから、買い取ってもらえないか聞いてみよう。

というわけで、定期的にまとまったお金を貰える料理教室は懐にとてもいいんだけど、それほど高めに設定しなくても私は困らない現状が出来上がってしまったのである。

あははーと呑気に笑ってたら、ラッセルさんが大きく頷いた。


「これはあれだ。食材をルイ先生から買えば俺達の勝利」

「それだ!!」

「冴えてる!!」


いやだからそしたら私が色々考えてた事全部意味なくなっちゃうじゃないのよー!!






















結局、私が3000ダルにするのも私の自由、彼らが私から食材を買うのも彼らの自由、という事に落ち着いてしまった。くう……!負けた……!!

アレクさん達がいいなら構わないけど……絶対、運送代分高くつくから止めた方がいいと思うぞー!お財布的に後悔するぞー!!と、睨みつけてもにやにやされるだけだった。くっそう幼女の睨みは効果が薄い!!


「ダメですよフランさん!お米はふっとーしたら15分経つまでフタを取りません!」

「えー!でも中身がちゃんと炊けてるか気にならない?」

「むしろ途中で開けた方が炊けなくなりますよ」

「おっすルイ先生!!俺フタ取らない!!」


最初の授業は料理の基本、主食のご飯と、オーク肉の塩だれ炒め。そして手で千切って作れるサラダにしてみた。

彼らがどこまで料理出来るのか聞いてみたら、ご飯も満足に炊けなくていつもがりがりに焦がすか、芯が残るか、粥になるかのどれかだったらしい。切ないね……!お粥は悪くないけど、食い盛りの彼らに食感がほぼないものは苦痛だと思う。

というわけで便利アイテムとして私が出したのが、計量カップ。正しく量らないから失敗するんだよ。この世界で流通してる水用の計量カップだ。どうやらこれさえも持ってなかったみたいで、私がカップを掲げると「おおおお!」と歓声をいただいた。マジかぁ、皆さんマジかぁ。

200mlの計量カップだと、米1合は180mlの所。平たい台に置いてメモリに目線を合わせる。合ってたらボウルに入れて、もう1合。1回やってみせて、その後はそれぞれやらせてみたけど、メモリに合わせるのにかなり苦戦してるみたい。次は米用のカップを用意しようかな。擦り切れば1合って楽なんだなぁ。

アレクさん達の土鍋が10号より大きいから、8合にしてみたけど……炊くのに慣れたら2つ一気にやってもいいと思う。あの食べっぷりなら8合じゃ足りないでしょ。今日は、料理は手順と火加減を守れば作れるって事を覚えてもらうのが最優先。

ボウルに8合入れると、またも歓声が。どうやら土鍋ギリギリになるくらいまで入れてた事もあったらしい。そりゃ芯まで炊かれないはずだよ。明らかに水分足らないもん。「そんくらいの量で大丈夫なん?鍋のスペース余らない?」って聞かれた時は「何を言ってるんだこいつは」って顔を隠せなくて、ちょっと申し訳ない。大丈夫、ちゃんと鍋いっぱいに膨れますよ。だからニックさんしょぼんってしなくていいんですよ。ワタシ、怒ッテ、ナイヨ。

お米を洗って、土鍋へ。30分くらい水を吸わせた方がいいんだけど、きっとアレクさん達はその時間も惜しいので省略。あれこれ言ってもこんがらがるしね。水を200mlに合わせて鍋に入れる。これを8回。後は火にかけるだけ。

最初はフタを開けといて、沸騰する状態がどういうものか目で確認してもらってからフタをして弱火にする。この世界では巨大時計塔以外では砂時計が一般的らしいので、5分計測できる砂時計を渡した。15分待つ事を覚えてもらう。


「米炊くのって耐久なんだな」

「修行……忍耐の修行だな」

「いや何を耐えてんだよ。空腹か?開けてみたい欲求?」

「両方じゃね?いい匂いしてきて、腹が鳴ってきた」

「その気持ちはわかりますよ。作ってる時に味見と称してちょこちょこ食べたりしますもん」

<ああ、味見で腹が膨れた時は笑ったよ>


テクトそれは随分と最初の頃の話だなぁ!私が幼女の胃の許容量をうっかり忘れて大人の時と同じように食べちゃった事は忘れてください!!


「肉の火力ってこれくらいでいいの?」

「はい。中火くらいが程よいんですよ。薄切り出来ました?」

「これでどうだ、ルイ先生。テクトは頷いてくれたんだが」


モーリスさんがオーク肉の薄切りを担当。これはテクトが監修してくれた。まな板にずらっと並ぶ薄切り肉。うんうん、これなら大丈夫。


「良く出来てますね。じゃあ焼いていきましょう。フライパンが焦げないように油を敷いて、お肉を広げます。重ねると均等に焼けなくなるので、わかりやすいよう1枚ずつ。ピンク色が白く変わっていきますね。これが焼けてる証拠です。周りも変わったら裏返して、少し待ちます……はい、両面ちゃんと焼けてますね。そうしたらお皿に一旦移して、次の肉を焼きます」

「おおー!すごい!わかりやすい!!」

「薄切りってすげぇ!!」

「これなら出来そうだ!!」

「じゃあやってみましょうか」


アレクさん、ニックさん、ラッセルさんに巨大フライパンを囲んでもらって、どんどん肉を焼いてもらう。熱くなったらサラダ千切り組と交代するんですよー。なんせいっぱいあるからね。

さて、肉を焼いてもらっているうちにタレ作りだ。メンバー内で1番料理がまともだというクライヴさんに手伝ってもらう事にした。

包丁を出して長ネギをみじん切りにして見せると、クライヴさんは大きな体をかがめてトントンと小気味よく包丁を操る。多少時間はかかったけど、上手なみじん切りの出来上がり。うん、クライヴさんは火加減が苦手なだけだな。きっと。

ボウルに長ネギ、塩、コショウ、酒、ゴマ油、レモン果汁を入れてよく混ぜる。分量はいつもより大分多め、クライヴさんに大さじ小さじを見せながら。混ざったら味見だ。小皿にちょんと落としてクライヴさんに渡すと、不思議そうな顔をされた。


「味見ですよ、味見。味付けを先に混ぜて作っておけば、後はフライパンに入れてお肉と混ぜるだけ。簡単でしょ?」

「う……う!」


クライヴさんの大きな手が持つとオモチャみたいになる小皿を、ぺろりと一口。直後に目を輝かせたクライヴさんめちゃ可愛いんですがありがとうございます目の保養。

納得のいく味だったようなのでこれで終わり。後は肉が焼けるのを待つだけだ。

傍でじーっと見ていると、アレクさんが体をむずがゆそうに揺らし始めた。


「アレクさん、熱いなら変わりますよ」

「あ、いやー……熱さは全然平気なんだけどさ。ルイ先生に見られながらだと緊張しちゃって。焦がしたら嫌じゃん?」

「別にそんな怒りませんって。あ、そっちの肉はもう大丈夫そうですよ」

「おう!……ほんとに怒らない?」


恐々こっちを伺うニックさん。お調子者らしいニックさんをこんなに怯えさせるとは、初対面の私の怒りが相当堪えたみたい。いやあ、申し訳ないなぁ。

前に思わず怒鳴っちゃったのは、皆さんが食材を粗末にしてると思い込んでたからで。何とかしようと今頑張ってる人に怒ったりはしませんよー。


「最初は誰でも失敗しますよ。私だって偉そうな事言ってますけど、昔は黒焦げにした事ありますし、生焼けを出して不評を買った事もあります」

「え!ルイ先生が!?」

「はい!すっごい怒られました!」


「さすがに生はお腹壊す!」ってお婆ちゃんに怒られたよね。懐かしい思い出だ。


「大切なのは、次こそ美味しく作って美味しく食べようっていう気持ちです。反省です。何が悪かったのか考えて次回に生かす考え方と……」


大皿にこんもりと盛られた薄切りの焼き豚を見る。少し焼き過ぎてカリカリになってる所があるけれど、それは寧ろ食感が変わって美味しいはずだ。黒い焦げは1つもない。

彼らが本当に美味しいものを作ろうという気持ちで励んだから、出来たものだ。


「前より上手くできた所を褒める事です。皆さん、上手に焼けましたね。えらい!」


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