79.家族になりたい



テーブルにランチョンマットを敷いてスプーンを置いて、テクトに運ばれたドリアードが席に着いた所でサンデーグラスを真ん中に。私達の分も準備はできたけど、はたと思いつく。

ドリアードがいくら氷に対して好感触だったとはいえ、氷だけ出すとかやばくない?だってよくよく考えてみたら、食べるの全部氷とかめっちゃお腹痛くなるよね。体冷えてよくないやつだよね?これ想像したら綺麗だけど実際出しちゃったらダメってやつだよね?失敗した!!朝から気合入れまくって色々作ったりしたけど、私、実は結構テンパってたな!?痛恨のミス!!

いや、いやね?朝は深く寝入ってるようだったから無理に起こすのもなって思って、正直そっちの内容まで思い至らなかったといいますか、私達だけご飯……固形物を食べてるのに、同じ食卓を囲むドリアードに水分だけ出すなんて私の気持ちが治まらなかった、っていうかねぇえええ……!!エゴですけどぉおおお!?

うおおおおお言い訳してる場合じゃない!!

呆れた様子のテクトを背景に、目をパチクリさせて色氷を見下ろしてるドリアード。まずは謝るべきだ!


「ごめんねドリアード。私うっかりして……」

「まあ、素晴らしいです!」

「へ?」


ドリアードの目が興奮で見開かれて、そのキラキラした瞳を私と色氷に忙しなく向けてる。

え?素晴らしいって?これ褒められてる?


「このように綺麗なものを、私見た事がありません!霜のようなものがついて白がかっていたものも可愛らしい姿ではありましたが、それも今や溶けかけて、日光によってそれぞれの色に煌めいております!それに横から覗くとガラスの越しの、また違った色合いを楽しめます!すごいですルイ!自然の美しさとは違いますが、それに通ずるものがありますね!」

「お、おおう……」


そこまで褒められると、なんていうか、その……作ってよかったなぁと思うよ。思い付きだったけどね。

でもちゃんと謝ろう。幸いにも喜んでもらえてよかったけど、私がうっかりした事に変わりはないんだから。


「ドリアードのご飯を私なりに作ってみたんだ。果汁を凍らせたものだから、たぶん食べれると思うんだけど、一気に食べると頭とお腹が痛くなるので……えー、目で楽しんでもらって、ある程度溶けてからゆっくり食べて欲しいなー、なんて思って、ます」

<いきなり敬語>

「思わずクセで!!」


何か時々使っちゃうんだよね敬語!何でだろうね!


「えーっと、食事が必要ないって言われてるのはわかるんだけど。その、私がね?家族は食卓囲むもんだっていう概念が根強いといいますか。つい、ドリアードが一緒に食べるなら何がいいかなって考えたらこれだったっていうか」

「…………」

「無理に食べなくてもいいんだよ。ご飯って、食べる人によって色んな楽しみ方があるし。花畑から好きな花を取ってきて、飾って楽しんでもいいし……全部溶けるのを待って、ジュースとしてストローで吸ってもいいし……同じものは食べれないけど、一緒にいただきますって出来たら嬉しいなって」


後は、後は、えーーーっと?


<さっきはあれだけ、うちの子うちの子って言ってたくせに。変な所で混乱して怖気づいちゃって。自分の気持ちくらい、はっきり言えばいいよ。馬鹿に素直なのがルイの良い所でしょ>

「ぬああん、テクトのいけずー!今、自分が何言いたいのか整理してるところなのにー!っていうかそれ、ほめてる!?けなしてる!?」

<はいはい、褒めてる褒めてる>

「あああああザツー!!」

<っていうか1番言いたい事なんて、さっき口に出したでしょ。ドリアードだってちゃんと聞いてる。自分が言った事に気付いてないルイが悪いと思うな>

「私何言ったっけ!?」

「……かぞく、に」

「ひょえ!?」


ふとドリアードを見れば、さっきまで興奮してた顔はぼんやりとしたものに変わってて。ほんのり、ほっぺが濃い色になってる?

ドリアードがぼんやり私を見上げて。


「……私を、あなたの家族に含めてくださるのですか?」

「うん!……うん?」


思わず頷いて、それから間を置かず首を傾げた。家族?

私はドリアードと家族になりたい?だからこんなに、食べるものにこだわってたって事?


「……そっかぁ」

「え?や、やはり私などでは不足でしょうか……」

「へ!?いやいや、ドリアードは悪くないんだよ。私が自分の事わかってなかっただけで。今やっと納得したって言うか」


家族。家族かぁ。

この世界に来て半月。突然元の生活を奪われて、外が怖くて引きこもって。テクトと楽しく過ごしてたけど、時々ホームシックになったりもした。お婆ちゃんとお爺ちゃん、友達に会えなくなった事は今でもつらい。

けど、私は今、この世界での家族を求めた。求められるまでになった。


<言っとくけど、保護者兼、家族第一号は僕だからね>


自分の席に着いたテクトが、当たり前のように目を細めて微笑んだ。そうだね。もちろん、テクトが最初の家族だよ。そして聖樹さんも。皆私の、大切な家族だ。

私はドリアードに向き直って、右手を差し出した。


「ドリアードにとって人は怖い対象だとは思うけど、仲良くしてくれると嬉しいな!一緒の食卓を囲んでくれるともっと嬉しい!!つまり、家族になって欲しいって事です!!」

「私でよろしいのですか?なんの頼りにもならない私で……」

「家族って言うのは選ぶものじゃないよ。一緒に暮らしたいからなるの……私はドリアードと暮らしたいよ。ドリアードは、どうかな?」

「……っ!」


ぽたぽた、ドリアードの目から際限なく零れ落ちていく涙を、彼女から伸ばされた手を強く握り返してから拭い取った。





















結局氷は全部溶けてしまったけど、ドリアードの興味はストローにも向いた。

ミックスジュースになったそれにストローを差して、出てる方を吸うんだって教えたら、恐る恐る吸い始めた。パステルカラーの管の中をゆっくりジュースが上っていくのが見える。ドリアードの口に入ると、彼女は目を白黒させてストローから口を離した。


「ルイ!液体が上ってきました!私の口に入りましたよ!」

「ストローすごいでしょ」

「はい、蜜を吸う蝶の気分を味わえるとは思いませんでした!果汁も、とっても美味しいです!」

「喜んでもらえて何より!」


思い付きでやった事だけどこんなに喜んでもらえるなら、今度色んな氷を作ってみようかな。果物の種類を増やすのはもちろん、氷の形を変えてみてもいいかもしれない。あんなに綺麗だ綺麗だって褒めてくれたんだもん。きっと喜ぶだろうなぁ。確か製氷皿って面白い形のがあったよね。ビー玉みたいな大きさのやつとか、星形とか。今度はそれを使ってみよう。

後はあれ、水分を固めたのが大丈夫なら、ゼリーもいけるんじゃない?寒天って元々海藻じゃない?つまり植物みたいなものじゃない?植物の成分で固まらせてるなら許容範囲じゃない?よし夜までに作る。果汁100%のゼリーとか最高に美味しそう。あ、テクトも食べますかそうですか。私も勿論食べるよ!

上機嫌でストローに口付けてるドリアードに一つ頷いて、私もパングラタンを頬張る。ちょっと冷めたけど、問題なし!美味しい!


<うん。この食パンの、噛むたびにシチューが染み出してくる感じ、好きだな>

「食パン焼いてから入れると、食感変わって美味しいよ」


サクッとしてる所もあれば、柔らかくなってじゅわっと旨味が広がる感じの二層構造。水分吸っても歯触りが変わるんだよなぁ。たまらん。


<また誘惑して!ドリアード、ルイはこうやって僕を陥落しようとしてくるんだ>

「人聞きの悪い!」

「ふふふ」


ちょっと思わず想像しただけじゃーん!と言っても、テクトからは<次作る時は食パンは焼く事!>と返されるだけなんですけどね。オッケー任せて!次はパンカレーグラタンにしよう!

ドリアードは楽しそうに笑ってる。結局、彼女は食卓に残ってくれた。「あれだけの事を言った私が言うのもなんだけど、同じものを食べるわけじゃないからあんまり楽しくないかもしれないよ」と前置きした私に、ドリアードはにこりと笑って「人の仕草や話をこっそり見聞きするのは、妖精の頃からの楽しみです。家族の団らんともなれば微笑ましくなる事はあっても、疎ましくなど思いもしません」って言って残ってくれたんだよね。ドリアードってもしや菩薩?尊さの値が振り切れそうです。

言い出した私より順応してるというか、開き直った?なんかスッキリした感じを受ける……よくわからないけど、ドリアードが楽しんでるようならいっか。私も深く考えないでご飯食べて語ろう。


「そういえばテクトが食パン空間に埋もれてたから聞き忘れたんだけどさ」

<何?>

「聖樹さんの腕輪になんかついてるんだけど、これって懐中時計についてたやつだよね?」


左腕を上げると、今日も二の腕部分に巻き付いた聖樹さんの枝と、金具に枝を通した涙型のトップ。私の記憶が確かなら、これ、ダァヴ姉さんが懐中時計をくれた時にくっついてた宝石だよね。今日は白い中に緑の炎が揺らめいてる。相変わらず綺麗だなぁ。


<ああ、それね。ダァヴがひそかに拗ねてたんだよ。懐中時計を隠すのはわかりますけれど、私が贈ったものは着けてくださらないのですね、って。だからルイが寝てるうちに着けといた>

「ダァヴ姉さんごめーん!!今日から毎日着けるねー!!」


高価なものなのかなーって思って、懐中時計と一緒にアイテム袋にしまってたんだよね。そっか。ダァヴ姉さんがそう言うって事は、そんなに高いものじゃないんだねこれ……いやめっちゃ炎揺らめいてますけど。こんなにも不思議で綺麗な宝石が高値じゃないの?魔法的なあれかな?身に着けてて大丈夫?高そうなもん持ってるじゃねぇかーって悪い人に狙われない?

って思ってたらテクトにため息つかれた。うぐ、すまんね気にしいで!

外を見ていたドリアードが、うんうんと頷いて微笑んだ。


「聖樹様も是非着けて欲しいと仰ってます。女の子なのだから着飾ってお洒落をするべきだと」

「聖樹さんにも心配される女子力!」


料理作れればいいってもんじゃないのよ見た目も気にしろ!と友達に説教された事を思い出したよ……すまんね主婦臭くて。


「ドリアードは聖樹さんの気持ちがわかるの?」

「はい。同じ木属性ですので、他の精霊よりは聞き取りやすいと思います」

「そっか、すごいなぁ……ううん、着飾る、ねぇ」


お洒落って言えば、ルウェンさん達から服を大量に貰ったんだっけ。動きやすいのが多かったけど、そのほとんどが女の子らしさを強調する可愛いものだった気がする。

今日は服片付けようかな。半分くらい寝室のクローゼットに入れて……あれ中身スッカスカだったし。ちょうどいいね。着る機会がなさそうなドレスは真っ先にかけとこう。


<他には?あまり詰め込まないようにね。今日はだらだらする日なんでしょ?>

「そうだねぇ。箱庭の中の事、ドリアードに相談しようかなって思ってたけど……急ぐものじゃないし、のんびり考えていこうかな」

「相談、ですか?」


ストローから目線を上げたドリアードが、目を瞬かせた。可愛いなぁもう!


「実は箱庭の中で野菜と果物を育てようかなって考えてるんだ。ドリアードの知恵を借りられたらなって思ってるの」

「まあ、まあ……私で役立てる事があるのなら、喜んでお手伝いさせていただきます!」

「助かるよ、ありがとうドリアード」


なんせ私の家庭菜園経験、ミニトマトと大葉しかないんだよね……!他の野菜とか果物とか、出来たらいいなーとは思うけど、状態の維持や美味しいものを作る知識はまったくのド素人。私とテクトだけじゃ失敗する未来しか想像できないんだよなぁ。大葉を大量に生やして枯らした思い出がふつふつとぉ……!!

花畑の花を楽し気に説明してくれたドリアードなら、楽しみつつ、美味しいものを作ってくれそうだなぁ。そう思った。


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