76.ドリアードの話



※ 戦争の被害者の話が出ます。









握手をしてたら、ドリアードも落ち着いてきたらしい。「よろしく、お願いいします……」って随分と小さい声で言われて、目をパチクリしてたら手が抜き取られてしまった。あ、ちょっと寂しい。

軽く自己紹介をして、ドリアードの事情を聴くためにユニット畳に座ることにした。テーブルだとイス足りないしね。話を聞くのに立ちっぱなしってもの悪いし。

ドリアードは水だけしか飲めないらしいので、冷茶グラスに箱庭の湧き水を入れて出す。グラスを不思議そうに眺めていたドリアードは、私とテクトがお茶を飲む仕草を見て恐る恐る持ち上げた。一口だけ水を飲み込むと、目を瞬かせてグラスを見下ろし、私とテクト、ダァヴ姉さんを見て、またグラスを不思議そうに眺めた。んん?これはどういう反応かな?


「これは、なんと……!」

「どうしたの?」

「その、この水は一体どこのものでしょうか」

「家の外にある湧き水だよ。箱庭には水脈があって、聖樹さんの根を通ってから湧いてくるからか、とっても美味しいんだよ」


初めて飲んだ時からこの水の虜っていうか、常にピッチャーに入れて持ち歩いてるんだよね。お泊り会に行くって決まった時は、念のためって思ってピッチャー5個も追加したよね。もうこの水以外飲めない。料理にも使ってるもん。

ドリアードは「聖樹様が……」と呟いて、グラスを置いた。さっきまで強張ってた様子の体を、シャンっと伸ばして真正面からこっちを見る。ん?


いにしえから、聖樹様の様態によって湧き水の味は変わると伝えられています……このように魔力を芳醇に含み、口当たりも良く、甘みさえある湧き水を作られるという事は、聖樹様のお心が晴れていらっしゃるのと同義。あなたはとても聖樹様を大切に思っていらっしゃるのですね」

「え?あ、うん。はい!聖樹さんは私のお母さんみたいな感じかな!」

「そうなのですね……」


ドリアードの視線が一瞬、私の左腕に行った。あ、聖樹さんの枝の腕輪?見たいの?どうぞどうぞ。

左腕を伸ばすと、ドリアードがほんの少し身を乗り出して、頷いた。


「聖樹様の深い愛情を感じます……ああ、再度、お願いいたします。私をここに、置いてはもらえませんか。私如きでは力不足とは思いますが、何卒、あなたのお膝元へ」


改めて、深く頭を下げられた。ひょえ!?


「大丈夫、頭下げなくていいんだよ。戦争の被害者なんでしょ?私も……まあ同じようなものでさ。この箱庭も、神様から貰った身に余るものっていうか、私とテクトと聖樹さんだけで使うのも勿体ないって思ってたし……」


私は運よく神様の目に留まって、気にかけてもらった立場なだけで。もしかしたら、何も知らないまま、何もわからないまま、死んでた可能性だってある。

この幸運を、同じ被害者に分けられるなら。私は大変気が楽になるので、出来れば住んでもらいたいと思ったりするんですよね。つまり自分のためだ。


「住人が増えるのは普通に嬉しい!さっき言った通り、伸び伸び暮らしてもらった方が私も楽しいな!むしろこっちからお願いします!」

「あ、ありがとうございます!ルイ様はお優しい方なのですね!」

「様!?」

<ルイ様だって>

<ルイ様ですって>

「2人ともからかわないでよ!私は様付けされるほど、えらくないからやめよう?ね?」


表情を明るくしたドリアードが、困った顔で私を見上げてきた。


「ですが、箱庭の主様ですし……」

「主!?どっちかって言うと主は聖樹さんの方っぽくない?私はえっと……そうだな、家主?」

「やぬし、ですか?」


地主が聖樹さんで、私が管理を任されてる感じ?あ、でもこれドリアードには伝わってない。そっか、人の暮らしはわからないのか。んんー!


「様付けされるとむずがゆいって言うか、そうだなぁ……私もドリアードを様付けて呼ぶ事にしようか」

「そんな!」

「っていうか、精霊って長い年月生きてそうだけど、だとしたら私よりかなり年上だよね?むしろ私が様付けして敬語にするべきだよね?」


テクトみたいに可愛らしいから思わずため口しちゃったけど、本当なら私なんて足元にも及ばない存在じゃ?

ダァヴ姉さんを見ると、肩を落として微笑んだ。


<精霊とは、世間で妖精族と呼ばれる種族の中で、特に自然と近しい妖精……樹木であったり、マグマ、または湖、岩や土塊つちくれ、鉱石などの妖精が、高濃度の魔力を浴び、蓄え、高次の存在へと昇華したものを差しますの。世間の広義的には妖精族と同じですわね>

「えーっと?」


こうじ、小路、工事、麹……あ、高次?高みの存在って事?


<ルイの記憶にあるゲームに当てはめると……そうだな。経験値を長期間に渡ってものすごく大量に貯めたら、妖精が精霊に進化した、って感じだよ。魔法やスキルには8つの属性があるのは覚えてるね。精霊もその8属性に分かれるんだ>

「なるほど!つまりドリアードは、樹木から2段階進化した木の精霊って事だね」


一瞬、出世魚の想像をしたのは内緒だ。いや内緒にしてください。テクトもダァヴ姉さんも約束だからね!これ以上ドリアードを混乱させないためだからね!!

妖精から精霊になるって事は、やっぱり私より大分長生きしてらっしゃるじゃん!!ほらぁ、私がむしろ敬語使わなきゃじゃん!!


「しんか……というのはわかりませんが、聖獣様のおっしゃる通り、私は樹木から長年を経て妖精へ、再び長年を経て精霊へと変わりました。ですが、精霊にはなったばかり。生まれたてなのです」


ですから私など、殻を付けたひよこと同じ!!と主張するドリアード。それを言ったら私だって大人から幼女に戻っちゃって……あれ?つまり私もひよこと同じでは?


<あなた達に任せておくと話が進みませんわ。ルイは敬語を使わない。ドリアードは様付けを止める。これで2人とも納得なさい>

「はぁい」

「わかりました……」

「ルイって呼び捨てでいいからね」

「……先手を打たれてしまいました」


にぃっと笑うと、ドリアードも口元を緩めてくれた。ふへへ。


<ドリアードの事情を少々、お話ししましょう。ルイ、いつまでもにやけてはいけませんわ>

「はい姉さん!」


ドリアードは元々、アジサイみたいな、がくが大きくて色とりどりの花を咲かせる小さめの樹木だったそうだ。それほど大きくない樹木だったにも関わらず長く生きていられたのも、植わってた場所が水辺の近くで土壌も良く、森自体が豊かな魔力を保っていたかららしい。

何それめっちゃ好条件な住居じゃん……それを燃やしたの?全部?戦争ほんとふざけないでよ?どれだけ命奪えば気が済むんだコラァ。

怒りがふつふつ沸いてくると、テクトが落ち着けとばかりに叩いてきた。ツッコミみたいな鋭くも加減された手刀だった。あ、うん、今はドリアードの事だよね。わかるわかる。

その場所で長年生きた樹木は、妖精になった。と言っても、樹木の妖精はその生まれからどうしても根を土から離す事が出来ず、魔力不足に陥る事がほとんどない代わりに、動けないんだそうな。そっか。でも確かに、あれだけすごいスキルをたくさん持ってる聖樹さんだって歩き回れないもんね。樹木って枠がネックなんだなぁ。

それでも水を飲みに来る生き物や、自由に動き回れる妖精族と交流したり、楽しい時を過ごしてきた。とても長い時間。生命が集まる場所に生まれやすい樹木の妖精だからこそ、寂しさはなかったらしい。

それが奪われる予兆を、ドリアードはずっと感じていた。

近隣まで戦火が近づいてると森の生き物達に広まったのは、ドリアードがまだ妖精だった頃。ドリアードはおそらくこの森にも危険が及ぶだろうと考えて、生き物達に遠くの地へ逃れるように伝え続けたんだって。


「このように喋れるようになったのも、実は精霊化してからで……」


喋れなくても意思疎通は可能って所が、聖樹さんっぽくてすごい親近感湧くなぁ。


「私の声に背を押されて森を出て行く生き物もいれば、森と一緒に終わりたいと思う生き物もいました。皆、自分の意思を貫きました……戦争を起こした者へ怒りを向けてくださるのですね。私達にはそれで十分です」


そんな嬉しそうな顔で言われると……なんて返したらいいかわからなくなる。私の気持ちは、ほんの少しでも彼女の、亡くなった命の慰めになってるんだろうか。

ドリアードの話は続く。

しばらくして森に戦火が降り注いだ事。瞬く間に森を焼き尽くしていった事。たくさんの生き物の悲鳴が聞こえてきた事。水辺に集まる、傷付いた生き物達。

あまりにも痛々しい現実に心を痛めたドリアードは、今もまた、つらそうな顔をしてる。


「妖精の時は意思がありながらも動けなかったのがもどかしく思っていました。傷つき絶えるもの達の傍にあろうと思っても、私にはその場所へ赴く足がない。悔しかった……!傷ついたもの達をさらに歩かせなければ、私は何も出来ない!」


ドリアードの悲鳴にも似た叫びの後に、ダァヴ姉さんの羽ばたき。はっと顔を上げたドリアードは、姉さんの促すまま、グラスを手に取った。水を飲み干して、肩の力を抜く。

私は、グラスを握って離せないでいる。


「……残ると自ら決めたもの達でも、自分が死ぬとわかれば怖いと思うのは当然の事。その恐怖を取り除いてあげたい……そう思った時に、私は精霊になっていました」


ふと、気付けば足があった。森に迷い込んできた人と比べるまでもなく、短い足。ほんの少しの石でも躓きそうな。

しかし例え短くとも、歩ける足。これならばと、生き物達の元へと駆けた。足をもつれさせながら、近寄った。水辺は濁っていた。迫る炎が、大地が、空気が熱く、悲鳴は止まらなかった。

木々が倒れ、下敷きになり……意識が戻った時には、森はなくなって、焼け野原が広がっていたらしい。


「妖精のままならばそのまま焼かれて生を全うできたのでしょうが、生まれたばかりとはいえ精霊ですから、生命力が殊の外高く……他のものがすべて焼かれても、生き残ってしまい……」


言葉が、出なかった。

自分が何を言ったらいいかわからなくて、考えられなくて、たぶん、頭の中は真っ白になってた。

ドリアードは、私がぼんやりしてるのを見て、申し訳なさそうに眉を下げた。


「少々のつもりが、つい、感情的になりました……人に聞かせるもではありませんでしたね」

「あ……いや、ううん。聞けて、よかったよ。いや、戦争が良いって言ってるわけじゃなくて、あの、」

「はい」

「ドリアードの、その時感じた事を、聞けて良かった……んだと、思う」


同じように言ったら失礼だと思うけど。たぶん、私が共感したのは。


「自分が何も出来ないって、つらいよね」

「……はい。とても、つらくて、悲しいです……」


ドリアードと一緒に、少し泣いた。

ダァヴ姉さんとテクトは、何も言わずに慰めてくれた。





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