78.ドリアードと聖樹と一緒のお昼



ふと、テクトが<ああそうだ>とクッションから体を起こした。ぽろぽろとパンクッションとスクイーズが崩れていく。器用な事に、ユニット畳からは落ちないんだよなぁ……


<言い忘れてたけど、ドリアード。僕の事は聖獣じゃなくてテクトって呼んでね>

「てくと、とは……聖獣様の呼称、ですね」

<そう、僕の名前だ。聖獣なんて僕以外にもいるんだから、呼び名が一緒じゃややこしいでしょ>

「ですが……生まれたばかりの精霊如きが、聖獣様の大切なお名前を使うわけには……」

「え、それを言ったら私なんて親鳥から出たての卵の分際でテクトを呼び捨てしてるって事になるんだけど」


思わず鶏卵がプルプル震えながら、「テクトー、テクトー」って呼ぶ場面を想像してしまった。鶏卵がテクトにつつかれても揺らされても押されても、ゆらりと起き上がっては「テクトー、テクトー」と呼ぶ……さながら起き上がりこぼしのような私である。ん?いつもと変わらない気がするね?あれ、私は幼女ではなく鶏卵だった?


<卵は喋らないよ>

「知ってますー!!物の例えですぅー!!」

<ほら、こんな風にいつもくだらない事話してるし、あまり聖獣だとかどうとか気にしない方がいいよ>

「……ここへ来たばかりの私が、よろしいのでしょうか」

<ルイが僕につけてくれた名前だよ。そこらの有象無象が勝手に呼ぶのは不快に思うけど、君はもうルイが受け入れた子だ。逆にかしこまられても困る>

「では、その……テクト様、と……」

「テクト様」

<……まあいいか。無理強いするつもりはないからね>


様付けされてむうっとするテクト。でもこれ、仕方ないと思うんだよね。

どうも精霊っていうのは、なった瞬間にこの世の理?世界の仕組み?みたいなものを理解してしまうようで。神様の子どもである聖獣にはどうしてもかしこまってしまうらしい。その気持ちを私が理解できないのは、私が精霊じゃなくて人の子だから、なのかな?魂見えないのとかも関係してるのかな?わからないね?自分は一般人なのに隣に座った人が王様でした、みたいな衝撃なのかな?そりゃ王様だってわかったら私もビクビクするよ。あれ、違うの?テクトにじとーっと睨まれてしまった。

まあともかく、テクトがどんなに言葉をかけても、私の時と同じ結果にはどうしてもならないんだよなぁ。ドンマイと思うのと同時に、ちょっとにやけてしまう。私が先に、ドリアードと仲良くなるもんねー!

にやにやする私にクロワッサンクッションを投げつけて、テクトはまたパン空間に埋もれた。怒ってるぞ!って顔をしながら投げ方は優しいんだからなぁ。顔にぶつかったクッションをユニット畳に戻して、テクトを見る。梃子でも動かないオーラをひしひしと感じますな!どうやらしばらく堪能するみたい。うんうん、是非とも満喫してね。手伝ってほしい時は呼ぶよ。

さて、休憩は終わり。ドリアードに箱庭を案内しないとね。


「ドリアード、まずは聖樹さんに挨拶しに行こうか」

「っ!は、はい!」


ドリアードを連れてテラスに出ると、聖樹さんは朝日をさんさんと浴びて葉っぱがキラキラしてた。光合成してるって感じだ!

根元まで駆け寄ると、聖樹さんの枝が揺れた。その子はだぁれ?って言ってるのかな?


「おはよう聖樹さん!この子はドリアード。今日からうちの子になった精霊さんです!」

「あ、ああああああの!よろしくお願いいたします!!ドリアードと申しま"っ、ます!!」


ドリアードが勢いよくお辞儀をすると、聖樹さんの枝が優しく揺れた。うん、聖樹さんも歓迎してくれてるね!ドリアードが噛んだ事はスルーしよう!いっぱいいっぱいみたいだからね!


「あああ、まさか、聖樹様にお目通りいただける日が来るなんて!!」

「ドリアード、すごい嬉しそうだねぇ」

「はい!妖精の頃からの憧れてまして……!その、聖樹様は、とても素晴らしい方で!元々は木属性の精霊でいらしたとか……!!」

「お、聖樹さんの生まれの話?聞きたいなぁ!」


テクトは聖樹さんがどういう木なのかとか、どんなスキルを持ってるのかとか、今どういう気持ちなのかとか、そういうのはわかるんだけど。どういう風に生まれたかは知らないんだよね。ステータスの細かい数値がわからなかったり、聖獣の目って時々大雑把だよね。強すぎる者の弊害ってやつなのかねぇ。

伝え聞いていた妖精の頃からの憧れと、精霊になった時に得た知識がない交ぜになってはいたけれど、興奮した様子のドリアードが時々噛みながら言うには、こういう事らしい。

聖樹は元々木属性の精霊ドリアードが長年を経て魔力を蓄えた後、清浄な土地に根を張り転じて生まれる聖なる樹木。樹木の妖精の最終形態っていうわけだね。普通の木が妖精になるまででも気が遠くなる月日が必要なのに、さらにそんな時間が精霊、聖樹の間も加算されてくと思うと……いや本当、聖樹さんって実際は何歳なんだろう。テクトより年上って言われても私驚かないよ。いや驚くわ。その上で納得するよ。


「しかも最初は、背の低い木とそん色ない大きさから成長するものだと精霊の知識にはありますから……こちらの聖樹様はきっと、想像もつかないほど長い時間を過ごしてこられたのでしょう」

「そっかぁ……」


聖樹さんは大きい。幹は太くて、枝ぶりはしっかり、葉っぱも青々と茂ってて、とても頼もしい感じだ。ほら、あれ、神社とかにしめ縄つけた御神木とかあるじゃない。あんな感じの、堂々と根付く樹木なんだよね。

ドリアードは根元に触れて、微笑んだ。


「傍にいるだけで、聖樹様の慈愛が伝わります……ですが、少々不思議です」

「どこが?」

「知識によれば、ここまで大きく成長なさった聖樹様は、分体と言いますか……本体とは別に、精霊のように自由に動き回れるお身体を作れるとあります」

「え、何それ。親機と子機?」

「おやきとこき?」

「ああうん、ごめん。気にしないで」


つい口走っちゃう癖が……!外では考えるだけに留められるのに!!くそう、うっかり幼女め!!ドリアードを混乱させてどーする!


「ええーっと、つまり、聖樹さんは木の本体と、ドリアードみたいに人の形をした分体が作れるようになるって事だね?2つは1つなんだね?」

「は、はい。そうです」

「うーん。でもわからないなあ。私が聖樹さんと出会ったのは半月前、神様から箱庭を貰った時なんだ。それ以上昔の事は知らないんだ」

「そう、なのですね……」


見上げると、聖樹さんがざわざわ揺れてる。優しい揺れ方だ。気にしないでね、って言ってるみたい。

ふふ、聖樹さんってお母さんだもんなぁ。子どもに心配かけたくないとか、ほんと、うん、うちのお婆ちゃんにそっくり!!お爺ちゃんはむしろ気にかけて欲しいみたいで、よく腰が痛いとか揉んでくれとか言ってたのにね!!わかるわかる!!

だからこの話はもう止めにしとくね?任せといて、ドリアードは箱庭巡りを続けるからね。案内するよー!


「ドリアード、聖樹さんへの挨拶も終わったし、次は花畑に行こうか。毎日違う花が咲いて、とっても綺麗なんだよ」

「まあ!そ、それはあちらの、かぐわしい匂いがする所でしょうか……!蜜の匂いが濃いですね!」


嬉しそうなドリアードの黄色い目が大きく見開かれて、太陽の光がキラキラと反射した。ちょっと緑がかって見える。やっぱり、日光の下の彼女は綺麗だ。とっても。

あ、そっか。さっき、何でもっと輝くって思ったのかわかった。私、毎日見てるじゃん。その黄色と緑が混ざる、綺麗な色。

花畑に駆け出すドリアードの後を追いながら、ちょこっと振り返る。

聖樹さんの葉っぱが、揺れるたびに輝いていた。



















結局、お花畑が大層気に入った様子のドリアードから、「あの花は薬草です。煎じて飲めば腹痛に効果がありますよ」「手前の花は二度咲きます。明日には一回り大きな花を咲かせるでしょう」「あちらは切り傷に効きます。よく冒険者が採っていくのを見ましたよ」「あ!見た事ない花です!常夏の土地に咲く花のようですね!嗅いでみてもよろしいですか!?」と興奮が一向に冷めやらない解説を聞きつつ過ごしてたら、もう昼になってしまった。私のお腹がぐぎゅると鳴って、ようやくそれだけの時間が過ぎてしまったんだってわかったよね。ドリアードの話が面白くて、ついつい一緒になって嗅いだりしてたらこんな時間だよ。

今日はもう、出かけない方がいいのかなぁ……って思っていたら。


<いいんじゃない?だらだらしちゃえば。昨日まで頑張ったんだしさ>


なんて、現状だらだら真っ最中のテクトに言われちゃったよね。姿が見えない状態でテレパスされても驚かなくなったなぁ。

そういえば前にハンモックでだらだらしてから、結構日数経ってるっけ……じゃあいっか。休んでも。クリスさん達やアレクさん達には悪いけど……まあ、宝玉は売ったしね。お腹空いたら街に行ってねアレクさん達!

ドリアードを連れて家に戻ると、テクトがアイテム袋からコンロを出してた。おおう、パン空間から脱したのね。


「今日のお昼は何にしようか?」

<僕、パンが食べたい>

「ええー。朝もパンだったよ」


朝ご飯は、焼いたベーコンをバター塗った食パンに乗せて、その上に目玉焼きと黒コショウをかけたのと、コーンと海藻のサラダだったなぁ。テクト、玉ねぎたっぷりのドレッシング気に入ったみたいだし、お昼もサラダつけようか。仕方ない、テクトの期待に応えてパンにしますかぁ。

ドリアードが不思議そうな顔でキッチンを覗き見てるので、テクトに頼んでカウンターに乗せてもらった。そこなら油跳ねないし、危なくないからね。いくらでも見てていいよー。

具材を出して、テクトに玉ねぎのスライスとソーセージのカットを任せる。後はすぐ火が通るように、ミックスベジタブルかな。鍋に水とミックスベジタブルを入れて、切った玉ねぎも投入。火にかけて焦げないように木べらで混ぜる。くつくつ煮えてきたら弱火にして、玉ねぎが透き通ってきたら、ソーセージと塩コショウ、顆粒コンソメを入れる。テクト、ちょっとこっちの鍋焦げないように混ぜててねー。

隣のコンロにフライパンを置いて、火はまだかけないまま、牛乳と小麦粉を入れて泡だて器でよく混ぜる。粉っぽくなくなったら、混ぜたまま弱火をかける。塊が出来ないように、ゆっくり作るホワイトソースだ。

私はホワイトソースを作る時は、いつも小麦粉をよく溶かしてから火を入れる。まあ洗い物は増えちゃうけど、塊になっちゃうよりいいかなーって思ってずっとこの方法だ。炒めた野菜に小麦粉まとわせて、っていうのは何故か失敗しちゃうんだよねぇ。ダマになるくらいなら冷たい時に混ぜちゃえばいいのよ!つまりこういう事です。

もったりしてきたら鍋に移して、野菜スープによく馴染ませる。味見しつつ、足りなかったら塩コショウ。シチューの出来上がりだ。がっつり食べるならソーセージじゃなくて鶏もも肉がいいんだけど、今日のメインはパンだからね。

深皿へ一口サイズに切った食パンを入れて、シチューをかける。うちオーブンないから、フライパンで温めようか。焦げた感じはないけど、いいよね。

シュレッドチーズを洗浄かけたフライパンに入れて、弱火。くつくつ溶けてきたら止めて、シチューの上に落とした。

これでパングラタンの出来上がり!焦げ目はないけど、チーズが溶けて満足。テクトにちぎってもらったレタスと残った海藻を乗せれば、サラダも出来た。いぇい。

後はドリアードのお昼だけど、そろそろ果汁凍ったかな。冷凍庫から製氷皿を出して、少し揺すってみたけど全然揺れない。うん、凍ったね。足がついてるかき氷皿、サンデーグラスに紫の氷、オレンジの氷、ベージュの氷を落としていく。それぞれブドウ、オレンジ、リンゴだ。一瞬にして潰された果物達を忘れないよ私は……朝見るには衝撃強かったなあれ。

これにスプーンをつけて、ドリアードのお昼も出来上がり。お花つけたら南国のデザートっぽくなりそう。

おっと、そうだ。溶けたチョコアイスもどうにかしないとだった。マグカップにちょっとだけお湯を入れて、ココアパウダーを山盛り2杯。よく混ぜて溶かしたら、ぺったんこになったチョコアイスの封を切って、零さないように注ぐ。そこに牛乳を入れれば、ココアの完成。これは私とテクトのお腹に収まるからね、ドリアード。めっちゃ興味津々に見てるけど、水と果汁しかとっちゃダメって言われてるからね。

さあて!お昼にしようか!!




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