80.ゼリー作りと匂いの話



結論から言うと、果汁ゼリーはドリアードの目と舌とお腹をしっかり楽しませ、かなりの高評価を得た。ちゃんと食べれました!大勝利ですよダァヴ姉さん!!

さて。家庭菜園の予定地を決めた後、果汁ゼリーを作る事にした私はドリアードと一緒にキッチンに立った。テクトが<だらだらするんじゃなかったの?>とクスクス笑いながら言ってたけど、かっこよく囁いてもね、テクト。クッションに埋もれたままだと決まらないよ。緩く投げつけられたクッションを両手で投げ返して、私は唇を尖らせた。いいんですー。ゼリー作ったらハンモックでだらだらするもんね!ドリアードにもハンモックの魅力を伝えるんだ私は!

テクトが絞った果汁はまだアイテム袋に残ってるから、それを使おう。カタログブックから粉寒天と平べったいバットを複数個買って、さあ準備はオッケー!やろうか!!

ドリアードがまたも興味津々に見上げてくるので、今度は私が持ち上げて、作業スペースの端の方へ移動してもらった。一応コンロ使うからね。万が一跳ねたらやけどするかもしれないし、気を付けないと。

今回使用するのは雪平鍋。注ぎ口がついてるし片手鍋だから、幼女の手でも扱いやすくて大変重宝しております。独り暮らしの時もね、ラーメン作るのに重宝したなぁ。

鍋に果汁を入れて、中火にかける。最初はオレンジ。黄色い液体が鍋の中でとろりと温まってくる。グラニュー糖を入れようとして、はたと気付いた。ドリアードの体に悪いんじゃない?寒天を使ってる時点ですでに怪しいのに、これ以上は駄目なんじゃない?うん、グラニュー糖は止めておこう。アイテム袋に突っ込んだ手を、ちょっと考え直してお玉にした。そろそろアクが出てくる頃だ。

ふつふつしてきたらアクが出てくるので、お玉で掬う。シンクに流して、次のアクを掬って。その作業の繰り返し。


「それは何をなさってるんです?」

「んと、今私がすくってるのが、アクって言って……んー。しぶ味とか臭みの元なんだよね。これは果物だから少ししか出ないんだよ」


肉や魚を調理する時はしっかり取らないと臭いが残ったりするんだよなぁ。後はまあ、見栄えに関わるよね。アクを取らないと煮汁が濁ったりする。今回はゼリーだから透明感ある方がいいし、昼間のドリアードの様子を思い出せば……うん、綺麗なゼリー作ろう。絶対。

前半の方を伝えると、ドリアードは深く頷いた。


「なるほど……ささやかな作業にも理由があるのですね。興味深いです」

「ドリアードは、料理してみたい?」

「ルイ……そのように私を誘惑しないでください。私、家庭菜園とやらですでに頭がいっぱいですよ」


文句を言う割に微笑んでるドリアードを見ると、どうやら本気で困ってるわけじゃないみたい。これはあれだな。さっきのテクトの文句から取ったね?誘惑の常習犯みたいな言われ方は不本意である。私が誘惑するのは胃袋だけだよ!ぷん!


「やりたい事いっぱいあったっていいじゃない。私も、ここでやってみたい事いっぱい出来てきて、何からやろうか迷うけど……ありがたい事に、時間はたっぷりあるからね。1つ1つ、楽しんでる所だよ」

「1つ1つ……そう、ですね……私も、そうあれればと、思います」


胸に手を当てて、噛みしめるように言った彼女が何とも可愛らしくて。私はやる気を増してゼリーを量産する事にした。こんな!可愛い!精霊に!綺麗な!ゼリー達を!献上したい!その一心である。うへへ。

表示されるグラムより少なめの寒天を満遍なく振りかけて、ダマにならないようによく混ぜる。しっかり煮溶かすのが大事なので、2分くらいはぐるぐる回していく。

十分溶けたらバットに注ぎ入れる。零さないように、ゆっくりと。後は粗熱が取れるまで放置!


「ドリアード、見ててもいいけど触らないでね。火傷しちゃうから」

「やけど……はい!気を付けます!」


不思議そうにバットを覗き込んで、うっかり指でも出しそうな雰囲気してたから注意したけども。ドリアードはぎゅうっと手を握りこんで、胸元に固定してる。それでも視線はほかほかと湯気を出すオレンジ果汁に釘付けだ。可愛いかな?うん、可愛いな。ありがとうございます。

手早く鍋に洗浄魔法をかけて、次のブドウ果汁を入れる。どんどん作るぞー!


「というわけで出来上がったのがこれです」

<うっわ、すっごい数>


果汁温めて寒天とかして注いで十数回。気付けばキッチンのスペースだけじゃ足りなくて、テーブルの方にもバッドが占領してしまった。クッションから顔を出したテクトが引きつった顔をしてる。ドン引きですね、わかります。

ただドリアードだけはキラキラした顔でそれぞれのバッドを覗き込んで楽しんでる。


「ご覧くださいテクト様!こちらは同じオレンジですが、色の濃さが違います!オレンジでも種類が違うのだそうで、右は酸味が、左は甘味が強いのだとか!」

<ああうん。色、違うね>


テクトがドリアードに優しく微笑んでくれるのが救いだわ……私の暴走はもうツッコミきれないって諦めてる感あるよね!わかる!ごめんね!

色とりどりのゼリーが出来上がっていく様を、ドリアードはいたくお気に召したらしい。段々と増してく彼女の興奮が私に伝わってきたのか、気付けば「果汁が足りない!買おう!果汁だけで売ってるよね私テレビで見た事あるよ!搾りたての無添加ジュース!!ナビカモン!!」なんてノリノリで買い漁り、そして全部作ってしまった。私、マジかよ。

いや、後悔はしてないよ?ドリアードのために作った気持ちは間違いないけど、3人で食べるとなればこれくらい……こ、これくらい必要だよね?多すぎる気もしないでもないけど。

っていうか、あれだよね。ゼリーって幼女の手でも簡単に作れるから悪い。1人で出来ちゃうんだもん……張り切っちゃうよね。


<ルイ、すごい汗かいてるよ>

「ずっとコンロの前にいたからねぇ。ちょっと早いけどお風呂入っちゃおうかな」


これ全部冷蔵庫に入れてからになるけど。


「おふろ、ですか?」

「うん、お風呂。知らない?」

「知識としては……えっと、お湯の中に入るもの、ですよね。果汁はアクが出ましたが、人も出るのですか?」


んんー。大体合ってるけども。これ、熱湯だと思ってそうだなぁ。


「まあ、うん。百聞は一見に如かず、だよね」

「ひゃくぶ……?」

「ドリアードも入ってみよって事!バットにフタして!」

「は、はい!」

<作りたてのは僕が折を見て冷蔵庫に入れとくよ>

「ありがとテクト!じゃあ、こっちの冷めた方だけ冷蔵庫に入れようね」

「はい!」


ドリアードと一緒に1個ずつ運んで、冷蔵室に入れていく。

このバット、蓋付き、バット同士重ねてOKの奴だから冷蔵庫にずらーっと並べて収まるんだよね。ふふふ、こうして重なってるのを見ると、達成感が湧きますなぁ。

よしよし、次はお風呂!着替え準備の前にお湯を入れなきゃね!

小部屋に入ると、ドリアードは目の前に見えたトイレの方に惹かれているようだ。そりゃあ、森の中にはなかったものだろうしね。でも、それはまた後で。まずはお湯張り!

暖簾をくぐって脱衣所の説明をしつつ扉を開け、バスルームに入ると全体的に洗浄魔法をかける。除菌除菌!カビなんて生えさせないからな!絶対だ!!

浴槽内も丹念に洗浄して、栓を閉め、魔導給湯器のスイッチをON。した途端に勢いよく飛び出してくるお湯に、ドリアードは目を丸くした。


「まああ……!こ、これがお風呂、ですか?湯気が出てます!」

「そう、お湯が出てるのは給湯器で、お湯が入っていく所は浴そう。この部屋を浴室って言うんだよ」


お湯が溜っていくのを横目にシャワーや石鹸の説明をしていくと、ドリアードは楽し気にうんうん頷いてくれる。ああああー、素直ー!教えがいがありますなぁあああ!


「生活する上で付いてしまう汚れを落とす、大事な事ですね……あら?ですが、ルイは洗浄魔法が使えるでしょう?しかも、とても堪能です。わざわざ湯を沸かし、湯に入り、手ずから洗わずとも、常に清潔であるのでは?」

「んんー。確かにねぇ、体も服も清潔に保てるんだけどね。お風呂はどうしても外せなくて」

「外せない?」

「いやし要素なんだよ。お風呂って」


お湯につかるって大事な事なんだなって、入るたびに思うよ。体の凝りがほぐれてく気がするんだ。全身あったまってほっこりするしね。

テクトからテレパスが飛んできた。


<お風呂は良いよ。良い文化だ。ドリアードも触れてみるといい>

「まあ、テクト様」

「テクトも最初は不思議そうにしてたけど、入ったらお風呂のとりこになってたもんなぁ。ドリアードもそうなっちゃうかもなぁ」

「それは……ふふ。楽しみです」


数分後、脱衣所には顔を両手で覆って蹲るドリアードの姿があったとか、なかったとか……

幼女の脱衣で顔真っ赤になっちゃったよドリアードさん初心かな?服を脱ぐ文化に初めて触れてびっくりしたのかな?いやうん、正直、常時裸みたいな精霊さんにそんな恥ずかしがられてもなぁ。

後で聞いたら、精霊の体は裸であって裸ではないらしい。自然のそのままの姿であって人のように脱ぎ着するものではありません!とは言われたけど、何だか釈然としない私だった。

下着姿の私と精霊の姿と、何が違うっての!?



















翌日。

お風呂もハンモックもしっかり楽しんだドリアードは、かなりリフレッシュできたみたい。昨日より明らか肌艶がよろしい(肌って言うより木っぽいけど何かそんな感じがする)ように見える。一緒のベッドに寝ようと誘ったら全力否定されたけど、幼女必殺の泣き落としで勝ったよね。ふふふ、私は幼女パワーをちゃんと操れる幼女ですぞ。日々成長してますからな。多少、いや大分、恥ずかしいけどね。

ただ、誰かの体温を感じながら寝るって幸せだと思うんだ。私はテクトにしてもらったから、私もドリアードにやろうと思って。結果、2人揃って爆睡でしたね。

皆さん、精霊は、案外、無防備な顔で、寝ます!朝から可愛いさが眩くて目が潰れるかと思ったよね!!


「ほら!ご覧ください。こちら、昨日の花を囲うように大きな花が咲いてますでしょう?」

「あ、これが2度咲く花かぁ。言われなきゃ気付かなかったよ」


昨日ドリアードが言っていた花が満開で太陽の方を向いていた。他の花より太めの茎から、百合のような白い花弁と、それを包み込むように咲く黄色い花弁が伸びてる。菊みたいにたくさんの花弁が重なってるんじゃなくて、別々の花がくっつけられた感じ。なんていうか、んー……


「まるで背後から妻を抱き締める夫を表すようだ、と世間では認識されているようですね。家庭円満の花、愛の告白、とも呼ばれています。結婚を申し込む時に包む花としても重宝されているようです」

「それだー!甘酸っぱい少女漫画感あるよ!すごい花だねこれ!!」

「しょうじょまんがかん?ですか?」

<ほらほら、ルイがまた変な事言うからドリアードが混乱してるでしょ>

「ごめん!」


気にしてませんよ。と微笑むドリアードが優しすぎ。

花畑を横切って、扉……ダンジョンの壁の前まで来た。今日はちゃんと働こうと思って、ポンチョかぶってケットシーモードだ。

円滑な商売のためにケットシーに扮してる、という話をすると「獣人や魔獣には気付かれないのですか?彼らは鼻が利きます。種族の違いも嗅ぎわけると思いますが」ってドリアードに言われた。めっちゃ初耳ですが。え、テクトさん?

私がテクトをじーーーっと見ると、肩をすくめて首を振った。何で今まで気付かなかったの?って表情されてもだね。


<それは大丈夫だよ。元々僕ら、聖樹のお陰で妖精族の匂いや魔力が染みついてるから全然気づかれなかったんだ。僕が妖精だって言っても怪しまれなかったでしょ>

「確かに」

<オリバーも騙せるくらい、僕は案外妖精族が出来てるんだよ。彼らが考えなしにそのポンチョを渡すとは思えないでしょ?最低限、ルイが妖精族の匂いをさせてるか、オリバーやディノの確認くらい取ってるよ>

「うんうん。そっか。しょーどー買いする私より確実に、先の先を考えてるよね」

<自虐って悲しくならない?他の獣人にだって気付かれなかったし、僕らの擬態は上手く出来てる。聖樹のお陰でね>

「聖樹さんのサポート力たっかい……!ありがとう聖樹さん!!」

「……その、擬態の道具を出されたという事は。今日、出掛けるのですね?箱庭の、外へ」


ドリアードの落ち着いた声が静かに、確かに聞こえた。

うん。行くよ。働いて、しっかり稼いで、家庭菜園の予算増やしたいしね。

箱庭に来たばかりのドリアードにお留守番を頼むのは大変心苦しいけれど、私が外で働き始めた事、今日は出稼ぎに行こうと思ってると改めて伝えたら……複雑な顔をした。


「ごめんね、ほんの数時間なんだけど……ダメかな?」

「ああ。いえ……留守番自体は、問題ありません。聖樹様がいらっしゃいますし、花畑もあります。退屈な事などありはしないでしょう。それに私は養ってもらう身、あなたの邪魔はいたしません……ただ」

「ただ?」

「……外は、ダンジョンだと聞いています。モンスターに襲われる危険もありましょう。それに……あなたが交流している人は、なのですか?」


ドリアードの懸念は、人だった。

ある程度交流を深めて大丈夫だとテクト共々思っているし、万が一でもテクトのテレパスがあるから逃げられると丁寧に説明したら、ようやくほっとした顔をしたけれど。

……これは、ドリアードが外に出る事はまだまだ難しそうだ。もしよかったら一緒に行かない?って言葉は、そっと心に仕舞った。

出来ればなー。家族増えたんですってルウェンさん達に紹介したいなって思ったんだけども。無理強いはしたくないしね。

さっきあった事を思い出して、深く頷く。

ま、急いでも良い事ないし。ゆっくりやろ、ゆっくり。

扉型の壁の前で、私とテクト、ドリアードが向かい合う。


「それじゃ、行ってくるね。早めに戻ってくるから」

「はい……早めのお帰りを、心からお待ちしております」


ふんわり、笑った。でもそれは、昨日見た優しい笑みじゃない。お腹が痛そうな、うん、我慢してる顔だ。

でも、私の心から溢れるのはそれと真逆の感情で。あ、やばい。にやけてきそう。ドリアードの前で失礼だよね?ダメだ治まれ私の表情筋!!不謹慎だぞ!!


「……あの、ルイ?どうしました?」

「うううう……私顔に出てた?」

<出てるね>

「はい、出てますね。わかりやすいです」

「ポーカーフェイスは無理ぃい!!」

<知ってる>


ううーん。にやにやしてるバレたなら、まあ、しょうがないか。


「んとね、嬉しいなって思って」

「うれ、しい?」

「誰かに見送られて出掛けるのって、嬉しいなぁって思うんだ。聖樹さんだけだったのに、今はドリアードもいるもんね。増えちゃった。ふひひ」

<……まあ確かに、悪くないね>

「……ルイ」

「ん?」


ドリアードがポンチョの裾を引く。どうしたの?

彼女は私を見上げた。キラキラ光る目を大きく開いて。


「私に『おかえりなさい』と言わせてください」

「うん。ぜひ!言ってほしい!」


願ったりかなったり!帰ってくるのがさらに楽しみになっちゃうなー!にへへ。

ドリアードの手を握って、放す。大丈夫、ちゃんと帰ってくるよ。箱庭が私達の帰る場所だからね。

壁に手をかけて、ドリアードに手を振った。


「いってきまーす!」

<いってきます>

「……いってらっしゃい」


ドリアードは、ふんわりと笑う。

我慢は、見えなかった。

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