75.悲しい話と保護する話



「ほご……って、危険から守るとか、そういう意味の保護です?」

<ええ。その通りですわ>


幼女に保護できるようなものがあるだろうか、ただでさえ保護されてる側なんだけども。生活面での保護?確かに1日3食おやつ付きは間違いなく提供するし清潔にするのも魔法でOKだし?ただ赤ちゃんとかだったらおんぶに抱っこはテクト任せになるかな。ご老人だとしたら介護はちょっと難しそう。なんて、色々考えてたら肉が焦げそうになってテクトにべちべちされた。はっ!そうだ今はご飯作ってる途中!

まずは先に食事を済ませた方がよろしいですわね。と爆弾落としたダァヴ姉さん本人がくすくす笑いながら言ったので、とりあえず夕飯作りを続ける事にした。

スタミナ丼と何か副菜があると……そうだなぁ。たくあんとスープつけようか。簡単に、コンソメの卵スープでいいかな。

鍋に水と薄切りにした玉ねぎ、コンソメキューブを入れて、玉ねぎが透き通るまで火にかける。コーンを入れて、味が足りなかったら塩コショウを足した後、水溶き片栗粉でとろみをつけたら、強火にしてぐつぐつさせて、溶き卵を回しながら流し入れる。火を消して、ゆっくりお玉で混ぜて、蓋をして。少し待てば出来上がり。

ハムやベーコンを入れると食べ応えがあっていいんだけど、今回はスタミナ丼でお肉はたっぷり食べれるから、これで十分かな。

テクトにたくあん切ってもらって、テーブルに並べる。この前と同じ席に座って、手を合わせた。


<はあ。美味しい……このスープ、優しい味わいで体が温まりますわ>

「えへへー。気に入ってもらえてよかった」

<お野菜も上手に切れてますわね。テクト、よく出来ていますわ>

<それくらいは、まあ、保護者としてはね>


まったく、ダァヴ姉さんに限って照れ屋になるんだから。可愛いのう可愛いのう。

と思った瞬間に、半眼で睨まれた。あははははははーお肉美味しいなぁー。むぐむぐ。

さて、夕ご飯をしっかり味わって食べて片付け、食後のお茶を入れたらダァヴ姉さんから話を切り出された。


<実は保護してほしい子というのは、戦争によって居場所を奪われてしまいましたの>

「戦争、終わりそうにないんですか?」

<ええ……悲しい事に、人は譲れぬものを懸けて争い合うもの。奪われたものを取り返そうと、躍起になってしまうもの……大切な者を失って、引くに引けぬ国もありますわ>

「そっか……」


この世界で起こってる戦争の発端は、そもそもモンスターが大群で押し寄せてきた事だ。なんとかモンスターを退けたのはいいけど大国の力は弱まってしまったから、元々小競り合いをしていた隣国に攻められて……その戦火が同盟国を、国境を越えて伝染し、戦争の規模が広がってしまっていった。

その戦争に便乗して、たくさんの国を攻め落として弱る人々の心に付け込もうと、宗教国家フォルフローゲンが邪法に手を出した。中立国だったフォルフローゲンには戦争に参加する理由がない。理由がないなら作ってしまえばいい、そんな身勝手な考えで、たくさんの人を犠牲に勇者を喚び出した。戦争を鎮める自分達は正しいっていう大義名分……勇者理由が必要だから。

前に教えてもらった事はちゃんと、書いてたから覚えてるよ。


<ちゃんと覚えていましたのね。偉いですわ>

「大事な事ですからね。フォルフローゲンに関係ある人には近づきたくないですから」

<今の所出会った人は皆、あの国にいい印象を持ってないみたいだね。しつこい上に騙し討ちみたいに入信させようとしてくる所が主な原因>

「宗教って無理やり入らせるものじゃないでしょ……」


なんかテレビで見る、悪徳訪問販売みたい。本当に嫌な国だなぁ。

テクトはもちろん、ダァヴ姉さんもあまり良くは思ってないみたいだ。表情が苦々しい。

まあ、そうだよね。あの国、創造神である神様以外の、慈愛とは名ばかりのわけわからないものを神として奉ってるから。子ども聖獣としてはお父さん神様を否定されていい気分にはなれないよね。

それに正当じゃない勇者召喚を行って、神様を困らせてる。

本来の勇者召喚は“本当に心の底から”困って助けを求める人達を救うための、究極の魔法だ。大変胸くそ悪い話だけれど、フォルフローゲンは疑似的に勇者召喚を起こすため、たくさんの人を惨たらしく犠牲にし、強制的に助けを呼ばせた……どれだけ無念だっただろう。悔しかっただろう。まだ生きたかったはずなのに、権力者達の食いものにされてしまって……いや、これ以上考えないようにしよう。実際見てない私が言っていいものじゃない。きっと。

そして実際に、勇者召喚は叶ってしまった。巻き添えにされた私がある意味証人だ。オマケが召喚されてて、本命である勇者が来てないわけがない。

ある程度話を聞いて、恐怖しか感じない宗教国家だよ。もし私が見つかったら、私が聖獣と一緒にいるって知られたら……私を人質にテクトを無理やり働かせるとか、しそうだし。関わりたくない。

関わりたくない、けど……勇者は気になる。

半月。私がここに来て半月だ。それだけ時間が経ってるなら、もしかしたらもう戦争に参加させられてる、のかもしれない。

その勇者にされてしまった人も、悲しんで、苦しんでるだろう。邪法で召喚された勇者は、生贄にされた人達の恨みつらみを背負ったせいで、すごく強くもなるけど暴走してしまうって話だ。あんな宗教国家に利用されてるんだもの。本人の意思関係なく、人殺しをさせられてるんだろう。

突然異世界に飛ばされて、何もわからないうちに人殺しをさせられて、平気でいられるだろうか。私は無理だ。きっと、泣くだけじゃ済まない。言葉にできないし、考えもつかない。

それに、その強大な力で蹂躙される人達は?死ぬ事を覚悟して前線に出てる人が犠牲になったとして、残された家族は?邪法1つで、たった1つの国の欲望で、どれだけの悲しみを生み出すんだろう。

ある意味同じ経緯で存在してる私がこうして平和に暮らしてる分、心苦しくなる。事情を知ってる私が助けてあげられればいいけど……何も、出来ないんだもんなぁ。こんな小さい手じゃ、私なんかじゃ、何も……


<ルイ!>

「……テクト?」


自分の手を握ったり開いたりしていたら、テクトがぎゅっと握って引っ張ってきた。まるで、こっちを見ろ、とでも言うように私と目線を合わせてくる。

え、何?


<僕がいくら話しかけても無視して。ルイの1つの物事に集中出来る所は、こういう時よくない>

<ええ全く。落ち着いて、私の話を聞いてくださいまし>

「テクト……ダァヴ姉さん……私、そんなボケっとしてた?」

<してたよ。まったく、僕が変な顔したって無視するんだから。失礼しちゃうよ>

「待って、え、変な……え?」


テーブルの上をコツコツ歩いて、ダァヴ姉さんが目の前に立つ。ばさり、羽の音がひと際響く。


<ルイにはルイにしか出来ない事がありましてよ。ですから、そんな気落ちしないで……必要のない責任まで負わなくてもいいのですよ>

「でも」

<では聞きますが、戦争を起こしているのはあなた?>

「……いいえ」

<首謀者なら、国政の決定権を持つ者ならば、責任を取れと糾弾できますわ。ですがあなたは話を聞いただけ。境遇を想像し、共感し、悲しんだだけ。あなたが負うものなど、何もありはしません。それは薄情なのではなく、事実ですのよ>

「……はい」

<誰かを思い涙する事を悪いとは言いませんが、自分のせいにしてはいけませんわ>

<ほら、こっち向いて。目を閉じて>


テクトに襟元引っ張られて、タオルを押し当てられる。目元が乾く感触にびっくりした。あれ?私泣いてた?いつの間に?


<聖獣としても、みだりに大地を荒らされるのは好みません。対応策はありますから、勇者の事は任せておきなさい>


もうダァヴ姉さんが手を打ってたんだ。そっかぁ……

ふわっと、爽やかな匂いがした。タオルの匂いかな。確かこの前聖樹さんの匂いと同じにしようって、緑茶の柔軟剤を想像して洗浄かけた覚えがある。これは落ち着くなぁ。

<泣いたら水分!>とタオルを外したらテクトにお茶を押し付けられた。うんうん、飲むよ。大丈夫。


<戦争が関係しているとはいえ、私も言い方を考えるべきでしたわ。あなたなら気に病むだろうは、わかっていたのですが……>

「あ、いや、私もすみません。気にしいだよね、とはよく言われてて……」

<転じて気配りさんという事ですわね>

「あはは、前向きすぎですよ」


ダァヴ姉さんが、私を困ったように見る。その視線に呆れとかはなくて、なんていうか、あれは……そっか。昔見た、友達が妹に向ける感じの、お姉ちゃんの視線だ。「まったく手のかかる!」って口では文句を言いながら、楽しそうにお世話してた。あの目だ。


<あら、バレてしまいましたわ>

「えっと……手のかかる妹ですみません」

<構いませんわよ。昔はよく先達としてたくさんの子をお世話したものですけれど、最近は邪険にされる事ばかり。末っ子もこのように刺々しい態度をとるのでお姉ちゃんは大変悲しい思いをしておりますの>

<うるさいよ!!>


テクトがむきーっと地団駄踏んでる。ふふ。へへへ……

うん、見事に元気づけられてしまった。ダァヴ姉さんさすがだなぁ。テクトもありがとうね。

私が出来る事……かぁ。


<ルイだってよく言ってるじゃない。適材適所って>

「ん、そうだね!私は私が出来る事!すみませんダァヴ姉さん、話の途中でボケっとしちゃって。保護する子の話、でしたよね」

<ふふ、お気になさらず。逸らしてしまったのは私もですのよ……保護というより、そうですわね。この箱庭へ居場所を与えてくださるだけでもよろしいのです。あの子は飲食を必要としませんから。ルイには、お話相手をお願いしたいのですわ。存外寂しがりな子ですので>

「食べものが必要ないんですか?それって聖樹さんみたい……」


ん?

人や動物は食べなきゃ生きていけない。魔族は魔力で生きられるけど、食べ物を食べないわけじゃない。グロースさんがその証拠。だから魔族じゃない。聖獣は食べなくても生きていけるけど、私が預かる意味がない。つまり……聖樹さんみたいな、樹木や草花って事?

私の考えがまとまるまで待っててくれたダァヴ姉さんが、ふんわりと目を細めて笑う。そしてテーブルから飛んで、床へ優雅に降り立った。羽を大きく広げたと思ったら、瞬く間にダァヴ姉さんの後ろに影が出来て。


<大変よく出来ました。ご紹介します。この子はドリアード。樹木の精霊ですわ>

「は、はじめましてっ!」


ダァヴ姉さんより大きい体が、緊張した面持ちでぴっと腕を上げた。

おそらくダァヴ姉さんのチート異空間に保護されてたんだろう。一瞬で出てきたのは、濃い緑の髪に、褐色というか、木の幹みたいな肌。手の先も茶色で、ちょっと鋭い。木の根がむき出しになったような不思議な手だ。樹木のように長い胴体と、膝ぐらいの高さから分かれた根っこ。さわさわと落ち着かない様子で動いてる。足短いんだねぇ。サイズ感はテクトよりちょっと大きいくらい?ゲームで見た事があるドリアードにそっくりだ。

いやー、まさか精霊、精霊来ちゃったかぁ……いるんだなぁ、精霊。可愛いなぁ。

しゃがみ込んで、ドリアードに目線を合わせる。ちょっとだけ肩を揺らして、こわごわ見つめ返してきた。うん、可愛いけど、怯えられてるね?人だからかな?戦争めこんな可愛い子を怖がらせる事態になってるぞ許さん!!


「はじめまして。私はルイ。こっちはテクトです」

<よろしく>

「ひゃい!よ、よろしくお願いします!」

「この箱庭は、神様のお陰で怖いものが入ってこないようになってるんだ。聖樹さんっていう木のセンパイもいるし、伸び伸び暮らして大丈夫だよ」

「は、……はい!ありがとうございます!」

「握手しよう、握手。よろしくのアイサツ!!」

「はわわわわわ、はい!!」


手を広げて待っていると、恐る恐るという様子で伸ばされた。

ドリアードの手は木みたいに固くて、でも少し握ったらぎゅっと握り返してくれる柔らかさもあって。私の手でも包み込める小さな小さな手だった。

戦争、許すまじ。


















<テクト、魔鉱石はどうしましたの。肌身離さず持たせなさいと言い含めたはずですが?>

<懐中時計と一緒に片付けちゃったんだよ。今は貰った時刻魔結晶と認可タグを着けてる。目立つものは怪しまれるから>

<なるほどわかりました。ですが、あの子は例外中の例外。体という鎧もなく、直に生贄の魂と触れ、共に流されてこの世界に来たのですよ。邪法の影響がまったくないとは言いきれませんわ。以前はどうでしたの?>

<……最初説明した時は、怖い気持ちが先立っていたかな>

<おそらく興奮、あるいは混乱もしていた事でしょう。ですが今回のあの落ち込み様……あなたの呼びかけと聖樹の鎮静で持ち直しましたが、悪影響が懸念されますわ>

<……そうだね。負の感情が、普段の明るくて元気なルイを覆い隠して、怖かった。ルイが寝たら、こっそり着けておくよ>

<ええ、是非そうしてくださいまし。それにあれは普段使いでも役立ちますわよ。目視で体調管理が出来るのですから。特に鈍いあなたには必須でしょう?>

<一言二言余計だよ!!>




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