77.幼女、気合を入れる



ふと目が覚めたら、私もドリアードもベッドに寝転んでいた。

カーテンの向こうからほんのり朝日が漏れてる。日の出の時間だ。随分と早く起きれたみたい。薄暗い室内だけれど、ドリアードが穏やかな表情で寝てるのはよく見えた。

一緒に泣いてそのまま寝落ちちゃったんだろう。またテクトに運んでもらったのかなぁ。後でお礼言わなきゃね。

ベッドから降りたら掛け布団がずり落ちたので、ドリアードの肩まで掛け直す。彼女はまだ起きる気配がない……


「……うし!」


起こさないように、小声で気合を入れた。私にできる事、やろうか!

部屋の扉を静かに閉めて、リビングを見渡すけどテクトはいない。テラスの方に出てみたら、朝日に向かってキャンバスを広げてた。今日は絵描きしてたのかぁ。


「おはよう、テクト」

<おはよう。よく寝れたみたいだね>

「うん、運んでくれてありがとう」

<どういたしまして。ダァヴは帰ったよ。あれで一応、忙しい身の上だからね>

「そっか」


テクトの後ろからキャンバスを覗くと、花畑の向こうに黄色い朝日が描かれてた。今は水を含ませて、空の紺を薄めているところだ。


「そういえばダァヴ姉さんに聞きたい事があったのに、また忘れちゃったよ。神様のワガママとか、しょーげきが強くて後で聞こうって思ってた事忘れるんだよねぇ」

<ああ。箱庭の地面に開けた穴がなくなった事?聞いといたよ。あれ、水脈や空気の循環と同じで、必要ないと判断された時点で埋まるんだって>

「必要ないと判断」

<その確認は空間の維持を任されてる聖樹がするらしいよ>

「聖樹さん地主感増しすぎでは?」

<汚れた水も流して問題ありません。大地がろ過して循環しますもの。だってさ>

「今明かされる、箱庭の更なるスーパーパワー」


え、じゃあ植物育てる時とかわざわざ土を買わなくても、箱庭の土を掘って使ってもいいって事?堀った部分は聖樹さんに頼めば補填されちゃうって事?やばくない?しかも目の前の花畑をみる限り、ここの土かなり栄養価高いよ?肥料ももしかしたらあんまり必要ないかもしれない。節約にも役立つ箱庭すごくない?

しかし植物か……うーん。テラスから降りて、湧き水近くまで歩く。ぐるりと回って箱庭の中を見ても、芝生ばかりが広がるだけじゃ物足りない、ような気がしてきた。家だけじゃなくて、植物とか、野菜とか、樹木とか、果樹とか、そういうのを植える時が来たのかもしれないなぁ。ちょうどお金あるし。野菜や果物は上手く出来れば食費の節約にもなるし。

テクトがキャンバス一式片付けて、のんびりと追いかけてきた。その姿を見て、うんうん頷く。


「さらに言えば、テクトの食育にもなる!」

<あー……そういえば生の野菜は結構見てきたけど、どうやって成るかは知らないな。いいね、面白そう>

「一応確認は取るつもりだけど、植物いっぱいあればドリアードも喜ぶと思うんだ」

<そうだね>


太陽が上ってきた。綺麗な真ん丸だ。今日の朝ご飯は目玉焼きにしようかな。


「今日も1日、がんばろー!!」

<おー!>


















朝食を片付けて一息ついていると、開けておいた寝室の扉の影から、ひょっこりドリアードが顔を出した。偶然にも視線が合ったので、笑顔で手を振る。


「ドリアードおはよう!よく寝れた?」

「は、はい」


小さな声で「……おはよう、ございます……」と言いながらこっちに来た。足音ないけど、仕草が可愛いなぁ。慣れない足でひょこひょこ動いてる感じが、またねぇ。ユニット畳の方をチラチラ見ながら、テーブル前にたどり着く。

ドリアードの声は低すぎず高すぎず、中性的で柔らかだ。その小さな口から優しい声が出てくると、口調も相まってどこかの令嬢が喋っているかのような印象を受ける。女の子かな?と思ってたら、どうやら精霊は聖獣に似て確固とした性別がないんだそうな。元が自然のものだからかな?<あのドリアードは女の子寄りだと思うけどね>とはテクトの補足。私がぼんやり彼女だって思ってたのは、間違いじゃなかったんだねぇ。

私は失礼にならない程度に、もう一度ドリアードを見た。

身長は私の胸くらいで、テクトより大きい。新緑より濃い緑の、クローバーみたいにふわふわ広がる髪。尖った耳の上に、色鮮やかな花弁が丸く集まる花が咲いてる。アジサイの髪飾りみたい。大変お洒落で可愛いです。さらに伏し目がちな黄色の瞳がキラキラと光ってるように見えて、とても綺麗だ。きっと太陽の下だったら、もっと輝くんだろうな。何でかそう思った。外に出たらこっそり見よう。そうしよう。

ドリアードはほんのり膨らんだ胸に手を当てた。深呼吸して、私を見て、微笑んだ。少し、強張ってる。


「おはようございます……」

「うん、おはよう」


笑顔で返すと、ほっと肩が落ちた。

朝の買い物で増やしておいたイスに座ってもらって、ドリアード用に買った花柄のマグカップを出した。ドリアードがあわあわしてるうちに先手必勝じゃー!

テーブルに置いといたピッチャーを2つ、彼女の前に押し出した。


「ごめんね、お腹空いちゃって先に食べちゃったんだ。ご飯は食べられないって聞いてるけど、大丈夫?」

「はい、問題ありません。私は木の精霊なので、太陽の光と、水と、魔力があれば生きられます。えっと、あの、こちらは?」

「んとね、こっちは昨日飲んだのと同じ湧き水。こっちはオレンジを浸した湧き水だよ。果汁は平気って聞いたから、気分転換にどうかなーって思って」


この情報はもちろん、ダァヴ姉さん発信テクト経由で届けられたものだ。私が昨日寝落ちなければ!ちゃんと聞けたのにね!!くそぅ!!

農薬が使われてないオレンジを買って念のため洗浄かけて、くし切りにカットしピッチャーに湧き水と一緒にどーんすれば完成の、簡単オレンジ水だ。本当は冷蔵庫で4から5時間放置するのがいいけど、私は入れたばかりのほんのり香るオレンジ水も嫌いじゃない。


「あ、あの……では、昨日と同じ、ものを」

「はーい!オレンジ水は気が向いたら飲んでみて!冷蔵庫で冷やしておくからね」

「れいぞうこ……ですか?」

「あそこにある箱だよ。中に入れたものを冷やしてくれるの」


オレンジ水が入ったピッチャーを持って、冷蔵庫に運ぶ。ドリアードが興味深げについてきたので、冷蔵の扉を大きめに開いた。


「1番上の段が冷蔵室。明かりがついて見やすいようになってるんだよ。オレンジ水はここに立てておくね」

「まあ!明るいです!」

「2段目が冷凍室。食材を凍らせる事ができるんだ。ほら、これ、アイスっていう氷菓子だよ。こっちはまだ凍ってる途中だから出せないけど、果汁だけしか使ってないからドリアードも食べれるよ」

「まああ!すごいです!!冷たい!!」


ちょっと前に買っておいたチョコアイスの箱と、その隣にふた付きの製氷皿を置いてある冷凍室からは、開けた瞬間ひんやりとした空気が出てきた。製氷皿にはテクトの怪力によって絞り出された100%果汁が入ってるんだよね。今朝作ったばっかだからまだ凍ってないのでゆっくり冷凍室を閉めた。

個包装のチョコアイスをドリアードに見せて掌に乗せると、興奮気味の不思議そうな顔で下から見たり横から見たり、袋をくしゃくしゃしたり、両手で握ったりしてる。「あんまり握ると溶けるよー」って言ったら、そわそわした顔で見られてしまった。

よろしい。このチョコアイスは溶ける運命にあったのだ……後でココアに入れて飲もう。


「こっちの小さいのは製氷室。氷を入れておくスペースだよ」

「氷、とは……水辺が凍った時の、あの氷ですか?このような小さいところに入るのですか?」

「さっき果汁を凍らせていた細長いのあったでしょ?あれで氷の形を均等にして、凍らせるんだ」


この魔導冷蔵庫、製氷室はあったけど自動製氷ではなかったんだよね。製氷室の上の方に製氷皿を入れておく所があって、氷が出来たら皿を捻って氷を落とし、また水を入れて氷を作るっていう、古き良き昔の冷蔵庫思わせるアナログタイプだ。

いや、自動なんて贅沢だよ。製氷室があるだけで嬉しい。作った氷をたくさん取っておけるスペースって、大事だよ。

氷を1つ、ドリアードの手に乗せた。


「まあまあ!!本当に小さくて、冷たくて……わ、溶けてきました!」

「ドリアードの手はあったかいからねぇ」


チョコアイスと一緒にぎゅうぎゅう握って楽しんでるドリアード可愛すぎない?氷だけでこんなに楽しんでもらえるとは思わなかったよ。ありがとうございます歴代勇者様、魔導冷蔵庫がこんなにも萌え開発に役立つとは思いませんでした。今度絶対神棚作るわ。


「3段目は野菜室。冷たいし明かりがついてないから、お酒とかも保存できるね」


今はほとんどアイテム袋に保存してるから、実質使ってなかったスペースなんだけどね。今日から果物が入る事になった場所だ。今はオレンジとリンゴが入ってる。


「なんと……3段とも、特色があって面白いです。冷蔵庫とは、とても素晴らしいものなのですね」


ドリアードの感心した様子を見るに、人が作った魔道具に嫌悪感はないようでほっとした。うちの内装、ほとんど魔道具使われてるからね。拒否られたらどうしようかと思った。

ちょっと怖がってた私に対しても、もう屈託のない笑顔を向けられるようになってる。冷蔵庫様様だなぁ。


「ドリアードはもう、うちの子だから。好きに開けていいんだよ」

「……私が、ですか?」

「うん。あ、でも開けっ放しにしてると中に入ってる食材が傷んだり、溶けちゃったりするから、出来れば早めに閉めてもらえると助かるなぁ。私がお願いするのはこれくらい」

「……中の物を、私が使ってもよろしいんですか?」

「いいんだよ。皆のものだからね」

「はい、ありがとうございます……ルイ」

「んふふー」


はにかむドリアードを連れてテーブルに戻ると、ちょうど氷とアイスが跡形もなく溶けてしまったらしい。平らになってしまった個包装を持ち上げて首を傾げるドリアードから、それを預かって私のマグカップに開けると、チョコとバニラが混ざった液体がどろりと落ちた。


「不思議な匂いです。果物より濃い、甘い匂いですね」

「お菓子だからね。甘く作られてるんだ。後でココアにするから、その時また見てみようね」

「はい!」


アイテム袋にマグカップを入れた後は、ドリアードは水を、私はオレンジ水を飲む。んー、爽やか。

一息ついた所で、ドリアードがまたチラチラとユニット畳の方を見始めた。うん、やっぱり気になっちゃうよねー。

ユニット畳のど真ん中には、白やら茶色やらの大きな物体。昨日はなかったものだ。しかも、そんな摩訶不思議な物体に、テクトが全身で埋もれてるんだから。そりゃあ訳が知りたいよね。うんうん。


「あの、先程から気になっていたのですが、聖獣様はどうなさったのですか?もこもこしたものに埋もれてますが」

「んとね。テクトって、食パンが好きなんだ」

「食パン……ですか?」

「小麦で出来た主食だよ」


アイテム袋から5枚切りの食パンを取り出した。ドリアードは袋越しにつついて、「ふにふにしてます!本当に食べ物ですか?」と不思議そうにしてる。うん、食べ物なんだよー。なんだか、ちょっと前のテクトを思い出すなぁ。


「それでね、テクトってば食パン好きが高じて、食パンを真似したクッションが好きになっちゃったんだ。だからあのクッションは腐らないんだよ」

「くっしょん」

「あのもこもこ全部、テクトが好きなパンのクッションなんだ。あれを大量に買ってテクト専用の食パン空間作ってみたら、まああの通り」


試しに丸形のふかふかクッションをドリアードに渡したら、ぎゅうっと両手で抱き締めて固まってしまった。ドリアードもクッションの魔力に取り憑かれてしまったか……いや、布教したの私だけどね。てへっ。

テクトは私が食パンスクイーズ空間を作ってから、ずーっとあそこに埋もれてるんだよね。ご飯できたよーって言ったら出てきたけど、食べてる途中もずーっと食パン空間に釘付けだったし。食べ終わって洗浄かけたらまっしぐらだったし。無言で突っ込んでくテクトが可愛すぎて1人悶えてたのは、ドリアードには内緒だ。

現代の記憶から、食パンソファーっていう食べ物大好きにはたまらないソファーがあったことを思い出した瞬間、これしかないって思ったよね。善は急げとばかりにどんどん買ってって、段ボールから出して作り上げたのは、テクトが全身で寛げるように1人用の山型食パンソファーに一斤食パン、クロワッサン、フランスパン、コロネ、もちもち食パンのクッションを乗せてった魅惑の空間。食パンソファーは座面が低反発ウレタンだから全身が沈む沈む。その上にパンのクッションを落としていったら、大興奮で潜ってったよね。今は尻尾がちょろっと見えるくらい。


<はああ幸せぇ……布団もいいけど、食パンスクイーズに勝るものはないよ。もうここで寝転ぶ。毎日ここに埋もれる>

「テクトが満足げで何よりだよ」


テクトにはずっと助けられてきたからなぁ。自分で稼いだお金でお礼したいなーって思ってたんだよね。デッサン道具一式?ノンノン、あれはテクトと2人で探索して見つけたポーションのお金でしょ。今度こそ、正真正銘、私が洗浄魔法で稼いだお金で買ったクッションとスクイーズだ。

約束の食パンスクイーズ空間を作れて、私もテクトも大満足です。












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